なかなかブログの方は更新できません。

「時の行路」監督解任のことでは書くことが沢山ありますが、多くの人々が義憤をもって事のいきさつを理解してくれていることが良くわかってきましたので、いまさら気持ちを荒立てることもないと考え少しお休みします。でも、社会常識ではとても考えられない、人権侵害もはなはだしい酷いやり方をこのまま許してはいけないと思いますので、いずれ書くつもりですが・・・

 

今日は先日、相模原市大野中で行われた「あい」上映会の感想文が届きましたので、皆さんにも読んでいただきたいと思います。

手前味噌で面映ゆい気もしますが、出演に協力くださったみなさんへのエールになると思いますし、また、私としても感想文に書かれた一言一言が身に染みて、とっても励まされ、勇気づけられています。

地味なドキュメンタリー映画ですが、監督冥利につきる思いです。

 

感想文(1月26日、大野中公民館での上映)

精神障がい者支援施設で働いています。
以前は精神科病院にあるアトリエにボランティアとして関わっていました。
作品制作を通して精神に病を持つ方と関わりを持つようになりました。
職場でもアトリエでもみなさんとても丁寧に生活をすることが出来ていると思います。
病なく生きている我々の生活は丁寧でしょうか?よく自分に問いかけて生きています。
生きることに向かい生きる「生」は彼らの中にあるのではないかと感じます。
映画の中で自分の作品について語る方々の表情がとても美しく感じます。

●映画の内容、監督の話、どちらもとても良かったです。
映画ではもう少し統合失調症の症状について掘り下げた内容を期待していたけど、監督の話を聞いて納得しました。
映像に出るだけでも大変なことなのに、それ以上に自分の弱い部分や嫌な部分をさらけ出すことは、非常に難しいことだろうと思いました。
いろいろ考えさせられた映画でした。

●身近に障がい者がいないので興味を持った。
映画の中で「この世の中で障害にならないやつがおかしい」というのが印象的だった。

●興味深かった。ドキュメンタリーはとても難しい。音が大きすぎると感じた。

●力強く生き抜く方々の映像をみて、自分も生きる力をもらった気がしました。
元気になりました。ありがとうございました。

●日々の生活を着実に続けていく中で、発表の場やイベントで自らを表現している皆さんを
素敵だなと思って観させていただきました。

●良質な映画をよくこんなど田舎で上映したなと思う。

●効率ばかり重視される世の中なので、精神失調になる人は増えていると思います。
まずは知ることが大事だと思います。理解への第一歩は知ることなので、このようなドキュメンタリー映画上映は良かったです。
私も地域福祉作業所のボランティアを行っているので、本当に心に響きました。

●精神障がいの映画をはじめて観ました。一人ひとりの個性が現れるのには、驚きました。
明るい希望のある作品だと思います。

●ごめんなさい、眠ってしまいました。

●最初、中島さん作詞の歌がとてもよく、引き込まれました。
次に工房の作品が本当に色合いやデザインもよく、上手(レベル高い)だと思いました。
精神障がいをめぐるナレーターの話もよく分かりました。レストランも素敵でした。
NYは一緒に言った気持ちになれました。全体的に感動しました。
作品を作ったり、自分の言葉で話すことはすごい集中力でエネルギーを要することで、またそのパワーも感じられました。
たくさんのことを共有させていただき、ありがとうございました。

●「就労」とはまた次元の違うことになってしまうが、工房での作品づくりなど、生き生きと作業してる様子が良かった。染色、織り、工芸、にも興味があるので、じっくり見たかった。
私も精神障害当事者なので、監督の話、障害者の現状などは、確かに、と思うことが多かった。
当事者同士でも、病状や苦しい話はなかなか出来ないと思うが、互いに認め合う、分かり合う、というスタンスで、話し合っていけたらいいと思う。

●感動しました。

●精神障がいを扱う研修等、少なかったので、本人たちの努力、支援、社会の中における居場所などたくさん考えさせられました。

●ものづくりに出会えた障害者の方々はお幸せですね。
仲間作りは何より大切ですが、その中に入っていけない人もたくさんいます。

●知的障害の方々は交流する機会は多くありますが、精神障害の方々と交流する機会はほとんどないので大変勉強になりました。
精神障害の方々も「苦しんでいる」のだと改めて思いました。

●一つの施設だけでもこれだけ大変なのに、映画には出てこない人やたくさんの福祉施設にはどんな問題があるのかとても不安になりました。

●精神障害の方が300万人以上いらっしゃると知り、身近な存在なのだと感じます。
「あい」のような活動を行う場をもっともっと増やしていかないと「いけないと思います。
宮崎さんの話もうかがうことができて、とても良かったです。
今日は良い機会をありがとうございました。

●ためになった。

●当事者の生の声が素晴らしかった。

●偏見を持たずに社会が受け入れるという訴えが良かった。

●理解されにくい精神障害の人達の心の声を聴くことができて感動です。
偏見を持たずに正しく病気を私達が理解することが大切だと痛感するとともに、多くの人たちにこの映画を観ていただきたいと思いました。良かったです。
宮崎監督のお話を聞くことができて改めて考えさせられることが多かったです。

●以前神経内科・精神科で勤務していたので、当時のことをいろいろ思い出しました。
このような病を持った人たちがいつどこでも何らかの形で夢を持ち、いい人生を送ってほしいと思っております。
また、宮崎信恵監督のお話もとても心に残るものがありました。
この上映会に参加してよかったと思います。

●当事者の思いを聞くことができ、とても良かった。
苦しいつらい時期があっての笑顔だと感じた。
何かに取り組む当事者の方に良い出会いがあったのだと思う。

●興味深く観ることが出来ました。ありがとうございました。

●素晴らしかったです。
偏見をなくす社会作りをしなくてはいけないと思います。
子ども達にもぜひ上映をしてほしいと思いました。

●「今の時代精神を病まない人の方が変だと思う」との言葉、本当にそうだと思います。
ありのままの自分を自分自身が認め、認められる、そのような場、価値観を今日のような講座で広げていってほしいと切に願います。

●精神障害の方と接する藍工房は素晴らしい場所、心温まる仕事場だと感動しました。幅広い活動も素晴らしいです。

●藍工房は活気があり、創造性もすごいと感じた。
また、中西画伯との出会いが幸いだったと思う。才能を持った工房の作家達を講評する喋りや言葉遣いが素敵だった。うれしくなった。
レストランアンシェ-ヌ藍はゆっくり訪れてみたいと思った。
監督の努力あって、この映画が完成したのだと感じた。ありがとう、監督。

●楽しいと思うことも困っていることも不安なことも同じだと思いました。
すてきな作品がたくさんあって欲しいと思いました。
自分を表現するものに出会うのは大切なことだと思います。

●生き生きとした表情で自分の思いを表現しているのが印象的だった。
障害があってもきっかけさえあれば感性を出してすばらしいことができるのだと思った。

●大変良かった。宮崎監督の話に感銘を受けた。

 

 

 

 

毎日寒い日が続いています。

この寒さに体が凍えそうになりますが、年の瀬ということもあって、東京と母のところを行ったり来たりで、FBへの投稿も滞りがちになっています。

先日、私は「時の行路 翼もがれても」の監督解任の件を書きました。そのことでは友人・知人、そして思ってもいなかった方など沢山の方から、驚きや励まし、また、「義憤」に共感してくださる電話やメール、メッセンジャーへの書き込みなどをいただきました。

本当にありがたく、勇気づけられる思いでいっぱいです。

不当なことに対する怒りは深く私の中に沈殿していますが、歳もとしですし、残された時間には限りがあるので、いつまでもそんなことにこだわっているのではなく、今は気持ちを前向きに切り替えて、これまでやりかけの「企画」や、新しい作品の企画に、心機一転取り組みはじめました。

どこまで実現できるかどうか、まだ暗中模索の状態ですが、頑張っていきたいと思っています。

 

そんな中、一編の漢詩に出会いました。

「大逆事件」で無実の罪で縊られた幸徳秋水の絶筆の漢詩です。

 

  区々成敗且休論

  千古只応意気存

  如是而生如是死

  罪人又覚布衣尊

 

こまごまとした成功失敗談をあげつらうのではなく

人生の意気を捨てないことが古今を通じて大切

私はこのように生きて死んでいくが

罪人となって平民の尊さを覚えるのである

 

今日は週1回の母の入浴日。

寒くなったので脱衣所を暖め、のんびり入浴できるように工夫して・・

もうすぐ数え100歳を迎える母を看ていると、「人生」にとって大切なことは何なのかをつくづく考えさせられます。

 

 

 

 

 

昨日の続きです。

 

神山さんと私が共同監督として正式に委嘱を受けたのは今年の5月25日。

以後、私たちは、製作プロデューサーにお願いしたいと考えていたKさんも含めて3人でよく会っていました。

7月に入りシナリオ2稿が上がり、その検討会が7月20日から予定されていたシナリオ検討会に備えて、いつものように3人で新宿の居酒屋で会いました。7月17日です。

最初のうちは和やかな雰囲気で盛り上がっていましたが、シナリオに対して、私が思いを言い始めると、それまでは穏やかだった神山監督の態度か豹変し、話し合いどころではなくなりました。

というのは、神山監督はシナリオ2稿への評価が高く「今のシナリオは80点、細かいところの修正の必要があるとしても短期間でよくあれだけかけている」という意見。

それに対して私は、「今の非正規労働者の置かれた現実はもっと厳しいのに、その苦悩や喜び、葛藤が描かれてなく、内容の薄い観念的なシナリオになっていて、登場人物の描き方がステレオタイプ的で生きていないし、今日の経済格差やその現実にもっと切り込まなければ、ご都合主義の自己満足的な内容に陥る危険があり、人々の共感も感動も得られないのではないか」という厳しい意見を持っていました。

しかし、この席では、私の意見は途中までしか言わないうちに神山監督が「そこまで二人の意見が違うなら共同監督は無理だ」と怒り出し、さらに私が言おうとすると「もう話す必要はない」「大体生意気なんだよ」「ライターがここまで書ているのだからかき混ぜるようなことは言わないほうがいい」と、まるで恫喝とも思えるような非難を浴びせてきました。

 

あの時、なぜ神山監督が突然に怒り出したのか?

後でKさんと話した中の結論は、①80%OKという意見に賛同しなかったことで彼のプライドを傷つけたのではないか?

②それとも彼は早くシナリオにけりをつけ撮影に入りたかったのではないか?

③それでも私がしつっこく食い下がったので(言い方は穏やかでしたが)やりきれないという思いを持ったのではないか?など、いろいろと話し合いましたがその真意は今もってとわかりません。

 

そして迎えた7月20日からの合宿によるシナリオ検討会。

ゼネラルプロデューサーはじめ世話人の数人とライター、両監督、そして各地の推進会議の世話人など10数人が参加して2泊3日で行われました。(監督2人とライター以外は映画製作は初めての素人の方です)

 

私はこの検討会は、全員で討議する最初の貴重な場なのだから、当然、シナリオ全体に関する意見をみんなで述べあい、そのあと、細かい場面ごとの意見を出し合うのだろうと考えていました。しかし、実際に行われた討議は全体の構成に関しての意見交換はわずかで、あとはシナリオを頭から3つにくぎって各場面の細かい指摘など細部にわたる意見やセリフの言い回しなどに対する議論が中心でした。

というより、シナリオの方向性や全体の構成は既成の事実として、いうなれば、神山さんの80%OK容認論の中での議論に始終しました。

これはシナリオへの意見など初めての方たちにとってはやむを得ないことだつ佐多のかもしれません。

 

しかし私の考えは違っていました。

私が感じたシナリオへの一番の問題点は、今日の深刻な社会の一端さえをも切り取っていないリアリティのない予定調和の古い観念で書かれたシナリオで、感動性や共感が得られないばかりか、貴重なお金を集めて製作するのに値するものなのかどうか、そのことへの真摯な討議が本当に必要だと。

それがないまま80%OKで製作を進めるのは、あまりにも無責任な態度に思いました。それで私は、細かい場面ごとの修正議論よりも基本的方向性や全体の構成、登場人物の設定など、全体のイメージをさらに深める必要性を感じていましたので、そのことを熱心に提案しました。

 

そこで述べた内容は「登場人物の描き方が生きていないうえ、テーマの絞り方がプロパガンダ的でリアリティのないご都合主義の挿話があざとく、全体に観念的。特に、気になるのは主人公の妻の描き方で、耐えて忍ぶ女性を美化するのではなく、より自立的な女性として描く中で夫婦愛が出せないものだろうか」というものでした。

 

しかし、その場でも神山監督は私の意見を頭から否定。

私が何かを発言するたびに「だから何なんだ」「そんなことはないよ」にはじまり、「黙れ」「黙れと言ったら黙るんだ」という言葉も飛び出す険悪な空気が流れました。

そのため、私から見ると、とても内容の深まった検討会になったとは思えませんでした。

(もちろん皆さんはそれぞれの意見を真剣に述べましたので、各場面ごとの討議は深まったとは思いますが・・このシナリオ検討会でのことに関して、公式ブログでは宮崎は

 

今回、私に出された監督辞任の決議の「そもそもの根」は、既にこの時に始まったと「時の行路公式ブログ」には書かれていますが、それが今回の決議につながるかどうかは別として、その時は確かに80%OKの神山論と、シナリオの再検討が必要なのではという私との間に意見の相違があることは明確になりました。

(それは7月17日に既に明らかになっていましたが、公式に世話人会としての認識はこの時が初めてです。さらに、この部分に関しての公式ブログの記載は自分たちの正当性を主張するための都合のいい記載でしかありません。大体何のためのシナリオ検討会だったのか?皆さんはそんな次元で参加していたかと思うと残念です)

 

また、二人の意見の相違が「監督辞任の勧め」なる決議に「つながる根」と考えるなら、そのことに関してさらに詰めた話し合いがなされてしかるべきはずなのに、そんな話し合いは一度もありませんでした。

 

そして、そのシナリオ検討会での神山監督の私に対するあまりにひどい態度に、8月の定例世話人会では、女性陣の中から神山監督を非難する発言が出されたと聞いています。

しかし公式ブログを読む限りはそんなことには一切触れられることはなく、それどころか「(こんなに意見が違って)共同監督はやっていけるのか」との質問に「何とかうまくやっていくよ」と神山さんが答えたという公式ブログの記載。それを読む限り、さも穏やかの懐の深い神山イメージをアピールしているようなものです。

 

ともあれ、合宿のシナリオ検討会で出された意見をもとにライターは第5稿までの改定を重ねてくれました。

それぞれの改定稿に対する意見集約の場は世話人会では行われましが、私はすでに世話人ではなくなっていたのでよほどのことがない限り会議には遠慮していました。

ですから、私は、改定稿が上がるごとに世話人会はもとより、プロデューサー、ライターあてに、全体の意見と各場面・各シークエンスに関しての意見を文章にして送っていました。

 

しかし、それらが皆さんのところに届いているのか?皆さんがどこまでそれらを読んでいるのか、果たして会議でそのことが討議されたのか?それらに対する反応はどこからも全くありませんでした。

 

ただ、9月の世話人会だったと思いますが、80%OK論に対しては根本からの見直しを要請する厳しい意見が原作者から出されました。続いて各地の推進会議からもその意見に賛同する声が寄せられ、主人公のモデルからも、そして世話人会の中からも、細かいところでの意見の相違はあってもこのままのシナリオでは問題が多すぎるという意見が多く出され、全体に不協和音が広がっていきました。

 

そのため、第5稿の改定前に、私はライターとじっくり話し合う時間を持ちたいと連絡。

いつも厳しい意見しか言わない私にライターはよく付き合ってくれて、約3時間、それぞれに忌憚のない意見の交換をすることができました。

 

その時、私は、自分なりに映画化を想定した試案のシナリオの改定を重ねていていました。これは誰に見せるものでもなく、自分としての考え方をしっかりまとめておく必要から

書いてきたもので、まだ最後の場面をどうまとめるかの思案の最中でしたが、ともかく言葉で言うよりもより私の意見が具体的に、明確に伝わるのではないかと考え、もしライターが読むというのなら見てもらってもいいくらいの考えで持っていきました。

それをライターは「読ませてほしい」というので、「まだ不十分なものなので他の人には言わないで」と念を押し、そのシナリオを渡しました。

 

シナリオに関しては、現在のライターに書いていただくことに決まる前に、私は試案としての初稿を書いていました。

それは具体的なリサーチもないなかでの観念の世界で書いたシナリオ試案で、とても耐えられるものとは思えませんでしたから、その後、主人公のモデルになった方や非正規で働いている何人かに直接に会い、派遣会社を経営する友人にも意見を聴くなど私の中ではそれなりに考え方をまとめる中での改定を重ねる作業は陰ながら続けていました。

 

私が厳しい意見を言い続けてきた現シナリオは、私が最初に書いた試案を基本的なベースに、登場人物の設定なども部分的に生かしたシナリオになっていて、そこにライターのオリジナリティを膨らませています。

ですから、余計、私が考えていた意図とライターの作意のずれがどうも気になっていたことは確かで、私が求めていた一つはその整合性なのですが、それは最後まで聞き入れていただけませんでした。

(私自身も自分の観念にとらわれて、ライターの作意を正しくくみ取る努力が弱かったのかもしれません)

 

その後内部での不協和音は広がり続ける中で第5稿が上がりました。

 

そして開かれた10月31日のシナリオ検討部会。

 

この日の会議は、これまでの不協和音を調整し、作品の明確な方向性を探ろうという趣旨の

もとに、少人数の新たなシナリオ検討部会を発足させて開かれました。(と聞いています)

 

神山監督とは7月20日のシナリオ検討会以来の再会でした。(電話では一度話しましたが)

 

私は、シナリオに厳しく言うのは私一人ではなく、同じように厳しい意見がさまざまな分野からも出されていることで、これまでの80%容認論からさらに進んだ話が進むものと思って出かけていきました。

 

しかし、シナリオ5稿は、いくつかの場面に私のシナリオも取り入れ、直接お会いして話した時の意見も聞いてくれていましたが、最も重要な全体の流れというか、構成そのものにはほとんど変わりはありませんでした。要するにこの段階でも80%容認論は生きていたのです。

 

そこで私はそのことも含めて意見を言うと、神山監督が「そんなに不満ならば、自分で金を集めて自分でつくればいいじゃないか、いつまでもぐつぐつ言ってるんじゃないよ」と。(この時の乱暴な言葉も公式ブログでは紳士の言葉に代わってといます)。

脇からは座長でも司会者ではない世話人が「宮崎さん、意見は簡潔にお願いします」と、私の意見を遮る場面も。

私はそんなに長く話していたつもりも、司会者でも座長でもない彼女から発言を制止されるいわれもないので内心むっとしましたが、それをぐっと抑えて発言する内容をまとめていると、その世話人はスマホを手に事務局長を呼び出しては部屋の外に出て行ったり入ったり、何か緊急事態でも起きたのと思えるような異常な雰囲気がその場には満ちていました。

この時、神山監督が「宮崎とは一緒にやれないと」発言したといわれていますが、私には残念ながらその記憶はなく、それよりもこの会議自体が新しく出直したシナリオ検討会でしたので、より有効な話し合いをする場にしたいと乱暴な神山発言もぐっと胸に抑えて、臨んでいました。

 

しかし、実に不愉快な会議であったことは確かです。

 

そして、話は10月8日の「監督辞任の勧め」の決議に。

10月31日からこの日の間にいったい何があったのか?

それとも以前から宮崎排除の方向は決まっていたのか?

 

新たに出発したはずの会議がそうではなく、私を排除するための会議になるなんて・・私は想像だにしていませんでした。

 

そしてその後、神山監督が「自分をとるか、宮崎で行くか、新たに第三者を立てるか決めてほしい」と言ったことがきっかけで私への監督辞任の勧めになったということを「時の行路」の公式ブログで初めて知りました。

 

そもそも神山監督が共同監督である私を無視してそんなことを言うこと自体おかしなことだと思いますし、それを世話人会に議題としてどう図ったのか、その後の経緯はいまだに私にはわからないままです。

 

今から考えると、80%OKという神山監督の意見に賛同しなかったことが彼の心証を害して、あるいは、そのことに痛く傷ついて、「俺にたてつく生意気な奴」と私への憎しみを増していったのではないか、あるいは「シナリオはともかく早く仕事にこぎきたかったのか?」

神山さんは電話で話した時「宮崎さんは純粋すぎるから・・」といったことがありますが、私も、こと仕事に関しては一徹を通す人間として周りからよく言われていますので、そのあたりの彼の計算違いがあったのかもしれません。(共同監督提案は神山さんが出したものです)

女だからどしやすいというような・・それとも私を助監督か何かと勘違いしていたか?

常々神山監督は「自分は30万人の集客ができる人間」と豪語していましたが、彼から見ると私は監督ではなく添え物的な存在だったのかもしれません。

 

しかし、神山監督の私に対する態度は完全なパワハラ行為だと思います。

 

しかも世話人会では、このパワハラに何の抗議も(一度世話人会で問題にする発言があったとか)することなく、その矛先を私に回してくるのですから。

(世話人の女性は「夫婦げんかのようなもの」とケロっと言い放ちましたが・・)

 

先日のブログで書いた本人不在の場での非道な決議と、今回の神山監督の私に対する暴言や失礼な態度。

これが大手を振って許されるとしたら、世も末。

 

これまで事実を客観的に書いてきました。

神山監督に比べると劇映画の経験も30万人の観客を動員する力はないかもしれませんが、

40年以上監督として従事し、多くの人たちの喜怒哀楽・生きざまを見つめてきた者としての心からの怒りを表しました。

 

監督としての誇りと尊厳をかけて━

 

最後に・・・

 

現在のタイトル「時の行路・翼もがれても」の翼もがれてもの原案は私の発案です。

最初は「もがれた翼」で行こうとしましたが、これは東京弁護士会の人権劇で使われていることが分かり、みんなで討議した結果、今の「翼もがれても」に落ち着きました。

仮題ですので完成の時点でタイトルは変わるかもしれませんが、できたら使ってほしくはありません。

それから現シナリオの基本的構成は私が最初に書いたシナリオ試案をベースにしています。又、そこには原作には無い私自身のオリジナルの人物も登場させています。私の試案から活用している部分はすべてカットしてください。

また、シナリオ5稿には、先日お渡しした改定のシナリオ試案からいくつかの場面やナレーションが使われています。それらは全体の構成や流れの中でこそ生きるものですので、整合性のない使い方はしないですべてカットすべきです。

なお、私は新しいシナリオの改定稿が上がるたびに、それらに対する意見をかなり丁寧に書いて提出してきました。

しかし、多くの部分でそれらは取り入れられることはありませんでした。今後決定稿作成の過程で、もし私の意見が生かされたとしたら、それは私に対する二重の裏切りになります。著作権の問題もあると思いますのでご注意ください。

 

 

 

 

 

ブログを書くのは何年ぶりでしょうか?

これまで休眠していたブログを再開したいと思います。

 

再開の動機は、この4年近くかかわってきた「時の行路 翼もがれても」の映画製作の世話人会から理不尽にも「監督辞任の勧め」なるものを受けたことへの怒りと、そのことに関しての備忘録をつくっておきたいと考えたからです。

 

「監督辞任の勧め」なる決議は、突然にかかってきた事務局長の久保さんからの「宮崎さんには共同監督から降りてもらうことが決まりました」との事務的な電話で告げられました。

11月8日のことです。

私はあまりにも虚を突かれた話に何がなんだかわけがわからず、経緯の詳細な説明を求めましたが、「それは会った時に話します」との一言だけ。いったい「監督辞任の勧め」がなぜ出されたのか、そのことでどんな討議が行われたのかの詳しいことは何もわからないまま11月10日の朝、指定の場所に出かけていきました。同席したのは、ゼネラルプロデューサーの中西さんと事務局長、それに私の三人。

しかし、逢った時に話すという経緯の説明は一切なく、いきなり1枚のペーパーが渡され承認を促されました。

「10月31日のシナリオ検討会での神山征二郎監督の発言を受けて11月8日の世話人会は全員一致して宮崎信恵監督の辞任を進めることを決めました。共同監督が不可になった現在、「時の行路」の監督から名誉ある辞任をお勧めします」との数行の簡単な文章です。

 

しかし、私はとても納得のいくものではなかったので激しい抗議で承諾しかねる旨を申し上げました。

 

すると、続いて「今後の対応」なる2枚目のペーパーが。

それは4つの項目が記されたもので、私が「監督辞任の勧め」を承諾しないときに備えて用意されていました。

内容は、①世話人会の「辞任勧告」を公開する。②次回世話人会で弁明の機会を了解する。③そのうえで再度評決し、評決は罷免も含む。④以上を公開する。

まるで私が何か不正を働いたかのような、犯罪者扱いのようなひどい内容。

話し合いの時間は約20分。そのほとんどは私の抗議で終わりました。

 

私が事の次第を初めて具体的に知ったのは11月16日の「時の行路」公式ブログ「宮崎信恵監督への共同監督依頼解消について」の記事からです。

その記事は事実誤認も甚だしい、自分たちの正当性をあと付けするようなひどい内容です。ともあれ、それを読んで私は初めて、組織の内部で何が起きているのか、このことに神山監督がどうかかわったかなどの詳細を知ることができました。

 

ところで、10日に渡されたペーパーに記されている「事の発端」になったという10月31日のシナリオ検討会には私も出席していました。そして、私の発言に神山監督の激しいパッシングが浴びせられたことに言いようのない不快感を感じていたことも確かです。

この神山監督のパッシングに関してはのちに記しますが、こと私に関する今回の事態の背景を、事実誤認も甚だしい公式ブログを見て初めて知ったのですから、なんて条理を逸した恐ろしい話でしょう。

 

ともかく今回のことは2点について私は激しい怒りを持っています。

1つは、この「監督辞任の勧め」なる決議が、私には事前に何も知らされず、もちろん意思の確認も意見の聴取も、反対意見を述べる場もないままに、まるで問答無用のまま当人不在の場できめられたこと。

私自身の尊厳や、監督生命にかかわるといっても過言ではない重大な内容を・・。

しかも、非正規労働者の問題を正面から見据え、今のいびつな社会の中で苦しみながらも闘っている労働者へのエールとなるような映画を製作しようという組織の中で…信じられないような、人権無視も甚だしい暴挙が行われたことです。

 

一体全体、私はそんなにダメな人間なのでしょうか?

年間、それこそ全精力を傾けてなんとか製作に漕ぎつけたいと、誠心誠意、頑張ってきたと自負している人間に対して、何故みんなが「監督辞任の勧め」なる決議に賛成したのでしょうか?

今もってその詳しい事情は分かりません。(何人かに電話で確認するとみんな私を擁護する答えしか返ってこないのです)

 

ただ、考えられるのは、シナリオに対して、以前から私と神山さんの意見の相違が明確にあり、神山さんがしびれを切らして世話人会に決断を求めたということ。

世話人会では、神山監督と宮崎の間のシナリオの意見の相違の調整よりも宮崎を切ってでも、製作を急務と考えたのかもしれません。

また、以前から組織の内部に、私の監督就任を快く思わない人たちがいたことも確かで、その人たちの思いと神山監督の提案がぴったり重なったということもあったのでしょう。いずれにしても、私を切っても大勢に変化はない的な雰囲気で会議全が進んでいたのだと思います。

(後で聞いたところでは、「誰が猫の首に鈴をつけるか?」「それはゼネラルプロデューサーであるあなたの責任よ」「つらいなあ」「いまさら何を言っているの。そんなことだからダメなのよ」・・といった会話がなされていたとか。又、以前からシナリオに対して厳しい意見を持っていた古くからの友人は「宮崎さんを守れなくてつくづく自分のふがいなさが嫌になった」と悲痛な声で話していました)

 

要は、シナリオに対していつまでもうるさいことを言う人間とは一緒にやっていられない。だから「共同監督は難しい」との話に進んでいったのだと思います。

 

しかし、よく考えると、これはおかしな話です。

そもそも私と神山さんは別人格で、多様な意見があることが自然だと私は思いますし、本来はその多様性を認めるところから出発しなくてはいけない話です。

そして、シナリオに対して意見を言うのは責任ある監督としての重要な仕事であり、共同監督なのですから、お互いの意見の相違は克服する努力がなされなければならないはずなのに、そのことに対する真摯な話し合いは一度もありませんでした。

 

私が問題と考える2点目は、神山監督の激しいパッシングです。

 

(このことに関しては長くなりますので別の機会に譲ります。)

 

ところで、私は何も監督に連綿としがみ付いているわけではありません。

それどころか、納得のいかないシナリオでの映画化は監督としての責任放棄になりますし、私の信念から言ってもできない話です。

今回のことは本当に残念ですが、パワハラまがいの恫喝や、人格攻撃の激しいパッシングを受けても監督としての信念のもとに筋を通して来たことへの後悔は全くありません。

これは負け惜しみではなく、私の今の正直な気持ちです。

 

ただ、映画製作の趣旨に賛同して貴重な製作資金を寄付してくださったり、推進チームを立ち上げてくださったり、物心両面で私を支持し、期待をしてくださった皆さんのことを考えると私の責任の重さを感じずにはいられません。

 

世話人会の皆さんはそういうことも真剣に考えたのでしょうか?

 

映画製作を推進する事務局的な役割を担う世話人会は善意のボランティアによって運営されている任意の組織です。

そして、世話人のほとんどは映画製作の経験もなければ、シナリオも初めて目にしたという方が少なくないと思います。

そういう方たちが、今回のこんな重大な決断をされたのです。

 

本当に、こんな非民主的なことがあってもいいのでしょうか?

こんなことで本当にいい映画ができるのでしょうか?

今の労働問題の深層に真に迫り、苦しい立場に置かれている人たちの共感を得る映画が・・・

1億円の製作費を集めるという厳しさと責任を皆さんどれだけ真剣に考えているのでしょうか?

お金は集めたものの映画の完成には至らなかったという事態にはならないでしょうか?

 

これまでは、映画製作の基本的な考えや推進の具体的な方向性、責任の重さについては、私の提案や意見を皆さんに丁寧に提示するなかで賛同を得るという形で主に進めてきました。

しかし今後、製作への思いはあっても経験がなく、映画製作のイロハも知らない全くの素人の方たちにそれをうまく切り盛りしていく力があるとは到底思えません。

 

先日、ゼネラルプロデューサーはご自身のブログで辞任を表明しました。

きっと苦しみながらの決断だったことでしょうが、そんなに簡単に辞任を表明していいのか?

私に加えられた今回のことを顧みながら、その足元の危うさを心配しないではいられません。

 

そして、「正義」のためには他人の痛みも感じずに、平気で人を踏みにじることのできる人間性には身の毛のよだつ思いがすると同時に、一度あることは再び繰り返されるのではないかとの危惧さえ覚えます。(過去にもすでに傷ついた人はいましたが・・・)

 

先に「監督辞任の勧め」を受けてから1か月余。

私はこのことを書くことに正直、戸惑いや激しい葛藤がありました。

でも、このことを知った多くの人から真相についての質問や、心配してくださる声が寄せられ、叱咤激励を受ける中で、黙っているのではなく、事実は事実としてきちんと知らせなくてはとの思いに至りました。

 

ともかく、こんなことになる前にどうして、腹の割った同志的な話し合いがなされなかったのか、何も喧嘩状態が続いていたわけでもなく、つい昨日まで冗談さえ言いあっていた「仲間」だったのに、それがある日突然に・・・そのことだけが返す返すも残念でなりません。

同時に、私にエールを送ってくださった皆さんには涙の出るほど嬉しく、勇気をいただいた思いがしています。

 

 

以上が「監督解任劇」の経緯です。

 

醜い争いはお互いを傷つけるだけで何も得るものはないことは良くわかっています。

ましてや、4年間も志を一つに頑張ってきたのですから・・

しかし、人権無視にも等しい不当な扱いを受けたものの怒りはそう簡単に消えそうもありません。

 

 

昨日に続いて快晴になった昨日、撮影でお借りするお宅の下見にカメラマンやライトマン、助監督ら主だったスタッフで伺いました。


ケアマネや包括支援センターの相談員向けの教材DVDですが、私にとっては久しぶりのドラマ。

 

これまでのように、現場で見て、感じた思いをカメラに収めるのではなく、細かい計算のもとに全体を動かしていかなくてはいけないので、かなり緊張します。

 

それとお宅を借りての撮影なので、カメラやライトの入る位置なども制約され、技術スタッフ泣かせです。
スタッフはみんなかっての仲間。
それぞれの現場で、第一線で頑張っている人たちです。


私は、このところずっとドキュメンタリーが主でしたので、シナリオは自分で書いているとはいえ、俳優を動かし、カットを割るドラマに上手く馴染めるか…ドキュメンタリーとはまた違った、久々の現場の雰囲気に、少し若返った思いがしています。

 

ロケハンの後は母のところへ。日曜日に「あい」の上映がありますので、一日前倒しです。

 

母はこのところ、日中はほとんど寝っぱなし。
これでは筋力が落ちてしまうのではないかと心配です。
 

そんな母ですが、通院の日は、早くから起きて、自分で身支度をして、迎えの介護タクシーを待ちます。

 

通院は、日頃変化のない母にとって唯一の外出日。

駅前のスーパーに行ったり銀行に寄ったり・・でも、これからは寒くなるので、来月からは往診に切り替えることにしました。
 

それが本当に母のために良いことなのか、これまで通りの通院にしたほうが良いのか迷うところですが、万一の時を考えたとき医療につながっていたほうが良いと思っての判断です。

 
 
診療所で知人に会い、うれしそうに話す母。
 

 

 

 

 

 

 

 

出来るだけまじめに投稿をと宣言したのに、またまた3日坊主。

このところ、母のところに行くことが多く、コンピュータが無いので、それでつい・・

まじめに反省しつつ、今夜は「あい」の宣伝を・・

 

11月は「あい~精神障害と向きあって」の上映が各地で行われます。
直近では、以前にお知らせをしましたが、明日の日曜日には東洋大学 朝霞校舎の大学祭の中で。
開場は12:30、開映は13時です。(料金無料)
この上映会には私も顔を出そうと思っています。一般の方もご覧になれますのでお近くの方は是非、観てください。

 

それから、明後日6日は遠く九州の福岡県で。場所は直方市。直方市精神保健福祉ボランティア「ゆいの会」のチャリティ上映です。

 

 

私は14日に福岡に行きますが、6日は撮影の準備で行かれません。チラシがありますので添付します。直方市のお近くの皆さん、ぜひご参加ください。...

 

それから少し先になりますが、11日(土)は新潟で、17日(金)には藤沢市で、18日(土)には鳥取県大山で、そして20日は佐賀県鳥栖市で上映会があります。

 

これらに関しての詳しいことは後程アップします。監督としては本当にうれしいことです。

本当は全ての会場に押しかけたいのですが・・

11月は撮影があったりして身動きが取れない状況。嬉しい悲鳴を上げています。

 

直方市の上映会のチラシが手元にありますので、貼り付けます。(と言いましたが裏面が張り付けられません。容量が越えているとか・・おかしいなあ・・

 

 

 

 

 

 

 

 

安倍首相が28日に開く臨時国会の冒頭で衆議院を解散すると正式に表明しました。

一体何のための解散なのでしょうか?私にはその理由がさっぱりわかりません。

一つだけわかるのは、前回の国会でも全く解決していない森友学園の問題や加計学園疑惑をうやむやにして、自己保身に走ろうという魂胆が見え見えだということです。

今日、9時のNHKからテレ朝、TBSとずっとテレビを見てきましたが、まあよくはしゃべるがすんなり納得のいく説明は全くありませんでした。そもそも、2年後の経済状況がどうなっているのかわからないのに、まだ実現もしていない消費税10パーセントの使い道など滔々と話したところで、まるで絵に描いた餅。そもそも幼児や貧困家庭の教育無償化なんて国民の信を問わなくてもできるはず。そんな美味しい話を餌にまた国民をだますのかと思うと、聞いていてあきれることばかり。安倍首相は今度の衆議院選挙を「国難突破」選挙と位置付けていますが、いったい国難を招いたのはどこの誰なのか?アベノミックスで私たちの暮らしは少しも良くならないし、雇用の現状は非正規ばかりが増え続け、経済格差が広がる中で結婚も、将来への希望ある人生設計もできない若い人たちが増えているのも、北朝鮮の問題にしてもアメリカ・トランプ大統領の尻馬に載って威勢のいいことは言っても建設的な解決への道を探ろうとはしないし、挙句の果てに憲法を改正して再び戦争への道をひた走ろうとしているし、これほど国民を置き去りにしたまま国政を私物化した総理はこれまでにいなかったのではないでしょうか?

テレビを見ていても同じことの繰り返しばかりで、全く説得力は感じませんでした

だから滔々と喋ればしゃべるほど無理につけた大義が白々しく感じられ、虚しさだけが拡大するばかり。

ただ、安倍首相も言っていましたが、選挙が無ければ野党は何時までも野党なのだから、ここで頑張れば政権交代もありうるリスクを抱えているということ。もちろん綿密な計算の下での勝敗の胸算用は図っているのだと思いますが、やはり選挙は水物。勝算ラインは与党が過半数をとることだそうですが、ここで何としても野党に奮起してもらい、何としても今の悪政を変えなくてはなりません。だから虚しいなんて言っていないで、今の政治の動きをじっと注視していなくては・・ところで小池新党は切実な国民の願いを実現する政党なのか、それとも安倍政権を補完する勢力なのか、理念がしっかりしていないだけに、もしかしたら、安倍政権より危険な政治が来るような気がしてなりません。

 

 取材でお世話になったこぴあクラブで、子どもたちの日常の活動を追った「世界一すてきな 僕たち私たちへ」の上映会があります。

障害のある子どもたちの放課後等デイサービスが制度化され、それまでは、保護者や熱意のある人たちが、子どもたちの放課後の居場所づくりの必要に迫られ、こつこつと続けてきた放課後活動ですが、平成24年の法制化以後は、全国各地に放課後等デイサービスが整備されて来ています。

しかし、それらが、子どもたちの発達を保障する場になっているかどうかについては、多方面から疑問視する声も聴かれます。

「世界一すてきな僕たち私たち~響きあい 育ちあう 発達の芽~」は、子どもたちが、その子らしく

のびのびとした放課後の時間を過ごす中で、時間はかかっても一人ひとりが確実に成長していく姿を約1年にわたって追ったドキュメンタリーです。

上映は、保護者の方たちにこぴあクラブの活動を紹介する目的で行われます。ですから、一般への公開ではありませんが、この機会にご覧いただける方は、こぴあクラブまでお申し込みください。

 

  日時 ① 9月26日(火)10:30~12:15

      ② 9月29日(金)17:30~19:15

  場所 こぴあクラブ(江東区冬木6-20)

  連絡先 13-3630-1363 (北村)

  主催 こぴあクラブ

  共催 第2こびあクラブ

      第3こぴあクラブ

 

 

 

 

 

昨日調布市の東部公民館で行われた「風の舞」に関しての感想文が送られてきました。
皆さんの感想を一枚一枚、ワードに打ち直してくださったものです。
私は、古い映画だと少し引けていたところもありましたが、皆さんが前向きに観てくださったことが感想文からよくわかり、ホッとしています。読み易く打ち直してくださって、ありがとうございました。

 

 

「風の舞」感想文...
【とても満足だと思った理由と感想】
(30代)ずっと見たいと思っていた映画を広いスペースで見られてよかったです。映画を見る環境という感じではありませんでしたが,無料でしたし全く問題ないように思います。ありがとうございました。
(40代)あまり取り上げられる事が少ない映画を上映してくださり,ありがとうございます。
(50代)宮崎監督の撮影秘話から,ハンセン病,塔さんについて知ることができました。「人間として生きること」この映画に出てきた11篇の詩が教えてくれました。今日の映画講演を心にとめて,忘れないようにしたいと思います。
/ハンセン病については無知でした。人間が人間をこのように島流しにしてしまってショックでした。国は一人ひとりに責任を果たしたのかなど,色々考えさせられた映画でした。生きる事は大変ですが,病気と共に隔離されて生きることは本当に大変だったと思います。今日はありがとうございました。
/塔さんの詩が本当に良かったです!凄いですね!作品を書く時の塔さんの子供みたいに足をぶらぶらさせている処が,とても可愛くて可愛くて!塔さんの詩集を色々と読んでゆきたいと思います。映像で,塔さんの姿を見られた事を感謝いたします。ありがとうございました!!
/風の舞,感動しました。塔和子さんの事は,書籍『隔離の記憶』で読んで気になっていました。今回映画で塔さんの事だけではなく,ハンセン病の歴史も知ることができました。ありがとうございました。
(60代)すばらしい。映画と監督の話がとても素晴らしかった。戦争とライ病の隔離政策が一体となっていた事がわかりました。
(70代)ハンセン病の問題について何も知らなかったので,参加しました。塔さんの詩にふれて,とても心に深く,しみました。宮崎さんの映画の作り方にも感じるものがありました。どうもありがとうございました。
/こういった映画はわかるわからない関係なく,小さい頃から見せるべきでは。小さい時から世の中にはいろんな人がいるのが当たり前として育っていくことが大事では。大人になってから差別はいけないと頭でわかっていても身体が反応してしまう。顔が身体が変形してしまう病気,身近にいなければ異様に感じ,身体が拒否反応をおこしてしまう。すべてが当たり前の世界になることを願うのみ。
/人間の生き方,環境,人との出会いの大切さ。(良い人と出会うことを身を持って体験したので)人間の尊厳,強く深く考えさせられました。無残な生活をしいられた人が自分の思いを表現できるすばらしさに感動しました。ハンセン病に対する知識がかったので内容に驚いた。信じられない現実の映像に言葉を失った。知る事ができ学ばせて頂きました。
/ハンセン病に対するむごさの中ですばらしい詩を生んだ塔さんに感動した。この映画を制作した監督の努力に感謝。今回の映画会はとても良かったです。
/「胸の泉に」の詩に感動!!/人間の尊厳を無視してきた国の政策の間違いに気付くのが遅かった影響の大きさに気が付きました。患者に寄り添った映画をありがとうございました。
/自分が今迄無関心であったことを反省しました。
/暗い題材でありながら,決して暗く作りあげていない作品に,とても嬉しく思う。「生きる」ということは本当にすばらしい。寺田農のナレーション,吉永小百合の詩の朗読(現在と違って若く感情移入が激しい)もすばらしかった。現在の監督の力強い言葉と言動,塔さんと監督の友情?絆。とても感動いたしました。
(80代)ハンセン病には私達はあまり関心がなかった。申し訳ありませんが・・・。遠藤周作さんの小説でもハンセン病の患者さんの話を読んだことがある。
/人間としてのさけび,平等でなければいけないのに。幸せな時に生きている私達は,感謝の気持ちをもって生きようと思いました。昔,ふる里でこんな話があった(ハンセン病の人)事があり,この映画をみて本人はもとよりその方の家族の方にはつらかっただろうと涙が出ました。又,機会があれば宮崎先生の作品を上映してください。
/ハンセン病のこと,ばく然として知らなかった。/公民館が趣味の場になっているようですが,未来へのための課題,環境,平和,人権,福祉を身近なところから考えていけたらと思います。

【まあまあ満足だと思った理由と感想】
(60代)同じ人間が犯した残酷な仕打ちの中で,塔さんの残された強い言葉,生き様を感じた。
/画面の下の方が前の席の人の頭でみえにくかった。
(70代)①吉永さんより寺田農の発声がほとんどで残念②人権回復運動と塔さんとのかかわりが1つも出てこない③多数・平均者と少数・異形・異端との葛藤軋轢は人類の永遠の課題だと改めて感じた④「みんなと一緒で安心・安全」で平凡人は,そのことに疑問すら抱かないのでは⑤塔さんの才能が高齢になって社会的承認を得たことはすばらしい。文化の発信と受容。愛媛(香川)県もたいしたものだ⑥知的障がい者の結婚,子育て,世界中でタブーです。(誰も言わない。押し黙っている)⑦体が老化,社会的孤立の現状をつくづく考えました。
/映像の見にくさ。講演が大変良い。監督の話が良かった。

【やや不満足だと思った理由と感想】
(60代)役人の犯罪(必要のない法律をいつまでも残したことなど)についての言及が少ないと思った。

【評価不明な方の理由と感想】
(80代)人間には大小の悩みがありますが,より大きな悩みをかかえた人間の苦悩をどの様に消化して生き抜くかが問題で,自分の短所を生かしてより人生を謳歌した人が勝ちだと思います。悩みのない人はおりません。悩みと一緒に生きて,人生を有意義に終りたいと思います。

 

去る9月9日、重陽の節句の日、渋谷のケアコミュニティセンターせせらぎで「あい」の上映会がありました。区内で障害者の支援に取り組んでいる4つの団体が主催してださいました。

 

渋谷ではその日の上映会で3度目。私は別に呼ばれていたわけではありませんが、都内ですし、知人も見に来てくださるというので、いそいそと出かけて行きました。

 

場所がちょっとわかりずらかったのですが、道行く人に聞きながらどうにか会場に。

 

観客は60人ほど。多くはありませんが、みなさん熱心に観て下さいました。

そして上映終了後に少し話をさせていただきました。

 

 

その後は、練馬の江古田にありギャラリー古藤で行われている作品展に。書家の竹内さんとスチールカメラマン古軸さんのコラボによる「理不尽」と題する福島に思いを寄せる二人展。

...

竹内さんは、福島原発事項以後、練馬で福島の子どもの支援として保養プロジェクトを運営されてきて、私とは練馬で吉永小百合さんを呼んで「風の舞」の上映会が行われた時、余剰金が少し出て、その寄付をさせていただいたのがご縁。

以来、なんだかんだと親しく、行き来をするようになりました。古軸さんは竹内さんのお友達ですが、たまたま私のところの近くにいることから、これまた親しくなった仲。

 

今日はオープニングの催しとしてフルートのはミニコンサートがあり、その後はパーティ。

 

保養プロジェクトのみなさんで作りのお料理は美味しかったです。

 

フルートの奏者は吉原りえさん。
ピアノは丸山貴代さん。

若いお二人の演奏も、とっても素晴らしかったです。