あらすじ
スーパーの化粧品売り場で万引きしようとした女子中学生は、現場を店長の青柳直人(松坂桃李)に見られたため思わず逃げ出し、そのまま国道に飛び出してトラックと乗用車にひかれて死亡してしまう。しかし、娘の父親(古田新太)はわが子の無実を信じて疑わなかった。娘の死に納得できず不信感を募らせた父親は、事故の関係者たちを次第に追い詰めていく。
感想
久しぶりに、邦画を観て震えた。
2022年に入って、映画はこれで5本目。
レビューが滞ってるが、先にこちらを、どうしても先にレビューをおさめておきたい。
そんな気分にさせてくれる作品である。
主人公の添田は、娘を失った事で、我を忘れて、一人娘を事故死させる原因となった
青柳を悪質なまでに追い詰める。
こういった作品は、このまま、ネット社会・報道における問題をショッキングに描くか、
娘の万引きと青柳の痴漢の有無などをサスペンスで描くか、
主人公の添田の、異常ぶりを描くかかな・・・・と想像していた。
いずれにせよ、後味の悪い映画になるだろう・・・と予想していたのだが。
添田は、娘を追いかけた青柳を追い詰める一方、彼女を轢いた運転手の謝罪には、
無視して受け付けなかった。
しかしそれを苦にして運転手が自殺した事をきっかけに、死んでしまった娘と向き合い、彼女との空白を埋めるべく、試行錯誤をしていく。
予想したどれにも当てはまらない、(ベタな表現になってしまうが)見事なまでのヒューマンドラマに仕上げているのだ。
こういった内容を、ヒューマンドラマとして仕上げるのは、非常に難しいと感じる。
先ほど述べたような幾つかの展開の方が、今時であり、よりショッキングであるから、逆に容易いのかも知れない。
娘との失った時間「空白」を埋めていく。
それと同時に、この映画の主軸となるのは、
それぞれの人間の、描かれていない「空白」部分ではないかと、映画を観るにつれて、そう思えてくる。
描かれていない人物の、【空白】部分にある葛藤と後悔までも、伝わってくるのだ。
映画の初めから、こんな父親と一緒に暮らしてるから・・・・母親と暮らせばいいのにと思う。
しかし、愛情がうまく伝わらない不器用さが親子の共通点となり、見えなかった「空白」が見えてくる。幼かった時は、面白くおかしい父親だったかも知れない。
父親の心情をうかがうあまり、「お父さんと一緒に暮らす」と言ったかも知れない。
「お父さんを一人には出来ない」「お母さんの新しい生活を邪魔してはいけない」
あの父親を嫌っていたり、恨んだりしてはなかった。最後に描いた海に浮かぶ船をみて、ふと思う。
自殺した運転手の母親は、責任感の強い母親だと思う。
子供も、そう育てた。
娘は優しく、責任感が強く、けれど弱かった。
「飛び出したきた方が悪い」と言える子ならば、娘は自殺していなかったのかも知れない。
そう思わない事も、責任感も、正しい事のはずなのに、なぜ、自殺してしまったのか。
母親は、そう自問し、自分を責め葛藤しながら、これからを生きていくのだろうか。
青柳を献身的なまで支えようとする草加部は、
ボランティアが生き甲斐で、正しさを強要する。
しかし、その正しさやボランティアが自分の寂しさを埋めてくれるワケではない。
映画の初めから、青柳へ向けられる草加部の粘着質な雰囲気に、寺島しのぶ流石やなぁと唸らせられるが。
その裏にある孤独感と虚無感が映画とともに浮き彫りにされていく。
最後、泥のような感情を吐き出して、彼女はまた、立ち上がっていくだろう。そんな強さまで、
見つける事が出来る名演だ。
圧巻だったのは、藤原季節演じる龍馬。
なんで、こんな添田に懐くんや?という違和感を
一瞬にして蹴散らした、
『そう言って、親父も海から帰って来なかった』の台詞!その中に、彼が添田に見た父性、それ故、無視できない心情が含まれている。
添田の元妻もまた、娘をなくした原因を自分の中に見つけていたはずである。
一緒に住まなかったこと、家を一緒に出なかった事。添田を非難しながらも、自分を責め、同じ悲しみを共有しているという絆でさえ、垣間見える。
そして、チョイ役でありながらも、
今の夫の優しさや、後ろめたさも感じれたりするのも、驚きである。
担任教師もまた、死んでしまった生徒への対応に、言い訳を重ねる事も出来ず、向き合っている人物であるし、
青柳もまた、世間知らずで素直な普通の青年であったはずである。祖母の言葉を鵜呑みにして、
うまく立ち回りもせず、真摯に添田に向き合い、
疲弊していく。
役者陣の演技から見える【空白】の数々は、
一つの不幸の事故から波及されたものである。
本来なら見えない【空白】部分が、
ある出来事によって浮き彫りにされていく様を描いているのでないかと考える。
その【空白】が見えたとき、人はより冷静になれるのかも知れない。
見えない愛を感じ、孤独を感じ、苦しみを感じる。
自殺した運転手の母親は、添田の【空白】を汲み取り、救い出す。
通り下がりの男は、青柳の【空白】を読み取り、声をかけた。
不幸な事故は起こるものであり、いつ当事者になるかは分からない。
どういった立場であろうとも、関わる人間の
【空白】を冷静に見れる人間でありたいと思う。
死んでしまった人間は救えない。
けれど、生き続けている人間は、救える。
それは、見えない【空白】を理解しようとする想像力と、その【空白】に答える言葉による産物がなせる奇跡である。
そして、その奇跡を題材にした本作品の勝因は、それぞれの人物を、【空白】部分まで緻密に演じ切ったキャスト陣である。