Nope(2022 アメリカ)

監督/脚本:ジョーダン・ピール

製作:ジョーダン・ピール、イアン・クーパー

撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ

音楽:マイケル・エイブルズ

出演:ダニエル・カルーヤ、キキ・パーマー、スティーヴン・ユァン、ブランドン・ペレア、マイケル・ウィンコット

①クラシックな侵略モノからの、大胆なジャンルチェンジ

ロサンゼルス近郊にある、映画のために馬を育てる農場。「飛行機からの落下物」によって死亡した父の跡を継いだOJ(ダニエル・カルーヤ)は、雲の合間を飛行する円盤状の飛行物体を目撃します。妹エメラルド(キキ・パーマー)と共に「動画を撮ってバズる」ことを目指し、量販店の店員エンジェル(ブランドン・ペレア)の協力を得て監視カメラを仕掛けますが…。

 

「ゲット・アウト」「アス」ジョーダン・ピール監督の第3作。

毎回、絶妙に「観たくなる」ワクワクするテーマを扱ってくるジョーダン・ピール監督、今回のモチーフは(予告編を見る限り)「空飛ぶ円盤」です。

 

空から現れて、人を誘拐し(アブダクション)、家畜を吸い上げる(キャトル・ミューティレーション)昔ながらのイメージ通りの未確認飛行物体、UFO、空飛ぶ円盤。

田舎に暮らす人々がその未知の恐怖と対峙し、戦っていく。

「未知との遭遇」「インデペンデンス・デイ」「宇宙戦争」「10クローバーフィールド・レーン」などの系譜を継ぐ、王道のSFホラー映画。

 

…と、思ったら…!という、例によって捻りがあるわけですが!

ジョーダン・ピールのこれまでの作品と同様、本作もただ予想通りでは終わらない。

中盤に大きな転換があって、映画のジャンル自体が変化します。

 

これ、僕はすごく面白かったのだけど、人によってはジャンルチェンジと思わないかもです。ある種、微妙な転換なので。

でも、「このジャンル」の映画の中では、とても大きな転換。

そして、終盤の怒涛の盛り上がりに突入していきます。

 

今回、ジョーダン・ピールの作品の中でももっともエンタメに振れていて。

まさにスペクタクル。IMAXがすごくハマる大娯楽映画になっていました。

めっちゃ面白かった!ですよこれ。映画館で観るべき作品です。

 

②「空飛ぶ円盤の定石」を踏まえた不穏な恐怖

前半はホラー映画のムード。これまでのジョーダン・ピール作品と共通するムードです。

じわじわと、見えない恐怖が少しずつ滲み出てくる。

不穏さをかき立てていく、「ゲット・アウト」や「アス」でも存分に発揮されていた、この監督の真骨頂ですね。

 

カリフォルニアの砂漠の牧場の、がらんと開けた風景。

開けているからこそ、怖いんですよね。空から来られると、逃げ場がない。

田舎だから、何か得体の知れないものが近づいてきても、誰にも助けを求められない。隣人がいないからね。

開けっ広げすぎて、隠れる場所もない。そういうところで、得体の知れないモノがじわじわと近づいてくる。

 

で、ここでの描写は、いわゆる「空飛ぶ円盤モノ」のセオリーに沿っているわけです。

雲が光る。遠雷のように、でも雷じゃなくて、雲の中に何かがいる。

電気が落ちる。明かりが消え、ステレオも止まり、携帯電話も使えなくなる。

この辺り、「未知との遭遇」だったり、それ以前のクラシックな「空飛ぶ円盤モノSFスリラー」の定石に従ってる。

田舎の一軒家の住人が異星人に襲われる、「UFO事件簿」的なよくあるパターン。

「グレイ」まで出てきますからね。意外な形で、だけど。

 

「矢追純一UFOスペシャル」的な、往年のパターンを現代のタッチで映画化するという、そういう独自性、面白みがこの時点であるわけですが。

でもこれが、ミスリードなんですよね。

その先に驚きの真相があって、そしてそのための伏線も冒頭からガッツリ描かれているわけです。

③めちゃ怖い「ゴーディー」シーンと、巧みな伏線

UFO事件と並行して描かれるのは、過去に起こった「ゴーディー」事件

テレビのシットコムに出演中のチンパンジー「ゴーディー」が、番組収録中に突然凶暴化し、出演者の俳優たちを暴力で蹂躙した痛ましい事件です。

その現場に子役として居合わせたジュープ(スティーヴン・ユァン)が、牧場の近所でカウボーイをテーマにしたテーマパークを経営しているという形で、主人公たちとリンクしてきます。

 

このゴーディーのシーンが、実に怖い。本作のホラーシーンでもっとも怖いと言ってもいいくらい。

怖くて、その生き残りであるジュープや「顔を失った少女」の存在も不気味で、実に興味を惹かれるのだけど。

でも、UFO事件との関連は、最初見えないんですよね。

このエピソードが、どうつながっていくのだろう?という疑問でも引っ張られていく形になっていて、この辺りの作劇はジョーダン・ピール、さすがです。

 

OJたちの牧場は映画に出演するために馬を育てる牧場で、OJは「スコーピオン・キング」のスタッフジャンパーを着てるわけですが。

共通するのは、映画やテレビの出演者として人間の都合のいいように使われ、搾取される動物たちというテーマです。

 

OJは映画のスタッフたちに、馬の目を見るなと忠告しますが、動物を軽んじるスタッフはそれを守らず、馬に蹴られることになります。

これはちょっとした出来事として描かれますが、起こっているのはゴーディーのケースと同じことですね。

撮影する=見る=見せ物にするというアナロジー。

それが、動物からの「逆襲」を喚起するキーワードとして印象付けられていく。

 

そしてそれが、「見ると襲われる」という形で、後半の転調にダイレクトにつながっていくわけです。

④後半は別ジャンルへ!(ここから先ネタバレ注意)

…と、ここまで一応ネタバレせずに書いてきましたが、やはり書きにくいのでここではっきりネタバレします。

映画を未見の方は注意。これ以降読まないで。

まあジョーダン・ピール作品が好きな人は先刻ご承知だと思うけど、絶対にネタバレせずに観た方が楽しい映画です。

 

で、ネタバレですが。

UFOは宇宙人の乗り物ではなく、生き物だった!というのが意外な転調になります。

人や家畜を吸い上げるのも誘拐ではなく、何のことはない、食っていたんだ!という発見ですね。

考えてみれば自明であるような真相だけど、空飛ぶ円盤をめぐる様々なステレオタイプが目くらましになってるんですよね。

 

で、ここでバシッとジャンルチェンジ。

ここまでホラーもしくはSF映画だったのが、「怪獣映画」にシフトします。

それも堂々たる、本格怪獣映画に。

ジュープが生物をテーマパークで見せ物にしようとして、その怒りに触れて逆襲されるという展開は怪獣映画の元祖「キング・コング」ですね。

少人数の一般人が工夫を凝らして、人のテリトリーと違うところから襲ってくるモンスターと戦う…という点では、海でなく空バージョンの「ジョーズ」とも言えますね。

 

砂漠での戦いは「トレマーズ」も連想させるし。

「放射能X」とか「原子怪獣現る」とか、急成長する金星竜イーマと戦う「地球へ2千万マイル」なんかも連想させます。

クラシックな「空飛ぶ円盤モノ」から、同じくクラシックな「怪獣モノ」へのクラスチェンジ。

黒人騎手が馬を走らせる「世界初の映画」のエピソードに呼応して、古き良き「見せ物としての娯楽映画の王道」を志向する意図が見て取れます。

 

「宇宙怪獣ジージャン」のデザインは「宇宙大怪獣ドゴラ」「ウルトラQ」のバルンガ「ウルトラマンレオ」の円盤生物なんかを思い出させますが。

クライマックスで変形して現す真の姿は、エヴァンゲリオンの使徒ですね。有機的フォルムと無機的な幾何学的スタイルの融合。

生物的フォルムと機械的フォルムの融合は「ウルトラマン」の成田亨デザインにリスペクトしたもので、エヴァを経てウルトラマンまでつながってる感もありますね。

 

「トワイライト・ゾーン」的、「世にも奇妙な物語」的「すこし・ふしぎ」なSFテイストが、ジョーダン・ピールの真髄だと思う…というのは、「ゲット・バック」から書いていたのですが。

本作はそれが特に顕著ですね。「トワイライト・ゾーン」を飛び越えて、日本の「ウルトラQ」や特撮怪獣映画の域まで至ってる。

 

というわけで、本作の後半は完全に怪獣映画の文法で作られていて、観ていて実に楽しいものになっていました。

ここが本作のポイントであり、オリジナリティであり、何より面白いところなのだけど、でももしかしたら弱点でもあるかもしれない。

ここがネタバレになるので、最初から明かせないのでね。面白い怪獣映画を観たい!という期待感を持つ人を、あらかじめ呼び込むことができないんですよね。

怪獣映画って、結構観る人を選ぶので。後半、面白がれない人は一定数いるかもしれないなあ…と思います。

本項も、ジャンルを「怪獣映画」にしたかったのだけど。読む前にネタバレになっちゃうので、「SF映画」とするしかなかったのが苦しいところです。

⑤いろいろと含意はあるけど、それはさておき…

空からやって来る巨大な宇宙怪獣と、地上で迎え撃つ牧場主の対決。

映画館の大画面に映える、エンタメ大爆発のクライマックスです。

 

面白いのは、OJとエメラルドがやろうとするのは「証拠の動画を撮ってバズり、金儲けする」という実利的なものであって、怪獣をやっつけるとか人々を救うとか、そういうものではないこと。

怪獣映画で、軍人とか科学者ではない主人公がわざわざ危険に近づいていくことを、上手く無理なく処理しています。

どうせ怖い思いをするなら、それでちょっとくらい儲けたい…とか思いますもんね。

承認欲求の時代に、リアルな動機だったんじゃないでしょうか。

 

そしてこれは、動物をめぐる「撮る/撮られる」の関係を踏まえたものになっている。

馬を映画に出演させることで生業を立ててきたOJの一家だから、「動物を撮影すること」が「勝つこと」なんですね。

 

更に言えば、これはエメラルドが祖先であると語る、馬が走る様子を捉えた「世界最初の映画」に出演した騎手が黒人であったこと、でもその人物は無名で、記録はほとんど残されていないことにもつながってきます。

撮影される側、搾取される側であって、名前を残すことも出来なかった祖先の無念を踏まえて、今度は撮影する側に回って、名前を残すということ。

それが達成すべき目標だから、OJとエメラルドはあそこまで撮影することにこだわるのだと思います。

 

エメラルドがそれを達成して、馬に乗ったOJが颯爽と現れる。まさに西部劇のヒーローのように。

このラストシーンはだから、黒人騎手が「馬と同じ扱い」だった「最初の映画」から200年以上を経て、晴れて黒人騎手がヒーローとなったという、二重の意味のハッピーエンドも含んでいるんですね。

 

…という、いろいろな含意を込めた映画ではあって、そこもいつものジョーダン・ピールの流儀なんだけど。

でもまあ、そんなことは別段どうでもいい。映画に厚みを与えるダブルミーニングくらいに思っておけばいいことだと思います。

本作のキモは、あくまでも宇宙から来た怪生物が大画面に躍動し、人間が必死で対抗する大怪獣映画のスペクタクル

 

そのケレン味を、存分に味わって素直に楽しむべき映画だと思います。

実際、ジョーダン・ピールもすごい楽しそうに撮ってますね。「AKIRA」まんまのバイクのスライドシーンとかね。

(「AKIRA」のこのシーン、さらに元ネタは宮崎駿の「さらば愛しきルパン」だと思う。)

 

最後の「カウボーイ風船」は、「ゴーストバスターズ」のマシュマロマンなんかも思い出しました。シリアス極まる状況に、思いっきり間抜けなキャラが放り込まれる面白さ。

まさにあらゆるエンタメ特撮映画のエッセンスを詰め込んで、どっぷり楽しめる怪獣映画。本当に、めちゃ面白かったです。できる限り大画面で、できればIMAXがオススメです。