障害児の放課後活動を追ったドキュメンタリー映画「世界一すてきな僕たち私たちへ」の上映会が東京の葛飾であります。

 画面にあふれる子どもたちの笑顔が本当に素敵です。

 障害があろうとなかろうと、その子らしく、豊かな自尊の気持ちを育ててほしいとの願いからこの映画を創りました。映画の舞台になった「こぴあクラブ」の活動は、スタッフと子どもたちが一緒になってそうした願いをかなえる実践をしています。

 暗いいやなニュースがあふれる中、子どもたちの笑顔に、今私たちは何を大切にしなくてはいけないかを感じていただけると思います。

   当日は私もまいります。
  お近くの方はぜひいらしてください。


 
      日 時    2月14日(土) 午後7時開場、7時15分開映
      場 所     かつしかシンフォニーヒルズ・アイリスホール。
      チケット代  大人1100円、障害のある人、中高生800円。
      主 催    かがやけ福祉会後援会。
      申込み    かがやけ共同作業所まで。電話03-5668-1146 境野さん。<




  いつも同じ写真ですが貼り付けます。





  


「イスラム国」に人質になっていた後藤健二さんが惨殺されました。
 この卑劣極まりない非道な行為に体の震えが止まりません。

 どうしてこのような残虐なテロ事件が起きるのか?
 もちろんテロは絶対に許すことはできませんが、「イスラム国」のようなテロ組織がはびこる原因の一つにはアメリカを中心とした西側諸国の中東政策があるのではないかと私は思います。

 そして日本政府も、今は全くアメリカに追従して、その言いなりになっているように見えます。

 そもそも、湯川遙菜さん、後藤健二さんが「イスラム国」の人質となったのは昨年のこと。
 (湯川さんは8月、後藤さんは11月)

 その後、後藤さんの奥さんにイスラム国から金銭を要求するメールが入っていたとか、そのことは日本政府も承知のことだったそうです。

 しかし、私たちがそのことを知ったのはつい最近。
 
 安倍首相が中東を訪問して、2億ドルの資金援助を提案した直後のことでした。インターネットを通じて湯川さんと後藤さんの拘束された写真がまず映し出されました。

 では、この数か月の間日本政府は何をしていたのでしょう。

 週刊誌の報道によれば、後藤さんの奥さんに誘拐のことはきつく口止めをされていたとか。

 その間、日本では衆議院議員の選挙がありました。

 そして人質が明らかになってからの日本政府の対応も、大切に命を救うんだという、真摯な姿はどうも見えてきませんでした。

 それどころか、「自己責任」だとか、「迷惑をかける前に自爆しろ」とか、とんでもない意見が飛び出しています。

 この一連の動きを見ていて、私は本当に日本という国が情けなくなりました。

 そして、後藤さんが惨殺されたことが明らかになった後の、安倍首相の発言も危険極まりないものです。

 うがった見方をすれば、日本政府は、この二人の若者の惨殺を、今自分たちが進めようとしている自衛隊の海外派兵に利用しているのではないかとさえ思えます。
 
 つまり目には目の精神で、暴力の連鎖に私たちを組み入れようと。

 私はそのことには絶対に反対です。

 現に、今日の国会論戦でも、安倍首相は憲法9条改正の意図を明言しました。

 日本の国民の生命を守るためと…

 そもそも、二人の若者の惨殺の遠因には、中東訪問時の安倍首相の配慮を欠いた言動があると私は思っていますし、たった二人の若者の命も守れなかった政府の無策といのちの軽視には煮えたぎる思いがしていますので、それを逆手にとって、日本を戦争のできる国にするなどということは断固として阻止しなくてはなりません。

 それが、後藤さんの死を心から悲しみ、悼むために、私たちにできることではないかと私は思います。

 ああ、本当にこれからの日本はどうなっていくのでしよう。

 テレビに映る安倍首相の顔を見るたびに、腹の底が煮えたぎるような嫌な気持ちになります。


 話は変わります。

 先月末の土曜日、名古屋大学大学院の研究生たちの企画による「風の舞」の上映と討論会が名古屋大学でありました。

 一般公開でしたので、学生だけではなく、外部の方も参加して約3時間。熱い討論が行われました。

 討論のテーマは「当事者として参入するために」。私たち、ハンセン病の元患者ではないものが、いかに当事者意識を内部に醸成することができるか、ということです。

 二人の大学院生の問題提起に私が答えるという形で、討論は進められました。

 研究者たちだけあって、質問する内容は鋭く、厳しいものでした。

 私は自分の考えられること、知っていることを一生懸命に答えました。

 そして内容の濃い討論会になることができたと思います。

 それにしても若い人たちの真摯なまなざしは素晴らしかったです。

 そしてその日は名古屋泊まり。

 翌日朝、後藤さん惨殺のことをテレビのニュースで知りました。

 それで、しばらくは茫然。
 朝食をとることもできないまま、ホテルの部屋でボーとしていました。

 そして予約しておいた新幹線の時間が来たので、慌ててホテルを出て横浜に。

 その日は、お正月の風邪騒動で家族が集まれなかったので、お墓参りを兼ねてみんなで会うことになっていました。

 母は、前日に弟が母の家に泊まって、車で一緒に来ました。

 そして母にとっての孫たち(私には甥や姪)は、それぞれが車と電車でお墓に集合。

 私の息子一家は九州なのでこれませんでしたが、総勢20名近く(数えきれないほど多い)。

 私の家のお墓は、横浜の根岸の山の上にある共同墓地。

 かなりの階段と坂道を登らなくてはなりません。

 さて問題は、母がその山を登れるかどうかです。

 ダメなときは若い甥たちにおんぶを思っていましたが、母は頑張って上ることができました。

 もちろん途中途中で休みながら…

 その時私は思いました。

 私たち庶民は、こうしたささやかな楽しみを一生懸命に大事にして、お互いを気遣いながら生きているのに、政治家はいったい何を考えているのだろう。

 それに、世界には紛争などで食べるものも着るものも、明日の命さえ保障されずに、生きるのも精いっぱい人たちが大勢いる。

 そうした人たちのことも含めて、やはり私たちは、平和のありがたさを声を大にして叫ばなくてはいけないのだと。

 その日、空は快晴の青空でした。

 シリアの「イスラム国」の空はどんな色をしていたのかしら?


   帰途、富士山がくっきりと綺麗でした。
   それだけに深い悲しみが余計にこみあげてきました。





    急な階段を頑張って登る母



   
   遙かにみなとみらいの街並みが

   



   途中でちょっと一休み



  
   やっとお墓に到着 



 
   母は何を思っているのか?

  


   墓参りの最後は中華街でみんなで食事。




今日は、夜の7時から、「地域をつくる上映会INねりま」の実行委員会がありました。
昼間はみんな仕事をしていて、夕食もとらないで会場に駆けつけます。そして夜の10時過ぎまで、2月21日の上映会の進め方やチケットの販売状況などを喧々諤々。中には突飛なアイデアなんかも飛び出して、実行委員会はいつも賑やかです。
 
 実行委員会が始まる前には、以前約束をしていた団体やグループにチラシを届けに行きました。
 1人では、枚数が多くてとても持てないので姪に助っ人を頼んで、キャスターをひきながら、練馬の街を一回り。

 そしてその前は、練馬駅から2駅前にある江古田へ。
 駅の近くのギャラリー古藤で行われている「表現の不自由展」という展示会に参加してきました。
 この展示会の副題は「消されたものたち」。

 政治的に都合が悪いといってタブー視され、展示の差し止めや撤去された「芸術作品」の展示を通して、表現の自由が侵害されつつある今日の社会に警鐘を鳴らす作品展です。

 会場はそれほど広い空間ではなく、展示されている作品もそれほど多くはありませんが、大勢の人が来ていました。

 作品は、こういう機会がなければなかなか目にすることのできない「表現の自由が侵害された」貴重なものばかり。

 考えれば、表現の自由は憲法で認められた基本的人権です。

 でも、今は確実にそれは守られているとは言えません。

 それが本当にまっとうに生かされているのか?目に見えない大きな力で、あるいは自己の内部において自粛という形で、私たちは表現することから、あるいは自分の意思を表示するところから自由であるのか?

 当の私自身はどうなのだろう。

 日頃の自分の姿勢を自問しながら、いつの時代も、表現の自由は戦いとるもので、こうした地道な取り組みの積み重ねが大切なのだと、展示された作品を見ながら、今更ながらに痛感しました。

 この企画は、昨年12月に武蔵大学で行われた「風の舞」上映会のトークでコーディネーターを務めてくださった武蔵大学教授の永田浩三さんや、練馬区内の革新的な団体・個人が実行委員会をつくって企画したもの。

 会場には、韓国の「慰安婦」とされたハルモにたちをモチーフにした少女像(2012年に東京都美術館で開催された国際展の時に政治的・宗教的に偏っていると撤去された像)のレプリカや等身大の「平和の少女像」(キムソギョン・キムウンソン夫妻の作品)や、やはり2012年に新宿のニコンサロンで開催が予定されていたカメラマン・安世鴻の「慰安婦」展が突然に中止となったという「事件」がありましたが、その時展示する予定だった写真の何枚かの展示、そのほか戦前の貝原浩や山下菊治の画家による天皇をモチーフにした風刺画なども展示されていました。

 この「表現の不自由展」は、2月1日まで、ギャラリー古藤(ふるとう)で行われています。
 そして毎日、作家や映画監督などによる作品の上映や、トークセッションなどのイベントも企画されています。

 是非ご覧になるといいと思います。

 写真をつけます。
 




  



  少女像。写真撮影が許されています。そして隣に椅子があって座ることも。
 
 



 安世鴻さんの「慰安婦」展の写真から何枚かが展示されていました。




 
    さいたま市の公民館の月報に記載が拒否された俳句。

   梅雨空に「九条守れ」の女性デモ

   これがどうして拒否されたのか?不思議です。やはり政治的な圧力?




 土日と母のところに行ってきました。
 母はお正月から体調を崩していましたが、どうやら回復したようです。
 
 ただ、食欲はあまりないのが困りものです。

 私は、気分転換もかねて、畑仕事に精を出すつもりでいきましたが、やはり体が疲れているのか、畑仕事といっても、今は雑草を抜く事しかありませんので、ほとんど畑には出ずじまいでした。

 その代わり、2週間前に干しておいた大根の糠漬けをつくりました。

 いわゆる沢庵。

 三浦海岸は大根の産地で、沢庵の販売を商売にしている農家が多く、いつも駅前のスタンドで買ってきていますが、今年は大根が良くできたので、挑戦することにしました。

 それで、駅の近くの精米所から糠を買ってきて、干した大根をまな板の上で塩擦りして、粗塩と三温糖、こぶ、鷹の爪、そして干したみかんの皮(干したみかんの皮は我が家の入浴剤でもあります)を混ぜて床づくり。

 あとは、ビニールを樽に重ねて、その上に大根を隙間なく敷いていって、その上にいろいろと混ぜた糠をかけてやって、また大根を敷いてと…

 最後に一緒に干しておいた大根葉を満面に敷いて、中蓋をして、ビニールの口を閉じて、重石を乗せれば出来上がり。

 その重石ですが、本当はホームセンターに買いに行く予定でしたが、車の手配がつかず、庭にある古い石を洗って重石にしました。

 それが、持ち上げられないほど重く、流しに置いたり、洗った石をビニールに包むのが一苦労。

 今頃になって腰の周りの筋肉が痛くなってきたのは、そのせいだと思います。

 そんな苦労をして作った沢庵ですが、果たしてうまくつかるかどうか?

 食べごろは約1か月のちだそうですので、出来上がりが楽しみです。

 写真をつけます。

 大根は約20本。大きいものからこぶりのものまで、約10キロあります。
 それらを丁寧に塩擦りして、つけます。

 
 


 糠は約1キロ。それ塩と砂糖、それにこぶや鷹の爪などを混ぜて…



 敷き詰めた大根に糠をまぶして…



 その上に乾燥させた大根の葉っぱを敷いて、ビニールで口を閉じれば出来上がり。



 1か月後、果たしてどうなっているかな。楽しみです。


 昨日、一昨日と終日雨。
 雨の日はなんだか気持ちまで落ち込んでしまいそうになります。

 でも、今日は午後からは日差しも出てきて、外の風は冷たかったのですが、家の中はポカポカ。もうそこまで春が来ているような1日でした。

 でも考えたらまだ大寒中なのですよね。

 なんだかこのところの寒さに、すっかり体が疲れたような気がしています。

 疲れたのは寒さだけではなく、編集疲れも手伝っています。

 一昨日は朝から撮影で出かけ、昨日と今日は、コンピュータの前に終日座って編集。

 納期の期限が迫っている受注作品の最後の詰めに没頭していました。

 (コンピュータはまだ閉じていなくて、少し頭を冷やそうとこのブログを書いています)

 一応編集は終わりましたが、仕上がりタイムが10分近く長くて、どこをどう切り詰めようかと思案の最中。
 
 内容は高齢者の就業。
 
 私も高齢者ですが、70代80代の方たちが、年齢も感じさせずに元気に働いている姿を見ていると、私もまだまだ頑張らなくてはという気持ちになりますが、まあ、それにしてもやることが多く、しかもてきぱきとした処理ができない性分なので、困ってしまいます。

 一昨日の取材は、例の藍工房への取材。
 
 こちらのほうもすでに6月の末に完成披露上映会の会場を抑えていますので、それまでには何としても作品としてまとめなくてはなりません。

 それから、約3か月ごとに発行するジェンダーニュースの編集も…

 そして、2月21日の上映会のこともあるし…

 (ニュースの編集の方は、どうにか昨晩デザイナーに送って、印刷所に入稿してもらいましたので、あとは上がってくるのを待つだけになっています。)

 考えれば、みんなみんな、大切なことですので、疲れたなどと言っていないで頑張らなくてはと、心を引き締めているところ。
  

 ああ、それにしても、このところ、本をじっくり読む時間が取れないのが悲しいです。
 というか、本を開く気力が出てこないのは、やはり体(と頭)が疲れているのかなあ。

 お正月から読んでいた1冊をやっと読了したところですが、あまりに内容が深く、考えることが多くて、なかなか次の本にいけないで困っています。
 (この本のことは後日また書きます)

 せめて明日は野良仕事でもしながら、少し頭を休めましょう。

 昨日、大阪の知り合いの記者から、日本の特異なハンセン病の強制隔離の歴史に世界の注目が集まっているという記事が送られてきました。

 ハンセン病の問題は人間の尊厳につながる大切な課題をたくさん含んでいます。

 そのことを風化させないで、次世代につないでいくために世界が注目しているというのは、とっても重要なことだと思います。

 私はハンセン病の国際的な動きには疎く知らないことばかりですが、新しい視点でもう一度この問題を原点に戻って考えることも必要なんだなと、記事を読みながらつくづく思いました。

 その記事を添付します。(著作権に問題が出るかな?)

 
 この記事は朝日新聞大阪本社の新聞。関東地方の新聞には出ていませんでした。
 全国紙でも、地域によって出る記事が違うのですね。

  






 昨日から今日にかけて、母のところに行ってきました。
 本当は昨日は埼玉県美里町で「世界一すてきな僕たち私たちへ」の上映会があったので、そちらに行きたかったのですが、お正月から母の微熱がひかないので、それが気になって、上映会の方は失礼をしてしまいました。

 先週に続いて、今回も母はほとんど寝っぱなし。
 食べるものもあまり食べません。
 それでも顔色はかなり良くなってきましたし、話す口調もしっかりしてきましたので、心配はないと思いますが…
 寒いので、温かい布団の中がいいのでしょうね。

 それにしてもよく眠れるものだと感心してしまいます。

 でも、眠れるということは、それだけ体が弱っていることかもしれないですし…やはり心配は募ります。

 ところで、今日は塔和子さんの作品展のことを少し。

 高見順賞の詩人で、私のドキュメンタリー映画「風の舞」の主人公・塔和子さんは一昨年8月にお亡くなりになりましたが、塔さんの詩の世界は若い中学生たちにしっかりと引き継がれ、若い感性に大きな影響を与えています。

 バトンを引き継いでいるのは香川県善通寺市にある善通寺東中学のボランティア部の皆さん。 この14日から今日までの5日間、善通寺市立美術館を会場に「塔和子さんの詩とともに」と題した作品展と詩の朗読会を開催。昨年の「いのちの詩展~塔和子さんとつながる」に続いての2度目の発表会です。

 若い中学生と塔さんとの出会いは、2013年11月に行われた塔さんのお別れ会のとき、地元で活動をしている「ハンセン病問題を考える市民の会」からの呼びかけで、式に参列された方々のために島内の案内役を買って出くれたお礼に、塔さんの詩集「希望よあなたに」をプレゼントしたのがきっかけ。若い中学生たちは、砂浜に水がしみ込むように塔さんの詩に若い感性を輝かせ、以後、ハンセン病問題の学習や大島の入所者の方々との交流が始まりました。

 そして文集やかるたの製作、朗読会など次々に行い、担当の山地先生が言うには「みんな、貪り食うように塔さんの詩を食べ、まるで恋人のようにいつも詩集を手から離さない」ほど、塔さんの詩に力を得ているそうです。

 私もこれまで何度も彼らにあっていますが、塔さんの詩の話をする時の彼らの表情は本当に生き生きしていて、中にはいじめや差別などで苦しい思いをした生徒もいたそうですが、自分の考えや思いをきちんと伝えられる素晴らしい生徒たちばかりです。そして何よりもうれしいのは、しっかりとハンセン病問題についても学んでいること。

 今回の作品展では、1階で、「ハンセン病の歴史」について、2階で「中学生が選んだ塔さんの詩・ベストアルバム」と題する様々な創作活動の展示がありました。

 「ハンセン病の歴史」については、一昨年の春休みに何人かの生徒が東京のハンセン病資料館を訪れて学んだことを基にパネルを作成しています。

 この時私は上京してきたボランティア部の皆さんと引率の山地先生に初めて会いました。

 彼らの活動は、最初はボランティア部の活動としてスタートしましたが、今では学年全体で朗読会を開くまでに広がっています。そんな彼らの夢は、「大島を舞台に恋愛映画をつくること」、あのすばらしい自然の中で若い人たちが、恋愛をテーマにどう生きるかを考えたいというらしいです。若い人たちが塔さんの詩やハンセン病問題に関心を持ってくれるというのは本当にうれしいことです。

 残念なことに私は参加できませんでしたが、山地先生、そしてボランティア部の皆さん、お疲れ様でした。

 きっと素晴らしい作品展になったことでしょう。

 写真が送られてきましたので見てください。
 市民の会の酒井さんからです。

 酒井さん、ありがとうございました。


    塔さんの「胸の泉に」の墨書 力強いですね!


 


   



    





 今週は連日、2月21日の「風の舞」上映会のことを知っていただく宣伝のために、終日外出。

 今は集中的に練馬の地域を歩いています。

 とはいっても、私は練馬にそれほど知人や知っている組織・団体はないので、人から紹介され足り、さらに紹介された人を通してコンタクトをとって訪ねる、いわばゲリラ作戦。

 昨日は、練馬駅周辺を「営業」。そして今日は清瀬から久米川、石神井周辺。

 雨の中、チラシを抱えて歩くのは、この年ではかなり大変。
 でも不思議と、気分的にはそんなに寒さも感じず、歩けば歩くほどフットワークが軽くなるような、不思議な快感に包まれています。

 たぶんそれは、行く先々で「好意的」に迎えてくれ、関心を深めてくれるからかもしれません。

 私はいわゆる、モノを販売するなどの営業の仕事はしたことはありませんが、長年制作会社に勤めていて、コンペが殆どでしたが、作品を受注するための企画書づくりや、受注した作品のシナリオ作成のために、そして、取材から作品完成までの一連の作業のために、それこそ全国を歩いた経験はあるので、知らないところでも訪問するのは苦ではありません。

 それに、何とか2月21日の上映会を成功させたいという思いも強いので、体力的にはかなりハードですが、もうしばらく頑張ろうと思っています。

 それにしても行く先々で、いろいろな方と会い、直面する問題や課題のことを話す中で、みんなそれぞれに、必死に生きているのだなあと、少しぬるま湯につかっている今の私の生き方を反省することしきり。

 もう少ししっかりと気を引き締めて、真摯に生きなくてはいけないなあと、多くの出会った方々からたくさんのことを学ぶいい機会にもなっています。

 まあ、それにしても少し疲れた…

 本当は期限の迫っているやり残しの仕事がいくつもあるのですが、家に帰るとぐったりとしてしまい、それらは手つかずじまい。

 明日こそ、明日こそと…やらなくてはいけない「仕事」がたまっているが気になって仕方ありません。

 先日、塔和子の代表の川崎正明さんから、ご自身が寄稿された、塔さんとのことに関しての新聞記事が送られてきました。

 とってもいい記事ですので貼り付けます。

 字が小さくて読みにくいかもしれませんが…

 奇しくも、同じ記事が、名古屋の知人からも送られてきました。

 さすが全国紙の威力!

 名古屋では1月31日に、「風の舞」の上映会がありますので、関心を持っていただくいい機会にもなりました。

 
  


 
 そして別件です。
 来る1月17日(土)に、埼玉県美里町の遺跡の森館で「世界一すてきな僕たち私たちへ」の上  映会があります。
 


   時間:13時開場、13時30分開映。
   会場:美里町遺跡の森館
   主催:障害児者とともに歩む会
   前売り:500円  当日 :600円

    詳しくは下記へお問い合わせください

   電話 048-551-4040
   お問い合わせ あゆみ作業所


 私も参加したいと思っていますが、母のことがあるのでどうなるか、迷っているところです。
 お近くの方はぜひいらしてください。


 




 正月にひいた風邪もどうにか治まり、ホッとしています。

 とはいうものの毎日寒い日が続いていますね。

 私は6日が仕事始め。
 6日の夜は2月21日の「風の舞」上映の実行委員会に参加したため、仕事始め初日から夜遅くまで外出していました。

 そして1日置いた8日は、調布にあるクッキングハウスという精神障害のある人たちの作業所にお邪魔して、職員の皆さんや了されている皆さんたちとサイコドラマに挑戦。

 サイコドラマというのは、だれもが持っている悩みや課題を、即興のドラマを通して考えようというもの。
 枠割を振り当てられたものが、即興でセリフを考え、相手と対峙することで、自分でも気が付かない深い深層にある思いが浮き彫りになるという不思議な体験をしてきました。

 約3時間。はじめは少し戸惑いましたが、その場の雰囲気にだんだんと慣れていく中で、みんなが何を考え,どうふるまおうとしているのかがわかり、なんだか気分が軽くなった思いがしました。

 そして9日は再び練馬へ。
 上映会を協力してくださる方との打ち合わせ。

 さらにあいている時間は、受注作品の編集。

 なんだか新年早々から、時間に追われるいつもの生活が始まっています。

 そして迎えた3連休。

 その初日の10日は、多摩全生園で行われた、この5月に開催されるハンセン病市民学会の準備のための会議に参加。

 夜は集まった皆さんと手作りのトン汁をいただきながらの新年会。

 もちろん、2月の上映会の宣伝も。

 ハンセン病市民学会は今年で11回目で、毎年各県持ち回りで開かれていますが、私は最初の熊本から昨年の群馬まで、参加は皆勤賞。これだけは欠かさないで出られるように努めてきました。

 今年は東京なので何としても成功させたいと思っています。

 そして、連休の真ん中は、本当は早稲田大学で催しがあったのですが、それには参加しないで母のところに行ってきました。

 本当は、2月の宣伝のために行かなくてはいけなかったのですが、お正月の風邪騒動の余波で、母の微熱が続いていたために、ほっておけない気持ちになっていってきました。

 でも母は、2日ともほとんど寝っぱなし。
 食事も最初の夜は一緒に食べ、お風呂にも入ったのですが、次の日は起き上がることができないで、食事もとらずに寝ていました。

 こんな時、一人暮らしは本当に不安だし、寂しいと思います。

 それを考えると、どうしたらいいかわからなくなってしまいますが、ずっと私が母の家にいるわけにもいかず、次の日の夜は後ろ髪引かれる思いで帰ってきました。

 そしてせめてできるのは電話をすることぐらい。

 でも、今日の昼間電話したところ、幾分声にも力が入っていた感じでしたので、少しは良くなったのかなと思いますが…

 そして、連休明けの今日は2月の上映会のためのいろいろなところへの連絡を行い、夕方からは今取材中の藍工房の実行委員会へ。

 結局、帰宅は夜10時を過ぎてしまいました。

 でもお正月に寝るだけ寝たので、今は体調は万全。

 明日の昼間は練馬方面に、上映会の宣伝に行ってきます。
 


 今日から3連休。
 いつもならまだ、お正月気分が抜けていないところですが、今年は風邪をひいたり、夫の入院やらで、正月気分を十分に味わうことなく、既にダッシュが始まっているみたい。

 それでブログもこまめに書けていません。

 今日は久しぶりに多摩全園に行ってきました。

 今年は、毎年5月に行われるハンセン病市民学会の会場が東京で、そのための準備の会議がありました。

 私に何ができるというのではありませんが、これまでずっと市民学会に参加していて、何かじっとしていられない気分で、多くの人の後ろからでもついていきたいという思いがありました。

 すでに準備でご足労されている皆さんは、ほとんどが顔見知りの人。

 名前はわかりませんが、いろいろな集会などでよく合う方たちですので、他人とは思えません。

 会議が始まる前に、今回の市民学会の名誉会長?かな、多摩全生園に入所されている鈴木禎一さんが今年100歳になるのをお祝いして、花束が手渡されました。

 鈴木さんは、ハンセン病患者の先頭に立って、不条理な隔離政策と生涯をかけて戦ってきた闘志です。
 すでに多くの闘志の方が亡くなくなっていく中で、今もかくしゃくと正論を伝え、しっかりと前向きに生きていられる方。

 いつまでもお元気で、いてくださいと、私も心の奥からそう思いました。


 昼間の会議に続いて、夕方からは「首都圏市民の会」の学習会。

 黒坂愛さんという若い研究者が、台湾と韓国の療養所や定着村を訪問した時の様子をスライドを交えて話してくれました。

 そして夜は新年会。

 首都圏都民の会の女性たちが創ってくださったトン汁やお赤飯をいただきながら、みんなで和気あいあいと楽しいひと時を過ごしてきました。

 全生園で、こうしてみんなと飲んだり語ったりしたのは、私には10年ぶりのこと。

 以前は良く参加していましたが、多摩は遠いのでだんだんと疎遠になり、その間に参加する人たちの顔ぶれも変わって、今は若い人たちも大勢参加していて、とっても活気のあふれる新年会でした。

   
    まずはハンセン病資料館によってと、新年のあいさつを





    納骨堂の横にいつの間にかこんな碑が…



    快晴の青空がまぶしかったです!



    鈴木禎一さんに100歳のお祝いの花を



    首都圏市民の会の学習会





 風邪で弱った体調もだんだんとよくなってきました。
 
 でも今日は寒かったですね。

 お正月早々、「病気」の事ばかりで恐縮ですが、今日は夫の付き添いでまた病院通い。

 白内障の手術のために今日から3日間の入院です。

 夫はカメラマンで目は何よりも大切な商売道具。
 ですかに日頃から目にはかなり気を付けていたはずなのですが、加齢によっておこる白内障はどうしても予防が難しく、手術してレンズにたまった膿を取り出さないといけないそうです。

 しかもその手術も、本来ならば10分程度で終わる簡単なものだそうです。

 ですから入院の必要はないのですが万一のことを考えて、主治医からも進められましたので、ともかく入院をすることにしました。

 そして明日がその手術の日。

 他はどこも悪くはないので(そう思っています)、元気な高齢者が体の悪い患者さんの部屋にお邪魔するのは申し訳ない気がしますが、無事に退院してくることを祈るばかりです。

 会社のものが帰った後の家の中は久々に私一人。

 いつもは夫が一人っきりになることが多いのですが、静まり返った家の中というのもたまにはいいもの。

 なんだかとっても貴重な時間が与えられたような、新鮮な気分になっています。

 でも、朝食の支度をしてくれる人がいないので、困りますが…

 ところで、今日は今月末1月31日に、行われる名古屋大学での「風の舞」上映会のご案内をいたします。

 ありがたいことに、このところ各地で「風の舞」の上映が進められていますが、名古屋大学での上映会は、文学的な視点がら当事者性について考えようという意欲的なテーマで行われます。

 ハンセン病問題というと、ともすると他人ごとのようにとらえられ、自分とは関係がないとか、気の毒な方の話とか、自分との接点なしに語られることが多いのですが、本当に他人事の話なのかどうなのかをみんなで考えようというものです。

 主催は名大日本学文化研究会の若い研究者たち。

 この日は私も参加しますので、ぜひ、お近くの方はご参加ください。


  夫が入院した病院の窓から観た豊洲のまち
  再開発で高層ビルが続々建設されています。 

 
 


  名古屋大学での「風の舞」上映案内のチラシ



  同 裏面