昨年の第93回アカデミー賞授賞式はコロナ禍により規模が縮小され、小さな会場・少ない出席者で、こじんまりと行われました。
歌曲賞ノミニーが華々しいショーを繰り広げる…というショーアップされた展開もなし。司会やコメディアンのジョークもなしで、その分受賞者のスピーチにたっぷり時間がとられていて。
ある意味で原点に戻った、地味ながら感動的な授賞式になっていたと思います。
今年の第94回は、いつも通りのドルビーシアターに大勢のスターを集めて、ショーも盛りだくさんで、すっかりいつも通りのムードで行われました。
会場にいる人は誰1人マスクしてませんでしたね。アンソニー・ホプキンスとかライザ・ミネリのような高齢者も含めて。
アメリカではコロナはもう終わった扱い…でいいのか?という気もしますが。
ここ数年、司会者なしで行われていたのですが、今年は久々に司会者が戻っていました。
それに、コメディアンによる「セレブの客いじり」ジョークのスピーチも。
その結果、えらいトラブルが起こりましたけどね。それはさておいても、何だかガチャガチャして落ち着きのない授賞式だなあ…という印象は否めなかったです。
毎年、何となくテーマのようなものが見えてくるところがあったんだけど、今年はよく分からん。
あえて言うなら、「何が何やら…」が今年のテーマ。という気がしてしまいました。
コーダ あいのうた
作品賞 脚色賞 助演男優賞(トロイ・コッツァー)
今年の作品賞候補は、まだ観れてない作品が多くて。
ノミニーのうち、観ていたのは「コーダ あいのうた」「ドント・ルック・アップ」「ドライブ・マイ・カー」「DUNE/デューン 砂の惑星」「ウエスト・サイド・ストーリー」だけ。
「パワー・オブ・ザ・ドッグ」は短い映画館での上映期間に見逃していたし。
「ベルファスト」「ドリームプラン」「ナイトメア・アリー」はまだ観れてない。
「リコリス・ピザ」は上映がまだですね。
というわけで半分しか観てないので偉そうなことは何も言えないですが。
でも観た中では、「コーダ」は本当に面白かったし、受賞しておめでとう!と素直に嬉しくなれる作品でした。
トロイ・コッツァーが助演で受賞したのも良かった!
本作はろう者コミュニティを描く上で、主要キャストを実際にろう者である俳優が演じたことで話題になりましたが、コッツァーの受賞はただ話題性やコレクトネスの問題だけじゃないことを証明していましたね。確かな実力あっての起用だと、あらためて唸らされました。
残念だったのは、主演のエミリア・ジョーンズがノミネートされなかったことくらいですかね。
映画がここまで評価されるのは、彼女の力も大きかったと思います。これからが楽しみですね。
「パワー・オブ・ザ・ドッグ」
監督賞(ジェーン・カンピオン)
「パワー・オブ・ザ・ドッグ」は観てないので…。
観てないのは、Netflix作品で、公開規模が小さかったせいでもあります。
作品賞の「コーダ」もApple配給で、AppleTVで配信されたのだけど、少なくとも日本では劇場公開の規模は小さくなかったと思います。今もまだやってますよね、確か。
できればNetflix作品も、同じくらいの規模で劇場公開して欲しいのだけどなあ…。
いや、Netflixで観ろよ…と言われるかもしれないけど。
「タミー・フェイの瞳」
主演女優賞(ジェシカ・チャスティン)、メイク&ヘアー賞
急に聞いたことのない映画が出てきたと思ったら、日本では劇場公開予定なし。Disney+での配信のみだそうです。
ジェシカ・チャスティンとアンドリュー・ガーフィールドが共演する、実在するテレビ伝道師の物語。面白そう。
ジェシカ・チャスティンは「IT/イット THE END」で勝手に親近感を持っていたので、観られないのは残念。
今回は、主演女優賞の候補作に作品賞候補作が1本も入っていなかったそうですが、他の候補作を見ても。
オリヴィア・コールマンの「ロスト・ドーター」はNetflixで配信のみ。
ニコール・キッドマンの「愛すべき夫妻の秘密」はAmazonで配信のみ。
主演女優賞候補の5本中3本が日本では劇場公開なしとは…
「ウエスト・サイド・ストーリー」
助演女優賞(アリアナ・デボーズ)
1961年版でのリタ・モレノに続いて、同じ役での受賞ということになります。
アリアナ・デボーズは演技もだけど、ダンスも素晴らしかったと思います。躍動感あふれる「アメリカ」!
「ドライブ・マイ・カー」
国際長編映画賞
これはもう、順当と言える受賞でしたね。
作品賞、監督賞もノミネートされたのがすごい。
ただ、個人的にちょっと思うのは…
「ドライブ・マイ・カー」、確かに面白い映画だったけど、そこまで熱狂的に支持される特別な映画なのか?と思うと、ちょっと疑問に感じます。
濱口竜介監督のベスト作ではないように思う。
だから逆に、この先の作品で作品賞も、監督賞もあるんじゃないでしょうか。本作で取らなくてむしろ良かったと、ちょっと思ってしまいました。
「DUNE/デューン 砂の惑星」
撮影賞、編集賞、作曲賞、視覚効果賞、美術賞、音響賞
技術部門を総なめにしたのが「DUNE/デューン 砂の惑星」でした。これも文句なしでしょう。
今回は「時間短縮のため」、作曲賞や美術賞など技術部門の賞の多くが録画によって発表され、授賞式は省略されることになりました。
スピルバーグはじめ多くの映画人が抗議したそうですが、その空いた時間にねじ込まれるのが、くだらないコントと笑えないジョークではね…。
「ベルファスト」
脚本賞(ケネス・ブラナー)
もう上映されてますが、まだ観られてません! 近いうちに観ます!
※観たので記事アップしました。上のリンクからどうぞ。
本当に王道の、正面からかけがえのないふるさとを描く映画でした。下町人情喜劇っぽいところも、どこか日本映画的で親しみやすかったですね。
「ミラベルと魔法だらけの家」
長編アニメーション賞
「ミラベル」は観てないのでコメントしませんが。
しかし、最近ちょっとピクサーの扱いがひどくないですか?
「ソウルフル・ワールド」以降、ノミネート作品の「あの夏のルカ」、「私ときどきレッサーパンダ」まで3作連続で配信のみ。
楽しみだったのにな…レッサーパンダ。
なんかいろいろと、映画館で映画が観られなくなっている。あらためて、そのことを思い知らされるアカデミー賞でもありました。
「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)」
長編ドキュメンタリー賞
これは映画館では見逃したのだけど、まだ映画館でやってるうちくらいにWOWOWで放映されたので、テレビで観ることができました。
非常にカッコいいライブ映画でした! 出てくる人がみんなすこぶるカッコいいです。
観たのがテレビだったので、このブログでレビューは書かなかったんですよね。2021年の「観た映画」にもカウントしなかったし。
一応、そういうこだわりでやっているのですが…ここまで配信が多くなってくると、微妙になってくる…のかな。
「ドリームプラン」
主演男優賞(ウィル・スミス)
最後に…
「ドリームプラン」は観ていないので、授賞式でのウィル・スミスの振る舞いについて書きます。
プレゼンターとして登壇したクリス・ロックが会場にいたウィル・スミスの奥さん(女優のジェイダ・ピンケット・スミス)の短い髪型をいじって「G.Iジェーンの続編が楽しみだ」という「ジョーク」を言い、キレたウィル・スミスがステージに上がってクリス・ロックに平手打ちした…という事件。
思うところは2つあって、1つは「ウィル・スミスの気持ちは分かる」ということ。
僕は以前から、アカデミー賞でおなじみみたいになっていた、コメディアンによる客いじりのジョークがあまり好きではなかったんですよね…。
それはまあ、単に僕が英語が分からないから、ジョークもさっぱり分からないから…だとは思いますが。
でも、例えば数年前の授賞式でメリル・ストリープが会場にいた時に、司会者が何かといえばメリル・ストリープをいじって、オチみたいに使っていたのを思い出したり。
リスペクトを感じない、馬鹿にする感じの「いじり」は、見ていてとても不快なんですよね。
ウィル・スミスという人も、そういう種類のちょっと馬鹿にした笑いのネタにされることが多い人ですね。大味なブロックバスター大作の出演が多いからね。
これまでも、腹が立ってもぐっと我慢してることは多かったのだろうけど。今回は奥さんのことで、なおかつ脱毛症という病気に悩んでいるという、いちばん傷つきやすいところをいじられたから、許せなかったのでしょう。
本人が悩んでいる病気についてのジョークって、コメディとしても相当にレベルの低いものだと思うけど。
しかし、会場は笑ってましたもんね。ウィル・スミスが怒らなかったら、スルーだったんでしょうね。
ただのジョークじゃないか!みたいなことが言い訳にされるけど、もしこれが白人コメディアンが黒人をいじるネタだったら、ジョークでは済まされないんじゃないのかな。
コンプライアンスが高いのやら低いのやら分からない。そういうダブルスタンダードも、嫌なんですよね。
なので、ウィル・スミスの怒りは本当に共感するのだけど。
でも、殴ってはダメだ。というのがもう1つの言いたいことですね。
たとえどれだけ正当性があっても、手を出した時点でアウトです。もうどんな正当性も聞いてもらえなくなります。それが現代社会の基本的ルールというものです。
普通に、例えば自分自身の人間関係に置き換えてみたら自明だと思います。
たとえ日頃から相手に言葉で傷つけられたり、不当な目に遭っていたとしても、手を出してしまったら負けです。手を出した方が処分を受けることになります。
事情を知ってる人は多少同情してくれるかもしれないけれど、会社なら手を出した方がクビになるし、場合によっては逮捕され、社会的信用の一切を失うことになります。
それが現代社会のルールです。だから不当な行為をされたら「言葉で」抗議しなくちゃならないし、周りの人間は真摯にその抗議を受け止めなくてはならないのです。
これは本当にね。「現代では、力による一方的な現状変更は許されない」というところまでつながる話だと思います。
ウィル・スミスは、あそこで言葉で真っ当な抗議をしていたら、本当に素晴らしかったと思います。「俺の妻を傷つけるお前のジョークは最低だ。さっさとその汚い口を閉じて引っ込め」とマイクを通して言ってやればよかった。
でも、一言も理由を説明しないまま殴ってしまったからね。
そこにどんな理由があるにせよ、無防備な人間を一方的に殴りつけるような行為は許されてはならない、という基本的原則は、何人も曲げてはならないんじゃないかと思います。
一般の心情的な感想として、ウィル・スミスに肩入れしたくなるのは分かるのです。
でも、だからこそ、運営側は彼を即座に退場させるくらいの毅然とした態度を取るべきだったんじゃないか。
周囲の俳優仲間があの場で公然と批判しにくいのも分かるけど、でも名だたる俳優や監督たちが身内に甘く、あるいはドル箱俳優に逆らえず、暴力を容認する様を見せるべきじゃなかった。だからこそ運営が泥をかぶるべきだった。
というか、周囲の人々を巻き込まないためにも、ウィル・スミス自らが自分から退場すべきだった。
ウィル・スミスはあの場所に居続けることで、会場にいた映画人みんなを巻き添えにした。
受賞のスピーチで涙ながらにアカデミーと他のノミニーに謝罪していたけど、でもそんなものでは済まないくらい、ウィル・スミスは大きなものを損なったと思います。