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献血物語(2)

17歳の時に

生まれて初めて献血をして、


RHマイナスのO型だと判明した私

「献血物語(1)」 をご覧ください)


RHマイナスの血液というのは、

日本人の場合0.5%しかいないそうで、


特にRHマイナスのAB型は

2000人にひとりという希少さ。


自分がそんな希少な血液型だと知った私は、

すぐに日本赤十字社に対して、

RHマイナスの登録をしたのでした。


これは、

万が一RHマイナスの血が必要なときは、

差し上げますよ。

その換わり、私に血が必要なときは

ちょうだいね

(°∀°)b


という登録です。


この登録をして一年後くらい、

高校の卒業式を目前に控えた私に、

献血センターから手紙が来ました。


そこには、

RHマイナスのO型の血が必要なので、

指定された3日間のうちに献血センターに来てください


というような内容が書かれていました。


自分が必要になったときには、

きちんと分けて欲しかったので、

言われた通り、血液センターに行って、

献血をしました。


以来、時には手紙だったり、

時には電話だったり、


とにかく、○日後に手術ですから、

あなたの血をちょうだいね


という内容の連絡をもらうたび、

律儀に献血センターに行き、

献血をしていた私。


もちろん、時には自分から献血に

行くこともありました。


献血をすると基本的な検査をして、

その結果を送ってくれるため、

健康診断にもなります。


それに当時は10回ごとに小さい表彰状と

記念品をくれたり、

呼び出されて行ったときは500円の

テレホンカードや図書券をくれたり、


何だかいろいろもらえたのです。


そんなこんなで、最低でも年に1回、

多ければ4回くらいすることもありました。



ところで、献血をしたことのない人は、

献血と言えば「血をあげる」と思っているかもしれませんが、


血の中の成分だけをあげることもあります。


それを

「成分献血」と言います。


手順は、まず普通に血を抜いて、

その中から必要な成分

――血漿または血小板


だけを分離させて、残りの血は体内に戻します。


遠心分離機の機械の横に寝て、

点滴のような管に繋がった針を打たれ、


血圧を測るときと同じようなものを腕に巻いて、

それがグーっと腕を圧迫したときは血を抜かれ、

反対に緩んだときは、残りの血(白血球と赤血球)が

戻ってきています。

(この作業を3~4回繰り返します)



私はある時期からこの「成分献血」を頼まれることが

多くなりました。


けれどこの「成分献血」のときに、

少しだけ気持ち悪くなる瞬間があるのです。


それは血が戻ってくるとき。


心臓のあたりが何だかモヤモヤして、

唇がしびれるような感じがします。


しびれ――というと大げさですが、

歯医者さんで麻酔を打って、

それがもうすぐ切れる、というときの感じに似ています。


血を抜いたところから、

そのまま血が戻ってくるわけですから、

血が逆流していて気持ち悪いんだ――


私はそのように解釈していました。


ところがそれは、

私の体質が大きく関わっていることだったのです

∑ヾ( ̄0 ̄;ノ



(この項続く)



♪From MIKA♪