20戸もあれば、十分に生活をしていける
何か投資をする際には出口戦略が重要だ。 株でいうならいつ売り抜けるか。 これはいつ買うかよりも重要である。 いつ買うかなんて実はそれほど問題じゃない。 高値をつかまされたって、損切りが上手に出来れば傷は浅くてすむ。 逆に底値で拾っても、高値で売り抜けることができなければ得しない。 そういうわけで投資において出口戦略は重要だ。 だけど、労働という人的投資の出口戦略を考えている人は少数派の気がする。 ただなんとなくバイトしたり正社員で働いたりして、安心している。 忙しく汗を流して働いていれば、許されると思っているのかもしれない。 出口戦略らしきものといえば、なんとなく貯金をしていることくらいだ。 でもそれって正しいのだろうか。 働きたくて働いている人なら別だが、多くの人は働きたくて働いているわけじゃない。 なのに、なぜ働く年月(とりあえず定年まで)だけを決めて、稼ぐ金額を決めないのだろうか。 定年まで働いても、その後の面倒を誰かが診てくれるわけじゃない。 昨今の風潮を見れば定年後も働かなきゃならない。 一方、稼ぐ金額ならどの程度を貯めれば大丈夫か予測が立てられる。 もちろん稼いだお金を正しく使う必要が出てくるけど。 私なんかは心身共に不健康なので、定年までまともに働けないと既に判っている。 だからそれを見越して、不動産投資で人生の出口戦略を立てている。 今はまだ札幌にマンションを1戸所有しているだけだが、 これから10戸、20戸と増やしていく予定だ。 20戸もあれば、十分に生活をしていける。ちょっと贅沢まで出来てしまう。
ラスボスに挑むまでに、どれだけ世界を歩き回ったか
ラスボスに挑むまでに、どれだけ世界を歩き回ったか。 ジャングルの奥深く、天にも届く山脈の頂き、冥府に到達するほどの地の底。 そしてあらゆる場面で襲い掛かる無数の敵たち。 敵を倒して、冒険して、敵を倒して、冒険して。 確かにあの頃、俺たちにはそれが全てだったよ。 そして世界中をくまなく駆けずり回って、辿り着いた先がラスボスのサルーインなのだ。 物語が始まる前、主人公は他の人々とほぼ変わらぬ一般人だ。 それが経験を積んで成長し、最後には伝説に名を残す神(サルーイン)と対峙する。 まだやったことない海外ユーザや女子供は今すぐスーファミとロマサガを買って来い! リメイクされてるからってPS2で済ますんじゃねえぞ。あくまでスーファミのロマサガだ。 そして正座して電源つけろ。甘ったれるな、ゲームは遊びじゃねえ! ゲームは人生よ。男にとってゲームは人生。男はつらいよ。べらんめえ。 女はナイスな服を着てかわいさに磨きをかけるのもいいが、 ロマサガをプレイしてその壮大さに心打たれるのはもっといい。 日本男児が夢見る浪漫を、お前さんもいつか見られるといいねえ。
美容院のオシャレ空間
格闘ゲーム
車の運転技術の高さと格闘ゲームの技術の高さには相関があると思う。 私は自動車教習所に通っていて現在は仮免まで取ってるんだが、 運転を難しいと思ったことはない。 外的刺激に対し、即座の反応が可能だ。 これは格闘ゲーム(特にスパ4)で培った技術であると言えよう。 車の運転に際しては、ハンドルとアクセルとブレーキしか使うものがない。 ゲームのコントローラに例えれば、スティック(十字キー)とボタン2つと言ったところだ。 それを場面に合わせて使いこなすだけである。 (ちなみに車種はオートマなのでギアとかは詳しく知らない。) 一方、格闘ゲームは最大でスティックとボタン6つを使わなければならない。 しかもキャラクターが通常時、ジャンプ時、しゃがみ時などでボタンの効果が違う。 さらにただボタンを押せばよいのではなく、必殺技の入力には方法がある。 下、右下、右+ボタンなどはまだマシなほうで、 ひどいものになると左下、下、右下、下、左下、左、左上、ボタン3つ同時押しなんてものがある。 これを様々なシチュエーションで使い分けて繰り出さなきゃいけない。 またジリジリした駆け引きも必要だ。 相手の繰り出した攻撃に合わせてカウンターをぶち込む必要がある。 先手を取るか、後の先を取るか。もはや武道ですよ。 取り込んだ外部の情報を、出力して返すという点においては、 返す方法が多い格闘ゲームのほうが何倍も難しい。 そしてゲームでは常に勝者と敗者が生まれる。 それに比べりゃ車の運転なんて気楽なもんだ。 車の運転は皆が安全運転をすれば、皆が平等に勝てる。温い世界だ。
眼の前がスーッと暗くなっていき、頭もボーッと気が遠くなっていく。
眼の前がスーッと暗くなっていき、頭もボーッと気が遠くなっていく。
この頃、貧血による立ち眩みが酷い。
椅子から立ち上がるとき、ああ、来るな、来るなと思っていると、大体は当りとなる。
駅の階段を昇りきった時に急に、これが来ると困って、その場にしゃがみ込んでしまう。
もともと逆流性食道炎のときに指摘され、入院中は点滴で鉄分を補っていたのだが、今はサプリメントを摂っていて、効果の程は効いているのか、いないのかよく判らない。
でも、この貧血になる甘美な感覚、僕は嫌いではない。
願わくば、人生の最期を迎えるときも、このようにして逝きたいなと思っているのである。
前回の日記でちょっとだけ触れたこと、右眼の失明について書いておく。
もう十年ぐらい前になるだろうか、朝起きて顔を洗っているときに何か違和感を覚えた。
左眼の辺りを洗っていると、眼の前が真っ暗になる。
そこで初めて、左眼しか物が見えていないことに気がついた。
当時はまだ鬱病ではなかったので、病院へ行けばいいものだが、僕はそれをしなかった。
一度見えなくなったものが、また見えるようになるとは信じられなかったからだ。
こうして、左眼だけの生活が始まった。
運転免許の更新のときは両眼で測るので、問題はなかった。自転車もスイスイ乗れた。
ただ、利き眼が見えないので、仕事で使うキャメラのファインダーが覗きにくかった。
それから、またどのくらい経ったろう、右眼に光を感じるようになった。
物こそ見えないが、場所によって明るさが判るようにまでなった。
状況は好転したか?否、答えは逆で、右眼に光が入ってくることで却って左眼が見にくくなり、身体のバランスが上手く取れずに難儀をした。仕方がないので裏に黒紙を貼った眼帯をすることもした。
明るさは感じるので、これは完全な失明ではない。そう思うと気持ちが少し楽になった。
そういう訳で、今日まで至るのであるが、視野が狭くなる以外、特に不便は感じなかったほうだろうか。3Dの映画は見られないが……。
今、欲しいのは黒い革製の眼帯であるが、これを付けると風体が、真っ黒な服装に色付きの眼鏡、長髪にカチューシャにゴムバンド。そして黒い杖を突いているという、如何にも怪しい人物になってしまうので、思い留まっている。