CompTALK ver.6 -27ページ目

天才、市川くん


 中学の頃、僕にビートルズの良さをありとあらゆる局面から教えてくれた同級生がいました。彼の名は市川くん。成績はいつも学年でトップクラス、スポーツも得意で、性格も良く、顔は若いころのジョン・レノンみたい。そんな彼を嫌いという人はほとんど無く、稀に見る優等生でした。

 

 彼とは、休み時間はいつも一緒にいて、ビートルズの歌をハモったりしていました。

 

 ある日、先生には内緒で、音楽室から持ち出したギターで彼はビートルズの曲を弾き始めました。今思えば、けして上手いわけではなかったと思いますが、僕にはそれが衝撃的でした。僕はすぐさまそれを真似てギターを弾き始めました。つまり、それが僕のギター歴の始まりです。

 

 当然ながらすぐに弾けるようにはなりませんでした。それでも、難関だったFのコードが思いの外早くそれっぽく弾けるようになったのを今でも記憶しています。

 

 誰かが持ってきた歌詞とコードがたんまり掲載されている雑誌の付録でいろんな歌を休み時間や放課後に歌っていました。すると、普段あまり会話のないクラスメイトとかから「これ歌える?」なんて言ってもらえて、それで、僕の音楽人生はスタートしたように思います。

 

 市川くんとは、本当にいろんな海外の曲を聴きましたが、やっぱり彼はビートルズ命で(けしてオンタイムではありませんが)ことあるごとに、ビートルズのこの曲いいよね!って、言ってました。

 

 そんな優等生の彼は、授業中ほとんどノートも取らず、鼻歌ばかり歌っているような生徒でしたが、それでも成績がトップクラスだったので、周りからは「天才」と呼ばれてました。もちろん、僕もそう思ってました。

 

 彼と同じように過ごしているのに、学校での成績は真逆でした。僕なんか夏休みの宿題なんて、いつもどうやってやったらいいかわからないくらい毎日釣りして歌ってっていう生活でしたから(笑)

 

 そんな中学時代(もっといろいろありましたが)も、受験になり殺伐とした空気が漂うと、皆んなおちおちしていられなくなり焦り始めました。

 

 僕はというと、そんな焦りは若干感じながらも、のんきなもので「なんとかなるだろ?」っておもって好きなことばかりやって過ごしていました。

 

 市川君は、最終的には当時県内では三本の指に入る公立高校の試験に受かって、まさに神童という感じで周りからもてはやされていました。僕はそつ無く、ギリセーフな公立高校に受かって一安心といった感じで、市川君には足元にも及びません。

 

 僕の中での天才市川君はそれきりで止まっています。しかし、彼から教えてもらった音楽のことは、僕の人生に大きな影響を与えました。もしかしたら彼は遊んでいるように見えて、どこかですごく勉強していたのかもしれません。または、本当に天才だったのか??

 

 いずれにしても、もし、また会えたら、そんなことを伝えられたらいいなと思っています。どうしてるのかな市川君。She Loves Youのハモりは、君とならまた完璧できそうな気がするよ。

 

 

 

 

 

キツネの言葉

ちょいとおフランスに!
 
と、これは「星の王子さまミュージアム」。
何年も前に寄り道した場所ですが
「星の王子さま」って、子供向けの本かと思ってた
思考を覆す、ある意味衝撃的な場所でした。
 
作者、サンテグジュペリの人となりや
彼がどんな生涯を過ごしてきたかを知ると
「星の王子さま」のストーリーがより深い意味を
映し出してくるのです。
 
彼はその「星の王子さま」のなかで
沢山の名言を残していますが、
特に王子さまがキツネと出会って
やりとりするシーンが一番、この世の真理のように
思えるのです。
 
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」
 
さて、どうでしょう?
テレビ、新聞、雑誌、目で入ってくる情報は本物で、
全て大事なことでしょうか?
 
「かんじんなことは目で見えない」
 
あ、どうでもいいですが
このブラピさまは
大好きです。

 

滑り台

幾つになっても、こういう滑り台をサーってすべって「ああ!楽しいーっ」ていうオトナでいたいと思うのです。
これどこだったかなぁ、たぶん三重県のどこかだったような…。

その時は滑らなかった…たぶん、
ちょっと後悔。

人生はローラーコースターとか言ってた人が居たなぁ。よくわからんけど、あっという間に過ぎてくってことだろか?


ほとんど電気を使わないこんなアウトドアライブもいいよなぁって思います。
仲間のランタンコレクションをステージの明かりにしました。

気がつけばヴィンテージ

  このギター、シェクターの初代USAで多分30年は経ってる思います。もう十分ヴィンテージ。このナチュラルカラーにしたのは訳があって、当時いろいろと派手なギターをもっていましたが、一生飽きずに使えるギターを買おうと思ったからで、実際30年たったいまでも全然見劣りしないです。当時25万くらいしたかなぁ。しかもストラップも当時買ったまま。(物持ちがいいこと!)

 

 音の方は、若干ノイズが多くなったりフレットがすり減ったりして微妙なところもあるのですが、基本的なシングルコイルの音はとても気に入ってて、クリーントーンのカッティングなんかは自分的には最高なのであります。

 

 なにせ、素材の木がしっかりしていて、重いのですがよく鳴るのです。余裕ができたらフルメンテに出したいとはおもっているのですけどね。

 

 高校生の時は歌よりもギターがメインで、それこそギターを抱いて寝ていたくらいです。朝起きたらギター、学校から帰っていたらギターっていうようなそんな感じでした。エフェクターもいろいろもってて、いつだったかもう使わないだろうなとヤフオク出したら、買った当時の何倍もの値段で売れちゃってびっくりしました。

 

 今思えば、もうちょっと真剣にギターを練習していればよかったなぁと。いかんせんそこそこ器用な自分はある程度のことが結構早くできてしまったのでそこで止まっちゃったんですね(いや、それでも普通のひとから見たら勉強そっちのけでかなり練習してましたよ)でも歌のように自分のメンタリティーと直だとそうもいかず、逆にそれが歌を続けてこれた要因でもありました。まあ、早く言ってしまえば、スケール練習みたいな一見地味な練習が好きになれなかったんですよね。

 

 でもいまさら、インスタやYoutubeで格好いいギタープレイを見てしまうと憧れるのであります。(なぜかもうメタル系の早弾きには一切興味がありませんけれど…)

 

 ギターも僕が生きてきた時代の前後を入れても、不思議なくらい基本的には何も変わらない楽器でよね。それに反してシンセなんていうのは形こそ変わらないにしてもその進化たるや相当なもんですよ。

 

 アナログ→デジタル→Hi-fi→Lo-Fi→と流れて、今はハイレゾ。まあ、ハイレゾなんてもんには興味はないですけれどね。なぜかわからんですけれど、情報量が多いことが全てにおいていいことだとは思わないからです。まあ、モノによりますかね。

 

 ごくたまに行くAOR居酒屋で、これまたまにCDじゃなくてレコードをかけてもらうんですが、これが実にいいのですよ。懐古主義でもなく、音が太いというか。多分、そのお店のアンプとかスピーカーとかが良いからなのかもしれませんけれどね。

 

 楽器とか、それこそ普遍的なモノがあって、いや、ギターも確かにいろいろありますよ7弦とか素材がカーボンとかね、でもやっぱ基本構造は普遍で、けしてなくならない楽器の一つではないでしょうか?

 

 レコードが音楽再生の主体ではなくなったのはこれは時の流れなんでしょうね。実際、僕もCDになった時はそれはそれで嬉しかったですから。だって、埃のノイズとか気にしなくてもいいし、好きな曲順で簡単に曲を飛ばせるんですからね。ただ、それによって失ってしまったものも確かにあるわけで。

 

 自分がデビューした時におもうことは、自分も一枚くらいはレコード、そうLPのサイズで世に出したかったなぁと。そんなことを思うわけであります。

 

 とはいえ、デジタルの恩恵があるからいままで音楽を自分一人で作ることができたのも否めない事実です。

 

 世の感覚が、音楽はLIVEがいいね!って風になるといいですけれどね。その上でCDなりの録音物になるとより良いかもと。もはやCDであることなんてあまり意味をなさないですけれど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギター小僧だったあの頃

僕はギタリストとではないのでそれほどギターやアンプやエフェクターにこだわりはないのですが、一番気にしてるのはバンドの中での音の混ざり具合だったりします。

聴こえすぎてもダメだし、聴こえなさすぎてもだめ。それは単に音量もありますが、それよりも音質がすごく左右します。

こんな僕でも中学や高校の頃はハードロック少年でガンガンに歪ませたギターが好きでした。その頃は歌を歌うというよりギターがメインでマイケルシェンカーやスコーピオンズ、モトリークルー、ホワイトスネイク、ディープパープル、日本のバンドではラウドネスやアースシェイカーとな、いろんなバンドのコピーをしていました。

そんな頃は音色とかもよくわからず、やっていましたけどね。でもこんなの聴きながらアコースティックなのも好きだったりして、日本のフォークミュージックも、よく弾いたりしてました。

僕がどうして完全に、歌の方にシフトしたかは長くなるのでまたいつか書きたいと思いますが、その辺から歪んだギターの音よりもクリーントーンや少し歪んだクランチという音が好きになってきたように思います。

自分がデビューしてまたエレキを弾くなんて思ってもなかったのですが、なんかそんな流れになって、当時一番たくさんギターを持ってた頃は、レスポールゴールドトップ、レスポール68年(ジョージハリスンと同じカラー)、テレキャスター60年代モデル、クレイマーフライングVメタリックレッド、スタインバーガーなどなど。

まあ、そのほとんどは手放してしまいましたけどね。
んで、このメンテナンス中のシェクターは高校生の頃に、一生使えるようなギターを買おうと思って、当時はまだ珍しかったシェクターUSAのストラトを買いました。それも毎月お店に払いに行くというなんとも有り難い分割払いで。入り浸ってた楽器屋だったから許されたのかもしれませんし、そんなゆるい時代だったんですね。

今ではだいぶくたびれてきましたが、それでも僕の大好きなギターの一つです。
あとはみーんな貰い物(笑)
冒頭テレキャスターもたまにでてくるビジュアル優先のエピフォン335もね。
最近はアンプまで頂き物です。
でも、これがまたしっくりくるんですよねぇ
今日はそんなギタリストとではないギターのこだわりについて書いてみました。