上司が自殺をしてからまもなく、季節は春になり、
私達は、出向解除となり、新潟からT湖畔に戻って来た。
ホテルオープンの為の作業を始めたころから、
自殺した上司の姿を目撃した人が出始めた。
客室の準備を始めていたスタッフも、
バスルームの備品を揃えていたところ、客室に入って来る足音
(ジュータンなので、ジュータンを引きずるような音)を聞いて、
誰かが客室備品を持ってきたと思ったらしいが、
その音はバスルームの前でピタリと止まった。
けれど、話しかけるでもなく、出て行く気配もなく
シーンと静まり返っている。
おかしいと思ったスタッフは、何気なくバスルームの
ドアの下の隙間に目をやった。
そこには、バスルームに向かって立つ黒いスラックスと
黒いソックスが見えたそうだ。
彼は、それを見た途端に悲鳴をあげてバスルームから
飛び出してきた。
オープン作業の期間中は、みんな私服で作業をしている。
黒いスラックスをはいている人はいないのだ。
しかも、黒いスラックスというのは、キャプテンクラスの人の
制服で、それを着る人は限られている。
そして、自殺した上司のお気に入りの制服だったのだ。
現に、私もワゴンに備品を乗せて客室を回っている時、
後ろから歩いてくる上司を感じている。
上司は、キャプテンの制服を着て、肩には、いつものように、
埃を取るためのワイプ(フェイスタオルの一回り大きいもの)を
かけていた。
死んで尚、客室のことが気になって、
チェックに来ていたのだろうか・・・