アンタルは、自分で決めた――――・・・私たちと一緒に行く、と。

良かった、そう言ってくれて。正直アンタルを1人にしたくなかったし、旅の仲間が増えるのは賑やかでいいもんね。

「これからよろしくね、アンタル。」

「あ・・・は、はい!よろしくお願いします、リオナさん。」

私の言葉に、アンタルは深々と頭を下げた。こんなにも礼儀正しいのは、他人と――――それも、大人とばかり接してきたからなのかな。

アンタルからは、あまり子供らしさが感じられない。ジェルバとは1歳しか違わないのに、明るく無邪気だったジェルバより年下とはとても思えなかった。

そりゃあ、みんながジェルバみたいな子ってわけじゃないだろうけど・・・・・・それにしても、アンタルは大人びている。今まで出会った子供の誰よりも。

だから、私が――――私たちが、アンタルに子供らしい笑顔を取り戻してあげたいな。今まで子供らしい生活が送れなかった分、たくさん我が儘を言わせてあげたい。一緒にいて、笑ったり泣いたり普通のことを、一緒に出来ればいいな。

「・・・あーあ、また何か増えたよ。」

その時不意に、後ろから声が聞こえた。それも、上の方。

びっくりして振り返ると、広場の街灯の上からルーとサティがこちらを見下ろしていた。

ほえ!?あ、あんな高いところに・・・・・・いつからいたんだろ?

ルーは私と目が合うと、軽い身のこなしで街灯からひょいと飛び降り、アンタルの前に綺麗に着地する。

うわぁ、すごい運動神経・・・・・・絶対に真似出来ない。というか、古代の民じゃないと普通に危ない。

思わず拍手したくなったことは、ルーが怖いから言わないでおこうっと。

「・・・お前さ、足手まといになんじゃねーぞ。」

ルーは、アンタルに冷たい視線を向けながら、ぽつりと呟いた。

それに対しアンタルは、びくりと肩を震わせる。さっきの宿での態度もあってか、ルーのことをすごく怖がってるみたいだった。

ルー、駄目じゃん、怖がらせちゃ。同じ古代の民の末裔が、せっかく見つかったのに。

そう言おうとして口を開きかけたけど、それはルーによって阻まれた。

「後、ビクつくな。オレは、弱いやつは嫌いだ。・・・別に、能力自体はすごい強いんだし、本当に使いものになんねーんだったら守ってやるし・・・・・・。と、とにかく、堂々としてろ。鈍くさいと、マジで置いてくぞ。」

言葉は悪かったけど、それがアンタルに対する励ましなんだって、すぐに分かった。相変わらず素直じゃないけどね。

それはアンタルにも伝わったみたいで、

「は、はい!」

アンタルの表情が一瞬にして明るくなった。

やっぱり、ルーってすごい。

優しさの裏の冷酷さの、そのまた奥。

きっとルーは気付いてないけど、ルーって優しいんだよ。

元気よく返事をしたアンタルにルーは戸惑ったみたいで、ふいとアンタルから顔を背けた。頬が赤くて、照れてるんだってことがバレバレ。

そんなルーがおもしろくて、私は思わず吹き出してしまう。その瞬間、ルーにばしっと頭を叩かれた。

「いたッ!」

「お前、笑ってんじゃねぇよ!っつーか、アンタル・・・っていうのか?お前も、けなされてんのに笑って素直に頷くなんて馬鹿みてぇ!」

うぅ、頭痛いんですけど・・・・・・何で、そう素直じゃないのかなぁ?

ルーは、顔を赤くしたまま私たちに背を向け、また街灯の上に飛び乗った。ラスティアル城へ向かおうとしているのだろう――――が、思い出したように再び顔だけこちらに向け、ぽそりと小声で言った。

「後・・・呼び捨てで・・・・・・――――『ルー』でいいから。」

そう言い残し、ルーは街灯から町の植樹へと、そして次々に高い場所へ飛び移っていく。いつしか、ルーの後ろ姿は消えていた。

最後の・・・アンタルに言ったんだよね?呼び捨てでいい、って。

ルーが自分からそんなこと言うなんて・・・・・・やっぱり、古代の民には心を許せてるってことなのかな?口が悪いのは誰に対しても、だけどね。

「そういえばサティ、どうしてここに?ラスティアル城の前で待ってるって・・・。」

不意に、メルがサティに向かって問いかけた。

ああ、そういえば。忘れかけてたけど、私たちも王城に向かわなきゃいけないんじゃん。ルーも行っちゃったし。

でも、本当にどうしてだろ?いつも突然現れるからびっくりするんだよね。

サティは、どこで手に入れてきたのか棒付きのキャンディを加えながら、ルーの消えた方を見て答える。

「ルーが・・・みんなが遅いの、心配だからって・・・・・・。」

!ルーが・・・?

意外な答えに、驚きを隠せない。

私たちのこと、心配してくれたの?

やっぱり・・・・・・人間は嫌い、とか言っといて、私たちにも優しいんじゃない。

私はメルと顔を合わせ、ふっと微笑む。メルも、それにつられたように笑った。

ルーが、いつか心から笑える日が来るといいな。今は全然素直じゃないけど、私たち人間とも分かり合えるように。

私、古代の民のこと、もっと分かりたい。今まで町の中にいて気付けなかったこと、全部。

「ねぇアンタル、私たちも呼び捨てでいいんだからね?もう友達なんだから。」

だから、身近なことから始めよう。名前を呼ぶこと、隣を歩くこと、おはようって言うこと。私たちが町でしていた当たり前のことを、これからしていけばいい。

アンタルは少し体を強張らせたけど、緊張を少しずつ解くように、ゆっくりと頷いた。そんなアンタルの表情は、笑顔だった。

友達という存在――――それは、アンタルにとって今までに見たことのない幸せだったのかもしれない。

こんなにも温かい笑顔を、これまで見たことがあったかな。

絶対に、アンタルの過去を見つけてあげたい。ずぅっと友達でいてあげたい、守ってあげたい。




――――そう思ってたのが、間違いだったのかな。

アンタルの過去を見つけること、それは――――・・・とても悲しい結末を生み出してしまうこととなった。

でもこの時はまだ、そんなことを知る術はなくて・・・・・・。



どちらの方が良かったんだろう。


どちらの方が幸せだったんだろう。



――――もうそんなこと、分からないけど。

『ラスティアル城の前で待ってる』

ルーは、そう書かれた紙をメルに預け、さっさとサティと2人で先に行ってしまったらしい。

メルにその紙を見せられた時は、心底びっくりしたけど。

だって、ラスティアル城って・・・王様のいる、あの大きなお城のことでしょ?

何でそんなところに行くんだろう・・・・・・。

疑問を感じながらも、とりあえずルーたちを追いかけて私たち4人もラスティアル城へ急いでいた。

あまり待たせすぎると、また怒られる気がするんだもん。最近のルー、怒鳴ってくるから余計に怖いし。

でも・・・それって、私たちとちゃんと向き合ってる、ってことだよね?前みたいに、何も言わないってことがなくなったんだから。

私は、喜びを噛み締めながら町の商店街を駆け抜ける。この先に、王城――――ラスティアル城があるんだ。

「ちょっといいかしら?」

その時、不意に一番後ろを走っていたウィノが私たちを呼び止めた。商店街を丁度抜けたところ、街灯のある小さな広場で。

私の前にいたメルとアンタルも、それに気がついてウィノのところまで戻って来る。

どうしたんだろ、真剣な顔して・・・?

ウィノは全員が集まるのを確認してから、アンタルを見つめ言った。

「さっきのことなのだけど・・・・・・私は、リオナの意見に賛成だわ。アンタル、あなたは私たちと一緒に来るべきだと思う。」

どうやら、宿での話の続きらしい。ルーとサティと合流する前に、話をまとめようと思ったのか。

アンタルはそれに対して、突然のことで何を言ったらいいのか分からないといった素振りを見せた。誰とも目を合わせようとせず、下を向き唇を噛む。

迷い、焦り、不安――――アンタルからは、その感情がひしひしと伝わってきた。私たちと行くのか、これからも1人で行くのか。アンタルは、答えを決めかねているようだった。

そんなアンタルに、ウィノは大きく溜め息をつきながら言う。

「厳しいことを言うようだけど・・・・・・あなた、1人で何が出来るの?現に、今日だって獣に襲われて倒れていたじゃない。それに、自分やその少女について知りたいのなら、当てずっぽうで捜すより古代の民と一緒にいた方が確実だと思うけれど?あなた自身、何も覚えていないわけだしね。それとも、古代の民が減少傾向にある今、これから他の古代の民に出会える保障があるとでも?」

一気にまくしたてられて、アンタルはびくりと肩をすくませた。ウィノが言ってることは正しい、そう思っているんだろう。

確かに、ウィノの言うとおりだよ。私もそう思う。でも・・・・・・。

「ま、待って、ウィノ・・・アンタルに決めさせてあげて。これは、アンタルにとって大切なことだから・・・・・・。」

「!リオナさん・・・。」

意外そうな表情で私を見たアンタルに、私はにこりと微笑みかける。

そう・・・これは、アンタルが自分で決めなきゃ意味がない。

自分の人生なんだもん、自分の意志で選ばなきゃ。他人に選ばれたら、後悔で胸がいっぱいになってしまうかもしれない。

それだけは嫌だ。例え失敗しても、間違えても、自分で決めた道ならその先は堂々と生きていける――――そんな気がする。

私は、じっとアンタルを見守った。ウィノも、メルも同じように。

「ぼ、僕・・・は・・・・・・。」

幼くて小さな手が震える。それを抑えるようにアンタルは手を胸の前に置き、ぎゅっと拳を握り締めた。

大丈夫、焦らなくていい。私は心の中で、何度も何度もそう唱えた。実際に、言葉には出来なかったけど。


――――そしてついに、アンタルは顔を上げた。そこに見えたのは迷いのない、強い瞳――――。

「僕は、みなさんと行きます・・・!自分のためにも、みなさんに恩返しをするためにも。」

アンタルの決意の言葉に、私たちは笑顔で頷いた。

「でも、王都で1年間捜しても、何の手がかりも見つけられなかったんです。だから、王都を出て他の町も聞いて回ろうと思ったんですけど・・・僕の力不足で、結局戻って来てしまいました。」

そこまで話し終え、アンタルはふうっと息をついた。

当たり前に家族がいて、隣にはいつだってメルがいて、当たり前に学校に行って、当たり前に辛いこと、嫌なこと、嬉しいこと、楽しいことを経験して・・・・・・。

そんな私の日常が、本当はとても幸せなものだったんだと今更ながらに気付いた。

例え町を追い出されようと、それまでの楽しかった日々は今でも私の中にある。アンタルには、それすらもない・・・・・・衝撃的な告白に、私はショックを受けた。

私には、何も出来ないの?アンタルの力になってあげられること・・・。ううん、怪我を負って倒れていたところを助けた、種族も違う赤の他人――――所詮、私なんてそれだけの関係じゃない。

でもね、それでも・・・・・・やっぱり、放っておけないんだよ。いくらお人好しって言われようが、誰かの力になること・・・そういうことでしか、自分を好きになれないから。私には、何の取り柄もないから。

そんな私に出来ることは、ひとつだけ――――・・・。

「ねぇ、アンタル。私たちと一緒に来ない?」

私が唐突に告げると、アンタルを初め、メルとウィノも驚いてみせた。

「へ・・・?」

「リ、リオ!?」

「リオナ・・・どうしてそんなこと?」

みんな、明らかに動揺してる。まあ、そりゃそうだよね。話の流れ無視で、本当に唐突だったんだから。

でもね、同情とかじゃない。ただ単純に、アンタルと一緒にいてあげたい。ずっと傍にいてあげたいんだ。

「ほら、1人だと危ないでしょ?また襲われちゃうかもしれないし。それに、私たちは古代石を探して各地を回ってるんだから、アンタルが写真の女の子を捜すのにも丁度いいんじゃない?ルーとかサティから、アンタルの知らない“古代の民”についても聞けて、一石二鳥。ね、いいでしょ?」

我ながら、良い考えだと思う。というか、私にしては結構説得力のある理由だよね。

私たちの目的、アンタルの目的、アンタルと一緒にいてあげること――――これが、一遍に果たせるんだもん。

後は、アンタルの気持ち次第だけど・・・・・・。

私はアンタルに、ちらりと視線をやる。

アンタルは迷いの感情からか、また俯きがちになっていた。

「嫌なら・・・いいんだよ。アンタルが決めることだから。」

私がそう声をかけると、アンタルの表情はますます暗くなった。

アンタルは、胸の前でぎゅっと拳を握り締める。

「で、でも・・・・・・僕・・・・・・。」

アンタルが何かを言いかけた、その時だった。

その静寂を、外から帰って来たルーが破ったのだ。

「おい、さっさと出発するぞ!」

勢いよく治療院のドアを開けいきなり飛び込んできたかと思えば、私たちに向かってそう叫ぶ。

ほえ!?何事!?

一瞬、何が起こっているのか分からなくなって、戸惑ってしまう。

それから私はルーの言葉の意味をゆっくりと理解し、疑問をルーに投げかけた。

「で、でも・・・さっき、犯人は泳がせとくって・・・・・・。急ぐ必要ないんじゃない?」

「気が変わったんだよ!そいつの目的、何となくだけど分かった気がした。古代の民なのに、古代石を盗む理由・・・・・・それ考えたら、放っておいちゃいけないやつだって・・・追いかけなきゃいけないやつだって思ったんだ!」

犯人の・・・目的?

私たちが、いくら考えても分からなかったことのひとつ。

犯人は、何か理由があってこんなことをしている――――それは当たり前なんだけど、その理由がどうしても分からなかった。

でも、やっと分かったかもしれないんだね。

「ルー、それって・・・。」

「説明なんてしてられっか!とにかく、さっさと準備しろ!」

ルーの考えた理由を聞こうとして、見事に遮られる。

うぅ、ルーってば酷いよ・・・・・・。

遮られたことも、考えを言い当てられたこともショックだった。更に言えば、ルーの言葉遣いが荒々しかったことも。

そんな私たちの横で驚きの声を上げたのは、アンタルだった。

「え・・・・・・こ、古代石が盗まれた!?ど、どういうことですか・・・?」

「え?アンタル、知らなかったの?」

あまりに突然のことで、戸惑いを隠せないアンタルに、メルが今までの経緯を説明した。

レトロアの炎竜石が始まりだったこと、そこから王都までの全ての町で古代石が失われたこと、そしてまたここの水魚石も盗まれたこと・・・・・・。

知らない、ってことは、少なくともレトロアやギルンニガの古代石が盗まれた情報は、王都には届いてなかったってことだよね。水魚石が盗まれて初めて、この町の人たちは今回の騒動を知ったのかな。

「ったく、そんな話してる場合じゃねーだろ!本当にとろいな!」

ルーは、立ち止まって話を続ける私たちに苛立ちを感じたのか、そう怒鳴りつけてさっさと治療院を後にした。サティも、そのすぐ後に続く。

「とりあえず、アンタルもおいで。さっきの話は後にしよう。」

メルはそう言い、さっと身支度を済ませると、アンタルについてくるよう促した。

本当、ルーってせっかちだよね。アンタルの話もしたかったのに、何も聞かずに出てっちゃうんだもん。

「リオ、のんびりしすぎ!置いてかれちゃうよ。」

メルにそう言われた時は、あれ?って思ったけどね・・・・・・私がのんびりなの?