ショートストーリー「座れない席」 | 森本オレオの落書き帳

森本オレオの落書き帳

小説などを置いています。

「座ったらだめです」
彼女はそう言い続けた。

「お願い、座らせて」
彼女の前に立っている友人がそう言い続けても、彼女は決して友人を座らせなかった。

私は終点で降りるので、このやりとりを見ていることにした。

彼女と乗客の間には、一人が座れるほどのスペースが空いているのだが、誰もそこに座らせなかった。

誰かが座ろうとすると、
「座らないでください」
と止めた。

友人のかばんも置かせなかった。
とにかく誰もそこに座らせなかった。

そしてついに友人が、
「もういい、座る」
と言い、そこに座った。

するとどうしたものか、友人は跳ね返り、地面に叩きつけられた。

「だから言ったのに」
彼女は言った。

すると突然、扉も開いていないのに風が顔をかすめた。

私は思わず周りを見回したが、席を立った者は誰もいなかった。

そして彼女は、誰もいない扉に向かって手を振っていた。

扉が開き、ぽつぽつと乗客が降りていった。

彼女は、ようやく友人を席に座らせた。

「何だったの?」
友人は言った。

「ねぇ、透明人間って信じる?」
彼女は言った。

私は寝たふりをして、彼女達の会話を聞いていた。

「透明人間?」
友人は言った。

「そう、透明人間。電車とかでさ、空いてるのに誰も座らない席とかあるでしょ。あそこって透明人間が座ってるんだって。それで寝てたら起こしてくれ――」


――点、終点。


寝たふりのつもりが、本当に寝てしまった。

私は誰かに起こされたような気がして、周りを見回したが、乗客は誰もいなかった。

駅員が歩いていないところを見ると、駅員でもないようだった。

誰に起こされたんだろう。

そう思いながら降りる準備をしていると、また顔に風がかすめた。


-fin-