週末
土曜日の正午前に川崎を出発。今回の目的地は木曽路。さすが連休の初日、中央自動車道はめた混み。ぼけっとしていたのか伊那インターで下りるところを見逃し、気がついたら駒ケ岳SAまで来ていた。夕飯にラーメンを食べて、朝食用のパンを買う。飯田インターで下りて、通常は木曽路を南下したいところだが、北上することにした。ガイドブックにも載っていない昼神温泉でざばっと温泉に浸かる。ここは地元の人たちばっかりがのんびりと寛いでいる感じでとても良かった。お風呂からあがったらカナカナとヒグラシが鳴いていて涼しかった。車のリアウィンドーを上げて、長輔にごはんをやる。雨が降ったりやんだりの天気だったけど、そのほうが長輔を車の中に待たせやすかった。暑すぎることがないからね。そのまま南木曽方面に向かい、今晩の泊り場所、賤母(しずも)という道の駅に夜8時ごろ到着。もう真っ暗になっていてまわりの様子もよく分からないが、ひっそりしていてこじんまりしている駅だ。車内で「ホワイトハウス」の第2シーズンを見る。今日はずっと車に乗って、まあ温泉には入ったけど、ここでDVD…旅行に来た気分しない~と言いつつ、就寝。ちょっとだけ蒸し暑く、あまり良く眠れず。長輔もフンフンと鳴き、夜中に外に出ておしっこさせる。
朝5時起床。外へ出てみたら、道路の前に川の音はするし建物の真後ろは立派な森だった。こんなところに泊ってたのか。コーヒーを買ってきてパンを食べて出発。馬籠宿へ向かう途中、ちょっと道を行き過ぎて戻ろうとするも、中山道から見える大きい橋がすごそうなのでそこへ下っていってみた。橋の名前は乙姫大橋。ここから見る木曽川と里山の風景ぐるり360度がものすごく素晴らしかった。ここ見ただけで木曽に来て良かったと思えるくらい。あまりにも良すぎて、写真には撮らなかった。撮ったってこの1/10のすごさも残せないし。馬籠宿へ。朝早いので人が少ないのもあるけれど、時折すれ違うのはキャンパーの外国人ばかり。外国人向けのガイドブックには大々的に取り上げられてるのかしら。江戸時代の旅籠情緒満喫。上口から下口へ下ったので、帰りはぐるっと回って山道をあがり、落ちた梅の実の香りにくらっとなる。もう梅酒の匂いだ!うんと遠くの山まで見える道を散歩しながら、贅沢だー、贅沢な景色だーと感動する。馬籠峠のてっぺんにも登り、景色を堪能。そのあとは車に乗り、妻籠宿へ。その途中で女滝・男滝の看板があったので下りていく。滝のぎりぎりそばまで寄ると、しぶきがあがってきてものすごい爽快でこわいくらい。妻籠宿は馬籠宿よりももっと静かな感じ。川を渡って旅籠通りを歩く。まだ8時過ぎなのでお店はなにもやってないかなと思いきや、早起きのお菓子屋さんで店先でお茶と栗きんとんを食べる。ここも外国人観光客多し。お蕎麦屋さんがちょうど店をあけるところだったので私はあったかい山菜蕎麦、Aさんは冷たいのをもらう。長輔は店先の看板のところで待機。散策中は小降りの雨も車に乗り始めると本格的にザーっと降るのが続いた。ラッキー。目覚めの床まで木曽川を北上。ここで岩場を長輔を抱いて歩いていたら、案の定ずるーっと滑った。しかし長輔を落としちゃなんねえ、と滑るままに手をつかずに横へ倒れる。足を大きくすりむいたが長輔に怪我はなし嗚呼犬バカ人生。その後やまゆり荘の温泉へ。想像していたよりもずっと山奥にある、そして大規模な温泉施設だった。お湯からあがったあとなんか体がぴりぴりした。そういう効能なのかな。温泉によって結構ぐったりし、お腹も空いてふらふらに。お昼ごはんを求めて山を下る。福島宿で入ろうと思っていたイタリアンの店がツアーのお客さんでいっぱいになり、商店街へおりてめぼしいところを探す。どうせこんなひなびた商店街に美味しいものなんか…とやさぐれた気持ちで入ったお豆腐専門店。店名がついた「和幸家定食」をふたつオーダーする。お通しが2鉢出てきた。きゅうりとしょうがの漬物と山菜。地味だわ~と思いつつ口に入れたらどちらもすごく美味しい。こ、これは大当たりなんじゃないだろうか。メインの大きい茄子の上に挽肉が乗ったやつも揚げ出し豆腐もちょーイケてる。う、うまい~うまい~ともしゃもしゃカウンター席で大喜びしなら食べた。量がものすごく多く、これで1300円て安いなあ、ああ食べきれない、と私は天ぷらと、Aさんは茄子を少しずつ残してしまった。ああ勿体ない。「ここまで来てイタリアンなんか食べなくて良かったよね!!」と大満足して帰路へ。高速道路が渋滞していたので上ノ原で降りて下道で帰ってきた。
写真は妻籠宿のお蕎麦屋さんで待たされている長輔。通りを歩く人々に興味津々。
月曜日
私が中学生だったとき、まわりはアイドルと言えば光GENJI全盛期だったにも関わらず、アイドルっちゅーかお笑いっちゅーかCHA-CHAというグループに相当入れあげていたわたくし。番組はすべてビデオに録りラジオもすべて録音し雑誌は買い漁り私の部屋の壁は一面CHA-CHAのポスターだらけで確かあのとき200人くらいCHA-CHAに見守られていた(5人グループなので)。小遣いで行けるライブは行き倒しこっそりカセット録音機も持ち込んでライブを撮ってみたものの、自分の「ギャアアアアア」という興奮の雄たけびばっか入っていてゲンナリしたこともあったりして。その中でも一番西尾君というキャラ的に地味で大人しい感じの人が大好きで(今考えると草食系男子じゃん!)、他に勝ちゃんが好きな子と木野君が好きな子と3人で「リレー小説」までやってました。CHA-CHAを勝手に登場させて、自分たちも登場させて、それはそれは壮大な妄想劇場を繰り広げていたわけであります。その木野君が好きな子のお父さんが某音楽事務所の偉いさんで、私たちの過剰なファン熱を見るにつけ「じゃあ私のコネとかなんとかで公開番組を見せに行ってあげよう」という話になり、一度スタジオに連れていってもらったのです。私ら3人は大興奮。番組収録終了後、そのお父さんは多分結構本当に偉いさんだったんだろう、楽屋にもほいほいと連れていってくれて、舞台がはねてあちーあちーとタオルを巻いて水を飲んでいるCHA-CHAがそこらをうろうろしているという夢のような光景が…!!!中学生だった私たちはもう昇天しかねる勢い。そこに西尾君が目の前に登場し、確かお父さんが(全然覚えてない)この子、あなたのファンなんですよとか声をかけてくれて、私はもう目から涙ハナから鼻水全身汗だく、もしかしてしっこもちびってたかもしんないっていう勢いで「ああああああのう、ものすごおくファンです、ラジオも全部聞いていて、あのっ、ハガキもこの前読んでもらってピンコン大賞(今考えるとこのアホな名称…ピンクコングというラジオを西尾君が文化放送でやっていたのです)もらいましたあああああ」と嗚咽のような声で訴えたわけであります。あの時の私はたぶん人生で一番緊張していて高揚していた。あんなにあがったことなんて後にも先にもない。そうしたら西尾君はやさしく、痛いファンに動揺もせず、「ありがとうー。これからももっと聞いて、ヘビーリスナーになってね!」とかお返事をしてくれたのです。他にももしかして何か言ってくれたのかもしれないけど、覚えてないほど興奮していた。
というくらい大好きだった西尾君。本当に結婚したいくらいものすごく好きだった西尾君。いつ頃からか、CHA-CHAがグループでテレビに出なくなった頃から私の流行り病のような熱も冷め、西尾君が西村知美と結婚する頃には「そうか~、仲良かったもんねえ」と冷静に見られた自分。みんながそれぞれ大人になったということだろう。
が、つい最近西村知美が変わったブログを発表し、こういうとこあるよな~この人ウンウンなんてさして驚きもせずそういえば西尾君は元気かしらと検索してみたらなんとアメブロでこの春くらいからブログをはじめていて、おおおとペタを踏んできたら、きょ、今日、なんと西尾君からペタ返しが来ていて、上記のようなことを走馬灯の如くパカパカと思い出し、「中学生のときの私がこれ見たら、憤死する…!!」とひっくり返りそうになったわけであります。
長っ。
そして今の西尾君のブログを見ると、行っている場所がものすごくかぶっていて、まだまだ全然嬉しいファン心なのでありました。海老名のSAとか赤沢温泉とか、もう平常心で行けない私っ。