透析時に持ち込んでた『サラダセブン』というお菓子が一時期売り場からなくなってしまったが、最近復活し安堵してた。




ところが、『サラダセブン』が復活すると、もうひとつ持ち込んでるお菓子であるトップバリュの『お好みミックス』が売り場から消えた。

また、投書でもしようかと(笑)、念のためHPを確認すると、『製造中止』の文字が!





製造中止ならあきらめるしかないか。

それにしても、持ち込みすぎだよね。(爆)












先日の福岡県古賀市への出張のとき、知り合いから『長崎物語』を買ってきてと頼まれた。

頼まれたから代金をもらえるかと思ったら、単なるお土産のリクエストだった。(汗)


家に帰り、娘達と『長崎物語』を食べながら、九州各地のお土産の話になり、どのお菓子(お土産)が好きかを決めることになった。


まずは、各県のエントリーを決めた。

福岡県:博多通りもん

佐賀県:小城羊羹(丸ぼうろ)

長崎県:長崎物語

熊本県:陣太鼓

大分県:ざびえる

宮崎県:チーズ饅頭

鹿児島県:紅芋タルト(スイートポテト)

( )は、エントリーの際、揉めたもの。




左上から時計回りに、博多通りもん、陣太鼓、ざびえる、チーズ饅頭、紅芋タルト、長崎物語、小城羊羹。


博多通りもん、ザビエル、長崎物語のベスト3はすぐに決まったが、この3つの順位がなかなか決まらなかった。


うちの家族の順位は、長崎物語ーざびえるー博多通りもんーチーズ饅頭ー紅芋タルトー陣太鼓ー小城羊羹だった。(あくまでも個人の見解です。)


長崎物語って、下の写真のような地味なパッケージなので、なかなか全国区になれないんじゃないかという話が出た。

確かに、味を知らない人は手に取りにくいパッケージだと思う。













富山県美術館で、『ミロ展―日本を夢みて』が開催されている。




長野から富山に向かった出張のときに、多少透析に遅れても行こうと思ってた。
早めに打合せが終ったので、意気揚々と富山県美術館に向かうと、『本日休館日』の文字。

水曜日(美術館の休館日は、月曜日が多い)だったし、夏休み中だったので、休みだとはまったく疑わず、HPで確認しなかった。

実は、本展は巡回展で、富山県美術館の前は愛知県美術館で開催されてて、知り合いを誘って観に行ったら、何と一週間前に終わってた。

ブログのタイトルは、『振られた』とあるが、愛知県美術館も富山県美術館もHPで確認すれば分かったことだから、完全に自分が悪い。

富山県美術館で開催中に富山出張があればいいんだけど・・・。






今週も日本透析医会から透析患者さんの新型コロナウイルス感染者数の発表があった。

 

透析患者の感染者は、650名増えて9067名に、死亡者は5名増えて585名だった。

 

感染者が増えた地域は、北海道地区が19名、東北地区が22名、北関東地区が25名、南関東地区が144名、東京地区が196名、甲信越・北陸地区が27名、東海地区が31名、愛知地区が10名、近畿地区が48名、大阪地区が32名、中国地区が37名、四国地区が4名、九州・沖縄地区が21名、福岡地区が35名だった。

死亡者が増えた地域は、東北地区が1名、北関東地区が1名、東京地区が2名、九州・沖縄地区が1名だった。

(詳細は、こちら。)

 

ワクチンを2回接種して退院した人は1667名、亡くなられた人は102名、転帰不明は1072名だった。

ワクチンを3回接種して退院した人は953名、亡くなられた人は12名、転帰不明は1075名だった。

ワクチンを4回接種して退院した人は23名、亡くなられた人は0名、転帰不明は94名だった。


中和抗体薬(ゼビュディ)を投与して退院した人は1343名で、亡くなられた人は44名、転帰不明は467名だった。(これらの人数は累積の数である。)

 

感染者の年代別の増加数は、40歳未満16名、40歳代が44名、50歳代が125名、60歳代が132名、70歳代が167名、80歳以上が166名であった。

 

年代別の致死率(転帰不明者を除く)は、40歳未満が0.8%、40歳代が3.6%、50歳代が4.4%、60歳代が7.9%、70歳代が14.8%、80歳代以上が222%、全体の致死率は11.8%であった。


今回の発表からワクチンを4回摂取して感染した人の統計が加わった。これによると、ワクチンを4回摂取して感染した人が117名いたので、ワクチンが万能ではないことがわかる。

今回初めて40歳未満で死亡者が出たようだ。


まだまだ、3ケタの感染者数であるが、爆発的な増えにはなっていない。

相変わらず、死亡者数は少ない。







 

約2000万年前、日本列島は、まだアジア大陸の一部だった。





約1700万年前、太平洋プレートの沈み込みに引っ張られて、日本列島がアジア大陸から引き剥がされた。

引き剥がされた証拠は、日本海側の断崖絶壁の地形に色濃く残っている。

青森県の仏ヶ浦、新潟県の親不知、鳥取県の浦富海岸などである。

恐竜が絶滅したのが約6600万年前と言われているので、引き剥がされたのは、恐竜が絶滅してから約5000万年後のことである。

だから、福井県などで恐竜の化石が見つかっても何の不思議でもない。





約1600万年前、今の太平洋側に移動する途中、日本列島は真っ二つに割れてしまった。





その間は海峡となったが、海峡をふさぐように、今の伊豆半島がぶつかった。
そして、活発な火山活動により、地盤が隆起したり、火山堆積物で埋まってしまい、今の日本列島の原型ができあがった。





細かいところは別として、日本列島の成り立ちの定説である。

では、どのように推理して立証したんだろうか?

答えは、火成岩(火山が作った岩石)である。


溶岩や火山灰の中にある鉄は、冷える過程でそのときの北の方向を永久に記録する。

つまり、大地が動いて北の方向が変わっても、動く前の北の方向が分かる。

だから、火成岩に含まれる磁石の北の方向を調べれば、大地の動きを推察することができる。