もえもえ育児ほぼ終了日記と障害児家族の防災ブログ -552ページ目

出血~切迫流産

つわりに悩まされてはいましたが、仕事は産休に入るまで、通常通り勤める予定でした。

しかし、残念ながらそうはいかない事態になりました。

妊娠がわかって二週間ほどした頃。

お風呂に入ろうとした時に、少量ながら出血していることに気づきました。

一気に不安が広がります。

家にあった「家庭の医学」を広げてみましたが、詳しい情報は得られず、やはり心配は消えません。

旦那とも話し、素人判断で悩むより、きちんと診察してもらった方が良いと判断。
翌日は仕事を休んでとにかく病院に行くことに。

病院に着いて出血のことを相談すると、すぐに診察。

言われた言葉は「切迫流産」でした。

仕事に行くなんてもっての他。
トイレや洗面以外は安静にしているように厳命されてしまいました。

帰りも歩いて帰っては駄目だから、タクシーで帰りなさいと、看護婦さんが呼んでくれたタクシーで帰宅。

出血が治まれば大丈夫だからと言われたのを心の支えに、家に帰りましたが、やはりショックで何をするべきかの判断もつきません。

かなりの時間、呆然と座っていたと思います。

ようやく職場に連絡を入れなければならないことを思い出し、電話を入れました。

部署移動で当時の部署に配属になったのは結婚してすぐの頃。

社内で一番忙しいので知られていた部署に配属になり、まだ仕事も覚えきれず中途半端な状態だった私。
それなのに当分休むなんて言ったら、同じ部署の女性達に大変な迷惑をかけることになります。

申し訳ない思いで電話連絡しましたが、逆に労りの言葉をかけられて泣きそうになったのを覚えています。

「仕事は私達で何とか出来るけど、赤ちゃんを守るのはお母さんにしかできないんだから、大事にしてね。」

今の私に出来ること、やるべきことはお腹の赤ちゃんを守ること。
命を守るために必要なことは全てするし、人の助力も素直に受けよう。

そう改めて覚悟を決めた瞬間でした。

つわりでボロボロ

妊娠がわかって心は喜びで一杯になりましたが、現実はなかなかにシビアでした。

妊娠が判明する前から既に始まっていたつわりが、一気に本格化したのです。

私は吐きづわりと言うタイプでとにかく強い吐き気に悩まされ続けました。

とても匂いに敏感になり、特に元々苦手なタバコの臭いが駄目(>_<)

職場は、一応時間分煙とは言われていましたが、禁煙タイム以外は吸い放題。
しかも男性のほとんどが喫煙者です。

これには参りました。

妊娠したことは、職場ではしばらく公表しないつもりでしたが、あまりにも辛いので、せめてそばで吸わないでもらいたいと部長には伝えました。

しかし、職場は全ての部署がワンフロアに、しかもオープンスペースで並んでおり、隣の部署で吸われたらもうどうしようもない状態。

毎日が苦行です(T_T)

化粧品や香水、男性の整髪料の匂いもだめです。

通勤電車の中はいつもハンカチで鼻と口を被い、口で息をして必死で耐えていました。

食べ物の匂いも駄目です。

肉や魚の生臭さはもちろん、大好きだったプリンやドーナッツ等の甘い匂いも、カレーのような香辛料の匂いも駄目。

ミスター○ーナツの店のそばに寄ることさえ出来なくなりました。

つわりは空腹時により辛くなることが多いので、飴やチョコなどを食べると良いともアドバイスされましたが、これも口に広がる甘い香りに耐えられなくて吐き出す始末。

当然料理もまともに出来なくなり(料理好きなのに(;_;))結局食べられるのは、温かいお素麺やおうどん(具なし)

当然、体重はみるみるうちに減っていきました。

普通は安定期の5ヶ月頃には落ち着くと言いますよね。

でも私の場合は少しずつ軽くなっていきはしましたが、結局8ヶ月に入り、まもなく9ヶ月と言う頃までつわりが完全になくなることはありませんでした。

赤ちゃんがお腹にいる証拠だという思いがなければ耐えられなかったでしょうね。

旦那が理解を示して色々協力してくれたことも、本当にありがたいことでした。

身近な人の理解と共感、思いやりは、つわりそのものを無くすことが出来なくても、つわりの「辛さ」は軽くしてくれるのだと思います。

今でも、あのときの旦那の協力に感謝しています。

お母さんになる私

現在進行形の記事は「今日の日記」としてアップすることにしました。

それ以外は基本的にもえもえの妊娠~出産~育児の時系列に沿った記録になります。

では、改めて過去の記録再開です。どうぞ♪

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妊娠を確認して病院から帰宅する途中、歩きながら旦那宛に携帯メールで報告。
嬉しすぎて、家に着くまで待てなかったんですね(^^;

旦那の実家への報告も、旦那からしてもらうようにお願いしておきました。
まだ結婚半年、新婚の私には旦那の実家へ自分で報告するのは照れ臭かったんですよね。
それにやっぱりお互い自分の親に話す方が自然だと思いますし。

家に着いたら、すぐに実家に報告の電話。

「赤ちゃんが出来たの」

この言葉を聞いたときの母の嬉しそうな声が忘れられません。
尤も、母の方からすれば、私の声が相当弾んでいたらしく、よっぽど嬉しいことがあったなと、喋り始めた瞬間にわかったそうですがσ(^◇^;)。。。

もえもえはどちらの家にとっても初孫です。

家族全員が心の底から待ち望み、授かった子です。
気付けば自然に手はお腹を撫でさすり、顔には笑みが浮かびます。

皆の愛情を一杯に受けて生まれてくるであろう我が子。本当に幸せでした。

そして、仕事を終えた旦那が帰宅。
その手には駅前で買ったと言う赤いカーネーションの花束がありました。

「お母さんになる君に」

旦那の気持ちがこもった花束に、母親になる喜びと責任を再認識。

同時に、旦那との子どもで良かった、この人とならきっと何があっても、やっていけるとも思いました。

この思いは間違っていなかった。今でもそう思っていますし、そう思える自分が幸せです。