Jojo Rabbit(2019 アメリカ)

監督/脚本:タイカ・ワイティティ

原作:クリスティン・ルーネンズ

製作:カーシュー・ニール、タイカ・ワイティティ、チェルシー・ウィンスタンリー

撮影:ミハイ・マライメア・Jr

編集:トム・イーグルス

音楽:マイケル・ジアッチーノ

出演:ローマン・グリフィン・デイヴィス、トーマシン・マッケンジー、タイカ・ワイティティ、レベル・ウィルソン、スティーブン・マーチャント、アルフィー・アレン、サム・ロックウェル、スカーレット・ヨハンソン

①ポップな作りと物語の力

なんか2020年に入って、勝率高すぎやしませんかね。

「フォードvsフェラーリ」「パラサイト 半地下の家族」「リチャード・ジュエル」そしてこの「ジョジョ・ラビット」…。

全部大当たり。年間ベスト級の作品が連続してしまってます。

アカデミー賞の時期だから…かな。それにしても、この充実ぶりは近年にないですね。

ヤバい。次の映画のハードルが上がる…。

 

1945年のベルリン。ナチスに憧れる10歳の少年ジョジョ(ローマン・グリフィン・デイヴィス)は孤独で、彼のイマジナリー・フレンドはアドルフ・ヒットラー(タイカ・ワイティティ)

ロージー(スカーレット・ヨハンソン)と二人で暮らすジョジョはある日、屋根裏部屋に潜んでいた少女と出会ってしまいます。それはロージーが匿ったユダヤ人エルサ(トーマシン・マッケンジー)でした…。

 

すごい設定。もう初期設定だけで大いに興味深い。絶対面白いに違いないと思わされますね。

…なんだけど。実は序盤は、ちょっとアレ?と思ったんですよ。

これ、もしかしたらノレない奴かも…と。

 

「マイティ・ソー/バトルロイヤル」のタイカ・ワイティティ監督の、「MTV感覚の」「ポップな作風」

ジョジョとアドルフが陽気に飛び出して、ビートルズの「抱きしめたい(ドイツ語版)」が流れて、スローモーションになる。

今風でポップなのはいいんだけど、第2次大戦中のドイツ感は薄いような。ヒットラーも含め、みんなが英語を喋るのは仕方ないとしても。

 

正直言って、時代背景とポップな作りの馴染まなさに違和感を感じてしまったんですが。

でも、最初だけでした! 

進んでいくほどに、物語の力にグングン引き込まれていって。

物語に没入してしまうと、この独特のタッチも気にならない。逆に、どんどん面白く思えてきて。

最後のデヴィッド・ボウイ「ヒーローズ(ドイツ語版)」ではむしろピッタリ完璧に調和して感じられるんだから、不思議なものですね。

だから本当に、物語の力が強い。強力な推進力でグイグイ引っ張っていく映画になっていると思います。

 

②少年の視点から見た世界

そういう作風なので、物語は寓話

戦時中のリアリズムより、様々な寓意を重視したファンタジーです。

 

だからナチス圧政下のシビアさを全部伝えているとは言い難いんだけど、それは映画が10歳の少年の視点を通して描かれているから、でもあります。

10歳の少年にとっては、ナチスの戦闘訓練だってワクワクする冒険だし。

戦争に囲まれた緊張の中でも、お母さんとの生活は基本的に楽しくて心安らぐものなんですよね。

映画はそんな子供の視点で、一貫して描かれていきます。戦時下のハードさがマイルドで、むしろ面白おかしく描かれるのは、これが子供が見た世界だからです。

 

映画の世界観全体が、子供が見た、子供が感じている世界になっている。こういう世界の描き方は、「崖の上のポニョ」「未来のミライ」を思い出します。

子供が体験している世界は、大人が体験している世界とは違うはずだということ。そこに自覚的な作品は、意欲的なジュブナイルと言えるんじゃないかと思うし、僕はそういう視点の描き方がとても好きなんですよね。子供の視点を選んだ世界の描き方として、むしろとてもリアルなんじゃないかと思うのです。

 

映画全体が子供の視点の中にあるので、前半は楽天的。大人に守られ、シビアなことは目隠しされた、楽しい世界になっています。

それが、ジョジョの成長によって少しずつ変わっていく。

映画がどう見えるかということが、主人公の成長を物語っているわけです。なかなか意欲的な構成の作品だと思います。

③押しつけない母親ロージー

大人のプロパガンダをそのまま受け入れてしまった少年にとって、故国を守るために戦うナチスやヒットラーは親しみ深い英雄です。

だから、アドルフ・ヒットラーも友達になり得るわけです。いじめられたジョジョを勇気づけたり、アドバイスしたり、一緒に考えたりしてくれる。

そんなヒットラーは、不在である父親の代わりですね。父親への喪失感がヒットラーを想像上の父親にさせて、その影響としてジョジョはますますナチス思想にのめり込んでいく…という悪循環になっています。

 

母のロージーはナチスに反対していて、ジョジョの思想を良く思ってはいないのだけど、それでも頭ごなしに否定することはしない

それはやはり、この時代においては、ナチスに従順な思想を持っている方が安全だから。

息子がナチスに心酔するなんて、ロージーにとってはきっと耐えがたいことだと思うけど。それでも、自分の満足ではなく、ジョジョにとって今大事なことを優先している。

思想を押しつけない。たとえ自分にとって好ましくない思想でも、頭ごなしに否定しない。たとえ相手が自分の息子でも、自分の所有物のように扱わない。あくまでも、対等な人として扱う。

そんなロージーの態度が、とても好ましかったです。

 

それでも、エルサとの交流、いろんな人と関わる生活、そしてロージーに愛情を注がれる生活を通じて…つまり誰かに押しつけられる教育でなく、自分が自発的に生きることを通じて…ジョジョは少しずつ、ナチス世界がそんなに明るく楽しいものでないことを学んでいきます。

子供の目で見た明るく楽しい世界の中に、少しずつ暗く恐ろしいものがにじみ出てくる。

ジョジョはそれを見聞きし、体験して、少しずつ変わっていくんだけど、この映画のいいなと思うのは、最後まで本当に押しつけがないことなんですよね。

誰も押しつけない。誰も説教しない。演説もない。

誰もがただ、誠実な態度と行動で示す

そしてジョジョは、それを本当に体験し、心から理解して、成長していく。

 

周囲の人たちのこの態度は、ナチスの対極になっています。

徹底的な宣伝と教育で、国民を一つの思想に染め上げていく。ヒットラーとナチスの恐ろしさは、まさにそこにあるということ。

それに対して、逆の押しつけで抵抗するのではなくて。ただ、誠実な態度と行動で抵抗していく。

そこが何よりカッコいいのです。

④エルサの強さと、ジョジョの成長

エルサもいいですね。「匿われたユダヤ人少女」のか弱いイメージとは全然違っていて。

ジョジョを走って追い詰め、ナイフを奪って、密告したら首をかっ切ると脅す。バイタリティを持った、強い少女として描かれています。

 

ジョジョとの対話でも、ユダヤ人を「かわいそう」に語って同情を引こうとしたりはしない。

あえてジョジョのファンタジーに乗っかって、「ツノは大人になったら生える」とか言ったりする。

 

ユダヤ人がしっぽ生えてるとか、夜になったらコウモリみたいに逆さになって眠るとか。そういうのって、子供にとってはそりゃ面白いことでね。子供はモンスターが大好きだから。

エルサも、ジョジョより年上とは言え子供だから、そのファンタジーを面白がることができる。

エルサが自身ユダヤ人であってもそれを冗談として受け入れることができるのは、それが大人にとってはバカバカしい作り話であることがわかり切ってるから…なんですよね。

本当のユダヤ人差別はそんなところにはなくて。外見も中身も、普通の人間となんら変わらない。それなのに人間扱いされず「絶滅」されようとするというところに、ホロコーストの本当の怖さがあるわけだから。

 

事態がジョジョの子供らしい想像にとどまってるうちは、それはまだ平和なんだと言えるのだと思います。

実際、ジョジョはすぐに本物のユダヤ人にはしっぽもツノもないことに気づくわけで。気づいたらそれで、ジョジョがユダヤ人を蔑視する理由なんて消えてしまうんですね。

だからここでも、押しつけはない。エルサはジョジョを説得しようとしたりしない。

ただ、相手を知ることでわかり合う。そして自分が変わる、成長する。そういう過程が描かれているわけです。

 

ジョジョの、エルサへのほのかな恋。幼い恋心の目覚め。それも、基本明るく柔らかなトーンで描かれていくのだけど。

でも後半になるにつれ、ジョジョの周りの現実のシビアさも、だんだん隠しきれなくなっていく。

大切な人をどんどん失っていくジョジョの孤独。大切な人をあらかじめ失っているエルサの孤独。

2つの孤独な魂が、過酷な世界の中で寄り添っていく。

 

そして、現実の存在であるエルサが、架空の存在であるヒットラーを徐々に押し除けていく。

それは、ジョジョがナチスの思想から解放されていくのと重なっているし、また恋の相手が(偽りの)父親の存在感を凌駕していくことでもあるんですよね。

つまり、恋をすることで親離れを果たしていくという、普遍的な少年の成長を描いているとも言えるわけです。

⑤奇妙な冒険的、前向きな人間賛歌!

みんながジョジョに見せてくれる。言葉でなく、態度で示すカッコよさを。

カッコいいのはもう一人、「リチャード・ジュエル」で見たばっかりのサム・ロックウェル演じるクレンツェンドルフ大尉

戦場で目を負傷して、意に沿わぬ任務についていて、いつもだらしない格好して酒飲んでるんだけど、決めるところはバシッと決める。すこぶるカッコいい“漢”を見せる。

「ドイツはもうすぐ負ける」とかサラッと言ったりね。ナチのクソ野郎のように振る舞いながら、実は誰よりも冷静で優しい。部下のフィンケルとの仲も泣かせます。

 

本作は別に「ジョジョの奇妙な冒険」とは関係はないけど…クレンツェンドルフ大尉はシュトロハイム大佐の侠気を思わせるところがあったり。

出てくる誰もが前向きで、全体に「人間賛歌」であるところは、共通するところを感じさせます。

本当に、悪役も前向きなんですよね。渡辺直美みたいなレベル・ウィルソン演じるミス・ラーム、最後までそれこそ「ナチのクソ野郎」なんだけど。

ひどいことしかやってないですけどね。でもポジティブでアグレッシブだから、観ていてなんだか気持ちよくなっちゃうんですよね。

 

前述のビートルズ、デヴィッド・ボウイはじめ、トム・ウェイツやエラ・フィッツジェラルド、ロイ・オービソンなどの楽曲を収録したサントラも面白い。選曲が独特で、音楽が流れるたびに意外でハッとさせられるんですよね。

とにかくオリジナリティに満ちた、意欲あふれる映画だと思います。