Get Out (2017 アメリカ)

監督/脚本:ジョーダン・ピール

製作:ジェイソン・ブラム、ショーン・マッキトリック、エドワード・H・ハム・Jr.、ジョーダン・ピール

製作総指揮:レイモンド・マンスフィールド、クーパー・サミュエルソン、ショーン・レディック、ジャネット・ボルトゥルノ

撮影:トビー・オリヴァー

編集:グレゴリー・プロトキン

音楽:マイケル・エイブルズ

出演:ダニエル・カルーヤ、アリソン・ウィリアムズ、ブラッドリー・ウィットフォード、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、スティーヴン・ルート、ラキース・スタンフィールド、キャサリン・キーナー

 

 

 

①ここはネタバレなし。ここだけ読んで映画を観て!

 

そういうジャンルが実際にあるかどうか知らないけど、「ご招待もの」とでも言うんでしょうか。郊外の一軒家に招待されて、最初はものすごく歓待されて、なんだか気持ち悪いくらいにちやほやされる。でも実は、そこの住人たちには恐ろしい目的があって、主人公が気づいた時には、既にそのに絡め取られてしまっている……。

パンフレットでは再三シドニー・ポワチエの「招かれざる客」が引き合いに出されていたけど、むしろ「サイコ」とか。民話だけど「ヘンゼルとグレーテル」とか。日本昔話の「三枚のおふだ」とかもそうですね。たらふく食って夜中に起きたら、やまんばが出刃包丁を研ぎ研ぎ……。

そういう、言わば原型的な物語ですね。誰しもが容易に「これから怖いことが起こるだろうこと」を想像できるから、事件が起きるまでの「不穏なムード」がとても盛り上がる。実際に怖いことが起こる前の、じりじり溜めていく過程が既に大きな見せ場になるのです。

 

主人公の黒人クリスが、白人のガールフレンド、ローズの実家に招待される。ローズの両親は愛想よく、黒人への差別心などかけらもない様子で、にこやかにクリスを歓迎してくれる。しかし、屋敷にはまるで昔の南部のような古風な黒人の使用人がいて、彼らの態度はどこかおかしい。少しずつ少しずつ、クリスの違和感が増幅していく……。

実際に怖いことはまだ何も起こっていない、この部分が映画の中では結構なボリュームを占めていて、実際にことが起こるまでは結構待たされることになるんだけど、ここの部分がとても面白いです。表面上はニコニコしているけど何か変、どこか不気味。筒井康隆の怖い短編を読んでる時のような、ムズムズする気持ちの悪さ、その面白さ。

筒井康隆と言うか、僕が観ながら思い出していたのは藤子不二雄Aのブラック短編だったりします。いよいよってなった時にクリスが「ギニャーッ」とか言い出しそうな……って伝わらんかな。

 

そう言うポピュラーなホラー状況と言える物語なんだけど、スパイスになっているのが「黒人と白人」という要素なんですね。白人の家族の中に黒人が一人だけぽつんと混じっているという絵面の、その時点で既に居心地の悪さを感じさせるのです。差別なんてないよ、と振る舞う屈託のない態度が、かえってわざとらしく嘘くさいものに見えてしまいます。

ローズの両親は精神科医で、いかにもものの分かったインテリ風。リベラルな物腰でオバマ大統領を支持する宮崎駿似の父親が、逆に物凄くうさんくさく見えてくる。この辺りのデザインも確信犯的で、監督のコメディアン出身という出自がよく出てるんじゃないかと思えます。

 

親たちはインテリなんだけど、息子(ローズの弟)はなんだか品がなく頭が悪そうで、総合格闘技の話とかしてくる。家族の食卓でエロ話を始め、ローズもそれに乗って初めてのキスで舌を入れられてどうこうなんて話してる。みんな笑ってるけど、居心地は悪い。

なんて言うか、絶妙な気持ち悪さをついてくる感じなんですね。変と言えば変なんだけど、他人の家族の中にぽつんと入るという体験って、多かれ少なかれそう言うものだったりもする。だから、変だ!とも言い切れない、そんなモヤモヤ

 

思えば、恋人の実家に招かれるなんて体験自体がそもそもホラーだったりしますよね。もはや黒人も何も関係なく、何にもなくても居心地悪くて早く帰りたいって思うわけで、そう言う面でも言わばコント的な絶妙なシチュエーションを、上手く舞台に使っているなあと思います。

 

②ここからネタバレ!未見の人は読まずに映画を観て!

 

じっくりねっとりした「ネタ振り」を経て、いよいよクリスが悪夢のような罠にはまっていくわけですが、その仕込みは実はもうずいぶん前に終わっている。決定的におかしいと気づいた時には、実はとっくに罠は発動し終えていて、取り返しがつかなくなっている。このドロ沼感も、実にイヤな感じで素晴らしいです。

 

クリスへの攻撃手段が「催眠術である」と言うのがまた、最高にイヤらしいんですよね。力では対抗できない、抗おうにも抗えない、それでいて完全に相手の自由を奪って屈服させてしまう。

自由意志を奪われてしまうという、人間にとってもっとも恐ろしいことです。それを、目に見えた暴力も使わずにやられてしまう、その怖さ。

 

クリスの主観から見た催眠術の描写が、とても怖いです。意識の表面から遠ざかり、暗い闇の中に「沈んで」しまう。目で見えている世界は遠くにあるテレビの画面のようになって、見えてはいるけれどまったく自由にすることができない。自分の目から世界を見ているのに、自分の体からは切り離されていて、ただ見ていることしかできない。

 

ある意味、死ぬより恐ろしい状況ですよね。それを、見事にビジュアル化しています。真っ暗な空間でもがくクリス、遠くにあって手の届かない視界、文字通り手も足も出ず、ただもがくだけ……このイメージは怖いです。想像するほど、怖い

 

そして、実はこの催眠術というのもミスリードなんですね。その先に、もっとヤバい真相がある。

この映画、実にたくさんのミスリードが散りばめてあるんです。うまいこと観客の意識を誘導しておいて、そう思い込ませておいて、実は!っていうのを繰り返す。その誘導がスムーズで、テンポとリズム感がとてもいいので、先の読めない展開に身を委ねていくのがとても心地よいのです。

 

いろんな情報を総合して、真相はこういうことかな?と観客が想像する。そこに上手くタイミングを合わせて、クリスの友人ロッドがその「真相」をあっさりペラペラ喋っちゃう。「そりゃおまえ催眠術で洗脳されて、奴隷にされてるんだぜ!」って具合に。そしたらビンゴのシーンになって、ビンゴゲームと思いきやオークションをやっている。いかにも奴隷のオークション。そういうことか、なるほどわかった…と納得したと思ったら、更にその先にぶっ飛んだ真相が待っている。

 

そこまで行って初めて気づくのは、この映画のテーマであった(と当たり前のように思い込んでいた)「黒人差別」ということでさえ、実はミスリードだったという恐るべき仕掛けなんですね。

 

③完全にネタバレ!観てから読んで!

 

観客は「この映画は黒人差別がテーマだ」と思い込んでいるから、「あの白人どもは優しそうな顔をしてるけど本当は差別主義者だ」と思い込んで観ています。

黒人の使用人を見れば「洗脳されて奴隷にされている」と思い込むし、高齢の婦人とペアになった黒人を見れば「性奴隷だ!」と思い込む。

要は、悪だくみが何であれ、黒人差別に根ざしているはずだ!と思い込んでしまうんですね。これが、実は最大のミスリードになっている。

 

実は、催眠術と外科手術の併用で、黒人たちは脳を移植されていた。つまり、白人の老人たちが求めていたのは、黒人の奴隷ではなく、黒人の若くて強靭な肉体だったんですね。

 

と言うことは、この映画に登場する白人たちは、黒人を蔑んで見ていたわけでは本当になかった

むしろ黒人の肉体に憧れて、自らが黒人になろうとしていた!という逆転状況になってしまうのです。

 

いや、もちろんこれも差別の一形態だとは思います。黒人と言えば運動能力が高いとかリズム感がいいとか、そういう先入観ばかり押し付ける、そういう種類の差別もある。

それにしても、それまで思い込んでいたのとまったく逆方向のベクトル。すごい皮肉、痛烈なブラックジョークです。

まさに、アメリカのコメディアンが得意な際どい人種ネタジョークみたい。コメディアンである監督の個性が炸裂しています。

 

このネタに着地させるために、脳移植云々のところで一気にフィクションラインが変わっちゃう感は否めません。藤子不二雄Aのブラック短編だと思ってたら、いつの間にか藤子・F・不二雄のSF短編に変わってた、という程度の飛躍はあります。その辺のムリをあまり意識させないためか、後半は一気にテンポが上がって勢いで押し切った印象です。

しかし、後に行くほどテンポが良くなるので、すごく観やすくて気持ちがいい。反撃のカタルシス、脱出できるか否かのサスペンスに突入するので、細かな設定のことはもう気にならなくなってしまいます。構成の勝利ですね。

 

この監督、本当に観客の心理を読むのに長けている……という印象があります。過剰に説明しなくても、確実にそっちへ意識誘導してる。ラスト、たぶん「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」のバッドエンドを連想するように仕向けてますよね。この辺りも上手いし、特に映画を知ってるほどより強く誘導されちゃうのがニクいです。

 

恐怖と笑いは背中合わせとよくいいますが、それが体現された映画だと思います。それもふざけた笑いじゃなくて、きちんと真面目に怖い映画を作った上での、怖さを突き抜けて湧き上がる、ちょっとヤバい笑い

観てて漫画を連想したのはいくつか書いたんですけど、他に連想したのがダウンタウンのコントだったんですよ。「ごっつええ感じ」とかで松ちゃんがやってた、シュールでどこか怖くさえあるコント

クリスが夜中に起きて、煙草を吸おうと庭に出てみたら、向こうから黒人の使用人が物凄い勢いで全速力で走って来る。えっ、なに?ってビビったら、横をビューン!って走り抜けて、そのまま走り去ってしまう。それで、「もう、何なん!」みたいな。

才能あるコメディアンと恐怖映画って、実はすごく相性がいいのかもしれない。そういうことを思いました。この監督の次回作が楽しみです。

 

この監督の次回作はこちら