森本オレオの落書き帳 -7ページ目

森本オレオの落書き帳

小説などを置いています。

その晩、また夢を見た。

僕は神社の前にいた。

賽銭箱には土のついたスコップが突き刺さっていた。

神社の裏道をあの女が歩いていた。

僕はスコップを無視して女を追った。

やはり女には追いつけなかった。

女は僕の部屋に入り、僕も入った。

相変わらず匂いはひどく、部屋の窓をすべて開けた。

最後の窓を開けていると、壁を隔てて乾いた音が聞こえた。

僕は音のほうへ向かった。

あの女がソファに座っていた。

顔を見るとパーツが増えていた。

足りないパーツは眉と目だった。

前回と同じ夢の中にいると思ったが、この夢は進んでいるのだろうか。

女は僕を見つめたまま――と言っても、目がないので本当に見ているのかは分からないが――口だけを動かしていた。

どうしてあれを捨ててきたの。

僕は何を捨てたんだろうか。

そもそも僕は何かを捨てたんだろうか。

そしてこの女は誰なのか。

彼女に声を掛けようとすると、彼女は立ち上がり、また壁の中に消えていった。

彼女に会いに僕も壁の中に入ろうと試みたが、それはかたく、人が通り抜けられるとは思えなかった。

僕はソファに座って彼女の言葉を考えた。

どうしてあれを捨ててきたの。

彼女に関係あるもので僕が捨てたものといえば、スコップくらいしか思いつかなかった。

僕は神社へ行き、スコップを持って部屋に戻った。

そしてそれを匂いのする壁の向かいのクローゼットに入れた。

今度彼女に会ったとき「僕が捨てたものはこれだろうか」と聞こうと思った。

そこで目が覚めた。

時計を見ると夜中の三時二十分だった。

彼女に会うためにビールを飲んで再び寝たが、夢は見なかった。
僕には考えなくてはならないことがふたつあった。

ひとつは匂いのこと。
もうひとつはゆきえのことだ。

僕はとりあえず大屋さんを訪ねてみた。

大屋さんによると今までこんなことはなかったという。

「前はどんな人が住んでいたんですか?」と僕は言った。

「確か中年夫婦だったかしらね。綺麗な奥さんと大人しい旦那さんだったわ。子供はいなかったみたいよ」と大屋さんは言った。

「いつ頃出ていったんですか?」

「あなたが来る半年前くらいだったかしらね、突然出て行っちゃって」

「突然?」

「そう、突然。結構長く住んでくれていたのよ。でも突然。まぁ色々あったみたいね」

「色々?」

すると奥の部屋から大屋さんの旦那さんらしい人が出てきて、話は中断された。

旦那さんは少し怖い顔で大屋さんを見ていた。

大屋さんは少し話しすぎちゃったわねと苦笑いして、ごめんなさいねと言ってドアを閉めた。

前の住人のことを聞いてみたが、その質問自体に意味があったんだろうかと思った。

部屋に戻ってもじっと考え込んでそこから動けなくなりそうだったので、群青カフェに行くことにした。

そこに行けばゆきえと話ができるかもしれない。

群青カフェにゆきえはいなかった。

少し前に突然辞めたとウェイトレスの子は言った。

やれやれ、また突然かと思った。

僕の周りには突然が多すぎる。

ゆきえに電話をかけてみたが繋がらなかった。

仕方ないので僕はゆきえに手紙を書いた。

近くのコンビニでレターセットとボールペンと切手を買い、また群青カフェに入った。

「お元気ですか。
この手紙を今、群青カフェで書いています。

ここに来れば君に会えると思ってきたのですが、辞めてしまったんですね。

電話をしても繋がらなかったので手紙を書いています。

君が突然出て行ってしまって、とても混乱しています。

朝食は用意してくれていたし、それにコーヒーも。

そこには君の優しさを感じたけれど、手紙からは何も感じませんでした。

そのことにひどく混乱しています。

君が出て行った理由として、あのカフェの出来事が関係していたりするのでしょうか?

君と最後に会った日の昼、僕が突然店を出ていったことです。

もしそうだとしたら謝ります。

そうそう、匂いですがまったく解決しません。
困ったものです。

これも君が出て行った原因なのでしょうか。

もしそうだとしたら早急に解決できるよう努力します。

地球五週分くらい考えても、君がどうして出て行ったのか分かりません。

とにかく連絡をください。待っています」

僕はそれをコンビニのポストに入れた。

今度はちゃんと届いてくれよと思った。


その足で不動産屋に行ってみたが、匂いのことは何も知らなかった。

一応前の住人について聞いてみたが、そんなに面識がないので分からないと彼は言った。

彼はむりやり話を終わらせるように、忙しいからと言って店の奥に戻っていった。

やれやれ、と僕は思った。

その日はビールを飲んで、何も考えずにベッドに入った。
ゆきえと最初に会ったのもあのカフェだった。

僕は本屋で働いていて、その理由も本が好きだからという単純なもので、休日はよく本を読むのだ。

その日もよく晴れていて、光で街が白く見えるほどだった。

カーテン越しのワントーン落ちたやわらかい光を浴びながら読書というのも捨てがたかったのだが、どうせならうまいコーヒーを飲みたかったので本を持って外に出た。

その辺をぶらぶら歩きながらコーヒーを飲めそうな店を探していて、最初に目についたのがそのカフェだった。

その店は昼でも夜を連想させた。

窓が小さいので店内は圧倒的に日陰が多く、光が射しているところは窓くらいしかなかった。

店自体が他の店よりも五十センチほど奥にあり、屋根にも光を遮る工夫がされているようだった。

店内には客が程よい密度で収められており、ケーキやパンなどが収められているガラスケースの奥に、ゆきえともう一人の女の子が立っていた。

二人はお客さんの邪魔にならないような小さな声で仲良く話しているようだった。

ここなら読書に集中できそうだなと思い店に入った。

外壁も内壁も群青色で、家具はチョコレート色で統一されていた。

僕は窓際の角の席に座った。

そこからは中から外の景色は見えるが、外からは客の顔は見えないようになっていた。

小さめの正方形のテーブルの上には、二十角くらいはありそうな多角形のランプがぶら下がっていた。

そのランプは薄暗い店内で唯一存在感のあるものだった。

森の中でぽつんと明るく灯る家の明かりみたいだった。

なかなかいい店だなと思った。

店の名前は読書カフェだったが、僕は勝手に群青カフェと呼んでいた。

注文はゆきえじゃないほうの女の子が取りに来た。

僕はカフェオレを頼んだ。

それから数秒窓の外を眺め、本を開いた。

空がランプと同じ色になってきた頃、洗濯物のことを思い出して店を出た。

洗濯物をたたんでいると、注文を取りに来た女の子ではなく、なぜかふとゆきえの顔が頭に浮かんだ。

それがゆきえとの最初の接点だった。

それからは時間ができると群青カフェに通うようになった。

昼でも夜みたいで読書に適しているからと自分では思っていたのだが、もしかすると僕はゆきえに会いたかったのかもしれない。