極楽橋 から、勾配を下る上り列車が橋本に向けて出発した。
乗客は、1両ごとに2,3人しかおらず、非常に閑散としている。
トンネルを抜けて、隣の駅に停車。
木々に囲まれたこの駅で、私は下車した。
「紀伊神谷駅」

車両から降りる直前から、この駅独特の雰囲気は伝わっていた。
しかし、いざホームに降りるとその雰囲気が、車内と比べものにならないほど伝わってくる。
今日は晴天の筈なのに、ホームには木漏れ日すら射していない。
光という光は、うっそうと生い茂った木々に遮られているようだ。
「深い森林に迷い込んでしまった」
この駅に降りると、まさにそのような錯覚に陥ってしまう。
マイナスイオンを有り余るほど帯びた、ひんやりとした空気が私に突き刺さってくる。
この駅で下車したのは私、そして私と同業者の2人だけであった。
この駅で、極楽橋に向かう「こうや」との交換が行われる。
「こうや」よ、君もよくここまで頑張って登ってきたな、ゴールはもうすぐだぞ。
と、思わず労いの言葉をかけたくなる。

ホームと改札は、構内踏切で繋げられている。
そして駅舎は歴史のありそうな木造建てである。

駅舎に入ると、駅員が居て自動改札機が設置されていた。
私はこの改札機に切符を通したわけだが、この駅には到底似合わない光景だ。

駅舎から外に出てみる。
小川の上に橋が架けられており、駅舎と駅前の道を繋いでいる。

そして、その駅前の道は車1台通れるほどの林道。
道をはさんで駅の反対側は崖になっている。

人の気配は全く無い。

いきなり熊や猪が脇から出てきてもおかしくない雰囲気だったので、駅を離れることは躊躇した。
仕方なく、次の列車が来るまで駅周辺をうろついていた。



青空が広がるその下に、大きな陰りの空間が存在する。ここは文字通り異空間だ。
和歌山県内最高峰の秘境駅の名に、決して恥じない駅だ。
何もすることが無いので、時間より随分早く駅に戻った。
窓口で次の駅までの切符を買い、自動改札を抜け、ホームに駆け登った。
1面2線島式の狭いホーム上には、小さな上屋の付いたベンチがポツンと置かれている。
駅は急カーブのちょうど真ん中に位置しており、ホームは大きく湾曲している。

その為、列車とホームの間に大きな隙間ができる箇所が発生する。
ホームには、注意を喚起するペイントが施されている。

その昔、この紀伊神谷駅が高野線の終着駅だった歴史がある。
この風情ある駅舎は、当初のものなのであろうか?

ホームで待っていると、下り列車と入れ違いで、トンネルから上り列車が姿を現した。

駅員がホームに上がり、列車を見送る。
私は次の駅に向けて、上り列車に乗り込む。

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