※極力ネタバレなく書いたつもりです
 

「きみの名前で僕を呼んで」に完全に打ちのめされて以来(この打ちのめされた話はまた。)3か月くらい他映画への一切の興味を失ってしまったわたしは、3か月ほどの間、すっかり映画館へと足が向かなくなっていたのでした。

エリオとオリバーの愛のゆくえに自分を重ねすぎでありましょう。

それはわかっております。
 
ただおそらく月に平均5本くらい劇場で映画を見ている私にとって、3か月1本も観ないというのはなかなか珍しいこと。
  
・・・ですが、本日2018年8月10日
 
この映画が私を引きこもりの沼から引きずりだし、ふたたび映画館へと足を運ばせてくれたのですよ。
 
ツイッターのタイムラインがけっこう前から騒然としておったのがきっかけとなりました。

 

(じっさい#カメラを止めるな!タグは熱い。)

 

いろんな方が感想書かれてますが、極力、ネタバレなく感想をまとめると

 

前半では若干の不信
 

期待したい。楽しみに来た。でも疑わしい。

なんかおかしな点が多々あるし、皆が面白いからって私には面白く感じられないかもしれないじゃないか。

私は札幌シアターキノの年間会員でもちろんキノは大好きだけども、シンプルに3か月ぶりの映画館でああったこと、また作中シチュエーションの閉塞感と、同時に満員のキノの閉塞感という、
閉塞感の二重コラボもあいまってか、「ちょっと気分が悪くなりそうだどうしよう…」とすら正直感じていた。

間違いなく感じていた。

感じていたのだが、なんということだろう。

約1時間半の上映が終ってみれば、大好きで爽快で満たされて愛さえ感じながら横隔膜がちぎれるかと思ったし実際私以上ちぎれてそうなお客さんを何人もお見かけして抱きしめたくなったものの微笑みかけるのみにとどめ抱きしめないことに一生懸命。

 
みたいな感想です。
 

女優の水野美紀さんが

「映画館でこんなに笑ったの産まれてはじめて」
と感想寄せてらっしゃるのも無理はなし。

 

上映終了後には場内に拍手が自然発生しておりました。

 

監督と演者の舞台挨拶とかじゃないのに、拍手が。

 

劇場を出れば受付ではパンフレットが売り切れ。

 

(「きみの名前で僕を呼んで」もパンフ売り切れてたけどネ。規模だいぶ違いますよね)

 

 

また見たいですがキノは今後もぎゅうぎゅうでしょうし広い劇場で見たいので次回はディノスに行くと思います。

「バーフバリ」みたく絶叫上映してくれたらいい。

 

そして人を誘って行くのもいいかもしれない

 

…と

 

こうして書いているうちにまた見たくなってきているのですよ。

 

なんでしょう。

 

「東京03」のコントに飽きない感じにも似て。
脚本におどろく感じにも似て。

 

 

 

リハーサルや稽古もすごく楽しかったんじゃないだろうか。
お金がいっぱいかけられるわけじゃない中で。

 

お金がいっぱいかけられるわけじゃない中であんなにも
たたみかけてきますしね。
東京03は3人だけど、「カメラを止めるな!」は10数名でたたみかけてきますからね。

 

ああ。興奮のためか疲労のためか。
めまいがしてきたので休みます。

ぜひご覧いただきたいあまりの投稿でした。
賢明なる皆さまに笑いを。
 
それが私の願いです。
おやすみなさいませ。
 

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「あの鐘を鳴らすのは」的タイトルになってしまった・・・と思いつつ、とにかく先を書き進めますね。

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自分の人生のハンドルは自分でにぎっていい。

 

たとえば自分が女性だからといって

 

男性(父親・配偶者・恋人・恋人でない相手など)に

 

それを預けなくていい。

 


(ライブをご覧いただいた方からいただいたひまわり。)


誰と/何をして/どんな時間を過ごすか

 

(「どんなふうに生きていくか」

と言いかえてもいいかもしれない)

それを自分で決めていい。

そしてそれは、経済的自立とかとはまた別の話。


私はお金の専門家というわけではないけれど

女子大を卒業/新卒で就職/転勤/転職/パート勤務

いわゆるブラックと言われる社風・勤務体系
などなどしてきた経験

離婚を経験したシングルペアレントとしての経験

デモクラティックスクールでの教員経験

現在のメンタル事業の経験などから

クライアントさんとお金の話をすることは多い。

 

 

「生活費を得る」1つにしたって
世の中にはいろいろな方法があって
(ソロ/コンビ/トリオ/チーム)など形態もいろいろだ。

私もいまだ知らない方法だって沢山あるのだろうと思う。

 

 

それから

あなたにこれっぽちも悪気がなくて

むしろ真面目に 人をだまそうとか利用しようなんて思わずに
この社会で生きていたって

 

「自分のハンドルを他人に預けてしまう」ことは起きると思うのだ。


相手を変えて繰り返し起こるなんていう時には

 

1)それまでそういうふうにして生き抜いてきた
という場合もあるだろうし

 

2)自己価値とか境界線みたいな課題
の場合もあると思う

 

そしてどちらの場合にも

「気づく」

ということがまず、大きな大きな1歩だと私は思っています。

 

(photo by 水緒)

 

もしもそれに気づいた時は

自分の身体
自分のこころを
あなたの入りやすいチャンネルからでいい
 
その場所で、少しの時間でいいから
1度ゆっくり感じてみてほしいと思う。

お金はかからない

時間も少しで大丈夫
できれば温度湿度が快適で
静かなほうがいいだろう

ちょっとそこに身をゆだねてみてほしい

 

自分の自分による自分のためだけの時間

を意識的に持ってみてほしい

そしてやってみたあとに
感想を教えてくださると嬉しいです。



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こんにちは!奥野水緒です。

5日前告知で見事満席をいただいた
本郷綜海出版記念講演会 
in 札幌グランドホテル

「あなたがここにいることの意味を知り、自分らしく豊かに生きる」
 

始まってみればあっという間の2時間半だったように思います。

 

笑・笑・笑・涙・涙・笑・ガチョウ・涙・涙・焚き火・・・

という流れにて、熱く終了いたしました。
 
なんと今回6日前に会場が決まりましてですね

5日前にようやく告知をできた次第です。

 

しかしそうして告知してみましたら

さすがというより他ないのですが

全道から沢山の皆さんが予約をしてくださったのです…うう…涙。
 
しかし油断はできません。

 

綜海さんご本人の
飛行機の予約ができ
飛行機への搭乗ができ
千歳に降りるまで。

 

そして当日会場に
綜海さん本人が現れるまで。


「来なかったらどうすっぺ・・・」と

私はいつも手汗が止まらないのですが


今回も多分にもれず
「飛行機予約できたよー♪」
(してなかったんかい!)
「直前の到着になりまーす♪」
(これは想定内だ。)
等ランダムに入る連絡。

主催者にとってつり橋効果抜群。

毎回、本当に楽しい。



だからこれ以上のつり橋はもうないだろう

「むしろ必要ない」
そう思っていた私だったのです。



開演6分前くらいにエレベーターの扉がしゅぱーんと開き

中から現れた綜海さんが

 

「水緒ちん、今日前説してネ^^」

 

とこんな顔で言うわけです。

 

 

水緒:

「ええええええええΣ(=°ω°=;ノ)ノ

聞いてない。聞いてないですから!」

 

綜海:

「うん、言うの忘れてたから♪

でもできるでショ♪」

 

 

そうしている間にも、(開演直前ですから)

ご予約のお客さまが次々にご来場。

本を購入いただき、お席に案内いたします。

 

骨折中の足がヒールの中で少し痛い(笑)

そして綜海さんのメイクも少し直さなくては!

 

 

・・・で、4分後には


【photo by 本郷綜海】

・・・前説していたわたし。

 

「皆さまへのお礼を、今日ここに集まっていただいて、ご一緒できることが

私たちは鼻血が出るほどうれしいことを、とにかく、くれぐれも、伝えねば!!!」

というただただ一心でありました。

それをとにかくお伝えせねばと。

 

皆さまのお顔を拝見しながらお話しておりましたら

なんだかもう汗びっしょり

骨折中の足の痛みもすっかり忘れながら

 

しかし緊張もありまして、お礼はお伝えできましたものの

今回の講演会に寄せる思いを伝えることがほとんどできなかったように思います…嗚呼。

 

ですので、私が「前説で伝えられたらよかったこと」を

今日はこのブログに書いてみますね。

 

前説ならぬ、後説。いきます!


**************************
 

 

今回、会場の札幌グランドホテルにお越しくださった方

(今回初の生・綜海さんだった方も!)

綜海さんを知って、情報を追って

いくつかのプロセスを経て

今回お越し下さったのではと思うんです。

 

 

かく言う私にも、

かつて綜海さんとの出会いがありました。

 

 

私が綜海さんの存在を知ったのは6、7年前になるでしょうか。

ある知人の男性が、ツイッター上で

綜海さんのツイートをリツイートしていたことがきっかけでした。

 

・・・あのね。

 

その男性が素敵な人だったんですよ。
すごーーーーーく!!
 

音楽と写真と文学が大好きで
物静かでアンニュイでおしゃれで
繊細で傷ついた経験があって
ロマンティストなところもあって
伸びた髪や髭になぜか清潔感があって


有名人でも業界人でもない 

だけど自分の人生には
音楽と自然と女性が必要だって知っていて

弱さも強さも隠さない
照れる時は照れる

はにかむ時ははにかむ

彼はだから

音楽と自然と女性に囲まれていて

 

そんな、とても繊細で素敵な男性だったんですね。



・・・・・・描写が長すぎる。

 

 

すいません。

つまり何が言いたいかというと、

「いい男がリツイートしている本郷さん」
という人の言葉が気になった。


それが私にとっての、綜海さんを知ったきっかけです。
「この人の投稿はフォローしておこう」と感じた私は
すぐに彼女をツイッターでフォローしました。

 

 

ちょうど元夫と離婚を視野に入れた別居・同居など

試行錯誤を繰り返している時期でした。

 

 

既にカウンセラーの資格を取り活動は始めていました。

さまざまなセラピーや社会学を学び実地訓練も積み

自分に力がついてくる実感はあるのに

なにか居場所がない。
なぜか満たされない。

 

 

どこが満たされてない?

 

 

ちょっと気障な言い方かもしれませんが

それは今思えばきっと

ハート

だったんです。

 
離婚するまでも、したときも、

わたし・息子・元夫

3つのハートはそれぞれ泣いていたと思います。

 


そこから少しずつ

自分が本当に求めているものにどん欲に進み始めました。

より純度高く、より本当の方へ。


繊細なままでも生きることはできないだろうか

傷つきやすい私のままで

心と身体と本気で扱いながら

好きな人とものに囲まれて

芸術とユーモアに満ちて

 

 

そこから綜海さんが講師をつとめる
■自分とつながるビジネスリトリート(群馬県)

■魂とつながる歌の歌い方(北海道)×2

■女性性リトリート(長野県)

などに、飛行機に乗って参加するようになりました。

 

 

他のどんな人の前でも開けなかった

めんどくさい(でも世界一めんこい)自分を

綜海さんの前で開くことができました。

 

 

元々天邪鬼で誰のいう事も「けっ」と思うタイプの私ですが

綜海さんの言うことは比較的聞くことができた(笑)


そうして「自分らしい恋愛」
「初のソロシンガーとしてのライブ」など、

少しずつ夢をかなえ始めた私は
ついに2016年 
本郷綜海の総本山ともいえる(笑)

全国から猛者が集まると評判の
「スピリチュアルプロフェッショナル養成コース」

を受講する決意をしました。




楽しかった。

それは例えるならば大学の4年間を

7ヶ月でやっちゃうような濃密さ。
 

そして同時に
超・苦しかった!!!!!!

 

 

****スピプロ受講後の奥野のコメント*****

 

北海道在住のシングルペアレントである私にとって、
スピプロの受講というのは距離/金額/時間的に

少なからず勇気の要る決断でした。
 

それでもスピプロを受けたいと思ったのは

私が長年人の前で表現できず胸にしまい続けてきた
甘くて苦いハート(と言うのでしょうか)

の内側にある世界を、
「この人ならわかってくれるかもしれない」

と思ったからです。


世の中には

スピリチュアルを扱う人も

ビジネスを扱う人も

多く存在するのは知っています。


それまで10年という期間、どんなスキルを学んでも、

それらが(他人を貶めるものでないにも関わらず、)
私の中に流れ込んで私を動かすような体験となるには至らず

後悔はせずとも不思議でなりませんでした。
 

何かが置き去りになっている。


若いときからしたいのにできなかった

「表現する」ということ。

 

それもただやればいいのではない。

『自分から溢れるもの』を

『人前』で表現するということ。
 

したい。

したい。

できない。

したい。

 
何度も繰り返したこれまでの人生。
私は離婚をし、39歳になっていました。
 

“もういやだ。”
“このまま人生が終わるなんて絶対にいやだ。”


焦がれるような思いを果たせぬ自分を

持て余しながら、私は綜海さんと出会い、
そこから2年ほどの時間をかけながら

自分と結婚するかのようなプロセスを経験しました。


それらは時に甘く密やかな女子会の時間のようであり、
時に非常に泥臭く湿度の高い闇を扱う時間でもありました。

(綜海さんと大喧嘩はしてないが中喧嘩はしたぞ。)
 

そしてその集大成が私にとってのスピプロ4期だったのだと思います。


貯金通帳をめくると、もう後はありませんでしたが(笑)
しかしそこから私の周りの世界は確実に動き出しました。


家族との関係が格段によくなり

特に私のことを「可哀想なシングルマザー」として扱い
「早くどこかに就職してほしい」とずっと言い続けていた母が

 

「あなたがそんなにやりたいということを

何か知らんけど、私は応援するよ。

だって、やりたいんでしょ。
だめならだめでも、人生は終わらない。

でも期待してるんだからね!」

と言うようになりました。
 

私が今までの人生で欲しくて欲しくてたまらなかった

家族内の「安全」と「信頼」。

 

それらが一気に水のように私に流れこんできたのです。

 

また初めて企画した歌と朗読のソロライブは、
誰かに何かを押し付けるような無理な努力をせずとも

ごく自然なペースで席が埋まり満席となり

(というかそもそも、ゲストがお1人だろうと満員だろうと気にならなくなりました)

 
会場にはまるで私がずっと欲しかった

私の新しい家族がそろったかのような光景がありました。


この方たちこそ綜海さんの呼ぶ

「魂の友達」なのかもしれないと今は思っています。
 

その他には、共著ですが文芸分野での出版の機会に恵まれたり

(Amazonのページに飛びます↓)

「愛のカタチは詩のカタチ」

「振り向けば詩があった」

 

(現在単独での出版に向けて執筆中です。我ながらおどろきます。)

 

プライベートで大好きな人と両思いになれたり

仕事の売上に関して言えば桁がひとつ変わるということも起こりました。

 
何よりも焦がれていた「表現したい」

という思いが満たされることによって、
今まで気になっていた多くのことが、

今の自分にとってはどうでもよくなってしまいました。

 
この軽やかさときたら、もう!

 
“プロであることの基本を伝授いたします。”
それがスピプロのコンセプトです。


やってもいい。
やらなくたっていい。


約10年間の長い旅を経て私はいま
アーティストであること
女性の選択と美しさを助ける人であることへと
舵をきったところです。 


*****ここまで******

 

 

長い話を短くすると…

綜海さんは私のいろいろなことの師ですが

私は毎回ほとんど飛行機に乗って会いに行っていました。

 

 

でも、オラ・・・高所恐怖症なんですよ。

実は飛行機が毎回怖いんだよ・・・。

だけんど、札幌でも綜海体験したいじゃないですか。

知性と野生をスパークさせたいじゃないですか。

 

 

私は、北海道の人と

北海道でも綜海体験したかった。

それを自分が体験したかった。

だから今回、主催を引き受けさせていただきました。

 

 

今回の札幌講演

皆さんにとってどんな体験になったでしょうか。

 

もう何か実践はしてみましたか?

実践してみて、どうでしたか?

ぜひ教えてくださいね。
 

また、今度はこんな体験がしてみたい!

たとえば

■一緒に歌いたい!
■恋愛やセクシュアリティの話がしてみたい!

■仕事を形にしたい!

 

などなど・・・

ぜひ教えてくださると嬉しいです。

 

(やり切った!メイクはげはげだけど許して!)

 

 

綜海さんご本人による

札幌講演を終えてのブログ記事はこちら↓

 

 

 

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前回までのあらすじ
「カジュアルな骨折をしてしまった(その1)」は右矢印こちら

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ということで翌朝、水緒父の運転、水緒母と息子のつきそいで病院へ。
 
車を出してくれるなど親切で本当に助かるし、心からありがたいのだが、人数が多すぎる。

しかも彼らの会話を聞いていると「お昼どうしよ?何食べるゥ?」等と聞こえてくる。

 

明らかに心が弾んでいる。
 

ちょっと楽しそうなのである。

ここは病院なのでレジャー感覚をもう少し隠して欲しい。
 
ふだん滅多に病院に来ないわたしだが

本当に「2時間待ち」でびっくりした。

 

2時間待ってからレントゲンを撮ると

骨にはななめにスッと白い線が入っていた。
なんとさりげない折れ方。
筋ではなく骨であったか…。

 

外から見た感じでは

関節部が引っ込んでねじれて

患部がやや腫れて青くなっている。
 
黒髪メガネの男性中年医師は

中年医師:

「一応、折れてましたね~ココ。

ねじれちゃってるから、引っ張って戻すネ。

麻酔はしないけど、一瞬だから頑張ろ♪」

 

と、「テヘペロ( ´艸`)♪みたいな表情で言う。
   
  
**************************************
 

10分後、わたしは処置室にいた。

 

わたし:・・・・・・・。

(あああああああおそろしいぃぃぃぃ)

 


中年医師:「いくよー(ぐにっ!)」

 


 

 
わたし:「ぎゃあああああいだいいいいいいいいいいい」
  

中年医師:「あ、ポキっていったね今」

わたし:「うんポキって!ポキって!」
(一時的日本語不自由)

 
中年医師:「もう1回ハイーーーーーー」
 
わたし:「あぎゃいだいよううううううううううううう」

中年医師:「はーいこれで大丈夫のはずもう1回レントゲン撮るよー」
 
わたし:「はううううう…(放心)」

  
 
***************************************
 
骨の位置もどし作業はすぐに終わり、(参考までに言うと)その痛みを数値化するなら出産の9億分の1くらいだったと記憶している。
 
なかなか痛かったし、ちょっと怖かった。
 

診察室に戻り、処置後のレントゲン写真を再度確認する。 

中年医師:

(@レントゲン写真眺め一点を指さしながら)
「ここ。ここわかる?

なんか色が薄いよねえ…?

またポキって行きそうなさ…

はかなさって言うのかな…(5秒くらい無言)…」

 

わたし:「・・・・・・・(不安。)」

中年医師:
「ハイでもまあね!ちゃんとまっすぐになってるから!

これでしばらく様子見♪」
 
その後の処置がなんだか、絆創膏みたいな布テープで薬指を中指と一緒に固定するのみ。
 
診察室を出た私の状態は、来院時と同じ。

 

杖なし。

ギプスなし。

超カジュアル。

 

「誰かが間違って踏んだらどうするの?」という心もとなさ。
 
先生、わかってますか?
私ですよ?


箪笥の角にぶつける気しかしないのですが!!!!!!!
  
 
***************************************  
 
 
中年医師:

「1週間くらいはそれ(絆創膏)外さない方がいいかもねー」


 
わたし:「ハイ…(って単なる絆創膏だろうよ…)

あ、運転ができないですよね」

(↑骨折れてます) 


中年医師:「運転?していいよー」
 

 
わたし:「え?痛いですってば」

(↑骨折れてます) 
 

 
中年医師:

「大丈夫!運転って土踏まずでするんだよ♪」(←親切心)
 

 
わたし:

「そういうことじゃなくてですね(笑)

やってみたけど急ブレーキ踏めないし

怖かったから治るまで運転したくないです!

運転ですよ?人の命がかかってるのですよ?」

(↑骨折れてます) 


 
中年医師:

「そうかあ…じゃあ歩きで移動しましょ。

歩くときはね、ここに体重がかからないように

この角度で歩いてみて♪」
 

 
わたし:

「あ、本当だこっちのほうが楽♪」
(↑折れてます)  

 


中年医師:

「じゃあ漢方出しとくね、お大事にー♪」
 

わたし:「はーい♪」
(↑折れてます)   
  
***************************************
 

こうしてわたしは 
中学生時代以来、かなり久々の

骨折ライフを満喫することになったのでした…。

 

つづく。
 

5月のある夜。

私は知人宅の子ども部屋にあったトランポリンで無心にbounceしていた。

普段そんなにスポーツに関心がないように見える息子(小学生)と2人でbounceしていた。

楽しい。なんなんだこれは。初めて乗ったがこんなに楽しいものとは。

親子で手をつなぎキャッキャ言いながらしつこいようだがbounceしていた。

次の瞬間
 
はね上がった一瞬に私はよろけてしまい、トランポリンのへりの鉄柱部分に足指をかけ体勢を立て直そうとした。

その私の足指の上に、おなじくよろけた息子のかかと(つまり息子の全体重55㎏×加速度)が落ちてきたのでありますよ。

瞬間に鋭い衝撃を感じ、足指を「息子のかかと」「トランポリンのへり部分」に挟まれたままの状態で全身のバランスを失った私は、そのままスローモーション映像のように後頭部から床へと落下した。

 

「キャー――――――――――ッッッッ!!!」という悲鳴とともに。


 
******************************
 
…頭と背中の痛みが治まるまでしばらく動けずうずくまるしかなかった。

「大丈夫?かか大丈夫?」

息子は私のかたわらで涙目になっている。

 

落ち着け水緒よ。水緒さんよ。
呼吸だ。呼吸をするんだ。
ふーーー
ふーーーーーー

よし…なんとか起き上がれそうだ。
むくりと起き上がった次の瞬間の違和感。何かわからないが足の先端に感ずる良くない予感。
  
急いで靴下をぬいで確認すると、足の薬指だけが


1)あらぬ方向へひん曲がって
2)感覚がなく
3)動かなくなっている

 
かつて経験した骨折ほどの痛みや腫れ方ではないが、異物がぶら下がっている感じ。動かすと痛いものの、かろうじてわずかに動く。

では筋も無事ということ?切れてはいないが伸びてしまったのだろうか…。
 
いやでも…これ以上は怖くて自分で確認できぬ!
 
 
******************************
 
知人:「折れてはないように見えるけど…帰れる?途中でだめだと思ったら無理しないでね。」
 
水緒:「おそらく骨ではなく筋な気がするね。明日朝イチで病院に行きます…」
 
息子:「ごめんね…かかごめんね…どうしよう…治る?」
 
水緒:「うん治る。(即答)でもしばらく痛いから、買い物とかお手伝いよろしくネ♪」
 
息子:「わかった!ZZZ…(←安心して寝る)」
 
*******************************
 
不安状態のまま一晩を明かした水緒は翌朝、父母息子のつきそいで病院へ向かったのであった・・・。
 
つづきはこちらから

右矢印「カジュアルな骨折をしてしまった(その2)」