ウルトラマリンの経済的側面の歴史 | てきとーな美術辞典

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 もっとも高価な顔料として天然ウルトラマリンがよく知られている。これはラピスラズリという貴石を粉砕するという贅沢なものだけれど、ウルトラマリンは単一の化学元素ではなく、また原石には不純物が多い。なので精製には技術が必要である。

 西洋でウルトラマリンの精製技術がもっとも高かった時代は中世であった。ジオットなどの活躍していた頃には高彩度の精製が行われており、それは残されている作品からも確認できる。

 

 昔、あるお方が私に「フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』のターバンの青が淡いのはギルドの精製技術が落ちてウルトラマリンの彩度が下がったからだ」とおっしゃっていたが、私はこの説自体は信用してない。フェルメールの青は確かに全体的に淡くちだが、それでも高彩度の青が認められる作品はある。フェルメールの絵からは青色顔料はウルトラマリン、スマルト、アズライト、インディゴが検出されており、強い青はウルトラマリンからとしか考えられないからだ。

 とはいえ、中世から近世にかけてギルドの技術継承に疑問符が付き始めるのも事実ではある。中世末期にかけて、ギルドは衰退を始めるのだ。

 

 ギルドはもともと排他的な同業組合であって、自由競争もさせないしギルド内の序列も厳格だった。そういう窮屈なやり方をしていたので、徒弟に技術は教えるけどむしろ経済の流れは止めていたという側面もあったりした。しかし十字軍ののち若干にヨーロッパの交易範囲が広がり活発になることによって、世の中的に商業の流れが早くなり、どこが困ったかというと、これがギルドではなくまずは荘園である。畑を仕切っていた貴族たちはもう麦だけじゃやってられず貨幣が欲しい、時代はカネだ、と方向を転じた。これは結果的に農民の地位を向上させ、富農が生まれ始めた。

 すると、ギルドで親方になれなかった職人たち(ポスドクみたいな人たちがいっぱいいた)が「ギルドなんてやってられるか!」とこぞって農村に流れ出てそこで半農半工をし出した。この辺りから、ギルドシステムは時代の流れに合わなくなってくる。

 

 このような組合は技術をよその人に教えないので、後継者に断絶があると簡単にロストテクノロジーになったりする。近代になるまで、西洋の技術者は何かエポックな発見をしても人に教えなかったのである(金儲けの武器になるから)。知を共有して積み重ねていこうという発想はまだなかった。というか、今の意味合いでいう「歴史」という感覚自体が最近になって固まったものだし、数百年、数千年に同一性を持つ物語の元に生きるというのは近代的な考え方なのだ。

 なので、今はもちろんジオットの頃のウルトラマリンの作り方を精確に再現はできないし、おそらくフェルメールの頃もある程度メチエは失われていたと思われる。特にフェルメールの生きた時代には三十年戦争というひどい戦いもあったし、社会は混乱していたので喪失されたものは多かった。

 

 ときに人工ウルトラマリンの発明時も、極秘ごっこの言い合いになった。1824年にフランスで「天然はいくら何でも高すぎるから、人工生産を発明した人に6000フランの懸賞金をつけます」と言われてから、「俺は数年前に開発していたが極秘にしていた」「俺も作り方を知っていたが極秘にしていた」と言う奴が湧いて湧いて揉めまくった。結局28年にJ.B.ギメ氏の製法に対して懸賞金は送られた。200年前でこれなのである。でも粉ひとつで大騒ぎできるのが人間のいいところだよね。