金沢大学で打合せをしてお昼になったので、D1(博士課程1年)の発案で学生たちと『第7ギョーザの店』に行くことになった。


ホワイト餃子の系列店だけど、石川県民のソウルフードだそうで、一度行ってみたかった。



お店がデカくて驚いた。
1階はカウンターだけで、2階は有料の個室のようである。


出てきた餃子は、ずいぶん小ぶりで、皮が若干厚めだった。


野田の本店で食べたことがあるが、名古屋のお店は大きさや味はまったく変わらないので、同じ系列店でもずいぶん違う印象だった。

ホワイト餃子と言えば、たっぷりの一味唐辛子で食べるのが有名だけど、金沢のお店には唐辛子が置いてなかった。
代わりにラー油の底に唐辛子が沈澱していた。


ホワイト餃子あるあるだけど、アツアツ過ぎて、上あごの皮がめくれてしまった。(汗)




最初の登場人物である大島伸一先生は、名古屋の中京病院から名古屋大学の教授になった人で、登場してくる病院や大学が名古屋近郊だったので、とっても親近感が湧いた。

 

修復腎移植が社会問題化したときの日本移植学会の理事長が田中紘一先生(京大で生体肝移植を多く行った)、副理事長が大島先生だった。

 

腎移植の問題なので、まず大島先生の歩みを追うことで腎臓移植の歴史を振り返っている。

大島先生は、最初に赴任した中京病院で生体腎移植を行ったが、その道はイバラの道だったようだ。

しかも、どれだけ実績を上げても地方病院の医師だから、学会からはまったく相手にされなかったようだ。

 

修復腎移植の問題も宇和島徳洲会病院を中心とした瀬戸内グループという地方の病院が上げた実績なので、学会からは猛烈な反発があったようだ。

 

若いころに学会の反発に遭った大島先生も、この問題では権威側に回ってしまったようだ。

 

このブログでは、学会からの発表等をなかば盲目的に信用しているが、この本を読むと決して学会が正しいことを言うとは限らないと言うことが分かる。





中3日と言っても透析の話ではありません。(汗)
 
 
 
例の関市のうなぎ屋に金曜日に行って、火曜日にも行ってしまった。
ま、誘われたら断れない性格だからね。(笑)
 
で、いつものうな丼。味は全く変わらなかったけど、金曜日より、色が薄めだった。
 

 
ということで、
 
 
 
 

透析中にネットサーフィンしてたら、興味深いブログを見つけた。

近畿中央呼吸器センターで呼吸器内科をしている倉橋先生のブログである。

 

それによると、4月に入ってからの新型コロナの入院患者さんは40歳~60歳代の中高年層で、両側肺炎と低酸素血症を有していて、特に、2型糖尿病や肥満がある患者さんは、かなり肺炎が重症化しているらしい。

 

たとえば、『45歳女性、糖尿病、HbA1c7.2%、夫から感染、安静時SpO2 94%』という症例の場合、第3波までは『恐らく大丈夫だろう』と思われてたが、第4波では、両側に濃厚な肺炎像があり、数日以内に気管挿管を要するARDS(急性呼吸器窮迫症候群)に陥るらしい。

 

特に第3波と比べて異なるのは、重症化までの速度のようである。

 

実際に新型コロナの治療を行ってる先生の生の声なので、ぜひ原文を読んで欲しい。

(ブログは、こちら。)

 

大阪に打合せに呼ばれていたけど、このブログを読んでTeamsでの打合せに切り替えた。

 

君子危うきに近寄らず。

 

 

 

 

子どもたちが本棚やクローゼットの整理をして、いらなくなったものをBOOK・OFFに売りに行くために荷物持ち要員としてついていった。


持ち込んだものの査定中に店内を物色していたら、腎臓移植に関する興味深い本を見つけた。それが、『60年代から 日本の腎移植はどう変わったか 修復腎移植再開まで』(高橋幸春著、2019年3月20日発行)という本だった。



定価1800円が337円になってて、しかも査定のときに50円オフの券をもらったので、税込315円になった。


本の帯から引用すると、『腎不全が死を意味した時代から、腎移植の道を切り開いてきた元日本移植学会副理事長の大島伸一医師の活動、和田移植の波紋、腎バンク、シクロスポリンの登場、愛知方式の確立、臓器移植ネットワーク、臓器移植法、万波医師と瀬戸内グループによる修復腎移植へのバッシングと原則禁止から再開まで。中国への渡航移植、人工透析の進歩と諸問題など日本の移植を巡る社会の変容を、長期にわたる綿密な取材で丁寧にたどり、多くの問題点を浮かび上がらせる傑作ルポ。』


作者の高橋幸春氏は修復腎移植に賛成の立場で、そのような本を何冊か出版している。


修復腎移植とは、がんなどの病気の治療目的で摘出された腎臓をがんなどを取り除いた(修復腎)のち、別の患者に移植する治療法である。