イギリスの風景画家のターナーが師と仰いだクロード・ロランの『海港』。
夕暮れ時の空気感が何とも言えないいい感じである。
ロランは、この絵を描写で描いたのではなく、想像で描いたらしいと聞いて、ますます驚いた。
クロード・モネの『睡蓮の池』。
印象派と言えば、やっぱりモネ。
この絵は、睡蓮シリーズの最初期の18枚のひとつ。
実は、箱根のポーラ美術館が、18枚のうちの1枚を所蔵されている。
印象派の絵は、日本人には分かりやすいし、人気がある。
コロナでなかったら、恐らく人だかりで見えなかったはずだけど、じっくり見ることができてラッキーだった。
本展示会の目玉中の目玉、フィンセント・ヴァン・ゴッホの『ひまわり』。
特設ルームに飾られていたが、5人ほどしかいなくて、ホントにじっくり、ゆっくり見ることができた。
現存するゴッホの『ひまわり』は7枚である。このナショナルギャラリー版の『ひまわり』は、4番目に描かれたもので、7枚のうち特別なものとなっている。
パリから南フランスのアルルにゴーギャンと移り住むことになり、ゴッホは、共同生活の場に12枚のひまわりの絵を飾ることを思いつく。
ところが、ひまわりの季節が終わってきてしまったので、4枚目を描くころには花がしおれてしまったので、12枚描くことをあきらめて4枚であきらめてしまった。(絵の中のひまわりが萎れているのはそのため)
ゴーギャンとの共同生活は数ヶ月で終わり、その後ゴーギャンからあの4枚目のひまわりの絵を送って欲しいと頼まれ、この絵をもとに3枚のひまわりの絵を描いた。結局、ゴーギャンには送らなかったが。
ゴーギャンとの楽しい共同生活を夢見ながらウキウキと描いた4枚目の『ひまわり』が7枚の中では最高傑作と言われている。
ちなみに、新宿のSOMPO美術館にある『ひまわり』は、4枚目を模写した3枚のうちの1枚である。
『ひまわり』に近づいて見てみると、花の中心や花弁の部分は絵の具をそのまま乗せているかのように盛り上がっていて、もの凄く生命力を感じる。
それに比べて、背景はムラなく丁寧に塗られている。
この『ひまわり』だけでも見に来る価値がある。
コロナ禍の中、突如大阪へ謝罪しに行けないかと言われ、一瞬迷ったが、二つ返事でOKした。(汗)
謝罪はちゃっちゃと済ませ、ロンドン・ナショナル・ギャラリー展が開かれている国立国際美術館に向かった。
入館チケットは日時指定チケットをあらかじめ購入しないといけないが、障害者枠は当日券に空きがあれば入館でき、緊急事態宣言が発令されているので、すんなりと入れた。
イギリスが世界に誇る「ロンドン・ナショナル・ギャラリー」200年の歴史の中、初めて国外に貸し出されることになったので、当然、全61作品が初来日である。
15世紀から20世紀までのヨーロッパ絵画の大展覧会である。
こんなワクワクする美術展はこの先ないよなぁ。
以下のような7章立てになっていた。
1章:イタリア・ルネッサンス絵画の収集
2章:オランダ絵画の黄金時代
3章:ヴァン・ダイクとイギリス肖像画
4章:グランド・ツアー
5章:スペイン絵画の発見
6章:風景画とピクチャレスク
7章:イギリスにおけるフランス近代美術受容
とにかくすべてが目玉作品で、しかもコロナで人が少ないので、じっくりと作品を見ることができた。
いきなり、カルロ・クリヴェッリの「聖エミディウスを伴う受胎告知」。
細かくて精緻な絵だったけど、個人的には額縁に魅了された。
絵の下には、理解しがたいリンゴとウリが描かれている。だから、ルネサンス期の絵画はあまり好きではない。
描かれているものにそれぞれ意味があるらしいんだけど、キリスト教や聖書への教養が乏しいので・・・。(汗)
リンゴは禁断の果実であるので、人間の堕落を表し、ウリはキリストの復活の約束と、キリストによる救済を象徴してるんだとか。
さっぱり、分からない。(笑)
人気のヨハネス・フェルメールの「ヴァージナルの前に座る若い女性」。
フェルメールと言えば、窓から光が差してこないとと思うのは自分だけかな。もちろん、フェルメール・ブルーはしっかりと描かれているんだけど。
この絵は凄く性的なもので、少女の後ろにかかっている絵がヒントになるんだとか。
分かるかな?
念ずれば通ずで、今月が会期末の展示会に行けるとは思わなかった。これも日ごろのおこないがいいからだよね。(爆)






