2015年のお正月は母のお手製のおせち料理で元旦を祝いました。

 大晦日に丹精込めて作ったものです。

 ところが、2日の朝から私は体調を崩して、それから昨日まで、ほとんど布団の中でのお正月になってしまいました。

 今は元通りに回復しましたが、今年の正月は何とも情けないことに、風邪にやられた新年になってしまいました。

 でももう大丈夫。
 おかげさまで休養をたっぷりととって、エネルギーを蓄えましたので、明日からまた頑張ります。


  母お手製のおせち料理。
 
   


 


  家族そろってのお正月
 


  外はうっすら雪化粧


  みんなが帰ってしまって再び静寂が…



   そして私は病院へ





大晦日。365日、無事に過ごすことができました。仕事は28日で終わり翌日から母のところに来ています。来るときには、両手に荷物をいっばい持って、そのうえキャスターを引いて。前日に築地で買い出したもの。あまりに持ち物が多すぎたので、その一つを電車のなかに忘れると言う失敗もありました。
翌日は、母のところの大掃除。この日は母も障子貼りに大奮闘。
そして今日は、朝からお煮しめ作り。

やりのこした事は沢山ありますが、まあつつがなく1年が終わった事を感謝しています。

スマホからですので、ここまで書くのが精一杯。

来年も無事にでありますように。

よいお年をお迎えください。

写真をつけます。























 
 ああ、1年が終わった!
 と言ってもまだ3日ありますが、明日から母のところに行きますので、今日が仕事納め。

 今年も、何と忙しい1年だったことか。
 これといって、特別のことをしたわけではありませんが、いつもいつも時間に追われている毎日を過ごしていたように思います。

 多分、もともと不器用なうえに、年を取って何事をするのにもスムースにできないからかもしれませんが、頭の回転が悪くなっているのも確か。

 でも、考えれば、何もすることなく無為な時間を過ごしているよりいいかもしれません。

 それに、今年も多くの素晴らしい、新しい出会いがあってたくさんの刺激も受けましたし、心が揺さぶられる思いもたくさんしました。

 そして、そうした出会いが私の生きる糧になっているのだなあと思います。

 ところで、昨日は朝から大掃除。
 といっても目に付くところだけですが、周囲の壁の1年の埃をきれいに落として、硝子を拭いて、ベランダの汚れを落として、風呂場を磨いて…これだけ丁寧に掃除をするのは1年に1回だけ。

 頑張ったおかげて室内全体がとってもきれいになりましたが、夕方には体中が痛くなってダウン!
 夕食を食べる気にもなれず早めにベッドにもぐりこんでしまいました。
 
 そして今日は、これも年中行事になっている築地への買い出し。

 年末に築地に行くのは、私の子供のころからの我が家の習慣で、それに夫の実家が築地にありましたので、築地に行くのは1年の〆のようなもの。

 買い物としては、こぶや豆類、かつ節などの正月の料理の素材であったり、もちろん蒲鉾や伊達巻きなどの練り物や海苔、雑煮用の合鴨の肉など…既に買う店は決まっています。

 両手に持ちきれないほどの荷物をもって、それに夫は手が楽だからと大きなリュックを背に築地市場の場外の狭い道を雑踏をかき分けて歩く老人の姿は、なんだか滑稽。
  
 果たしてこんな買い物もいつまでできるのかな?と、二人で話しながら、今年の〆の行事も無事に終えて、最後の締めを、これもいつも行く寿司屋でほっと一息。

 そういえば、場外の細い通りは、今は寿司屋をはじめとした飲食店が軒を連ねて、数年前とはすっかり様変わり。

 築地市場はいずれ豊洲に移転することになっていますが、下町情緒あふれた場外の商店はこの先どうなるのか、再開発とかで何年かのちにはこのたたずまいもすっかり変わってしまうのかと思うと、少し寂しい思いがしています。

 豊洲の移転用地は元東京ガスの跡地で、ベンゼンやヒ素、シアン、六価クロムなどに汚染されていて、かなり土を入れ替えたりしましたが、それでも食の安全への不安はぬぐいきれないまま東京都が強行しようとしています。

 それは築地が狭くて古いからという理由。

 だからと言って、危険のあるところに移転するのがいいのかどうか、これは真剣に考えなくてはいけない重要な問題です。

 場内には近頃はほとんど行ったことはありませんが、少なくとも安心して食べられる魚介類が供給されることが第一。

 でも、私も含めてなかなか関心は高まっていません。

 雑踏の中を歩きながら、毒に侵されている老人の姿を思い浮かべながら、それでも社会の流れに抗することのできない一庶民の愚かさ、悲しさをつくづくと考えさせられた買い物でもありました。

 買い物から帰ってからは、明日からの不在に備えて、夫のための正月の支度。
 といっても、簡単な煮しめと、房総の知人が送ってくれた正月用の花を活けたただけですが…
 
 そして、メールの返事と、出しそこなっていた知人への手紙書き。
 もちろん年賀状は25日までに大方出しました。

 かくして、今年1年も無事に終えることができました。

 素晴らしい出会いをくださった皆さん、いろいろと支援や叱咤激励してくださった皆さん、そして、このブログを読んでくださっている皆様、ほんとうにありがとうございました。

 また来年もどうかよろしくお願いいたします。

 母のところからはスマホで、ブログが書けるようでしたらアップします。

 
      築地の交差点。大勢の人でに賑わっていました。

 

   

   細い路地も人でいっぱい。
   昔からの店の多くが飲食店に代わっているのにはびっくり。




      房総の花が新年を飾ってくれています。



 嬉しいお知らせです。
 来年2月21日(土)に練馬文化センターで行われる「風の舞」の上映会に,映画の中で塔和子さんの詩を朗読して下さった吉永小百合さんが来てくださることになりました。

 吉永さんは、今年の11月2日放送の彼女のラジオ番組「今晩は吉永小百合です」(TBS放送)で、塔さんの詩の紹介に併せて、塔さんが亡くなった後、本名で故郷のお墓に納骨されるまでの経緯を綴った番組を放送しましたが、ハンセン病で過酷な運命を背負わされた方々への共感の思いは深く、これまでにもことあるごとに、ハンセン病のことを多くの人に知ってもらいたいと、発信を続けています。

 そして、来年の上映会にも、一人でも多くの方が参加していただけるよう、その後の放送の中でも宣伝に努めてくださっています。

 そもそも吉永小百合さんと塔和子さんやハンセン病との出会いは、10年前に創ったドキュメンタリー映画「風の舞」の中で、塔さんの詩を朗読してくださったのが始まり。

 そして今日まで、塔和子さんとの親交を深めただけではなく、塔さんの暮らしていた国立療養所・大島青松園に入所されている方や、他の療養所の方たちへの訪問など、誠意にあふれた交流を続けてこられました。

 ただ、こうした行為はあまり華々しくとらえられたくないという、吉永さんからの意向もあって私もほとんど明らかにはしてきませんでした。

 今回、練馬の上映会に来てくださることが決まって、これまでの吉永さんと塔さんとの関わりや、ハンセン病強制隔離の非道さに対する彼女の思いを行動という形にしてきた一端は、もう明らかにしてもいいと思うようになりました。

 今日はそのすべてを描くことはできませんが、おいおい、ブログで紹介していきたいと思います。

 まずは来年2月にどうして来てくださることになったかですが、塔さんが昨年8月にお亡くなりになって、いままた塔さんの詩のすばらしさが再認識される中で、さらに多くの方にその詩の世界を知ってもらいたいという吉永さんの熱い思いがあったのだと思います。

 そして、いま彼女は、原爆詩の朗読とともに、原発の事故で故郷を追われた方たちへの思いを込めて、あの悲惨な事故を風化させてはいけないと、被害にあわれた方々が創った詩を朗読する活動を進めています。そうした活動と、今回の上映会への参加は連動するものだと私は思います。

 こうした活動は、何の罪もないのに惨禍を受けて、苛酷な人生に抗いながら一生懸命に生きている人たちへの応援でもあると。

 いま私たちの社会は、自分が生きるのに精いっぱいで、ともすると他者にまで目が向かない、ともに助け合って暮らすという人間同士の連携が薄くなりがちです。

 そしてそれがどんどん進むことで、社会全体が「不寛容」になっていってしまい、私たち自身にとっても暮らしにくい社会がつくられていってしまいます。

 本来ならば政治の世界がそこに目を向けてくれればいいのですが、今の政治そのものは「不寛容」の生産(増産)ばかりあおっていっているように私には思えます。

 今回の上映会の主催者は「地域をつくるINねりま」という、練馬在住・在勤の全くのボランティアの人たちでつくられたグループで、少しでも自分たちの地域を、だれもが安心して働き、住むことのできる素晴らしい地域にしようとの思いから、今回は「風の舞」を上映してくださることになりました。

 吉永さんが来場してくださることを決意されたのは、そうした地域で前向きに活動している人たちへの応援の意味があったのだと私は思います。

 そして、当日の会場では、塔さんの詩を朗読してくださることになっています。

 「風の舞」のテーマは、直接的には、ハンセン病強制隔離という理不尽な施策への検証と抗議ですが、根底に流れるものは「人間の尊厳」。
 
 今一度、今回の上映会を通して、私たち自身の生き方と、人と人とのかかわりの大切さを考えていただくきっかけになっていただければ嬉しいです。
 そして、私も上映会の成功のために頑張ります。

 どうか、皆さん、映画の鑑賞とともに、吉永小百合さんの朗読をぜひ聴いてください。
 生の朗読は、本当に素晴らしいですから。
 そしてこんな機会はまたとないと思います。

 ぜひ、ぜひいらしてください。
 
 そして、今の閉塞的な社会に大きな風穴を開けるきっかけの場になればいいなあと願っています。

 このお知らせは、今後、折に触れアップする予定ですが、まずはチラシが上がりましたのでそれを添付します。

 
      チラシの表面です。 
 
 


       同じく裏面です。





 少し前に母のところから帰宅しました。
 
 今日は母の友達が5人マージャンに来たので、その「接待」に追われ畑はほとんどできませんでした。

 でも、先週植え替えたキャベツはどうやら根がついているようですし、ソラマメも玉ねぎも元気に育っています。

 それに、菜花が少し目を伸ばし始めていて、もう少したてば十分に食べられます。

 野菜が元気に育つのはうれしいのですが、それと一緒に雑草もあたり一面に広がり始めました。
 それがかなり気にはなりましたが、今回はぐっと目をつぶって知らんふりを決め込むことらしました。

 お正月までには抜く機会があるかどうか…多分雑草取りは年越しをしそうです。

 ところで母の友達はみんな私より年上。
 母がこの17日で96歳になりましたし、今日来てくださった皆さんも80歳を超えていたり、それに近い年齢の方。

 しかも、皆さんバスを乗り継いだり、タクシーを利用してやってきます。

 そのうえ、お昼の食事のためにそれぞれに手料理をつくって…

 今日は5人だけでしたが、月に1回定例の麻雀日があって、その時は10人くらいの高齢者が集まってマージャン台が2卓できるそうです。

 日頃からやりなれているためか、そばで見ていると、皆さん実に手さばきもよく、パイをそろえるのもお上手です。そのうえ口も良く動きます。

 いつもは一人っきりで布団の中で過ごすことの多い母も、80代の「若い」人たちに負けまいと頑張っている姿を見て、毎日がこんなに楽しかったらどんなにいいかしらと、そんなことをつい考えてしまいました。

 でも、毎日だったら、そんなに続かないかもしれませんが…

 母を楽しませてくれたお礼に、皆さんに無農薬の大根を持って帰っていただきました。

 
  キャベツが上手く根付いているかどうか心配でしたが、大丈夫。
  春先にはおいしい玉になると思います。 



 
  玉ねぎも順調。細くて良く見えませんが…



  ソラマメは、時期をずらして撒きました。手前は最初に撒いたもの。
  奥の指先ほどのものは約1か月後に撒いたもの。

 


  熊本の知人からいただいたクレオパトラ(グリンピース)。クレオパトラは間違いで
  本当はエジプトの豆というそうです。




  菜花も小さな花芽をつけ始めました。



  
    大根は今が盛り。「身長」は低いのですが甘いです。



   畑の片隅にはいたるところで水仙がいい香りを放っています。



   そして元気な高齢者。本当は私もやりたかったのですが…

 


土日に仕事があって来れなかったので、今日の午後母の所に来ました。
ちょうど今日は冬至なので、駅前のスーパーでカボチャを買って、家についたら柚子をとって…この冬を無病息災で乗り切るために、柚子ジャムを作って…来たのが遅かったので、いつも以上に忙がしい時間におわれるはめになって仕舞いました。そのため結局カボチャを煮るのを忘れてしまった。
でも柚子茶は美味しかった!別にカボチャを食べなくても、これで無病息災、間違いなしです。
その香りをかぎながら、韓国の柚子茶を思い出していました。韓国ではどこの家庭でも柚子茶は必需品。寒い冬を乗り切るための生活の知恵なのでしようね。
写真をつけます。
鶴はいつも独りきりの母がおっているもの。
先日知人が沢山折り紙を下さいました。

yさん、ありがとうございました。

母はとっても喜んでいました。






 このところすごく寒い日が続いています。
 
 今年も残すところあとわずか。

 毎年のことですが、年の瀬はどうしてこうもあわただしいのか、いつも以上に時間に追われる毎日です。

 と言って、別に大したことをしているわけでもないのですが…

 今、私は受注作品の編集の真っ最中。
 毎日、コンピュータの前で画像と格闘しています。
 
 本来ならばもっと早くに仕上げる予定でしたが、いろいろと予定が入ってしまって、集中できませんでした。

 まあ何とか年内には形にしたいと思っています。

 今日は土曜日、仕事がなければ母のところに行っているはずなのですが、明日の夕方、どうしても避けられない仕事があって、母のところには行けませんでした。

 それで朝から先ほどまで、食事の時間以外はコンピュータの前で編集作業に頑張りました。

 昨日も同じでしたが、夜は、来年練馬で予定されている「風の舞」の上映会のプレ実行委員会があって、そちらに参加したために編集は早めに切り上げました。

 「風の舞」の上映会は、この12月に行われたのに、また来年?と思われる方がいるかもしれません。

 そうなのです。
 12月のは武蔵野大学でしたが、次回は練馬文化センター。
 会場のキャパが600人ですので、取り組みも大変です。

 実は、この上映会には大変なサプライズがあります。
 映画の中で、主人公の塔和子さんの詩を朗読してくださった吉永小百合さんが来場してくださることになりました。

 詳細やチラシはまだ上がりませんので、上がったらつけます。

 昨夜の実行委員会はその準備のためでもありましたが、練馬文化センターのホワイエ(ロビー)に、各実行委員たちが所属する活動紹介的な展示物についての相談でした。

 単に映画の上映だけで終わるりのではなく、自分たちが取り組む上映会の意義を明確にしたいということで、それぞれが意匠をこらした出し物を考えています。

 通常実行委員会は、皆さんの仕事がほぼ終わる7時から始まりますが、昨晩は7時30分からの開始。
 討議に熱が入って、終わったのは10時過ぎ。

 会場もいつもの練馬駅近くではなく、さらに遠くに行った保谷でしたので、帰宅したのは12時近くになってしまいました。

 でもみんな、とっても一生懸命。
 
 若い人たちが中心ですが、いまどき、こうした若い人たちと出会えたことは私にとっては最高に幸せなことかもしれません。

 実行委員の皆さん、遅くまでおつかれ様でした。


 
 写真をつけます。  

    会議に行く途中の児童公園。
    遊具に取り付けられたイルミネーションがとっても綺麗でいした。
    暗くてよく見えませんでしたが、昼間は遊具は使えるのかしら?と、
    いらぬ心配を市ながら思わずシャッターを…
 




 


  
     会議が終わって帰宅する電車の中。
     保谷駅で乗った時はかなりの乗客がいましたが、小竹向原まで来て、
     ふと顔を上げると広い車内に乗客は私一人。
     そのことに気が付いたら、なんだか落ち着かず、眠ることもできませんでした。

  



 「大義なき選挙」といわれた衆議院議員選挙の明日は投票日。
 私は日曜日に投票に行けないので先日、すでに期日前投票を済ませました。

 マスコミの報道では自民党がかなり優勢とか。

 今以上に票を増やせば、安倍内閣のやりたい放題がさらに激しくなるのではないかと危惧しています。

 そんなことになれば、私たちの未来は真っ暗。
 みんな耳触りのいい虚言にどうして騙されるのか、それが不思議でなりません。

 
 今日は、土浦で行われた全国専攻科研修集会に行ってきました。

 スタートは13時でしたが、配布資料に入れてほしいチラシがあったので10時過ぎには会場に到着し、開始までのしばらくをあたりを散策してきました。

 ところで、専攻科というのは、知的障害のある人たちが高等部などを終えたのち、さらに学びの機会を増やすために設置される「教育」の場。

 私は以前、福岡県にあるカレッジ福岡の作品をつくって以来、関心を深めてきました。

 考えたら、知的障害のある人たちの高等部卒業後の進路は、就職か地域の作業所に進む以外の第3の道は現在ありません。

 その第3の道というのは「学ぶ」ということ。

 学びの選択肢は皆無というのが現状です。

健常の青年たちは、高等学校卒業後、専門学校や大学などに進学し、多くの学びを得ているのに対して障害のある彼らにはそれがないということは、障害者権利条約の理念から言ってもおかしなこと。

 10代後半は人生の中でも一番輝いている年代で、学習や友人とのかかわりの中で多くのことを吸収し、それが未来への生きる力になるはずなのですが、障害のある青年たちにはそれができません。

 しかも、公立の学校に専攻科が設置されているのは鳥取大学付属特別支援学校の1校のみ。私立では全国で10校ほど専攻科が設置されていますが、全体からみると微々たるものです。

 そこで、福祉サイドからの取り組みとして、障害者総合支援法を活用した学びの作業所づくりが、いま全国的に広がっています。

 今日の全国専攻科研究集会は、そうした学びの作業所を中心とした人たちが参加して行われました。

 会場には約300人、全国から参加した当事者や付き添いの職員など。
 第1部では、そのうちの何校かの学生たちが、それぞれの日頃の学びの様子などを舞台で披露してくれました。

 そして第2部では、韓国コナン市の親の会のチョ・インスク会長も参加してのシンポジュウム。題して「親の願いが制度を拓く」

 チョ・インスクさんとは、以前、カレッジ福岡の取材で、皆さんと韓国に同行取材した時にお会いしていますが、韓国の専攻科は日本よりずっと進んでいて、その力になったのは親の願いとその運動の成果だそうです。

 それにしても、当事者や職員からの視点ではなく、親の思いから専攻科を語ることに、日本の福祉はまだまだそこにとどまっているのかなあと、共感半分、遅れを感じる部分が半分で、とっても複雑な思いになりました。

 でも、まず親がその気にならなければ、もしかしたら本当の進みはないのかもしれませんね。

 会場からは「親亡き後」のことも質問として出されていましたが、やはり悲しい現実・厚い壁を感じさせられました。

  会場となった亀城プラザの前は公園になっていて、土浦城がそびえていました。


 














 12月といえばクリスマス。
 昨晩は、小平の津田塾大学の交流館で行われたクリスマスコンサートに行ってきました。

 津田塾は創始者の津田梅子と、明治の時代に女子教育者として、また知的障害児の人権擁護に尽くした石井筆子が盟友であったという関係で、以前に「無名の人」という映画をつくった時から私にとっても何かと交流のある学校。

 ですからお誘いを受けたときには、何としても行かなくてはとの思いで、参加しました。

 コンサートは、コロンえりかさんというソプラノ歌手がクリスマスキャロルを中心に11曲の歌を聞かせてくれました。

 このコロンえりかさんのことはご存知の方も大勢いらっしゃる方もいるかと思いますが、ベネズエラ生まれ、聖心女子大・大学院で教育学を学び、その後イギリスの英国王立音楽院を優秀な成績で卒業されたという輝かしい経歴の上に、南米の人によく見られる彫りの深い美人。ご両親も音楽家で、幼少の時に日本に来ていらい、お母様の指導で神戸の合唱隊でも歌っていた方だそうです。
 そして何よりも、透き通るようなソプラノの声の綺麗なこと!
 声量も十分にあって、聴いているほうがいつの間にか、歌の世界に引き込まれるような楽しい時間を過ごしてきました。

 そのコロンえりかさんが最初の挨拶でまず言った言葉、それは「平和」の大切さ。
 「どんなに世の中がぎびしくなっても、多くの人の心『平和』を求める思いがあれば、必ず『平和』な世の中は作ることができるはず。そのために歌い続けていきたい…」というような挨拶をしていました。

 私もまさに、その通りだと思いました。

 そのえりかさんが昨晩うたった曲の中に「被爆のマリアにささげる賛歌」という曲がありました。
 
 長崎に原爆が投下されたとき、瓦礫の中に奇跡的に顔だけがのこっていたマリア像があって、いま浦上教会に大切に保管されていますが、そのマリアにささげた賛歌を曲にしたのが、えりかさんのお父様。

 いまコロンえりかさんは、この「被爆のマリアにささげる賛歌」をもって世界中を回っているそうです。

 コンサートでは、えりかさんの歌の他に、プログラムにはありませんでしたが、ギタリストの村治佳織さんが特別出演してくださいました。

 村治さんは吉永小百合さんとも親しく、朗読会の時にはバックで演奏したり、新作の「ふしぎな岬の物語」の中での主題曲の演奏もされています。

 昨晩はその「ふしぎな岬の物語」のテーマ曲も披露され、会場の参加者を楽しませてくれました。

 私は最前列にいましたので、目の前で演奏する村治さんを拝見したのは初めて。

 演奏のすばらしさはいうに及ばず、細く長い、しなやかに動く指がとっても印象的でした。

 ところで、このコロンえりかさんは、ベネズエラ・ボリバル共和国特命全権大使の方と結婚されていて、私はその方をも紹介されましたが、名刺の名前は日本人の名前ですし、顔かたちは南米の人というより全くの日本人。最初は、何がどうなっているのか良く理解できませんでした。後で聞くところ、ご両親は日本人で、お父様は沖縄県出身でベネズエラにわたり、その大使の方は二世とか。

 そのことがわかるまで、私の頭はこんがらがって、霞の中に入ってしまったような思いをしばらくしていました。

 ああ、それにしてもコロンえりかさんの歌は、本当に素晴らしかったです。
 そして村治佳織さんのギターも。

 おかげさまで、一足早いクリスマスを楽しむことができました。

 舞台は写真は取れませんでしたので、津田塾大学本館前のモミの木の電飾を貼り付けます。
  

 
  




 昨日の武蔵大学での「風の舞」の上映とトークの催しは大盛況裏に終わりました。

 私は集合時間の11時前には武蔵大学に着いていて、実行委員の皆さんに交じって会場づくりの準備を手伝いました。

 実行委員のメンバーはみんな若い人たちで、総勢20数名が勢ぞろいしての準備開始でしたので、瞬く間に完了することができました。

 それにしても、大勢の人たちが、てきぱきとそれぞれに手分けして働いている準備風景は圧巻。

 思いを一つにして何かに取り組む人の力のすばらしさを見せつけられた思いがしました。

 今回の「上映会&トーク」では、会場の後ろの方で、ハンセン病資料館からお借りした写真パネルや、塔和子さんのこれまでに出版された詩集の展示も行われ、そして塔さんの一番新しい詩集や、「風の舞」サウンドトラックの販売なども行われました。

 会場は13時から。
 でもその前に何人かの観客の姿もあり、開映の13時30分には300人の席は左右の両側の席を残してほぼ埋まり、定刻を3分ほど過ぎて催しは始まりました。

 今日は映画の舞台となった鎮魂の碑、「風の舞」を設計された彫刻家の橋本清孝さんも参加して下って感謝感激。

 私が一番心配したのは、果たしてどれくらいの方が参加してくださるか、ということ。
 開催日を控えた最終の実行委員会では十分な人数の把握ができないままに終わりましたので、もし会場がスカスカだったらどうしましょうと、とっても気をもんでいました。

 ただ、チラシの配布や関係機関への宣伝は実行委員の皆さんがそれぞれに手分けして、かなり細かく行っていましたので、当日券に期待しての開催になりましたが、事前の宣伝の効果も手伝って、会場はまあまあの入り。

 「風の舞」は10年以上も前の作品で、文化庁の助成金申請を60分の短編で出したので、言い足りないところや、かなり心情的なところはカットしていますので、果たして今の観客の皆さんに作品として受け入れられだろうかとの心配が私にはありました。

 でも、じっと画面を食い入るように観てくださっている皆さんの姿に内心ホッとしながら、後半のトークに参加。

 トークでは、武蔵大学教授の永田浩三さんの見事な先導と、森元美代治さんの当事者でなくては語ることのできない身に迫る話に、90分の時間があっという間に過ぎたという感じでした。

 本当はもう少し会場からの質問や意見の時間が取れればよかったかなと、反省もありますが、
ハンセン病問題の本質を知るという意味では中身の濃い、有意義なトークだったのではないかと思っています。

 でも90分、じっと話を聞くというのも大変なこと。
 
 途中で退席される方はいませんでしたが、皆さん、本当に我慢強く、私たちの話に耳を傾けてくださって、それだけで私は胸がいっぱいになってしまいました。

 と同時に、今日の上映会を担ってくださった「地域をつくる上映会INねりま」の実行委員のみなさんの心意気にも感動することしきり。

 上映会の後の「打ち上げ」で、みんなで今日の成功を祈った喜びはひとしおでした。

 お忙しい中参加してくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。

 地域でこんなに素敵な上映会が実現できて、私は最高に嬉しく思っています。

 写真をつけます。 

   
   準備に精を出す実行委員の皆さん

 


    全生園の写真パネルに見入る人々
 


 
     塔和子さんの詩集も展示しました
 


 
    武蔵大学のシアタールームは300席。広い会場にぼつぼつと参加者が
  
  


   上映会後の休憩時間に…
   トークでの写真は私は撮れませんでしたので後ほど頂いたら着けます



  そして実行委員と参加された方々の記念撮影