凄い曲ですね。何回も聴きました。明日も聴こっと。椎名林檎も東京事変も前から好きで、凄い曲も沢山ありますが、この曲はまたまた本当に凄いね。せつない。泣ける。感動しますよ。とんでもなく美しい、悲しい映像が浮かんでくる。もし私がPVの監督ならどんなのを撮ろうかと考えさせられる。この曲の良さを最大限引き出したい。こんな映画や小説が読みたいね。しかし難しい。例えば「高速道路」で高速道路を映していいのか。「レコード」でレコードを映していいのか。「星」で星を映していいのか。しかしこのせつなさや悲しさや美しさは半端ない。とんでもない。ビックリ。CMでちょいちょい聴いてたけど。「ありあまる富」と共通のモチーフを感じるね。違うか。何か異常に充実した「物」や「現実」。「空が鳴っている」はその裏面というか、そのはかなさや不可能性というか挫折を描いている。夢が叶う直前の破滅のようなもの。加速する夢の重さに耐え切れず神さまに「あきらめさせて」と願う。その限界での悲痛な叫び。何か銀行強盗か何かしたカップルが死んじゃうみたいなイメージ?『俺たちに明日はない』だっけ。そんな映画あったよね。あと『ウテナ』で夜の高速道路を疾走する赤いスポーツカー。そんなイメージも。「逃亡者の悲劇」とか、そんなイメージかな。とにかく凄いよ。生涯ベストワンかもね。
寝ている人を起こす時、大きな音や体への刺激が有効だろう。夢の中ではどうか。大きな音や体への刺激によって目が覚めるという事は余り無い気がする。子どもの頃悪夢に悩まされていた私は、夢の中から目覚める方法を必死で編み出そうとしていた。結果は夢の中で目を強く速くぱちぱち瞬きするというものと、頭を高速で左右にぶんぶん振るというものだった。結構な確率で目が覚めたと思う。悪夢を見ないように布団の中で神様にお祈りしていた記憶がある。眠っている人の目にちかちかライトを当てたり首を揺すったりすれば目が覚めそうだ。ライトはわからないかな。これは『インセプション』や『ビューティフルドリーマー』の話で、夢の中から目が覚めたり、夢から別の夢へ移行したりする契機が何なのか、というところから考えた事だ。夢の中で夢から醒める。それが現実への回帰の場合も「目が覚める夢」の場合もある。「目が覚める夢」の場合、布団から出たり歯を磨いたりする夢を見続けるのである。目はある程度眠れば覚めると思うが。しかし何十年も眠り続ける人もいるようだ。そのような人は夢を見続けているのであろうか。90分でレム睡眠とノンレム睡眠が切り替わるそうだ。レム睡眠中は脳が起きていて体が寝ている状態らしい。そして眼球は運動しているらしい。脳と眼球は起きているけど体は寝ているのかもしれない。すると私が昔悪夢から醒めるために目をぱちぱちさせたり首を振ったりしたのは何か眼球の運動に関係があるのかもしれない。現実身体上の眼球の運動と夢の中の眼球の運動が微かに繋がっていて、夢の中での自覚的な眼球の運動が現実身体上の眼球の運動に影響を与え、その現実身体上の眼球の運動が覚醒に寄与するということがあるかもしれない。覚醒や次の夢への移行が自在に出来たらおもしろい。
映画『インセプション』を観た。とてもおもしろかった。レンタルで観た。準新作だ。夢が多層構造になっているという話。夢の中に入り込み情報を盗んだり精神に影響を与えて行動を操る。記憶や観念の『植え付け』、それが『インセプション』だ。夢の中で死ぬと目が覚めて現実の世界に戻る。目が覚めたのがみんなが入り込んでいる夢の世界の夢を見ている本人だとその夢の世界は崩れ去る。夢の中で夢を見る。人の夢の中に入り込む。その夢の中でまた夢を…。その世界での息詰まる攻防戦。思い出したのが押井守の『うる星やつら・ビューティフルドリーマー』だ。これも夢の中の話。しかし「現実の世界」が丸ごと夢の世界に成り代わりいつの間にか「現実の世界」は影も形も無くなり、知らぬ間に理不尽極まりない夢の世界が現実に成り代わっている。夢の世界は現実の顔をしてすまし顔だ。この映画のラスト近くにこの「夢の世界」からの脱出劇のようなものが繰り広げられる。そこでハンマーで殴られたり失神したりが次の夢の世界への移行の契機になってていたと思うのだが、それは「覚醒の夢」による「次の夢」への移行なのか、「入眠の夢」による「次の夢」への移行なのか…。それはどちらでもいいのか…。『インセプション』では「入眠」に「入眠」を重ねて二層目三層目の夢に入って行き、「覚醒」に「覚醒」を重ねて夢から醒めて「現実」へと近付いて行く。『ビューティフルドリーマー』での「夢の世界の移行」は覚醒に覚醒を重ねて現実に近付いて行くという訳でも入眠に入眠を重ねて深層の夢の世界へ降りて行くという訳でもなさそうだ。その移行に脈絡はなく、またそのひとつひとつの「夢の世界」はそのまま「真実の現実」であり「真実の歴史」であり「唯一無二の世界」である。それが「夢のように」断片的に一貫性を欠いて連結している。何らかの「ショック」が次の夢への契機になっていたような気がするのでそれは「覚醒の連続」だったのであろうか。しかし「ショック」により目が覚めることもあるが、「ショック」により失神状態になり夢を見ることもありそうだ。そしてそれが夢の中だったら。「ショック」や「死」が「覚醒」を保証するとも限らない。しかし「それまでの夢」が途切れ、「次の夢」に繋がるということか。しかし確かに夢の中での「ショック」や「死」が「覚醒」に繋がることは多そうだ。しかし「覚醒の夢」というものもあるし、「夢の終わり」が「ショック」や「死」とも限らない。