慈悲、法を説き知と情とを用いず | 格言とその意味

格言とその意味

廣池千九郎先生の格言とその意味をUPしていきます。



 最高道徳を他人に説く動機は、真の慈悲心をもってその人を開発し且つ救済したいというにあるのです。
単に知的に自分の知識を示すためとか、単に最高道徳の 意味を説明するためとか、あるいはまた、相手方のなすことが自分の感情もしくは利害に反するためにこれを諭《さと》すためとかいうような精神にて話をなす ことは、道徳的に見れば、ほとんどこれを無益の努力とするのであります。
すなわち最高道徳にてはその相手方に最高道徳を説く動機及び目的に重きを置くので あります。
故に、万一、慈悲の精神すなわち先方の心を救済せんとする動機に基づかず、知識や感情によりて単に最高道徳を説明するにとどまることあらば、そ の行動は全く最高道徳の精神に背《そむ》くことになりますから、事実上、その話は先方に徹底せず、その努力の究極の結果は全く無効に帰するのであります。
すなわち講話・談話もしくは説明ということは知的事業に属するので、慈悲の心に基づくところの人心救済が最高道徳になるのであります。
故に知的努力の結果 は甚だ小なるものであり、人心を救済したしと思うてなすところの努力の結果は非常に大きいのであります。



               広池千九郎WEBSITE格言の間より