この記事は、以下の投稿の続きです。

 

 

 今回は、BE THE SUN東京公演の感想を、各チームのステージのところから書いていきます。

 セットリストを見ながら当日のことを振り返って書いていますが、悲しいことにこのあたりから記憶がかなり曖昧なので、当日見たものの描写よりも曲やメンバーへの私の解釈や思い入れの話がずいぶん多くなってしまいました。当日のレポートとは言えない内容ですが、もしよかったらお付き合いください。

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●SEVENTEENの宇宙を構成する三つの世界

 HOT, March, HIT, Rock with you, 2 MINUS 1という疾風怒濤の第一幕が終わると、次はまたがらりと色の違う、チームごとのステージが続いた。パフォーマンスチームはMOONWALKERとWaveを幻想的に、ボーカルチームはCome to meとImperfect loveを柔らかに、ヒップホップチームはGAM3 BO1とBack it upを会場を巻き込むようにして披露した。

 

 SEVENTEENを好きになってはっきりと自覚したのだが、私は人が踊っているところを見るのがとても好きである。したがって、一番好きなチームはパフォーマンスチームだ。

 前回の記事に、素人視点ながらホシとディノのダンスの好きなところについて書いた。ジュンとディエイトの踊り方にもそれぞれ全然違う魅力があって、その四者四様の舞が、私には魔法のように見えるけれどきっと本当は汗まみれの現実的な道のりを経て、ステージの上でひとつに結晶するさまを見るのが好きである。初めて買ったコンサート映像であるIN-COMPLETEでHOME;RUNの次に繰り返し観たのは、MOONWALKERだった。もともと月というものも好きなので、天から降りて来るロープに手を伸ばし、空を蹴って月に昇っていく歌詞の世界観も好きである。

 

 改めて眺めてみると、今回のBE THE SUN東京公演のセットリストは、私にとって本当に嬉しいものだった。

 SEVENTEENの曲はどれも魅力的だし、そこに込められた思いや注がれた時間を思うと大切でない曲は無い。しかし、彼らはまるで失敗することよりも停滞することを恐れているかのように多種多様なジャンルの曲に挑戦し続けるし、私にはどうしても曲調や世界観の好みというものがあるから、特に好きな曲とそうでない曲があることは認めざるをえない(私が「そうでない」と感じる曲は誰かにとっては最も大切な曲であるだろうし、繰り返すがこれは私の好みの問題であって、曲に優劣の評価をつけたいわけではない)。また、「好き」の中にも種類があって、気分良く出かける時に聴きたい曲もあれば落ち込んだ時に心の支えにしたい曲もあり、そして、ライブで観たり聴いたりしたい曲がある。

 BE THE SUN東京公演には、私がライブで観たいと思う曲がほとんど全て組み込まれていた。そして、そのひとつが、MOONWALKERだった。

 

 

 私はこの曲で初めて、双眼鏡を覗いた。それまでは、せっかく初めてその場にいるライブコンサートなのだからと思って何も介さずにステージを感じていたくて、双眼鏡を使わなかった。双眼鏡を使わなければ一人ひとりの顔や細かい動きは見えないが、私はSEVENTEENの大人数ならではのフォーメーションの変化や「こちら側の数人がこの動きをしている時に、あちら側の数人は別の動きをしている」といった凝った構成が大好きなので、全体を見ることを優先していたというのもある。しかし、たった四人で構成されるこのステージは、拡大して見たいと思った。指先や表情に宿るディエイトの繊細な感性だとか、ジュンの有り余るパワーと妖艶な仕草の共存だとか、そういったものまで見てみたかったのだ。

 

 ここで当日の四人の細かいようすについて書けたら良かったのだけれど、正直このあたりから記憶がぼんやりとしている。それは私が公演を見る前にグッズ販売の待機列でなけなしの体力をほとんど使いきっていたせいでもあるだろうし、感じていることを頭の中で言語化して記録しようとする余裕も無いほどその場の感覚に集中していたからなのかもしれない。ただ、ガラス越しに白い衣装で現れた四人が、とても綺麗だった。どこがどう綺麗だったか、全然思い出せないのが悲しい。でも、DREAMの歌詞みたいに、鮮明には思い出せないけれど「月に人がいるとしたら、本当にこんな感じかもしれないな」と思った心だけが残っている。

 

Waveもとても幻想的な曲で、別世界に引き込まれるような魅力がある。

 

 パフォーマンスチームがMOONWALKERとWaveを、幻想的な、天使だとか宇宙人だとか、そういったちょっと人間離れした雰囲気で披露し終えると、今度は地上の木漏れ日のようなボーカルチームのステージが始まった。

 

 私はSEVENTEENというグループ全体が好きで、いわゆる「箱推し」というものに限りなく近い。だから、今回の公演でカラット棒を買うためにグッズ列に並んでいた時には、カラット棒以外に何か買うとしたら、 個人のグッズではなく“SEVENTEEN”と書いてあるタオルがいいなと思っていた。が、「あえて一人選ぶなら」と尋ねられたら、ドギョムと答える。

 

 私がSEVENTEENを好きになったきっかけである2020年のMAMAのHOME;RUNの、Left & Rightからの変身の場面。あれが一番の理由だと思う。あの大変身からのブロードウェイミュージカルみたいなHOME;RUNが大好きで、何度も動画を観た。その時、単純に、顔立ちと、柔らかくて品のある表情が好きだと思ったのだ(あんなに陽気で愛らしいタイプのひとだとは知らなかった)。

 その後、ジョシュアがお洒落にアレンジしたボーカルチームバージョンのAdore Uの唸るような歌い出し方や、韓国の歌唱バトル番組『覆面歌王』で披露した『月の没落』、Crazy in loveなどを聴いて、その歌声に惹かれた(ドギョムは音域がとても広いので高音パートを任されることも多く、ボーカルチームの曲は優しいバラードが多いけれど、私は、バラードよりもう少しアップテンポの曲で、中くらい~低めのパートを歌っている時のドギョムの声が一番好きである)。それから、メインボーカルであるドギョムを好きな理由としてダンスを挙げるのはもしかしたら少し珍しいことかもしれないし、本人の望むことかはわからないのだが、私はドギョムの、ばたばたくねくねしたところの一切ない、すっきりとした踊り方がとても好きである。もともと私が、きらきらふわふわとした可愛いものや、妖しく麗しいもの、ワイルドでラフなものなどよりも、きりっとしたシンプルなものに憧れる傾向があるからだと思う。ドギョムの踊り方は、その表情やぐっと込めた力に確かに「熱さ」も感じるのだけれど、それをぶわあっと外に発散させるというよりは、しっかりと制御しているように見え、そこに凛とした美しさを感じる。爆発力とは違う、所作の美しさみたいな良さがあると思う。普段あんなにすぐふざけるのに踊り方はとても落ち着いていて、冷静できっぱりとしている。例えば私はディノのダンスには「ドガンッ、ガツンッ」、ジュンには「ぐいん、ぐわん」、ディエイトには「ゆらり、ふわり」といった擬音をつけたくなり、それぞれに好きなのだが、ドギョムからは「すっ、さっ」という音が聞こえてくるように思うのだ。伝わるだろうか…。

 

 例えばこのRock with youのドギョムの踊り方、翻るロングコートの美しさも相まってとても好きだ。

 

 

 話が少し逸れたが、そういう個人的な理由から、私はドギョムのファンでありながら、ダンスの無いゆったりとしたバラードであることの多いボーカルチームの曲を聴く時には、歌詞や、ソングライターでありチームのリーダーであるウジのことを考えていることが多い。

 今回の公演でもそうだった。ボーカルチームがBE THE SUNで披露したCome to meは、大切な人を木に喩えた歌詞が印象的だ。

 

 

木陰の澄んだ空気や優しい木漏れ日が、歌詞の主人公を守り、悲しみを溶かし、安らぎを与える。主人公はそのことに深く感謝し、守られている側から転じて、「僕のところにおいで」と繰り返す。面白い歌詞だと思う。人を木に喩える歌はたくさんあるだろうけれど、木に「おいで」と呼びかける歌は少ないのではないだろうか。比喩とは言え、木にはひとつの場所から動かないイメージがあるから、木に向かって「おいで」と呼びかける発想は少なくとも私にはない。

 でも、だからこそなのかな、という気もする。ここからは私の想像だが、主人公を守り、光を分けてくれた木だけれど、木自身は、雨の日も風の日もそこから動かず真っすぐ立っていて、誰かに癒されることがない。頼れる誰かのもとに自ら駆けてゆくことができずにいる。そのことに気が付いたから、歌詞の主人公は、力になりたくて、恩返しがしたくて、「おいで」と言葉にする。地に固く張った根をふわりと抜いて、背負っているものを全部捨てて、あるいは全部抱えたまま、君も誰かに頼っていいんだよ、と伝えるために。そんな歌なのかなと思った。「僕は君ならば全部受け止める」という歌詞も印象的だが、この木は、何かとても重たいものや、人に見せるのが憚られる暗い部分でも持っているのだろうか。

 

 はっきりと思い出せないが、BE THE SUNのCome to meのステージでは、歌詞の内容そのままに、木を描いた映像が背景中央に映し出されていたのではなかったかと思う。そして、隣の人と広めの間隔をとって一人ずつぽつんぽつんと5人が並び、その真ん中あたりに、ウジがいたような気がする。

 

 ウジはカラットやそのほかの大切な人たちに送るメッセージとして、この歌詞を書いてくれたのかもしれない。しかし、私は、なんだかこの木に、ウジ自身を重ねてしまう。私はウジと話したこともないし、インタビューで語ってくれることやファンに見せてくれている姿以外何にも知らない。だからこれは私の勝手な見方なのだけれど、あんなにもファンにもメンバーにも愛されているウジに、時折、何か、独特の孤独感というか、一歩引いたところから一人静かにメンバーたちを見つめる眼差しのようなものを感じることがある。私は_WORLDのMVでも、ウジが一人で高い所に居るあの場面に勝手にそれを感じてしまい、胸がぎゅっとなる。楽しそうでもあるが、内部の人間でありながら同時に一人だけ外部にも居るような、少しだけ寂しい印象を受ける。

 

 ステージに居るウジは、一番小柄で一番色白だからと言って安易に「可愛い」担当にならない、むしろ「ボス」感あふれる堂々とした表情、メンバーたちとの身長差を全く感じさせない切れ味抜群のカッコいいダンス、激しく踊りながらも絶対に音程を外さず難しいパートもテクニカルに歌いこなす熟練の歌唱力で、とても強くて頼りがいのある人物に見える。MCや授賞式の挨拶では誠実な言葉選びが素敵だがすぐにうるうると涙ぐんでしまうタイプではないし、私生活に近いくつろいだ姿を見せるような企画では、(最近はずいぶん丸くなったように見えるが)自ら愛嬌を振りまくことはあまりなく、子どものようにはしゃぐメンバーには「やれやれ」といった仕草を見せることもある。そして、そんな、ちょっとクールなウジを、メンバーたちはかえってとてつもなく愛おしく思っており、そういった意味ではやや甘やかされ慣れているような雰囲気も伺える。それなのに、だ。ウジには、なんだか時々ふと、とても繊細で、本当は自信の無いところもあるような、自分が多くの人に愛されているこの状況を謙遜でなく本当に「身に余る幸せ」と感じて不思議がり心から感謝し、誰も見ていない所では将来への不安に胸をざわつかせながらひっそりと「どうかこのまま皆で夢を追いかけ続けられますように」と切実に願っているような、そんなふうな人物に見える瞬間がある。自分を、主人公ではなくその相棒や裏方だと思っているような、そんな雰囲気も時折感じる。

 

 まあそんなのは私の勝手な思い込みかもしれないが、ウジはメンバーであると同時にSEVENTEENのほぼ全ての楽曲の作詞作曲を手掛けているプロデューサーでもあるので、その点において一人だけ立場が違い、他のメンバーよりひとつ多い、とても大きな責任を背負っていることは事実と言えるだろう。

 

 ナエゲロワ(僕のところにおいで)。

 私は普段あまりそういうことを想像しないのだが、この曲を聴きながらふと、もしも私とウジがファンとアイドルではなく友だちだったなら、これはウジに贈りたい言葉だなと思った。歌を書き続けることを通して、メンバーに輝ける場所を、多くのファンに優しい光を与えてきたウジに。

 

 ウジのチェンバロみたいな声と、ドギョムのバイオリンみたいな声。ふんわりと優しくてちょっと儚いジョンハンの声と、品と艶が同居するジョシュアの声。バラードによく似合う、普段のキュートさからはちょっとギャップのある情感たっぷりで貫禄のあるスングァンの声。5つの声が奏でる柔らかなハーモニーを聞きながら、私はウジがこれまでに公の場で見せた数少ない涙を思った。

 デビューに向けて数々のミッションをこなした『SEVENTEENプロジェクト』で、メンバーへの物言いがきついと言われながらその裏で「もし失敗したらすべて僕の落ち度である気がして…」と語りながらぽろぽろと流した涙と、SEVENTEENが初めて音楽番組で一位を取った時の、ジュンにもたれて泣き崩れる姿。

 先ほど述べたようなウジの人物像に関することはともかく、これらの涙にウジの背負っているものの大きさの一端を見て取ることは、私の勘違いとは言い切れないのではないだろうか。

 いつかSEVENTEENが最後のステージを終える日が来たら、その後は、軽やかな気持ちで好きなことを好きなだけして、お米をたくさん食べて、思いっきり休んでほしい。

Imperfect loveの歌詞についても、またいつか書けたらいいな。

 

 さて、チームステージの最後を飾ったのはヒップホップチームだった。ライブコンサートに参加したことで一番印象が変わったのは彼らである。

 

 私はSEVENTEENに限らず、普段ヒップホップを好んで聴かない。だから、先ほど書いた通りこれは私の好みの話であって他の人の大好きな曲を否定したいわけではないし曲に優劣の評価をつけたいわけでもないのだが、私の中で、ヒップホップチームの曲、特にBack it upのような強めのラップ曲は、4人にはとても申し訳ないのだが聴く頻度が低い。私が不勉強で韓国語を理解できないせいも大いにある。歌詞を翻訳機にかけてゆっくりと眺めれば4人の個性あふれる言葉選びや全体のテーマについて「なるほど、面白いな。かっこいいな」と思う箇所はたくさんあるのだが、耳からその情報を拾うことができないので、メロディーの無い韓国語ラップを聴いて楽しむことが難しいのだ。

 

 でも、会場で観客と一体になって聴く彼らのヒップホップは楽しかった。そしてとてもカッコよかった。

 周りを見渡せば私の近くにはボーカルチームやパフォーマンスチームのメンバーのうちわがけっこうあったはずなのに、ヒップホップチームが登場した途端、「会場の観客、この数万人全員、もしかしてヒップホップチームが一番好きだったのか!?」と感じるほどの熱狂ぶり。歓声がなくても伝わってくる、あの一体感と熱気はどこからくるのだろう。彼らの曲が始まった途端、パフォーマンスチームの冷たいまでの美しさ、ボーカルチームの柔らかな温もりで一旦落ち着いていた会場の温度が、冒頭のHOTの時みたいにまたぶわっと上がった気がした。皆が持っているカラット棒の光が、さっきまでは星明りのように優しかったのに、今はレーザー光線みたいにぎらぎらと揺れている。私は「クラブ」って行ったことがないけれど、こんな感じなのかな? 観客が皆リズムに乗って、頭を上下させている。

 うまく言い表せないが、4人は自分たちのカッコよさを最大限に見せつけようとしながら、同時に、観客をよく見ている感じがした。ステージに居る4人は激しくラップをしながらも余裕たっぷりに、少し煽るようにして会場を見回していて、まるでカラットの方が踊っているみたいだ。美しい幻影を見せ、カラットがそれを息を呑むように見つめるパフォーマンスチームのステージとは対照的である。『SEVENTEENプロジェクト』のチーム対抗ミッションの際に、会場を巻き込んで一番盛り上げたのはヒップホップチームだったという話があったが、あれの意味がわかった瞬間だった。

 

 

 GAM3 BO1では、ウォヌが「ゲーム ゲーム ゲーム ゲーム ゲーム…」と繰り返す力強い声が最も印象に残った。GAM3 BO1は遊び心に溢れながらどこか切なくも感じられる歌詞が好きだしおもちゃみたいなサウンドが楽しくて、ヒップホップチームの曲の中で私が比較的よく聴く曲だが、普段、ラップがカッコいい!と思って聞いていたわけではなかった。でも、会場に響き渡るCDより力強いウォヌの声が、すごくかっこよく聞こえた。

 

 ステージ外では、ウォヌはどちらかと言えば静かに話すタイプだと思う。お茶目なところはあるが、基本的には落ち着いていて、物静かで知的に見える。ウジの書く歌詞にも通ずるところがあるが、普段、自分の内面について饒舌に語らない人ほど、その思いを作品に注ぎ込んだり、ステージにぶつけたりするものなのかなと思う。私は絵を描くが、絵を描く行為にもそれに似たところがある。

 ウォヌの声には、なんとも言えない存在感があった。それがウォヌのどんな感情なのか私にはわからないが、シャウトではないしメッセージ性の強い意味深長な歌詞ではなく「ゲーム」という単語を繰り返しているだけなのに、「感情が叫ばれている」という感じがすごくした。本人にそんなつもりはないかもしれないが、何かとても大きな感情が、その声とともに発散されているように思えた。そしてその声が、ウォヌという人間がそこに居ることを力強く伝えていた。

 

 

●太陽のように明るく

 チームごとのステージが終わると、衣装が変わり、13人揃っての明るくパワフルなパフォーマンスが立て続けに披露された。Mansae, Left & Right, VERY NICEである。

 

 Mansaeって、MVや歌詞は少女漫画みたいな世界観で初々しくかわいらしい印象だし、振り付けにもコミカルな要素が取り入れられているが、メロディーは案外大人っぽく洗練されているというか、明るい曲の中では「かっこいい」系に分類されると思う(音楽のジャンルや技術、パターンを表す専門用語に疎いのでうまく言い表せないのがもどかしい)。7年前の曲だけれど、今出しても売れそうだ。そして、BE THE SUNのセットリストで自分用にプレイリストを作ってみてふと目に留まったのだが、この曲が収録されているアルバムのタイトルはBOYS BEである。私は残念ながらその頃から彼らを応援していたわけはないし、きっと本人たちはこのことは意識していないと思うが、BE THE SUNという名前のワールドツアーの中でBOYS BEの曲が歌われたことに、私は今、なんだか感慨深いものを感じている。Mansaeをリリースした当時、メンバーたちは、BOYS BEの後にどんな言葉が続くことを想像していたのだろう? BEまでで止めたタイトルには、これから何にだってなれる少年たちの無限大の可能性が示されているように思う。けれども、予想できただろうか。少年だった彼らは、今、太陽になろうとしている。自分たちがこんなにも大きな物語を描くことになるのを、好きな子のジェスチャーに胸をときめかせ、学生服を着てだるまさんが転んだに興じる彼らは、知っていただろうか。

 

 

 アンコールではしゃぎながら歌われることの多いVERY NICEが、コンサート本編に組み込まれていたのも嬉しかった。

 私はVERY NICEのコレオ動画が好きだ。3分間の中に展開がたくさんあって、演劇を観ているように面白く、最後まで全く飽きない。ディノ以外みんないっせいに床に倒れ込んで、一列ずつ起き上がるところ。カーテンコールみたいに手を繋いで一列になるところ。元気いっぱいだが群舞の部分では驚くほど動きが揃っていて、びたっと揃った足音が心地良い。当時体調が悪くお休みしていたウォヌの代わりに置いてあるキツネのぬいぐるみに彼らのあたたかさを感じるし、踊りながら「ウオーッ」と叫んだりするのも楽しそうで元気が出る。たぶんコレオ動画の中では、HITの次に何度も観た。

 

 

 

 HOTの太陽には周囲のものを焼き尽くす容赦の無さを感じるし、「太陽になる」という目標はあまりにも大きくて、ひどく重たいテーマにも感じられる。しかし、Mansae, Left & Right, そしてVERY NICEを、少年時代よりパワーアップした姿で、少年の頃と変わらぬ楽しそうな顔で踊る彼らは、周囲を明るく照らすという太陽のポジティブな一面を表しているかのようだった。

 

Left & Rightはこの時のステージが一番好き。

 

 

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 この後、SEVENTEENの三つの世界を統べる三人のリーダーが登場し、私が今回の公演で観ることができて最も感動した『舞い落ちる花びら』を含む日本公演ならではのステージを経て、コンサートはクライマックスへと向かっていきます。

 今回は私の想像や解釈ばかりでずいぶん長くなってしまったので、今日はここまでにして、続きはまた今度書きたいと思います。

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

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※今までに書いた歌詞和訳や考察記事はこちら。もし興味がございましたらご覧ください。

●BANDS BOY和訳

 

●Double Take和訳

 

●Sector17考察(ギリシア神話との関わり)

 

●POWER OF LOVEプロジェクト考察(『星の王子さま』『夜間飛行』『人間の土地』等サンテグジュペリ作品との関わり)

 まとめ

はじめから