人間(同一性)を超えたもの、が、神(超越性)の定義、である、なら、現実的に、それ(神‐超越性)を、指示‐支持する、ものは、想定外の災厄(否定性‐差異)、でしかない。


神とは、このような人間‐文明(同一性)に、襲いかかる、自然の猛威(崇高)、としての、差異‐暴力性、であり、同一性、とは、そもそもからして、こうした、差異、が、あってこそ、のもの(差異‐他者性、に対する、閉じた内部)、である。


しかるに、神とは、このような、差異(荒ぶる神)、と、同一性(牧歌的な‐予定調和的な、自然)、との間の、振幅、である。


原子力(科学)は、神‐信仰、であり、その熱心な信者たちは、一転して、その被害者と化す(「神よ、なぜ、あなたは、私を見捨てるのですか」とつぶやく、キリストのように)。


われわれは、このような、自らの同一性(文明‐思考)に、内面化し得ない、それを破壊する、災厄、に対して、同一性の物語(復興)、を、執拗に連呼する(に、しがみつく)、以外に、ない。


こうした、同一性の回復、を、執拗に唱える、同一性の物語への、盲目的な固執、によって、愚行‐我欲(利己主義)、が、蔓延る。
たとえば、風評被害、である(風評とは、真実ではないが、もっともらしい、真実めいた物語、の、盲信、である)。


すなわち、被災地において、いち早く‐誰よりも早く、遠くの安全地へ、避難してしまう‐逃げてしまう、医者、原発被災地周辺への立ち入りを、拒絶する、運送業者、自らの店舗敷地内に、原発被災地周辺のナンバーの車の乗り入れを、拒絶する、レストランやガソリンスタンドや旅館、買いだめをする、あるいは、原発被災地周辺の物品の購入を、拒絶する、消費者、など、である、が、もちろん、こうした、りこうぶった愚行、は、それ自体が、自らの愚かさ(無知蒙昧)にふりかかる、風評被害、によって、いずれ、滅びる、という、当然の報い(自業自得)、を、受ける、であろう(以前に、ライ病患者の団体の、宿泊を拒絶した、旅館が、その愚行に対する非難、のために、廃業に追い込まれた、ことがある、が、いまだに、このような、民度の低い、愚行が、当然のことのように、公然と横行している、ことは、驚き、である。地獄の亡者、とは、まさに、こうした愚者のこと、である。名前を公表されて、社会的制裁を受けても、当然であろう)。


しかしながら、常に、蔓延る、こうした、愚者、を、相手にする、言葉(哲学‐論理)、は、存在しない(馬鹿につける薬はない‐馬鹿は死ななければ治らない)、のである(磔刑のキリスト、毒杯をあおるソクラテス、迫り来るナチスを前に自殺するベンヤミン、の、絶句‐失語、を、思い出そう)。





突然、まことに勝手ながら、論考を続ける予定はある、のですが、しばらくの間、個人的な諸事情(集中力や時間的余裕の欠落、など)、により、本ブログは、お休み‐中断、させていただきます。
再開の予定は、白紙の状態です(再開の折には、この記事は、削除します)。