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もこ太郎の平成阿房列車

No Train,No Life!
生粋の「乗り鉄」がブログを書くとこうなる!!
私が行った鉄道の旅をレポートさせて頂いています!
私のブログをお読み頂いて、鉄道の旅に興味を持って頂けたら幸いです!

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しばらく私は白銀の車窓を、のんびり楽しんでいました。







小出を出発して40分程経過した頃です。


柿ノ木駅までもう少し、というところで…












一瞬の小さな振動の直後、列車は雪原の真っ只中で急停車!!!






もともとゆっくり進んでいた為、急ブレーキの衝動は少なかった。


しかしいったい何が起こったのだろう?

ただならぬ様相で、すぐに車内放送が入る!!!



















「ただ今、この列車が線路内の倒木を踏んだ為、緊急停車致しました。


 安全確認作業を行いますので、この列車、しばらく運転を見合わせます。


 お急ぎのところ大変申し訳ございません。」










窓から覗いてみると、雪で覆われた雑木林から、確かに一本の木が線路に向かって倒れている…


雪の重みに耐え切れず、折れてしまったのであろう。


これを踏んでしまったわけか。


とんだ災難にあってしまった…











こんな豪雪の中を走っているのだ、どんなアクシデントが起きてもおかしくないだろう。


脱線しなかっただけでも、不幸中の幸いだ。




しかし、今後この列車はちゃんと動いてくれるのか?


はたして、只見までたどり着けるのか?

もしかして、ここからバスに乗り換えて移動なんて羽目に合わないだろうか?


はたまた小出へとんぼ返り、なんてこともないだろうか?

不安は募るばかりだ。






若い車掌が、数少ない乗客一人ひとりに事情を説明している。




私の真横のシートに座っていた、威勢の良い年配の男性が


「こんなの、みんな列車から降りて力を合わせりゃ引っこ抜けんだろう!?」


と車掌につっかかる。



いやいやお父さん、お父さんの子供の頃は実際そんな事できたかもしれないが、

今は乗客の安全が最優先の時代。そうはいきませんのですぜ…


雪も深そうだし、このまま列車から降りるのはかなり危険を伴いますよ…


お父さんの気持ちもわかるけど、ここはおとなしく待ってみましょうよ。





乗客の中には、只見からバスに乗り換えて、会津若松方面へ抜けようとしていた旅人もいた。


車掌も、旅人のその要望に応えるべく必死に弁解している。












動かない景色を眺め続けること、およそ1時間。


ようやく保線員の姿が現れた。












保線員と運転手は、車両の下に潜り込んだ倒木を、のこぎりで切りおとす作業を始めた。




この大雪の中、彼らも必至だ。












約10分程で、倒木は全て線路の外へ切り出された。






「ごくろうさ~ん、ありがとう~!!」


先ほどの初老の男性も、車内から窓を開け、作業に取り組んでいた保線員と運転手にねぎらいの言葉を掛ける。








しばらくして、車内放送が入った。






「大変お待たせいたしました。車両の安全の確認が取れましたので、運転再開致します!」






列車はディーゼルエンジンをフル稼働させ、再び只見に向かってゆっくり動き出した!!








その瞬間、拍手喝采が起こった!!


…私の心の中だけで…






ここで、少し前面展望かぶりついてみた。










レールが完全に雪に覆われていて見えないじゃないか!?


こんな中をこの列車は走っているのか!?


にわかに信じがたい光景であった。








約1時間半の遅れを伴い、柿ノ木の隣の駅、大白川(おおしらかわ)駅を出発。




次はいよいよ終点の只見だ。








しかし、只見線はここからが長い。




新潟と福島の県境を遮る、難所の六十里越峠を長大なトンネルによって抜ける。


その全長はゆうに6000mを超える。




長い時間をかけて六十里越トンネルと抜けると、すぐさま続けて田子倉トンネルを抜けなければならない。


そのトンネルに突入したところに、廃駅となった田子倉駅跡が存在する。


列車が駅跡に差し掛かった瞬間、カメラを構える!


そして!!










何が何だか訳の分からない写真が撮れてしまいました。


(こんな写真載せるなよ、俺…)








田子倉駅の廃止により、只見駅 - 大白川駅間の駅間距離(20.8km=営業キロ)がJR東日本管内の在来線で最長となってしまったようです。




大白川から30分掛けて、ようやく隣の、そして終点の只見駅に到着。










ここまでいろいろあったけど、何とかたどり着いた只見駅。




しかし、ここでゆっくりもしていられない。






定刻通り只見に到着していれば、小出への折り返し列車の発車まで1時間以上の余裕がありました。


予定ではその1時間余りでゆっくり只見駅の見学をしたかった。


名物の、完全手動の転車台も間近で見たかった。




10分の遅れだけなら痛くもかゆくもなかったのだが、1時間半の遅れでは、列車もすぐに折り返さなければならない。


只見駅での滞在時間は僅か5分程度!!




私が只見駅で行えたことは、ホーム上から数枚の写真を撮影することだけでした…






















広大な雪原の中に、ぽつんと佇む小さなホーム。


今回の旅では、只見駅の印象はその程度しか残りませんでした(涙)。






小出行きの車両から、私は必ずまたここに訪れることを約束して、只見駅を後にするのでした…










それにしても、今回の旅ではまさに壮絶な雪国の生活を思い知らされたように思います。


雪のめったに降らない土地に生まれ育った私には、今回起きた出来事すべてが驚きでした!


これに懲りずに、また雪国への旅を敢行したいです!!




さっそく、また明日にでも18きっぷで北に行ってこようかな~?(爆)














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先日のSimplog
で少し呟かせて頂きましたが、




12月14日(土)


冬の18きっぷ解禁後の、初めての土曜日のお話。


早速、乗り鉄してきました!!!






高崎線から上越線に乗り換え、


「国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国だった」


で有名な清水トンネルを抜け、


やってきました!




「小出(こいで)駅」




ここで、初乗車となる路線に乗り換えます。


その路線とは…






JR只見線(ただみせん)






小出駅のある新潟県魚沼市と、福島県会津若松市を結ぶ地方交通線。


全線単線非電化のローカル路線です。




残念ながらこの只見線は、2011年7月の豪雨により橋桁が流され、今現在でも不通区間が存在するのです。


(不通区間となっている只見~会津川口間は、バス代行運転が行われています)


さらに今年、秘境駅として有名だった「田子倉(たごくら)」が廃止、小さな駅の「柿ノ木(かきのき)」は臨時駅扱いとなり、この只見線はかなり逆風に立たされている立場にあるのです。




このまま廃線の噂もしばしば囁かれるこの路線。


しかし豪雪地帯を走るこの路線は、冬の貴重な移動手段として、地元住民から重宝されている路線なのです。







今回の旅の目的は、只見線の小出~只見間の完乗と、只見駅の見学。


初乗車の路線に乗るっていうのは、いつでもテンション上がりますよね~!




雪で覆われた小出駅で私を出迎えてくれたのは…




旧国鉄時代からの遺産!


キハ40系寒冷地仕様の500番台!










上越線の新潟色115系とお揃いの、このグリーンのペイント!


(「東北色」らしい)




さっそく乗車してみます!








おぉ~!!


私の好きな2人掛けクロスシートがあるじゃないか!?

進行方向に向いてクロスシートに着席。




乗車率は20パーセント程…


半分は乗り鉄含む旅行者、半分は地元の人っぽいです。


あとは発車を待つだけ!!







定刻直前に、車内放送が入る…




「ただいま、沿線の除雪作業に遅れが生じております。よってこの列車も、遅れて発車致します。」




こんな理由で遅延をくらうの、初めてだ~(汗)


しかし地元の乗客は慌てず騒がず、こういうことはしょっちゅう起きているのでしょうね。


それにしても沿線の作業員さんは、雪の日はいつも大変な思いしてるんだな~と実感。






そして約10分後




ディーゼルエンジンが唸りを上げ、いよいよ出発!!



魚野川に架かる鉄橋を渡り、列車はゆっくりゆっくり、雪を掻き分けながら進みます。






車窓は、











































どこまで行っても雪!!!


一面の雪景色しか映し出しません!!!








列車は、臨時駅に格下げされてしまった柿ノ木駅に差し掛かろうとしていました。






と!その時!!!












つづく…












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昭和駅 から、幹線道路に沿って徒歩での移動を続ける。

歩道橋に掲げられた、青い道案内にしたがって進んでゆく。


移動を始めて20分程経過した頃。

アンダーパスになっている道路を抜け、貨物用と思われる線路の踏切を超えると、道の左右に駅が設置されている所にたどり着いた。



それにしても今日は本当によく歩いた。こんなに歩いたのは何年振りだろうか?



たどり着いた場所、ここが鶴見線最後の駅

「浜川崎(はまかわさき)駅」




この駅は、南武線支線との乗換駅となっている。

しかし南武線支線のホームと鶴見線のホームは、道を挟んで完全に隔離されている。

まるで別の駅のようにも見える。

両ホームとも、無人駅扱いだ。


なぜこのような構造になったかというと、昔はそれぞれの路線は異なる鉄道会社が運用しており(南武線は南部鉄道、鶴見線は鶴見臨港鉄道)、戦中に国有化された為である。

このような、同じ駅扱いで別駅のようにホームが設置されている駅は、全国的にも珍しいらしい。

上の画像は、南武線支線ホームの入り口となる。

こちらの入り口は立派な「駅」だと分かるが、鶴見線ホームの入り口は、ただの歩道橋のような非常に殺風景なものだ。




階段を上ると、跨線橋の途中に無造作に簡易suica改札機が置かれている。




なお、鶴見線と南武線の乗り換えの際は、簡易suica改札機を通さない旨の注意書きがなされている。



(画像は、南武線ホームの改札付近に掲示された注意書き)


鶴見線ホームは、改札を抜けた右側の階段を下ったところにある。

改札の奥は、JFEスチール東日本製鉄所専用の出入り口となっており、社員以外の通り抜けはできないようだ。




鶴見線のホームは島式で1面2線。

扇町 方面は3番線、鶴見方面は4番線に割り当てられている。




狭いホームに、ベンチと木造の上屋が設置されている。


この浜川崎駅は、時間帯によっては鶴見発列車の終着駅になる場合もあり、鶴見線の主要駅とも呼べる駅である。


最後に駅名の由来だが、川崎市内の、海辺(浜)に近い場所である事から、らしい。



鶴見線の駅巡りで、このような変わった駅を最後の締めくくりにできたのは少し運が良かったように思える。




以上で、鶴見線の全駅を訪れる目的は達成できた。

しかし、今回の阿房列車の旅は心からコンプリートできたとは言えない。


大川支線 の列車に乗車できなかったからである。

非常に心残りではあるが、今回は時間の制約もある為、諦めることにした。

いつになるかわからないが、必ず大川支線を完乗することを約束して、京浜工業地帯を後にする。




ここで鶴見線の全駅を巡った感想を簡潔に述べたい。


最初は工業地帯を走る路線と聞いて、「楽しめる」路線なのかどうか、正直疑問に思っていた。

しかしいざ乗ってみると、随分ローカル色を感じさせられ、楽しめる要素がグッと詰まった路線であった。

猫の姿も多く見かけ、全ての駅が無人駅であるにも関わらず「暖かい」雰囲気を感じる路線であったと思う。


全ての駅一つ一つにそれぞれ味があって、駅を見学するだけでも充分楽しめる路線である。

首都圏に在住する人であれば、大川駅に電車で訪れるのは難しいにしろ、1日で全駅に訪れることが可能であろう。

デートコースに海芝浦駅 を訪れるのも乙なものだ。ただしその場合は天気の良い日を選ぶ事、そしてランチは持参必須である事を肝に銘じて頂きたい。



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扇町駅 からの折り返し鶴見行き列車に乗り込む。

乗客はほぼ全員、私と同じく扇町までやってきて、そのまま折り返す鉄道ファン達だ。


列車はゆっくり発車する。

旅客用の線路の西側に、何本もの貨物用の線路が南北にのびているのが見渡せる。


そして、あっという間に隣の駅に到着した。

この駅にて下車してみる。



「昭和(しょうわ)駅」




単式ホーム1面1線、そして小さな駅舎を有している。

ホームには木造の上屋が掛けられている。

カーブの途中にある駅の為、ホームは大きく湾曲している。




改札には、簡易Suica改札機と切符の回収箱、というお決まりのパターンだ。




鄙びた感じの駅舎ではあるが、やはり昔は有人駅だった名残が伺える。




この駅の出入り口の目の前には、昭和電工の工場の入り口がある。

この駅の利用者の殆どは、この工場の従業員なのであろう。




駅名の由来も、その昭和電工からとったもの。


と、ここまで鶴見線すべての駅名の由来を述べてきたが、その殆どが非常に特徴のあるもので、1つ1つ紹介せずにはいられなかったことに謝意を表したい。



残す駅もあと1つとなった。

ここで、最後の徒歩移動を行う。


まずは、線路と並走する道路を北上する。

駅を出てすぐのところで、貨物専用と思われる線路が道を大きく斜めに横切っている。

踏切も設置されているのだが、この線路は使われることはあるのだろうか。


運河に架かる橋を渡り終えたところで、線路は左にカーブし、道は北上を続ける。

残念ながらこの先は、線路とは離れて移動する。


道の先にはさらに大きな陸橋が架かっている。

陸橋の下には、どうやら貨物用の線路がひかれているらしい。


陸橋の頂上まで来ると、巨大な郵便局の建物が姿を現してくる。

北上を続けていると、東西に延びる幹線道路に出る。

その道路の上には、首都高の高架が架かっている。


幹線道路に沿って、西に進む。

道路の南側には、高架の貨物用線路が並走しているようだ。

このような光景が広がると、非常に近代的な印象が伺える。

鶴見線沿線には無い光景だ。

歩道には、少し赤みを帯びた樹木が並ぶ。




太平洋の海沿いに位置するこのあたりにも、紅葉前線は迫ってきている。

徒歩でなければこのような光景も望めない。

雨の、そして近代都市の真っ只中での紅葉散策も、意外な風情があるものだ。

思わぬ発見ができて、少し得をした気分だ。




道路に掲げられた道案内に従って、次の駅に向かう。



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後ろ髪ひかれる思いで大川駅 を徒歩で去る。

気づけば鶴見線の残す駅は、あと4駅となった。



10分程歩いてたどり着いたのは、安善 から大川に向かう途中で素通りした駅。


「武蔵白石(むさししらいし)駅」


もこ太郎の平成阿房列車


大川駅を含め、ここ以東に位置する駅は全て川崎市内の駅となる。

この駅も、昔は有人駅だったような佇まいを見せている。


駅前には、富士電機や日本アクセスの工場が建っている。

しかし日曜の昼間という時間帯もあって、この駅も例外なく、人の姿が見られない。


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駅の構造は、相対式ホーム2面2線。下りホーム側に駅舎が添えられている。

ホーム間の移動は、駅構内の踏切を使用する。


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少し前までは、この駅で大川支線への乗り換えが可能であった。

非常に小さな大川支線のホームが、かつて存在していたのだ。

その小さなホームに発着可能だったのが、かつての鶴見線のシンボル、クモハ12系なのである。

クモハ12系は車体が短い(17メートル)が為に、この駅のホームにも停車ができたのだ。

しかしクモハ12系の老朽化に伴う廃車の為、大川支線のホームも撤去され、大川支線の列車は通過扱いになったという経緯がある。


駅名の由来だが、日本鋼管創業者の白石元次郎にちなんで名前が付けられた。

しかし既に「白石」という駅が存在していたので、頭に「武蔵」が付けられたとされている。




14時10分

やって来た下り列車に乗り込む。

この列車で、一気に本線の終点まで行ってみようと思う。


列車は何本かのそびえ立つ鉄塔を見据えながら、右へ左へカーブしながら進んでゆく。


高速道路の高架下をくぐるとすぐ、武蔵白石の隣の駅に停車する。

この駅をやり過ごすと、線路は単線になる。

そのうち進行方向左側に、貨車の留置用と思われる線路が何本も張られているのが見えてくる。

次の駅もやり過ごし、列車は真っ直ぐのびた線路をゆっくり、ゆっくり進む。


今度は進行方向右側に、貨車留置用の線路が見えてくる。

間もなく前方にホームが見えてきて、列車はスピードダウン。

遅い列車がさらに遅い速度でホームに入線し、車止めの手前5メートル程の位置で停車した。



鶴見線本線の終着駅

「扇町(おうぎまち)駅」


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単式ホーム1面1線という構造は、終着駅らしいとは言い難い。
しかし、鶴見線は鶴見駅以外の3つの終着駅全て同じ構造をしている。
鶴見線の世界ではこれが常識になってしまっているのであろう。

もこ太郎の平成阿房列車


この駅までは、私と一緒に何人かの鉄道ファンと思われる人が乗車してきた。

海芝浦駅 と同じくらいの、非常に小規模な賑わいを見せていた。

下車して、まず目に入ってくるのが猫の姿。

数匹の猫が、まるで主人の帰りを待っていたかのように、駅の物陰から出てきた。




猫の出迎えを受け、運転手が猫に餌を与える。

非常に微笑ましい光景を目にすることができた。


この駅の改札も簡易Suica改札機が置かれているものの、昔は有人の改札があったのだろう。




駅の外に出てみると、駅の入り口に小さなアーチが架けられている。

アーチには何かの花が植えられている。薔薇であろうか?

雨露にぬれる薔薇のアーチというのも風情があって良いものだ。




駅周辺には工場が建ち並ぶ。

今の時間は人もまばらでひっそりとしているが、平日の朝夕は工場の従業員達でこの小さな駅も賑わう事だろう。


駅名の由来は、駅周辺の住所から。

その住所に着目してみると、扇町は浅野財閥による埋立地で、創業者である浅野家の家紋の「扇」にちなんで付けられたとされている。



これで、鶴見線の3つの終着駅を制した。

しかし、まだ今回の旅は終わっていない。


わずか8分で鶴見に折り返す列車に乗り込み、次の目的地に向かう。



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安善駅 から真っ直ぐ東へ伸びている道に沿って、突き当りまで移動してきた。

突き当りには工場の門、そしてそこから南に、踏切を跨いでまだ道が真っ直ぐ続いている。

私は南に向かう。


線路を右側に従えながら歩み進む。

大川支線は、安善を過ぎてからは単線となるようだ。


道の左右には大小の工場が並ぶ。

しかし日曜の昼間という事もあり、たまにトラックが行き交う以外はひっそりとしている。

猫が数匹、道端で戯れている姿まで見られた。



安善から、20分程歩いてきただろうか?

運河を跨ぐ橋を渡りきったところで、小さなホームが見えてきた。

私は自ずと足早になる。



ひと気の全くいない小さな駅に、ようやく到着した。


「大川(おおかわ)駅」


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鶴見線の、3つ存在する終着駅の1つとなる。



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単式ホーム1面1線という最低限の構造を持つ終着駅。

ホームに隣接する線路の他に側線を持っている。

貨物用に使用されていたと思われるが、草が生え放題の状態で、長らくその側線は使用されていないらしい。


ホームから100メートル程先に、車止めが設置されているのが見える。


もこ太郎の平成阿房列車


簡易Suica改札機と使用済み切符の回収箱が置かれただけの改札を抜け、駅舎を眺めてみる。



もこ太郎の平成阿房列車


これが終着駅かと思うような、至って小さく、そして鄙びた感じの駅である。

しかしその木造の駅舎は、見れば見るほど、どことなく哀愁が漂ってくる。

鶴見線の中では1番風情の感じられる駅ではないだろうか?



駅前には、日清製分をはじめ、昭和電工、三菱化工機などの工場が建ち並ぶ。

巨大な工場に四方を囲まれたようなこの小駅は、かえって周りの風景から浮き出でた印象をもたらしている。


駅を去る前に、この駅の時刻表を見てみる。


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こんなに空白の多い駅時刻表は今まで見たことがない。

この駅最大の特徴を、この時刻表が語っていると言っても過言では無いだろう。

旅客列車は朝晩のみの運行であり、完全に駅周辺の工場の従業員用のダイヤが組まれている。

土日祝日に至っては、朝2本、夕方1本しか列車が来ないというありさま。

先日訪れた吾妻線の終着駅、大前 の1日5本というのにも驚いたが、この駅はそれ以上にダイヤが薄い。


次の電車は18時1分。

今から4時間も待たなければこの駅に電車は来ない。

もちろん私は、今来た道を再び徒歩で折り返すのであった。



最後に駅名の由来だが、日本初の製紙技師としていくつもの製紙会社を興し、「製紙王」と呼ばれた大川平三郎にちなんでいるとの事だ。

蛇足だが大川平三郎は、「日本資本主義の父」と言われた渋沢栄一の甥にあたる。



海芝浦駅 とはまた違った感動を与えられた駅であった。

次は絶対、電車でこの駅を訪れたい。


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弁天橋駅 を出発した列車は、先ほど下車した浅野駅 にあっという間に到着、停車する。


停車中に前面展望かぶりつきを行うと、真っ直ぐ伸びた線路の向こう側に次の駅のホームが見える。

それほどこの鶴見線の駅間というのは短い。


その真っ直ぐ伸びた本線の線路を進み、浅野駅から見えていた駅に、あっという間に到着した。


「安善(あんぜん)駅」


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島式ホーム1面2線、そして小さな駅舎を有する駅。


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1番線に下り方面、2番線に鶴見行き上り方面の列車が停車する。

2番線の隣には、貨物用と思われる側線が何本も張られている。

ホームから改札に向かうためには、構内踏切を使用する。


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駅前には東西にのびる公道に沿って、店舗兼住宅のような建物が並んでいる。

工業地帯の印象はここにはあまり無い。


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この駅について特筆する点は2点。



1つは、駅名の由来。

「安善」というのは、「安田善次郎」という名前を略した文字である。

その安田善次郎という人物は、安田財閥の創業者であり、鶴見臨港鉄道(現在の鶴見線)の支援を行った人物なのである。


安田善次郎は、鶴見線にとどまらず、数多くの鉄道事業に携わっている人物なのである。

現在の中央線御茶ノ水~八王子間をはじめ、現在の青梅線、両毛線、水戸線、都電荒川線、京急電鉄(横浜以南)、小湊鐡道などは、安田と大きく関わりを持った路線なのである。


安田善次郎無くして、今の日本の鉄道は無かったと言っても過言では無いのではないか。


なお、「安全祈願」の為にこの駅名が入った切符が大量に売れたというエピソードがある。



そして、2つ目の特筆すべき点。


この駅の駅名標を見ても分るが、この駅から鶴見線2本目の支線「大川支線」が分岐されているのである。

浅野駅では、本線と海芝浦支線とでホームが異なったが、安善駅では、本線も支線も同じホームが使用される。


ここから大川支線の隣の駅まで、営業キロで1.6Km。

歩けない距離ではない。



ここで三たび、徒歩移動を敢行する。

駅前の通りを、東に向かって歩き出す。


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途中、運河の上に架かる鉄橋の姿等を見ながら歩み進む。


すると、目的地とは違う、安善の隣の駅に到着してしまった。


しまった…

この駅で降りた方が、目的地に近かったのか…

支線はこの駅をかすめるようにカーブし、南に向かっている。


仕方ない。

私も線路に沿って、南下する。



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鶴見線阿房列車の旅の途中ですが、申し訳ない、一旦途中下車です。


まずは、以下の動画をご覧ください。



大正漢方胃腸薬の最新CM(でいいよね?)です。
小栗旬さんが、待ち合わせの居酒屋に向けて一目散に走って行くCM。
テレビで既にこのCMをご覧になっている方も多いのではないでしょうか?

CMの冒頭で小栗さんが電車で移動してきて、そのまま駅を飛び出してくる場面がありますが、
その駅の名前は
「石沢中駅」
ちらっとしか映ってないですが、木造駅舎が印象的な駅ですよね!

私も、その石沢中駅にちょっくら行ってみました!!

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うん!まさにこのホーム!CMと同じ!!

で、駅舎は…

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そうそう!!これこれ!!
確かに、小栗さんこの駅から飛び出してきてた!!
ただし、駅前にでっかいコカコーラの看板がありますが、さすがにこれは隠さないとマズいですよね~(笑)

さて、駅舎に掲げられている駅名標でも確認してみましょうかね!


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………え???



はい!虎ノ口駅に続いてお決まりのパターン(汗)


言う必要もないかもですが、「石沢中駅」なんて駅はこの世にありません!
この駅は、埼玉県の羽生市~熊谷市~秩父市を結ぶ「秩父鉄道」の終着駅
「三峰口(みつみねぐち)駅」なのであります!!

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私は何度かこの駅まで来たことがあるので、CMを見た瞬間、三峰口駅である事が一目でわかってしまった次第なのです!
この駅は埼玉県最西端の駅であり、関東の駅百選にも選ばれているのです。

しかし、駅前は割とひっそりしているので、CMに出てくる飲み屋さんは別の場所で収録されたのでしょうね!


そしてこの三峰口駅には、鉄ヲタが泣いて喜ぶ要素があるのです!


線路を挟んで駅舎の反対側まで移動してみると…

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「秩父鉄道車両公園」なるものが!
(看板には「鉄道車両公園」と記載)
そこには、昔実際に秩父線を走っていた車両たちが静態保存されているのです!

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この公園への入場は無料。
貨車へは乗り降り自由となっております!

そして、秩父鉄道と言ったら、都心から一番近くを走るSL「パレオエクスプレス」が有名ですね!
そのSL用の転車台も公園のすぐそばに設置されています。

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SLが運行される日は、転車される姿を間近に見ることができます!


さてみなさん!
秩父鉄道車両公園があり、SLが走り、小栗旬さんも走った三峰口駅まで、ぜひ遊びに来てくださいね!
空気も澄んでいて良い所ですよ!!

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え?私はパレオエクスプレスに乗らなかったのかって??





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乗りましたよ~~
☆-( ^-゚)v

これは別途レポートします!!
いつになるか分かりませんが…








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