自由に想像することや思考することを、いけないことと教えるのは間違っている。


あいつらは間違ってる。


人に恐怖を与え、その恐怖心で人を動かそうとするやつら。


おまえたちがこの世で一番怖い。

ミスドでカフェオレとダブルチョコレートを頼み、本を読んでいると、隣の席に親子がきました。お母さんと娘。その子はまだ幼稚園生くらいだったかな。


その子は席に着くと、お母さんにこんなことを言っていました。


「ミスドに来たの、夢かと思ったぁぁぁ(ハートマークがたくさん、目キラキラ)」


かわいい。まじでかわいすぎ。


正直顔は、そうでもないのだけれど、その子のその発言といい、声の感じといい、ほんとうにかわいいなーと思った。世の中顔だけがすべてではない、と思った。


といっている自分が、切ない。。。


性の不快さ、不思議さ、不可解さ。自分が願ってもいないのに、体だけが先へ先へと進んでしまう。この不愉快な気持ちは、なかなか好転しない、なんともやるせなく、苛立たしいあの状況にそっくりだ。


なぜ人は大人になるのか。なぜ胸に脂肪をつけ、そして血がでるのだろうか。なぜで頭がいっぱいになる。なぜをたくさん放出して、きっと皆大人になっていくのかな。単純でいたいけど、単純じゃないんだよ、この世の中は。大人になるってどういうことなの?


主人公の姪の緑子は頑固で、そしてほんとうに子供らしい。なぜなら彼女はなぜで頭がいっぱいで、それを怒りに変えていくことが出来るから。そんなこと大人がしたら、周りからはやれやれって目でみられるけれど、子供なら、まぁ子供だしと、許されるのだから。子供たちよ、怒るのだ。怒る理由なんぞ何でもいいのだ。大人は考えすぎるから、頭が良すぎるから、そしてあの頃を忘れがちだから。。。彼らに教えてあげてください。22歳の私が小学生の緑子に、なぜか親近感を覚えた。

パンクは美しい。その命は刹那で終わってしまうのに、その時間のなかで燃え尽きる命はどこか哀しげなのに美しい。ピストルズが今の時代にも影響を与え続けているのは、彼らは刹那を百の力で生き抜いたからである。映画『ONCE』もパンクに通ずる儚さと哀しさ、そして美しさに溢れている。今日という日も、今この一瞬も一度きり。人生はそういった、小さな刹那という時間の連鎖でできている。そのなんてこともない刹那をひとつひとつ丁寧に切り離した途端、それはテレビドラマよりも輝くひとつの物語となる。主人公はストリートで歌うミュージシャン。そこである女性と出会う。彼らは雨の降り始めのようにぽつぽつと、しかし、着実に惹かれあっていく。そこにパンクのような激しさはないけれど、彼ら自身の音楽でその限られた時間を埋めていく。この作品のなかで歌われる音楽は、ただの台詞よりも多くを語ってくれている。この映画に音楽は不可欠なのだ。永遠を誓うことのないふたり。しかし、ふたりの哀しく切ないほんのわずかな時間はほかのどんなものより輝く。刹那を輝かせることができるなら、永遠を輝かせることができるのだ。

世界にはたくさんの国、人種、ことば、宗教、植物、食べ物、価値観など、それはもうありすぎて全てを知り尽くすことはできない。だからこそ、私たちはある物事に対して自分は全くの無力であることを知っておかなくてはならない。そんな世界で生きていくために必要なこと、それは「人と関わること」である。本書の内容は主人公の小学校時代と25歳になって主人公が行く東南アジアの旅について交互に書かれている。旅を通して気づく自分自身のことや人とのかかわりに、主人公の心は微妙に変化していく。自分の好きなものしか受け入れようとしない風潮。自分だけのものさしや価値観だけで生きていくことがいかに退屈で損であるかを気づかせる。また、本書では神、祈りなど日本人の苦手な内容が多くでてくるが、そこで「変だ、気持ち悪い」と即座に思うのはやめてほしい。なぜなら宗教は世界を理解するために私たちからは切っても切り離せないものだからだ。“自分の世界はコントロールできない”だからこそ私たちは人と関わっていかなくてはいけないのだ。

人と人との関係をいつから人は家族とか、親戚とか、友達とか、知り合い、そして恋人と呼ぶようになったんでしょうか。「この関係は、こういうものである」と決め付ける、ことばの力はすごい。 そしていつの間にか、そのことばに支配されている私たちはアホだ。中途半端、微妙な関係でなにが悪い。そういうのもなのだ、人間関係なんて。


繋がっているっていうだけで、素晴らしいではないか。という気がしてくる『カツラ美容室別室』は、読み終えると、ふと自分の身の周りを見渡したくなった。すると、出てくる出てくる、私とあの人たちの関係。そこに辞書にでてくるように完成された人間関係など見当たらないような気がした。それがいいのか悪いのかは人それぞれだと思うけれど、不完全だからこそ、人はやわらかく、青く、そしてどこまでもやさしくなれるのだと、そう思った。

たまには刺々しいパンクも聴きたくなるし、

たまにはさわやかなポップも聴きたくなるし、

たまにはグルーミーなグランジも聴きたくなるし、

たまには青いポップパンクも聴きたくなる、

たまにはベタなロックンロールだって聴きたくなる。。


毎日移り変わる天気のように、こころだってゆらゆら揺れる・・・

聴きたい音楽もその日その日によってゆらゆら。


こうでなくちゃ、これでなくちゃいけないっていう固く、強い信念を持とうとすればスルほど、私はダメになるということが分かった。揺らぐことのない信念をもつのは、私には無理だ。もうゆらゆら、ゆるゆるで生きていくわ。

死、悪魔。そんなカルト的要素満載のダックスリッグス。闇を歌う彼は、この世の不気味な世界を俯瞰するように見つめる。「オレは騙されないぜ、お前の魂胆なんてバレバレなのさ。」彼は闇を知っている。知っているからこそ、この狂った世界をなんてことなく正気で生きることができるのだ。しかし、彼のソロアルバムとなる当作「we sing of only blood or love」というタイトルからも明らかなように、彼は血と愛、つまりは正を歌っているのだ。常に生と死のギリギリのところでさまよう私たちは生きているのか、はたまた死んでいるのか。きっとどっちつかずで曖昧で、そんな中途半端な世界が私たちの世界なのかもしれない。そんな世界で鳴らす彼の音楽は愛も憎しみも、善も悪もすべてが溶け合う。そのメロディはまるで人間のように、どんな地で聴いてもそこに落ち着こうとする不思議で不気味な魅力がある。

人ひとりの命が終わったのにも関わらず、腹はいつものように空き、あの人に会いたいと恋焦がれて、テレビ番組はいつものように流れ、電車も時間通り走っている。


なんなんだろうな。


人ひとりの力なんて、そんなものなんだろうね。


でもその人ひとりでしかできないこともいっぱいなんだよね。


あーーーーー。。。。。


言ってみたところで、なにも変わらない。


でもその無意味さで、世の中が成り立ってることも事実。


あーーーーーーーー。。。。。


とりあえず、言ってみる。



死ぬ、人は死ぬ、いつか。死に様は生き様。太く短くか、細く長くか。どっちがいいのだろう。自分で選びたいけど、こればっかりは自分では選べない。選んではいけない。それを選んでしまったら、自分ももちろん悲しいけど、みんなも悲しい。年取って老衰で死ぬのではなく、病気で死ぬのではなく、殺されるわけでもなく。自ら選んでしまった終わり。それはどんな終わりよりも悲しい。


生きにくい世の中なのは分かるな、なんとなく。そりゃわかるよ、だって今を生きているんだもん。お前に何が分かるって言われるかもしれないけど、もちろん全部分かってるわけじゃないけど、少しはわかってあげられるよ。こんなあたしだけど。


あなたはあまりにも繊細すぎたんだね。この世界をどう見ていたのかな。教えてもらいたかった、知りたかったよ。もしかしたら共有できたかもしれなかったね。いろんな情報、いろんな価値観に溢れた世の中だよね。そんなんかで生きていくのは簡単じゃないと思うよ。どれを信じたらいいのかわかんなくなるし、もし何かを信じても果たしてそれが正しいのか分からなくなりそうだし。それに矛盾がまかり通ってる世の中だしね。あなたはそれをあまりにも正しく感じ取りすぎたのかもしれない。それを無視できるほど、強くなかったのかもしれない。そういう、大事なこと、ほんとはもっともっとみんなが考えなくちゃいけないんだよね。けど、それは考えれば考えるほど、ぼろが出てきて、醜い部分が浮き彫りにされていくんだろうね。まずは、気付くことが大切だけれど、それの処理の仕方が難しい。あーなんなんだ、この世の中は。どんな時代にも、その時代の風潮についていけない人はいっぱいいると思う。でも、今の時代は特にそういう風に感じる人はいっぱいいると思う。表面では分からないけど、そう思っている人はたくさんいると思う。バランスを取るの、本当に難しい。生きるためには、考えなくてはいけないことを考えないようにすることも知っておかなくてはいけないのかもしれない・・・悲しいけど。でも、ほんとうに、自分の思い過ごしだったらごめんなさい。でもほんとうに、あなたの見てた世界をわたしは少しでも共有したかった。今さら遅いけど。遅いけど。遅いよね。ごめん。


ただただ悲しい。


後になって分かることが多すぎる。何かが終わってから分かることが多すぎる。今は過去のかたまり。そのかたまりを今作ることはできない。先なんて誰も読めない。読んだつもりになっていても、それはきっとただも思い上がり。先を読めたらどんなに楽か。でも、だからこそ、人生は楽しいのかもしれないよ。人生なんて、まだ人生の半分も生きていないのに、「人生」なんて言葉使うと軽く聞こえてしまうよね。ごめんなさい。もっと大人になって、人生ってのはね・・・って話せる日がくるのかな。それを一緒に語りたかった。


絶対に忘れない。

忘れてしまうわけがない。

あなたの終わりを無駄にしたくない。


でもほんとうに、自分の思い違いだったらごめんなさい。

お前に何が分かるって言って下さい。

でも少なくとも、わたしは少しでも理解したいと思いました。