
紀伊細川駅 から勾配を下り続ける。
途中やり過ごしてゆく駅はそれぞれ、紀伊神谷 や紀伊細川と同じような、情緒ある木造の駅舎を構えていた。
願わくばもう1駅か2駅、下車して駅舎観察をしてみたかったものだが、あまり時間に余裕が無い為、それは諦めざるを得なかった。
そうこうしているうちに、紀ノ川を越えて橋本駅まで戻ってきた。

同名の駅が国内にいくつか存在するが、ここは和歌山県橋本市を代表する駅である。
JR和歌山線のホームと、南海高野線のホームを合わせ持つ、比較的大きな印象の駅。
その割には、駅前に人影があまり見えず、休日の昼にしては随分閑散としている。
駅前広場をよく見てみると、そこには漫画「まことちゃん」の主人公の像が立っている。

まことちゃんの作者、楳図かずお氏が、この駅付近で生まれ育ったという所以らしい。
私は小さいころ、楳図氏の作品はギャグ漫画ばかりだと思っていた。
しかし、氏の得意とする分野はホラー漫画だという事は、成人した後に初めて知った事であった。
しかも、氏の出身地が和歌山県だったという事は、さらに後に知った。
駅周辺のコンビニで昼食のおにぎり2個を買い、ホームのベンチで平らげた。
1番線ホームで待っていると、私が幼少から知っている、クリームのボディに朱色のラインが入った、2両編成の和歌山行き下り列車が入線してきた。
列車に乗り込むと、駅前同様、車内も閑散とした様子で、その中でもやや学生の姿が目立った。
和歌山線は、王寺駅から和歌山駅を結ぶ、全線単線の地方交通線。
そして私の生家は、和歌山線の線路に隣接されている。
列車が通過する度に、家には走行音が響き、振動が伝わる。
私は、この世に生を受ける前から、鉄道の走行音に慣れ親しんでいた。
だから生まれつきというより、生まれる前から鉄道マニアになる素質を持っていたのかもしれない。
私が小学生の時、和歌山線は全線電化された。
パンタグラフをひし形に広げた、今まで見たことも無いような車両が、「試運転」というサボを表示して走っているのを見たときは、私はあまりにも興奮して、狂喜乱舞したものだ。
橋本駅を発ったワンマン運転の列車は、田園風景と住宅街の車窓を交互に映しつつ、国道24号線と並走しながら進んでゆく。
紀ノ川をトラス鉄橋にて渡り、終点の一駅手前、田井ノ瀬駅を出発すると、私の感情が高揚してくる。
阪和自動車道の高架の下を潜ると、右手に和歌山機関区が見えてくる。
私の幼少時代には見なかった、青いボディに白い帯を巻いた車両が、何両か留置されていた。
和歌山機関区が途切れたところで、車内から私の生家を見ることができるのだ。
私はその瞬間、じっと目を凝らした。
幼少時代、生家の裏を走り去る列車を、私は毎日のように見ていた。
その列車に、私は今乗っている。
生家から見た列車は、随分離れた距離を走っているかのような感覚だったが、今の私から見た生家は、随分近距離に位置するように感じた。
生家を過ぎた途端、列車は左に大きくカーブし、約90度旋回したところで直線に戻る。
間もなく、紀勢線の線路と合流し、右手に阪和線の線路が近づいてくる。
橋本から1時間余りで、終点の和歌山駅に到着した。
ついにここに帰ってきてしまった。
見覚えのある改札を抜け、駅前広場に出てみた。
昔は無かった、立派なバスターミナルの出迎えを受けた。
橋本駅とは違い、駅前には人が多数いた。

さて、約束の時間までまだ少し余裕がある。
最後に、もう1路線を完乗すべく、駅構内に戻る。
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