森本オレオの落書き帳 -2ページ目

森本オレオの落書き帳

小説などを置いています。

雨の日は、傘で顔が隠れるので好きだ。

私はお気に入りの傘をさし、いつもの道を歩いている。

地面は黒く、瑞々しい。

水溜まりをわざと揺らして歩く。
あめんぼうが方々に散る。

私は視線を戻す。
視線の先に、彼がいる。

彼とは雨の日だけ、この道で会う。
しかし、いつも無表情な会釈をするだけで、特に言葉は交わさなかった。

そして傘をさしているので、顔は見えない。

私は彼の顔を想像して歩く。
全てが私の理想通りならいいのに。


ふと、私は強い衝動に駆られた。

顔を見てみたい。
今日は髪が決まっているから、見られても恥ずかしくない。

青い傘を持つ、その白い手が近づいてくる。
私の胸は高鳴る。

「こんにちは」
雨音に負けないように、私はいつもより少し大きな声で言った。

そして彼の傘の中を覗き込んだ。

しかし、そこにはあるべきはずのものはなく、私の目には傘の模様だけが映った。
「座ったらだめです」
彼女はそう言い続けた。

「お願い、座らせて」
彼女の前に立っている友人がそう言い続けても、彼女は決して友人を座らせなかった。

私は終点で降りるので、このやりとりを見ていることにした。

彼女と乗客の間には、一人が座れるほどのスペースが空いているのだが、誰もそこに座らせなかった。

誰かが座ろうとすると、
「座らないでください」
と止めた。

友人のかばんも置かせなかった。
とにかく誰もそこに座らせなかった。

そしてついに友人が、
「もういい、座る」
と言い、そこに座った。

するとどうしたものか、友人は跳ね返り、地面に叩きつけられた。

「だから言ったのに」
彼女は言った。

すると突然、扉も開いていないのに風が顔をかすめた。

私は思わず周りを見回したが、席を立った者は誰もいなかった。

そして彼女は、誰もいない扉に向かって手を振っていた。

扉が開き、ぽつぽつと乗客が降りていった。

彼女は、ようやく友人を席に座らせた。

「何だったの?」
友人は言った。

「ねぇ、透明人間って信じる?」
彼女は言った。

私は寝たふりをして、彼女達の会話を聞いていた。

「透明人間?」
友人は言った。

「そう、透明人間。電車とかでさ、空いてるのに誰も座らない席とかあるでしょ。あそこって透明人間が座ってるんだって。それで寝てたら起こしてくれ――」


――点、終点。


寝たふりのつもりが、本当に寝てしまった。

私は誰かに起こされたような気がして、周りを見回したが、乗客は誰もいなかった。

駅員が歩いていないところを見ると、駅員でもないようだった。

誰に起こされたんだろう。

そう思いながら降りる準備をしていると、また顔に風がかすめた。


-fin-
■親子丼のない店


「なんだこの親子丼は!しょっぱいじゃないか!」

その店で親子丼を注文すると、必ずそんな怒鳴り声が聞こえてきました。

そんなはずはないと思いながらも、店主は親子丼を食べてみました。

すると本当にしょっぱいのです。

店主もこの道は長いので調味料の配合を間違えるわけはないのですが、万が一の可能性もあるので今度は計量スプーンで計って作ってみました。

すると、またしてもしょっぱいのです。

「なんでやねん!」
店主はバリバリの江戸っ子ですが、思わず関西弁でつっこんでしまいました。

よほど興奮していたのか、その後も関西弁が直ることはなく、
「もうええわ!」
と親子丼を店のメニューから外してしまいました。

それに対する客の反応は特にありませんでした。

がっかりする者がいるわけでもなく、復活を願う者がいるわけでもありませんでした。

皆、親子丼がしょっぱいことを知っていたので、
「やっとなくなったのか」
と思っていました。

店主は親子丼の代わりに、いとこ丼を新メニューに加えました。

これなら大丈夫だろうと店主は思っていました。

しかし味が濃いと評判は今一つでした。

店主はまた確かめてみました。

やはり味は濃く、調味料を計って作っても同じでした。

「なんでやねん!」
店主はつっこみのキレがよくなっていました。

今度はいとこ丼をメニューから外し、はとこ丼をメニューに追加しました。

「今度は頼むで」
店主の心の声はすっかり関西弁になっていました。

しかし、はとこ丼は味が薄いと評判はよくありませんでした。

店主は確かめてみましたが、やはり「もうええわ!」という結果になりました。

「やめさせてもらうわ!」
店主は関西弁を完璧にマスターしました。

店主ははとこ丼をメニューから外し、新しいメニューは追加しませんでした。

客は口には出しませんでしたが、
「いとこ丼あたりで、そうしたほうがよかったんじゃないか」
と思っていました。


そして、ある日のことです。

店に一人の男が入ってきました。

店主はいつものように、
「いらっしゃ~い」
と桂三枝口調で言いました。

男は親子丼を注文しました。

店主は親子丼は置いてないと言いました。

すると男は、
「親子丼なんて、とり肉煮て、卵でとじちまえばできるだろうが。いいからさっさと持ってきてくれよ」
と言いました。

店主は怒って、
「何を言う!早見優!」
と言い返しました。

すると男は、
「なにこの店、まじダリィ。まじダルビッシュ」
と言い残し、店を出ていきました。

しばらく親子丼のことは忘れていた店主ですが、それを切っ掛けに親子丼が気になり始めました。

「親子丼のことはもう忘れたほうがええ」
と頭では分かっていても、どうしても親子丼のことを考えてしまいます。

しかし店主はこうも思いました。

原因が分からないからモヤモヤしてるんだ。
だったら解決してしまおう。

店主は、店にあるとり肉と卵をあるだけかき集め、親子丼を作りまくりました。

しかし何度やってもしょっぱいのです。

むしろ前よりも味が濃くなっていました。

店主は参ってしまいました。

「トゥナイトはオールナイトやな」
と店主は思いました。

そして、ふと思いました。

目を見張らせていたのは調味料だけで、材料はノーマークじゃないか、と。

店主は材料に目をやりました。

すると、とり肉と卵から足が生え、調理台を歩き回っているのです。

そして何やら声も聞こえます。

とり肉からは、
「1、2、son!」

卵からは、
「お父ther!」

という声が聞こえてきました。

そしてお互いを見つけたのか、抱き合ってワンワン泣き始めました。

店主はようやく気づきました。

この涙の塩分が味を濃くしているのだと。

原因が分かった安堵と眠気から、店主は意識を失いました。

そして菜箸を頭の上でクロスさせ、床に倒れ込みました。

倒れた拍子に鍋やボールが壊れました。

そのときの店主の顔は、満足そうに微笑んでいるようにも見えました。

そうして"親子丼な夜"は幕を閉じました。


その後も、店に親子丼が復活することはありませんでした。

しかし親子丼を出せない分、その穴埋めをするように、他のメニューに力を注ぎました。

料理はさらにおいしくなり、雑誌にも取り上げられました。

そのお陰で客が増え、ますます店は繁盛しています。

「まいどおおきに」
親子丼のない店は、今日もお客さんで溢れています。


-完-