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龍馬精神 Ride on(2023 中国)

監督/脚本:ラリー・ヤン

撮影:スン・ミン

美術:スン・リー

音楽:ラオ・ツァイ

出演:ジャッキー・チェン、リウ・ハオツン、グオ・チーリン、ユー・ロングァン、アンディ・オン、ジョイ・ヨン、ユー・アイレイ、シー・シンユー、レイ・ロイ、ウー・ジン

①ジャッキー・チェンと私

私と同世代の人はみんな同じ体験を経てると思うのですが、私とジャッキー・チェンの映画との最初の出会いは、1980年代初頭のテレビ放映でした。

ちなみに今、初期の劇場公開とテレビの初回放送がいつだったかをWikipediaで調べてみると…

 

1979年

「ドランクモンキー 酔拳」劇場公開…1979年7月21日

「スネーキーモンキー 蛇拳」劇場公開…1979年11月17日

 

1980年

「ヤングマスター 師弟出馬」劇場公開…1980年3月21日

「クレイジーモンキー 笑拳」劇場公開…1980年4月19日

「拳精」劇場公開…1980年6月14日

「バトルクリーク・ブロー」劇場公開…1980年9月6日

 

1981年

「ドランクモンキー 酔拳」テレビ初放送…1981年1月16日 ゴールデン洋画劇場

「少林寺木人拳」劇場公開…1981年11月10日

「キャノンボール」劇場公開…1981年12月​2​6日

 

1982年

「龍拳」劇場公開…1982年2月20日

「ドラゴンロード」劇場公開…1982年4月10日

「スネーキーモンキー 蛇拳」テレビ初放送…1982年​4​月10日 ゴールデン洋画劇場

「拳精」テレビ初放送…1982年9月27日 月曜ロードショー

「クレイジーモンキー 笑拳」テレビ初放送…1982年10月13日 水曜ロードショー

「少林寺木人拳」テレビ初放送…1982年11月29日 月曜ロードショー

 

1983年

「ヤングマスター 師弟出馬」テレビ初放送…1983年1月15日 ゴールデン洋画劇場

「蛇鶴八拳」劇場公開…1983年2月19日

「カンニングモンキー 天中拳」劇場公開…1983年8月6日

「バトルクリーク・ブロー」テレビ初放送…1983年10月15日 ゴールデン洋画劇場

「ドラゴン特攻隊」劇場公開…1983年12月17日

「キャノンボール2」劇場公開…1983年12月17日

 

1984年

「龍拳」テレビ初放送…1984年1月7日 ゴールデン洋画劇場

「プロジェクトA」劇場公開…1984年2月25日

「蛇鶴八拳」テレビ初放送…1984年3月25日 月曜ロードショー

「キャノンボール」テレビ初放送…1984年4月7日 ゴールデン洋画劇場

「成龍拳」劇場公開…1984年5月12日

「五福星」劇場公開…1984年8月4日

「スパルタンX」劇場公開…1984年12月15日

「カンニングモンキー 天中拳」テレビ初放送…1984年12月29日 ゴールデン洋画劇場

 

こうしてあらためて、製作順でなく日本での公開/放送順で並べ替えてみると、当時のジャッキー・チェンが受容され急速に大ブームになっていく様子がよくわかります。

1979年、「酔拳」と「蛇拳」で初めて紹介されて。

本格的にブームになるのは、次々とテレビ放映されていく1982年辺りでしょうか。

「少林寺木人拳」放送後は、学校の廊下で「木人ごっこ」が行われたものです。

 

この間ももちろん、今のジブリ並みに何度も再放送が行われていたので、やはりみんなテレビ放映版で(石丸博也の声で、日本版オリジナル主題歌入りで)刷り込まれていくことになります。

1983年の暮れには、「ドラゴン特攻隊」「キャノンボール2」が同時公開されてますね。どっちもジャッキーはちょっとしか出てない作品だけど、ポスターでは主役扱いでしたね。

私が映画館で初めて観たジャッキー映画は「キャノンボール2」でした。

そして、「プロジェクトA」と「スパルタンX」が公開された1984年が、初期ジャッキー・ブームのピークでしょうか。

 

というわけで、当時のジャッキー・チェンは問答無用の大スターで、カンフー映画好きか、香港映画好きかに関わらず、みんなが好きな存在でした。

当時は、スターってそういうもんでしたね。

 

その後にも何度かブームはやって来るので、世代ごとに体感は少しずつ違うとは思いますが。

そういった、ジャッキーの黄金時代を経験しているかどうかで、今回の映画は受け取り方が違って来るんじゃないかと思います。

 

②感傷的だけど軽快なジャッキーの持ち味

かつてスタントマンとして伝説を築いたルオ・ジーロン(ジャッキー・チェン)は引退し、愛馬チートゥと日銭を稼ぎながら暮らしていました。しかし前の持ち主のトラブルからチートゥを奪われそうになり、弁護士の卵である娘シャオバオ(リウ・ハオツン)に会いに行きます。シャオバオは長年家族を顧みなかったルオに、複雑な思いを抱いていました…。

 

吹替版で観てきました! 既に声優を引退していた石丸博也さんですが、本作のために限定復帰。

とはいえ、石丸さん80代だしジャッキー自身も70歳で年相応の役だし、記憶の中の元気な若者の声とは違うんですけどね。

時々記憶が刺激されて、おお!ってなる感はあります。

 

かつて一時代を築いた「引退したヒーロー」の物語。

それに、愛情を注いだ馬との関係の話、疎遠だった娘と距離を縮めていく話が絡んでいきます。

まさに王道!の、老いたヒーローの話。動物との情愛の話。父と娘の情愛の話…なので、泣ける要素がてんこ盛りになっています。

 

そういう意味で、あざとくもあるのだけど。それぞれのストーリーは隙なく丁寧に組み立てられているので、変に我に返ることもなく、没入して楽しむことができます。

 

非常に情緒的な、「泣かせ」要素の強い、感傷的なドラマではあるのだけれど。

過度に湿っぽくならずにとどめているのは、やはりジャッキーのキャラクターならではでしょうね。

明るいユーモアの軽さが常にあって、気楽に見せてくれるのは、やはりジャッキーならではの持ち味だと思えます。

③老いとコンプラという二重の問題

ジャッキー・チェンも70歳。

どうしても「老い」がテーマの中心になってきます。ジャッキーはアクションスターであるだけに。

 

かつては出来ていた体を張ったハードなスタントアクションが、今はもう出来なくなっている。

劇中のルオの悩みは役の上にとどまらず、現在のジャッキー自身のシリアスなテーマであるだろうと思えます。

 

またそれだけでなく、かつてジャッキーがやっていたような体を張ったアクションが、今では時代遅れになりつつある。

CGの発達で、実際にやらなくても同等の映像が撮れるようになっている。

それにコンプライアンス的な視点も…ですね。かつてジャッキーがやっていたような怪我上等、死の危険さえもあるような撮影は、役者の人権という点では結構問題のあるものだと言えます。

本人が怪我をするだけならともかく、共演者にそれを求めるならパワハラ的な問題にもなってくる。

若手の頃ならいいけど、ジャッキーも権力者ですからね。

昭和のいろんなことが今では不適切とされてしまうのと同じで、ジャッキーのアクションもあの頃と同じというわけにはいかない。

 

だから、かつてのようなスタントを今やろうとしても思うようにならない。それをスタントマンに復帰したルオの葛藤として描いていきます。

馬と共にスタントをする設定にしているのが、ここで効いてくるんですよね。「動物を危険に晒す」というのが目に見えてくるので、葛藤が観客に見えやすくなっているのです。

 

生身で危険に飛び込んで、青あざ作って命を賭けるスタントが至上。CGなんて忌むべき邪道!という劇中のルオの本音に、ジャッキーファンである観客はついつい同調してしまうのだけど。

でも、そうやって過去を美化して、変化を受け入れないことは、決して良しとされていない。

あえて立ち止まる。カッコよく理想に殉じて散るのではなく、カッコ悪くても変化を認めて引き返す。

それを主題として描いているという点で、後ろ向きでない、今の映画になっている。そこが素晴らしいと思いました。

④現代を見据えるジャッキーのカッコよさ

という訳で、我々はもちろんジャッキーの往年の無茶なスタントへの憧れと懐かしさを胸に、本作を観ることになるのだけど。

この現代的な視点が含まれることで、更に切なさを増すことになってるんですよね。

 

劇中でルオの過去の栄光として紹介される、ジャッキー歴代スタントシーンのベスト集成。

「プロジェクトA」の時計塔落下とか、「ポリスストーリー」のバスぶら下がりとか、「WHO AM I?」の高層ビル駆け下りとか。心を熱くする無茶なシーンの数々。

でもそれらは既に過去のものであって、もはや絶対に再現できない。

 

もし仮に、今からジャッキーに匹敵する身体能力とタフさと度胸とアイデアを持った若手スターが新しく現れたとしても、アレと同じことはもう出来ない。出来てもやってはいけない、時代的にやれない、という。

だからもう、完全にジャッキー一代限りのものなんですよね。

 

本作でもCGを使ったシーンはいくつかあって、ジャッキー映画でそれを見ると私はやっぱり、うーん…と思ってしまうのだけど。

CGなんてつまらん! 体を張ってナンボや!と思ってしまうのだけど。

でもそれは本当に、ジャッキーが自身の肉体を傷つけまくって、現代では不適切とされてしまうほどの無茶なアクションをやってくれていたからこそであって。

感謝こそすれ、文句なんて言えないよなあ…なんて思ってしまいます。

 

そんなジャッキーが、自分のやり方を正当化して固執するのではなく、時代の変化を受け入れて現代なりの映画を作っている。

ちょっと寂しいですけどね! 老害にならない、時代の変化をはっきり見据えたその在り方が、カッコいいなと思うのです。

 

 

 

このブログで紹介した、最近公開のジャッキー映画は上の3本。それぞれ違う路線で、現在のジャッキーが方向性を模索している…という印象も受けますね。