「ほえぇっ!?」

思わず、大声で叫んでしまった。

きっと、その場の誰もがルーの一言に驚いただろう。

世界が滅びる、なんてそんな・・・恐ろしいこと。

でも、声を上げたのは私だけだった・・・・・・。

うぅ、ルーの冷たい視線が怖いよぉ・・・。

何でみんな、そんな冷静でいられるの?いや、心の中では動揺してるだろうけど。そんなこと、初めて聞いたし。

表に出るのは私だけ、ってことか・・・・・・。

「ふっ・・・ははっ・・・・・・ははははっ!」

その時突然、驚きもせず黙り込んでいた皇帝が笑い出した。

ほえ?何事!?

私たちはもちろん、周りにいた家臣や衛兵も、何が起こったのか理解出来ずにぽかんとしてしまう。

「ど、どうされましたか、陛下!」

その中でもたった1人、唯一皇帝の横に並んで立っている老年の男――――恐らくは、皇帝の次に偉い家臣なのだろう――――が、心配そうに皇帝を見つめ言った。

皇帝はお腹を抱えて笑ったまま、「何でもない」と老年の家臣に告げ、ルーと私を交互に眺める。

「ははっ・・・・・・そこの娘に話していなかったのか?その様子を見ると、他の者も知らなかったようだが・・・。一緒にここまで来たのだろう?」

「ああ、申し訳ございません陛下。先程まで、少し別行動をしていたもので・・・。この子、田舎から来たので王都が珍しいみたいなんです。」

ルーが、さっきの真剣な表情とは一変、柔らかい笑顔で皇帝に微笑みかけた。

えぇ!?私、そんなこと言ってない!

確かに私は田舎者だし、王都はすごいと思うけど・・・。

アンタルのことが心配で、観光なんか全くしてないよ。

天使のような笑顔で嘘つかないでよ、もう・・・・・・。

皇帝はうなだれた私を見て、全てを理解したようにまた笑った。

「ははっ、面白い。お前たち気に入ったぞ。よかろう、オレは何をすればいい?」

皇帝のその言葉を聞いた瞬間、私は目の前がぱぁっと華やいだ気がした。

え?協力してくれるの?こんな私たちに!?

とりあえず、交渉は上手くいったみたいだけど・・・気にかかるなぁ、さっきのこと。

ルーってば、何かとあれば私を使うんだから。

そんな私の心境にルーが気づくことはもちろんなく、ルーは次の言葉を発する。

「はい、陛下には、人々が不安にならないように呼びかけて頂きたいのです。古代石は盗まれたのではなく、国が一時保管しているのだと・・・。レトロア、ギルンニガ、ミクシル、ラスティアルだけでなく、恐らくこれから古代石が消えるであろう他の町にも――――お願い出来ますか?」

えぇっ!?そんな!

ルーの言葉に、今度は私だけでなく周りの家臣たちもどよめきだした。みんな、さすがに動揺を隠せないのだろう。

いい・・・のかな、そんな嘘言って。

だって、もしも古代石がこのまま戻らなかったら・・・・・・。

「ルー、その方法はリスクが高すぎるわ。もっと別の方法を・・・。」

私と同じことを考えたらしく、ウィノが横から口を挟む。

そうだよね・・・・・・下手したら、私たちの失敗で国の信用を失うかもしれない。

そうしたら、国がまとまらなくなる。この世界がめちゃくちゃになったりしたら、私嫌だよ・・・・・・。

でも、不安でいっぱいの私たちに向かって、ルーはちらりと振り返って微笑みかけた。

「大丈夫だよ、だって“僕たち”が取り戻すんでしょ?・・・陛下、全ての責任は僕がとります。この提案を、承認して頂けますか?」

その瞬間、束の間の沈黙が流れる。

決めかねているのか――――ルーの提案を、受け入れるべきか。

「いつもと違いすぎて、調子狂うわよ・・・。」

そう言ってウィノは溜め息をつき、それきり何も言わなくなった。

どうやら、もうこれ以上口出しする気はないらしい。

ルー・・・・・・。


『“僕たち”が取り戻すんでしょ?』――――・・・。


ルーの言葉が、頭の中を駆け巡る。

ルーは、本気だ。

態度は違うけど、平気で嘘つくけど、自分には絶対嘘つかないもん。やるって決めたことは、最後まで何が何でも貫き通す。プライドが高くて素直じゃない、そんなルーだからこそ。

だったら、私は――――・・・。


「私は、ルーの決めたことについてく・・・!ルーを信じるよ!」

皇帝陛下の前なのも忘れて思わず、私は立ち上がっていた。

ルーが驚きの表情で、私を見上げる。

「リオナ・・・お前・・・・・・。」

・・・ああ、“いつものルー”だ。

ルーは一瞬だけ、私たちの前で見せる素直じゃなくて不器用なルーに戻った。きっと、無意識のうちだったのだろう。

それでもルーは全く動揺した様子を見せず、再びにこりと微笑みを浮かべ、柔らかく言った。

「ありがとね、リオナ。」

――――それが、本心じゃないのは分かってる。その言葉が偽りで、私たち人間を欺く態度なのも。ルーが、あんなに嫌っていた私にお礼なんて言うはずがない。少なくとも、普段のルーなら絶対に。

でも、それでも・・・・・・ルーの力に少しでもなれたなら、それでいい。少しでも協力出来たら。それだけで、価値あるものになると思うから。

嘘をついてる、っていうのはちょっと心苦しいけど・・・・・・私は、決めたんだ。ルーと一緒に、この世界を絶対に救うんだって。

「ふむ・・・なるほど。」

皇帝は顎に右手をやり、左右の足を組む。何かを考えるように、しばらくは目を伏せていた。

そこでやっと、自分が立ってしまっていることを自覚して、慌てて膝を着き直す。

皇帝は、顔を上げた。にやりと口角を上げ、じっと自分を見つめるルーに向かってゆっくりと告げる。

「面白い・・・・・・よし、オレも協力しよう。お前たちを信じてな。」

「!陛下・・・!」

ルーの安堵の声と、周りにいる家臣の動揺の声が重なる。あまりにも、意外な答えだった。

「陛下、このような幼い少年の言うことなど信じてよいのですか!?」

側近の老年の男が、再び皇帝に訴える。幼い、という言葉に、ルーがぴくりと僅かに反応したのが分かった。

お、恐ろしい・・・・・・ルーって絶対、この身長と外見のこと気にしてるな。

家臣の言うことにも大して耳を傾けず、また密かに怒りを堪えているルーにも気付かず、皇帝はふっと軽く微笑んで言った。

「どのみち、古代石が取り戻せねば世界が滅びるのだ。そんな時に、国の信用も何もないだろ?・・・それに・・・・・・。」

言いかけて皇帝は、私の方をちらりと見る。不意に目が合って、逸らしていいものか分からないまま、どぎまぎしながらも私も皇帝を見つめ返した。

「こんなに仲間に信用されてるやつを、どうして信用出来ないというのだ?オレは、お前に全面的に協力する。オレの意思でな。」

!陛下・・・。

そんな風に・・・・・・ルーのこと、そんな風に思ってくれたんだね。信じてくれたんだね。

良かった、とても良い人で・・・。

家臣もそこまで言われてはもう何も言えなかったのか、それにて皇帝との交渉は平和的に終わった。

「ありがとうございます、皇帝陛下。」

ルーは最後にまた、天使のような笑顔で頭を垂れた。

私たちはお城の門を潜り、衛兵に事情を話して皇帝陛下のいる玉座の間へと向かった。

ルー曰く、『盗まれた古代石について話がしたい』だそう。普通の人だったら約束もなしに入れてくれるわけなかったけど、古代の民であるルーとサティにそれを言われたんじゃ衛兵の人たちも通さないわけにはいかなかったみたい。

私たちは大広間のレッドカーペットの上で膝をつき、頭を垂れながら玉座に座る皇帝と向き合う。

「お目にかかれて光栄です、リュートベルト皇帝陛下。」

ルーが、普段からは考えられないくらい丁寧に、目の前にいる一国の王に挨拶をした。その表情は、柔らかい笑顔だ。

そう、“天使のようなルー”。

どうやったらあんなに使い分けられるのか、未だに謎。

そんなルーを初めて見たウィノとアンタルは、口を開けて呆然としている。

「何、あの子・・・・・・毒でも飲んだ?」

「ルーさん・・・じゃなくて、ルー、どうしちゃったんですか?」

私は、皇帝の前だからと必死で笑いを堪えながら、2人に説明した。2人とも、すごく驚いていたけど。

私も、初めはすっごくびっくりしたよ。でも、慣れてきちゃうと逆にすごいと思っちゃうんだよね。

ルーは、何の為にこんなことをしてるんだろう・・・・・・旅を始めてからずっと、考えていたことだった。

確かにルーは、世渡り上手。私やメルなんかよりも、ずっと。いろいろルーに助けられたし、ここへもルーがいたから来れたんだ。

でも――――どっちが本当のルーなのか、よく分からない。あるいは、どっちも本当のルーじゃないのかもしれないけど。私たちの前では見せない素顔があるのかもしれない・・・・・・。

そう考えると、私ってまだルーのこと何も知らないんだなって実感した。そのことが、少し寂しかった。

「お前は古代の民・・・だよな。古代石のことで話がある、とか言ってたから通したが・・・・・・水魚石のことか?」

皇帝は、玉座の上から訝しげにルーを見た。

思ったよりも――――というか、予想もしていなかったほど、皇帝は若く見える。まだ、20代後半から30代前半といったところだろう。

こんな若い人が、この国をまとめる王様なんだ・・・・・・もっと年配の人が王位に就くんだと思ってた。

それでも、威厳がないわけじゃない。寧ろ、普通の人よりも頼もしく、威圧感があるような気がする。まさに“皇帝陛下”って感じ。

でも、話し方は軽いんだよねぇ。見た目ほど、重々しくはないのかも。

ルーは、皇帝の質問に対し、頭を垂れたまま答えた。

「はい・・・・・・それだけではありません。レトロアの炎竜石、ギルンニガの木幽石、ミクシルの天空石も同様です。このままだと、この世界にある古代石は全て・・・・・・。」

「ふむ、それで?」

それだけではないだろうと言いたげに、若き皇帝はルーに次の言葉を促す。

ルーは再び、口を開いた。

「犯人は・・・古代の民です。それも、とても強い能力の持ち主・・・・・・そのような者が古代石を手にすれば、限りなく強大な力を手に入れるでしょう。」

ルーにしては、曖昧な言葉だった。それは皇帝も感じたようで、遠回しな表現に苛立ちを覚えたのか、腕を組み直してルーを睨む。

「くどいな。何が言いたい?」

皇帝の言葉に、ルーは少しだけ顔を上げ――――真剣な眼差しで、真っ直ぐに皇帝を見つめた。

これまでに見たことのない、ルーの表情・・・・・・私の胸が、一瞬波打った。

そうして、数瞬の間をおいて、ルーは告げた。この大広間にも響き渡る、凛とした声で。


「――――単刀直入に申し上げます。このままでは、世界は・・・・・・滅びるでしょう。」

「遅っせーよ、この馬鹿リオナ!」

「えぇっ、私!?」

ラスティアル城前に着いてすぐ、ルーが私たちの姿を確認して怒鳴った。

先にここへ来たルーは相当待ちくたびれたみたいで、周りにはルーが蹴ったであろう小石が散乱している。

うぅ、何で私だけ怒られるの・・・。この数いる中で私だけ遅れたことを責められたのは、私がとろいから?

「ルー、そんなに怒んなくたって・・・・・・僕らも遅れたし。」

平和主義のメルが、柔らかい口調で私をフォローしてくれる。それでもルーは、

「うっさいな、お前もだよメルワーズ!どんだけ待ったと思ってんだよ。」

怒りの矛先をメルに向け、更に激怒するだけだった。

メルは、思ってもいなかった展開に、半泣きの状態で一歩下がった。その隣では、ウィノが頭を抱えて溜め息をついている。

あーあ、もうルーは誰にも止められない・・・。本当、初めて会った時が懐かしいよ。

と、思ったら。

「ルー、メルワーズのこと・・・いじめちゃ、駄目。」

ぽかん!とその場に爽快な音が響いた。

一瞬、何が起こったのか理解出来なくなる。

サ、ティ・・・・・・?

サティが・・・、ルーの頭を殴ったっ!

しかも、結構痛そうなんですけど・・・・・・。

「いってぇ!何すんだよ、サティ!」

ルーが、叩かれた部分を押さえながら、涙目でサティに訴える。ルーが涙目になるなんて、本当に痛いんだなぁ・・・。

一方サティはといえば、そんなルーを不思議そうに見つめ、首を傾げながら言った。

「だって・・・ルーが、みんないじめるから。」

「いじめてねぇよ!っていうか、お前が一番いじめてるんだよ!」

ルーは、納得いかないというように喚いたけど、サティには全く通じてないみたい。

首を傾げる姿は、自分の何がいけないのかと言う風だった。

どうやら、ルーの言葉の意味を理解していないらしい。

サティって、ある意味最強かも・・・・・・。

「もういい!サティなんて大っ嫌いだ!」

ルーは、半ば自虐的に叫ぶ。もう、何が何だかよく分かんない。ルーが、すごく子供っぽく見えた。

それでもサティは、平然として言う。

「大嫌い・・・?嘘、でしょ・・・・・・だって、大嫌いって言っても一緒にいる・・・・・・。」

「う、うるさい!しょうがないだろ、一緒に旅してんだから!」

慌ててるルーを見て、私は堪えきれず吹き出した。また怒られると嫌だから、ずっと我慢してたんだけど。

こうやってルーを見てると、普通の“人間”と変わらない。

いつもは無邪気な部分なんて見せないけど、慌てたり照れたり、子供みたいに喚いたり・・・・・・私たち人間と、何ら変わりない態度。



“人間”と“古代の民”っていう隔たりはあっても、やっぱり私たちは『同じ』だ。

2つの種族に、争う理由なんてない。

同じ神から生まれ、同じ心を持ち、同じ感情を抱き、同じ世界に生きる“ヒト”だから――――・・・。



「と、とにかく、ラスティアル城の中に入るぞ。リオナ、もう笑うな!夕飯抜くぞ!」

「えぇ~!やだ!」

ルーは頬を赤くしたまま私をひと睨みし、さっさと1人でお城の門を潜り抜けた。