T湖のホテルの寮は、木造2階建ての古い建物だ。
寮の正面は駐車場、その前は道路になっていて、
寮の両サイドが男子寮、女子寮の入り口になっている。
寮の裏手は急な山の斜面に面していて、そこを通るのは
リスか蛇くらいのものだ。
さて、夜になると誰かの部屋に集まって、
料理を持ち寄って飲み会が始まるのだが、寮の廊下は山側。
部屋の窓は駐車場側に面している。
古い建物といっても、ガタがきているわけではないので、
ドアを閉めるとカチャリと音がして閉まり、
ひとりでに開くことはない。
さて、ある夜。
寮の一室に集まって、いつものように飲み会が始まった。
その時、部屋のドアがカチャリと音を立てて開いた。
てっきり、遅番の人が帰ってきて、飲み会に参加しにきたのだと
誰もが思って、入り口のドアに視線を向けた。
ゆっくりとドアが開いたものの、そこには誰もいなかった。
それでも、ドアが開いていたのだろうと口々に言いながら、
私がドアを閉めなおした。
その時、ドアノブを握った右手に乗せられる何者かの
手の感触を感じた。
ゾッとしたけれど、お酒の勢いもあって私は元の席に戻り、
何事もなかったかのように話しに加わった。
ところが、5分もしないうちに、またカチャリと音がした。
一斉に視線がドアに集中した。
ドアは、ほんの数センチ開いたところで止まっている。
みんながおかしいと感じているのだ。
その時点で、私にはドアの向こう側に立つ女の姿が見えていた。
少し間を置いて、更にドアがユックリと全開になった。
モチロン、ドアの外には誰もいない。
普通の人の目にはそのように映っているのだ。
けれど、私には子供を抱いた女の人が入り口に立ち、
部屋の中に入ってくるのが見えていた。
赤ん坊の泣き声もハッキリ聞こえていた。
女の人は、何をするわけでもなく、
ただ、部屋の真中を通って窓の外に消えていった。
姿が見えなくなって、ホッとしたところに、一緒に飲んでいた人が
「今、赤ん坊の泣き声しなかったか?」と言った。
何人かが赤ん坊の泣き声を聞いていた。
私は「ここって、赤ちゃんを抱いた女の幽霊の話とかないの?」と
訪ねてみたら、それは、ここでは一番有名な話だといことだった。
入水自殺をしたものの、未だに浮ばれずに
彷徨っているのだそうだ・・・