憂国のサラリーマン -107ページ目

中国経済は日本の救世主?

経済好調で成長をひた走る中国が、低迷する日本の救世主かのようにマスコミが騒ぎ、中国への投資が続けられている。

「日中友好は日本を滅ぼす」では上海万博が開催される2010年までに経済が失速し、富の偏在に対する不満の爆発等、全面的な危機が発生するかもしれないと書かれている。すでに2010年は過ぎたが、著者の石平氏が挙げていた中国の問題点は現在も未解決のままであり、いつ崩壊してもおかしくないのかもしれない。

問題のひとつは、中国四大国有銀行の不良債権である。

国家予算に匹敵する約30兆円の不良債権を抱えているそうだ。不良債権率は20%前後で、日本の最悪期の大銀行のそれ(8%)を大きく上回る。外資系銀行の襲来に備えて海外証券市場で上場するため、不良債権率を15%以下に下げることが必要で、分子である不良債権を処分するのではなく、分母の貸し出し残高を大きくしようと積極的な貸し出しを行っている。企業は資本金の10倍も借りて設備投資を行い、不動産投資も急増、これが中国の経済成長のかなりの部分を占めていると言うのである。経済性、リスクよりも貸し出しを優先したことは、新たな不良債権という時限爆弾を抱えているようなもので、右肩上がりを前提にした投資が行き詰まった途端、反転急降下する危険性がある。

もうひとつの問題点は、社会保険の不備である。日本をはじめ他の経済大国では社会保障費用にかなりの財源を必要としているが、中国はそれに必要な資金を全部建設にまわしているのである。中国で社会保険に加入している割合は10%程度だという。今後高齢化が進み、一人っ子政策による逆ピラミッドが顕著になれば、高齢者を養いきれなくなる可能性が高い。ある意味、将来を犠牲にして成長をしているのである。また、中国で相次ぐ炭鉱事故に見られるように、安全に対するコストを削り、環境に対しても不十分な対策しかとっていない。

先進国では必須のコストをかけていないのだから競争力があるのは当たり前で、中国の庶民の現在と未来を犠牲にして成長していると言える。

このように指摘されると、確かに中国経済の先行きに暗雲が立ち込めているように見える。しかし、次に読んだ本では、また違った角度から中国を見ており、それほど悲観していない、むしろこれから更に発展すると主張している。それについては、また明日以降で紹介したい。

仏教

昨日に引き続き、「日中友好は日本を滅ぼす!」から。

日本が6~8世紀の飛鳥時代に中華文明から取り入れた主要なものの中に、儒教と仏教がある。

導入されたのはほぼ同時期であったが、中国が本場の儒教ではなく、中国を経由して伝わってきた仏教の方に、日本がより関心を示し、その振興に情熱を注いだのは何故か、と言う面白い問題提起を著者の石平氏が投げかけている。

確かに八百万の神がいて、天照大神を中心とする神話体系があるのに、何故外来の仏教の普及にそれほど熱心だったのか不思議である。天皇を中心とする中央集権化を進めるのであれば、君主への忠誠を唱える儒教の方が好都合であったはずである。

この疑問に対し、石平氏は、日本が中華思想に対抗し、仏法の前では中華文明も日本も同じ立場であることを意識したためではないかと推測している。

つまり、高度な文明を誇っていた中国ですら受け入れざるを得なかった当時最先端の世界宗教を逸早く自分のものにすることによって、中国に対し、属国ではない日本という存在を見直させ、認めさせようとしたのではないかということである。ローカルな神道ではそれは不可能だったのである。

そうして全国に国分寺がつくられ、その総本山として、三国一と言われた東大寺の大伽藍、大仏像の建立という巨大プロジェクトが進められた。大仏像の開眼に際しては、中国、インドから高僧を招き、盛大で華麗な法会が行われたという。

仏教では中国に負けていないぞという国威発揚の意味があったのではないかということである。そう思うと、当時の聖徳太子に代表される大和朝廷の国家建設への情熱、気概がわかるような気がする。聖徳太子は、隋王朝に称号や官職を求めないどころか、「日出づるところの天子、書を日没するところの天子に致す」で始まる有名な国書を送っている。そっちが天子ならこっちも天子だという、対等外交の気持ちの現れである。

全国各地にあるお寺が、当時の人々の建国の思いを今に伝えているのだと思うと感慨深いものがある。

日中友好が日本を滅ぼす

最近読んだ本は、結構当たりが多い。
「日中友好は日本を滅ぼす」という、ちょっと刺激的なタイトルのこの本は、中国四川省生まれの中国人、石平氏が書いた本である。2005年に出版されたのだが、当時は、こんなタイトルの本はどうせノストラダムスの大予言と同じ類だろうと手に取る事はなかった。
先日図書館で借りたのだが、面白くて通勤電車の一往復で一気に読んでしまった。
何回かに分けて、内容を紹介したいと思う。
まず、歴史的に中国は日本の疫病神だという指摘。
日本は、平和で長期に繁栄した時代国が乱れ政権が短命に終わる時代が繰り返されてきたが、中国との関わりが関係していると言う。中国に深く関わるとろくなことが起きないというのだ。
飛鳥時代
遣隋使、遣唐使を派遣し、初めて中国と濃密な関係をもった時代だが、白村江の敗戦が招いた国防の危機、古代最大の内乱と言われる壬申の乱を連続して経験する激動の時代となった
平安時代
初期には遣唐使派遣が断続的にほんの数回あったが、894年に正式に廃止されると、以後2百年にわたり中国とは没交渉。
文字通り平安な時代となり、漢字から平仮名が生まれ、日本情緒あふれる源氏物語や枕草子に代表される平安文化が栄えた。
平家
保元・平治の乱を通して平清盛が平安朝を乗っ取る形で史上初の武家政権を樹立。日宋貿易を盛んにして中国と再び近づいたが、短命に終わる。
鎌倉時代
鎌倉幕府の中国との関係は、禅僧を招いた程度。百数十年平和な時代が続く。しかし元寇の襲来により、その戦後処理が原因で崩壊する。
室町時代
南北朝の争乱が続き、落ち着いたと思ったら応仁の乱。やはり、足利義満が中国との間で勘合貿易(朝貢貿易)を確立。金儲けのために明王朝の臣下になっていた。
戦国時代
織田信長の後を継いだ豊臣秀吉が天下統一を果たした。しかし、中国征服の野望を胸に、その手始めに朝鮮に出兵してから衰退。
江戸時代
鎖国政策により、中国とは国交もなく希薄な関係。徳川三百年の平和で安定した時代。江戸はアジアで唯一の百万都市で繁栄を極めた。
明治、大正時代
中国との関係は依然薄く、脱亜入欧、欧米列強の文化を積極的に取り込む富国強兵政策により、日露戦争で勝利するほどまでに国力が高まる。世界の5大国のひとつとして認められるようになった。
昭和初期
満州事変から中国に進出すると、これがきっかけで太平洋戦争の敗戦まで一直線の激動の時代。
昭和(終戦後)
戦後から昭和47年の日中国交回復まで、中国とは隔離された関係だったが、その間、驚異的な高度成長を成し遂げ、世界第2位の経済大国になった。
日中国交回復後、中国との関わりを深めるのに反比例して日本が弱体化しているのはご存知のとおりである。

確かに、こうして中国との関わりで日本の歴史を整理してみると、中国の疫病神説を信じてしまいそうになる。石平氏は、日本史をよく勉強していて、それぞれの時代が何故中国と関わったことによって乱れていったかを詳細に解説している。
上記の歴史の法則に興味を持たれた方は是非、本を読んでみてください。
「日中友好」は日本を滅ぼす! 歴史が教える「脱・中国」の法則/石 平
¥880
Amazon.co.jp