美術において一番大事なのは想像力である(力説)。
これはロマンティシズム的な詩句では決してなくて、その概念の多様性ゆえに美術はこの能力に依存しているといえる。以下、私なりに説明してみようとおもう。
1 それは原理的に、目に見えるものを絵画や彫刻というフォーマットに落とし込めるのに想像力が必要である。
人間は、空間を認識する能力があるけれどそれは完全ではない。なぜかというと、人間は瞬間的には写真のように一枚絵しか見ることができないからだ。一瞬一瞬において、人間は空間を認識してるわけではないのだ。ではどうしているかというと、時間をも認識していることによって、目に見えるモノの移り変わりを処理した結果、立体物として認識し、空間を感じているのである。
フッサールが現象学で唱えていることを言うと、私たちは、例えばおうちを正面から見るときに、それが立体だと分かっている。しかし正面からみたおうちは平面である。なぜ平面にしか見えないおうちが立体だと分かるかというと、それを側面から見た(経験あるいは確信)ことから立体と判断するからだ(現象学の言葉でいうと、側面から見ている自分を『他我』という)。こういうふうにして、私たちは過去の経験や時間の流れから物事を処理し、目に映る世界を分析している。人間が立体を再現できるのは時間と空間の認識があってのことである。
彫刻は、そういう常に平面にしか見えていないはずの人間の知覚を意匠をもって塊に置き換える作業だ。三次元にあるものを三次元で作るのは単なる模倣でないか、と思う人もいるかもしれない。でも、一度でも彫塑をやったことがあるのなら、これが翻訳的な作業であることを痛感するだろう。なかなか自然はまねしづらいのである。
絵画にいたっては、空間を作り出すための絵画独特のルールがある。描き方というやつだ。三次元のものを二次元に置き換えて、立体的に見せたり、その他効果的に見せたりするには、三次元空間とはまったく異なるさまざまな理屈が生まれてくる。それは人間の認識に根拠をもつ置き換えなのだ(つまり想像力)。
以上が、最も根底にある美術に関わる想像力についての話である。
2 空想や理想など
これは、想像と聞いてまず思い浮かぶものだと思う。
古今東西の美術のモチーフはこうした想像力によって生み出されてきた。卑近な写実・記録的な作品は近代になるまで地域を選ばず主要な地位にはなかった(そして写真の登場によりその機会も失われた)。
美術は空想・理想を投影するのに向いているツールと言える(写真家も『写真は嘘をつく』とは言うが、嘘は美術が十八番)。
18~19世紀にフランスで勢力を誇った新古典主義も、そういった美術に向いた特性を生かしたムーブメントだった。ダヴィッドは、あり得なかったシーンをたくさん描いている。もちろん全ての宗教画や歴史画はあり得ない想像を許容しているが、彼の作品はなんというか振り切っている。

ダヴィッドは権力者にへつらい、自分の思想すら曲げてしまうという、まあ出世するタイプではあった(実際フランス美術界のボスであった)。ナポレオンの騎馬像はそれが可能にさせた構図だが(50年ほどのちに、ドラッシュが比較的史実に近い姿でアルプス越えのナポレオンの姿を描いている)、いずれにせよこの作品は名画として歴史に輝いている。
新古典主義は古代ギリシャ芸術への回帰だった。歴史的には、伝説の古代があり、それがすたれて、長い年月を経てルネサンスで復活した。そのルネサンスの精神も退廃してチャラチャラしてきた今日このごろ、もう一度硬派なギリシャだ! といってはじまったのがフランスでのこれだった。
現在、ルネサンスが栄光の時代として振り返られている一方、フランスの新古典主義が何だかワルモノみたいに描かれがちなのはなんでかな、と考えるに、おそらく、歴史的タイミングとしてルネサンスが中世の閉塞感を打ち破ったというターニングポイントな上に、ダヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロなど人間じゃない連中が現れた幸運に恵まれた豊かな時代であった、のに対し、フランス新古典主義は権力を持ちすぎた上にロマン派・印象派に敗北したからかな。歴史は常に権力者と敗者には冷たいのだ。まあ、新古典主義の唯一の天才アングルひとりでルネサンスの巨人全員と戦えというのも酷な話。しかもアングルは新古典主義好きじゃなくて、しがらみでやってただけだからね……(そんな彼をボスにしたアカデミーもクレージーだよね)。
でも、新古典主義(アカデミー)のみんなは絵の善し悪しはともかく、「西洋美術史」という学問体系を成立させたりと後世への功績はでかいのでいじめないであげて。映画とかで悪役にしないであげて。
ところで……とくに現代において、美術に対する想像力のウェイトは増しているように感じる。むかしのように高い技術によることが前提ではなく、いったい何をなしえるか、まだ誰も見ていない何を見せてくれるか、それが大事になっているように思う。このこと自体は、私はいいこととも悪いこととも思っていない。時代というのはいつも前提で、ある程度は理由があって必然的に今こういうことになっている。
(どうしてこうなったんだ……ももちろんある。一例に『やる夫で学ぶ第一次大戦』(https://www.nicovideo.jp/watch/sm23942533)などを参照)

デュシャン以降、美術家はたいへんな苦役を強いられているように思える。デュシャンは西洋美術そのものを含めてジョークでしかないと言ってしまっていて、しかも皆がそのジョークをありがたがっているのだから。
そんな現代において、美術家は何をなしえるのか? 特に西洋美術を専攻している者はどうすべきか? デュシャンの呪いを解いて進むべきなのか? それとも過去の遺産を拾い、磨き上げるべきなのか?
何が望ましい道で、何が正解かと思われるかは、ここでは書かない。このブログは辞典で、思想書ではないから(逃げ)。
しかし、想像力として3番を付け加えるとすると、
3 人の想像力は限界づけられている。
これは、個人の能力とか、頭の良さとか、ひらめけるかどうかとか、そういう以前の次元の話題と思ってほしい。それでいて、この問題は個人個人に関わってきている。これから話そう。
人は、その知識、体験にあるもの、あるいはそこから連想しうるものごと以外は想像しえない。
ヴィトゲンシュタインが「言語の限界が世界の限界」と言ったのはこういうことで、その人に語れない(想像できない)世界は、その人にとってないも同じである。
私は線形代数がまったくわからないので、私にとって線形代数の世界は欠落している。それを知っていれば語れ、考えられ、開ける世界は私にはない。ゆえに、私は限定的な世界、想像力のもと、生きるしかないのである。勉強しろとは言わないでほしい。つらい。
想像力の限定の例を挙げると、柳田国男が「山の人生」で農民の報告を上げている。柳田は日本の民俗学・伝承・口伝を学術的に研究しようとした最初の学者の一人だった。当時やもっと昔は、日本は山と里に別れ、山は人の入ることのない異世界だった。しかしたまに、山に誘われるように迷い込む者もあった。そうして気がついたらいなくなった者たちを、皆は「神隠し」と呼んだのである。柳田はフィールドワークにおいて「神隠し」(行方不明)から帰ってきたものたちの証言を聞き、その異世界において見聞したものを聞き出した。異形のものを見ただの、なんだの言ったようであるが、詳しくは引用する。
「どこだか知らぬ高い山の上から、海が見えた里が見えたの類いの、漠然たる話ばかり多い。ところがこれとは正反対にごくわずかな例外として、むやみに詳しく見てきた世界を語る者がある。江戸で有名な近世の記録は、『神童寅吉物語』、神界にあって高山嘉津間と呼ばれた少年の話である。これ以外にも平田派の神道家が、最も敬虔なる態度をもって筆記した神隠しの談がいくつかあるが記録の精確なるために、いよいよ談話の不精確なことがよく分かる。各地各時代の神隠しの少年が、見てきたと説くところには、何一つとして一致した点がない。つまりはただその少年の知識経験と、貧しい想像力との範囲より、少しでも外へは出ていなかったのである。
(中略)
江戸の高山嘉津間、和歌山の島田幸安等の行末はどうであったか。今なら尋ねて見たらまだ消息が知れぬかもしれぬ。もし彼らの行者生活が長く続いていたとすれば、これらの覚書類は時の進むとともに、幾たびかその価値を変化しているはずである。少なくとも口で我々にあんなことを説いて聞かせても、もう今日では耳を傾ける者はあるまい。故に書物になって残っているというだけで、特段にこれを尊重すべき理由はない道理である。」
(「遠野物語・山の人生」柳田国男 岩波文庫)
柳田は、本人たちが聞いてないのをいいことにずいぶん残酷な言い方をするけど……そういうことなんだろう。
「おばけなんてないさ」のとおり、人は自分の想像力の中でしかおばけを見いだせない。だからおばけは人のつくったものだ(東西のおばけの差を見よ)。
美術家の仕事は、おばけを作ることに似ている。ただ、民俗は得体が知れず、畏怖を感じさせることに収斂していったが、美術家はともあれ人の心にポジティブに訴えるおばけを作るのが正道とはいえよう。