LOVE LIFE(2022 日本)

監督/脚本/編集:深田晃司

撮影:山本英夫

音楽:オリビエ・ゴワナール

主題歌:矢野顕子

出演:木村文乃、永山絢斗、砂田アトム、山崎紘菜、嶋田鉄太、三戸なつめ、神野三鈴、田口トモロヲ

①ふと垣間見える孤独と断絶

再婚した夫・二郎(永山絢斗)と息子・敬太(嶋田鉄太)と共に、問題は抱えつつも幸せに暮らしていた妙子(木村文乃)ですが、ある日不慮の事故で敬太が死んでしまいます。葬式の席で、妙子は蒸発した夫で敬太の父親であるパク(砂田アトム)と再会します。一方の二郎は、妙子と結婚する前に付き合っていた山崎(山崎紘菜)に近づいていきます…。

 

「よこがお」深田晃司監督作品。

矢野顕子の楽曲「LOVE LIFE」にインスパイアされたストーリーだそうです。

 

ですが!

作品は、矢野顕子の曲の優しくラブリーな雰囲気とは程遠いものになっています。

いつもの深田晃司作品のトーン。普通の人の、心の中の闇がふと溢れ出てしまう。

普段は見ないことにしている孤独と断絶が、ふとしたことから露呈してしまう。

安易な救いはない。気の悪い映画です。

 

でも、強い映画でした。

すごく響きました。重くてしんどくて、特に子供の死を直視させられるのでそう何度も観たいとは思わないけれど。

孤独というテーマを深く突き詰めた、強靭な映画だと思います。

②小さな闇を内包する当たり前の日常

冒頭の、幸せそうな家族の風景。

息子の「オセロ大会優勝」と義父の「誕生日サプライズ」のパーティーを準備していて、仕事先の仲間も手伝ってくれている、和気あいあいとした光景。

でもそこには少しずつの軋みがあって、不穏なムードは最初から画面を覆っています。

 

敬太は妙子の連れ子で、二郎の両親はこの結婚をまだ認めていない。

団地の一室に妙子ら家族は住んでいるんだけど、そこはこの義父母から譲り受けた部屋で、義父にとってはそれも不本意。

義父母は団地の向かいの棟に住んでいて、大声で会話ができる距離。

ベランダに吊るした鳩除けのCDの煌めきの光が、届いてしまう距離です。

 

不満を隠さない義父に対して、義母はそれを取りなして、妙子の味方になってくれる。

でも、そんな暖かい態度の一方で、ポロッと出た本音(本当の孫も見せてね)が妙子を深く傷つけます。

優しさと思いやりの中に、何よりも深い断絶が当たり前のように潜んでいる。

義父が不機嫌を隠さないのは頑固親父のお約束みたいなもので、本当の断絶はそっちにあるんですね。

 

職場の仲間たちは休日に気持ちよくサプライズを手伝ってくれるのだけど、仲間の一人である山崎が二郎の元カノであったことは公然の秘密で、妙子は「略奪」したという見方になっています。

だからと言って、態度に出したりはしない優しい人たちばかりなのだけど。

 

そういう微妙な綻びをはらみながらも、でもみんな大人ですからね。

やたらと本音をぶちまけたり、意地悪したりはしない。節度を持って向き合って、平穏な日常を築いている。

分かっていても口には出さない、ちょっとした影の部分があるのもよくあることで。誰しもそんなものなんだろうな、と思います。

「当たり前の日常」ってそんなもので、そう簡単には壊れない。子供の突然の事故死なんていう、それこそ日常を激しく揺さぶる激震のような出来事がない限り。

 

③死をきっかけに思い知る孤独

敬太の死というショッキングな出来事が突然襲って、強固なはずの日常が壊れていく。

と言っても、周囲は妙子に優しいんですよね。当たり前だけど。

妙子を慰め、一緒に泣いて、妙子のせいじゃないよと皆が言う。誰も妙子を責めたりしないし、乗り越えられるように支えると言ってくれる。

 

でもそうやって優しくされればされるほど、妙子の中には違和感が蓄積していくんですね。

その流れの中で妙子が徐々に気づかされるのは、彼女と同じ位相で敬太の死を悼んでいる人は、彼女の周りには実は誰もいない、ということ。

夫も、義父も、義母も、もちろんショックを受けているし痛みや悲しみを感じているけれど、でもそれははっきりと、妙子と同じではない

ずっと前から顕在していた「自分だけが違う」ことが、ここで少しずつ前に出てきてしまう。

 

葬式に来て泣いてるママ友たちも、職場の同僚も、誰も妙子と同じではない。

皆が悲しみを見せれば見せるほど、妙子との違いが際立ってしまう。

そんな時に、唯一妙子と同じ位相で敬太を悼むのが、逃げた夫であるパクなんですね。

 

皆が節度を持って葬式に出ている中で、普段着でズカズカやって来て、妙子を殴り飛ばす。なんじゃこいつですよね。妻子を置いて逃げた奴なんだから、そんな権利なんてないと誰もが思う。

でも、妙子本人以外でこれが唯一の、「妙子をいたわることよりも敬太の死を悔やむことが前に出た行動」なんですよね。

 

ここで、妙子が置かれていた絶対的な孤独がはっきりと露呈してしまうし、妙子の孤独を分かち合える存在がパクだけであることも確定してしまう。

理不尽なんだけどね。夫や妙子の周りの人たちが妙子をいたわるのは当たり前のことだし、誰だってそうするとしか言えないのだけど。

 

実際、二郎にはそのことがちゃんと分かっている。自分にはパクのように敬太の死を悼めないこと、そのことが妙子を傷つけてしまうことが分かっていて、でもどうすることもできない。

皆が良かれと思って行動してるのに、それが孤独を際立たせてしまって、妙子に皆を裏切るような行動を選ばせてしまう。

誰も悪くはないのだけど。やるせないですね。

④孤独を分け合いたいと思うこと

パクは韓国人のろう者で、コミュニケーションは韓国手話でしか取れない。

韓国手話で会話できるのは妙子しかいないから、自然とそこで二人だけの世界が成立してしまいます。

これも、妙子が福祉の仕事をしていて、パクが援助を求めている以上自然な成り行きではあるんさけど。

でも今の流れでは、妙子が自分の孤独の出口をパクに求めることに、どうしてもなっちゃうんですよね。

 

妙子がパクと接近していくことで、妙子がホームレス支援の仕事をしているのはそもそもパクを探すためだったこと、妙子はずっとパクを探し続けていたことが、図らずも浮上してきてしまいます。

二郎はそれを承知の上で、帰って来ないパクの代わりに妙子を支えることを選んでいて、妙子もそれを受け入れている。

その時に、二郎は山崎を「捨てて」もいる。決して欲望のままにそうしたわけではなくて、彼なりの切実さがあってのことではあるんですけどね。

 

また、妙子が言っていなかった事実として、再婚直前に彼女がパクを見つけていたことも明かされます。

その時、妙子は見て見ないふりをして、パクを見捨て、二郎との生活を選んでいた。

だから、妙子も彼女なりに、二郎との平穏な日常を築くために努力をしていた。

言わなくていいことは言わない。本当ならばそれで何の問題もなかったはずで、普通の人の平穏というのはそういうものなのだと思うのだけど。これほどの激震がなかったならば。

 

それでも、そこまでして築き上げた暮らしでも、自ら崩してしまうほどに魂の孤独は深い。

妙子は何もかも捨てて、パクを追いかけて韓国に行ってしまうという選択をして、観ている側は誰しもが「なんで?」と思うし、妙子に腹を立てさえすると思うのだけど、そこにはやはり必然があるんですよね。

⑤異国のパーティーで一人で踊る

面白いのは…意地悪なのは、そこまで思いつめている妙子に対して、パクの側にはそれほどの差し迫った思いはない、ということなんですよね。

ここに、いちばん大きな断絶があったことが最後に分かる。

 

息子の死を知って戻ってきたパクは、息子の死をきっかけに「少しはちゃんとしよう」と決意して、生活保護を申請したり、仕事を始めたりする。

その時に妙子の助けを借りるのも、手話が通じるのが妙子だけだからという実務的な理由以上のものはないようです。

使えるものは使うというバイタリティは、ハンデのある人生ゆえかもしれないし、韓国の国民性もあるのかもしれない。

 

パクも彼なりに気を使って、妙子から離れて行こうとする。父が危篤だと嘘をついて、韓国に帰ってしまう。ちゃっかり旅費は借りていくわけですが。

でも妙子はついて来ちゃって、父の危篤は実は嘘で、パクは韓国の息子の結婚式に出席したかっただけ。

 

黄色い風船がいっぱい飾られたパーティー会場で、韓国語のポップソングが流れてね。みんなが理解できない言葉で楽しそうに喋っているのを遠くに見ながら、妙子は一人でヘンテコな踊りを踊るんですよね。そして土砂降りの中に取り残される。

ここでは、韓国語や韓国の風景、韓国語ポップソングの繰り返される変なサビ、韓国の人たちの佇まいと言ったものが、とても奇妙でヘンテコなものに見える。そんな撮り方になっています。

 

外国に来て、自分だけが異質であるという痛烈な孤独を感じる…というのは普通に旅行でもあることですが。

唯一自分と孤独を分かち合えると思ってパクについて来て、この状況ですからね。突きつけられる孤独感は強烈なものになっています。

ヘンテコな踊りを踊って、なんとか溶け込もうとしてみたり。でもそうやって足掻くほど、孤独を思い知らされていく。

 

お義母さんが「死ぬときはみんな一人」と言ってたけど。

すべてを分かり合うことはできないこと、人はそれぞれ自分の孤独を抱えて生きていくしかないのだということを分かって、妙子は家に帰ってきます。

いろんなものが失われた部屋で妙子と二郎が向き合って、でも新しくはいて。

そこから、またコツコツと暮らしを築き上げていくことが始まる。それを示唆する長回し。

これからどうなるのか、どうなって欲しいと思うのか、いろんなことをじっくりと考えさせてくれる長回しでした。

とても良い映画だったと思います!