選歌
モバ短での選歌は楽しい。
同じ歌人さんの歌を何首か読むと、なんとなくその歌人さんの歌の傾向が見えてくるから、誰が作った歌なのかを軽く想像しながら選ぶ。
当たる場合もあるし、外れる場合もある。
一通り読んでみて、心に残った歌を5、6首ピックアップして、それを行きつ戻りつじっくり見比べながら選ぶ感じです。
飛び抜けて好きな歌があって、すぐに決まるときもあれば、選びたい歌が多くて悩んで悩んでなかなか決まらないときもある。
選歌のときに私は必ずやってることがある。
それは、すべての歌をブツブツと口づさんでみることだ。
短歌は詩であると同時に、文字通り「歌」だから、口づさんだときのリズム感ってすごく大事だと思う。
ここからは微妙に私信混じりですが、葉子さんのガジュマルの歌は、口づさんだときの耳障りがとくに好きでした。
ガジュマルって発音しにくいんだけど、何度か口の中で唱えてみて、口と耳が心地よくて、コレダ!と。
あと、「感情を表現する言葉をどこにも書かず、たんたんと出来事だけをつづった歌なのに、感情が伝わる」って歌が個人的にかなり好き。
ちなみにこれ、個人的にうまく作れない歌なのだ。
どっかに感情表現やら、明らかに感情を示唆する言葉を入れてしまう。あるいはまったく伝わらない歌にしてしまう。
しかし最近、私って、もしや過大評価されてるんじゃないかしら、と感じることの多いこのごろです。
嬉しいやら照れるやらプレッシャーやらで、背中がこちょばいです(笑)
自意識過剰からくるプレッシャーはスランプのもとなので、こわいよぅお゛ぇえぁ゛!
自分の歌はよく分からないんだよねー、ほんと。
自信まんまんで「これは傑作だ!やばいよやばいよ~」と鼻ふくらませた歌が評価されなかったり、苦し紛れで適当に出して「ああ、もう私の才能は枯渇したんだわ」とへこんでたら評価されたり。
■適当に作る歌ほど高評価 きっと私は天才なのだ
ぼんぼんばかぼんばかぼんぼん!
モバ短の良いとこのひとつは、独りよがり病を定期的に治療してくれるとこです(笑)
同じ歌人さんの歌を何首か読むと、なんとなくその歌人さんの歌の傾向が見えてくるから、誰が作った歌なのかを軽く想像しながら選ぶ。
当たる場合もあるし、外れる場合もある。
一通り読んでみて、心に残った歌を5、6首ピックアップして、それを行きつ戻りつじっくり見比べながら選ぶ感じです。
飛び抜けて好きな歌があって、すぐに決まるときもあれば、選びたい歌が多くて悩んで悩んでなかなか決まらないときもある。
選歌のときに私は必ずやってることがある。
それは、すべての歌をブツブツと口づさんでみることだ。
短歌は詩であると同時に、文字通り「歌」だから、口づさんだときのリズム感ってすごく大事だと思う。
ここからは微妙に私信混じりですが、葉子さんのガジュマルの歌は、口づさんだときの耳障りがとくに好きでした。
ガジュマルって発音しにくいんだけど、何度か口の中で唱えてみて、口と耳が心地よくて、コレダ!と。
あと、「感情を表現する言葉をどこにも書かず、たんたんと出来事だけをつづった歌なのに、感情が伝わる」って歌が個人的にかなり好き。
ちなみにこれ、個人的にうまく作れない歌なのだ。
どっかに感情表現やら、明らかに感情を示唆する言葉を入れてしまう。あるいはまったく伝わらない歌にしてしまう。
しかし最近、私って、もしや過大評価されてるんじゃないかしら、と感じることの多いこのごろです。
嬉しいやら照れるやらプレッシャーやらで、背中がこちょばいです(笑)
自意識過剰からくるプレッシャーはスランプのもとなので、こわいよぅお゛ぇえぁ゛!
自分の歌はよく分からないんだよねー、ほんと。
自信まんまんで「これは傑作だ!やばいよやばいよ~」と鼻ふくらませた歌が評価されなかったり、苦し紛れで適当に出して「ああ、もう私の才能は枯渇したんだわ」とへこんでたら評価されたり。
■適当に作る歌ほど高評価 きっと私は天才なのだ
ぼんぼんばかぼんばかぼんぼん!
モバ短の良いとこのひとつは、独りよがり病を定期的に治療してくれるとこです(笑)
『レイ』
以前、『レイ』という映画を見ました。
なんか色んな意味で衝撃的でした。レイ・チャールズの生きざまも、音楽も。映画そのものにも。
興奮さめやらぬままで音楽好きの知人に映画の感想を言うと、
「あの映画ねー。歌は口パクにすべきだよ。レイ・チャールズ本人の歌声じゃなく、あの俳優さんの歌声やねん。見た瞬間にそこに萎えて、すぐに見るのやめたわ」と冷めた返事が返ってきました。
そ、そうなのか。
そんなのまったく気にしてなかった(^^;)
さすが音楽好きはこだわる場所が違う。
「でも映画はいいよ。あの俳優さんは歌も演技もうまいよー。見てみてよー!」と一応必死でオススメしておきました。
てかあの映画の歌声が俳優さんの歌声なら逆に衝撃だ。
俳優さんの歌、うまい───!
黒人さんは明らかに声帯の構造が違う。
歌のうまさと運動能力は、わざわざ統計してみなくても、黒人>白人>黄色人種、なのが確かだなーと思った。
英語の歌は苦手で、日本語の歌のほうが好きだけど。
で、やっぱり本人の歌声を聞きたくなって、その日レンタルビデオ屋に寄り、レイ・チャールズのCDをごっそり借りて帰宅。
それからしばらく家にいるときはレイ・チャールズ漬けの生活でした。
まあ、ハシカみたいなもんです。私はそんなやつです。
■年上の男の舌を思い出す レイ・チャールズの歌を聴くたび
というわけで上の短歌は創作です。
部屋で綺麗なジャズを流してた人は過去にいたが、誰の歌かはよく知らなかったし…
しかし映画ってすごい。普通に生きてたら興味持たない人間まで引き寄せる力を持ってるから。
『8マイル』を見たあとはエミネムを聴いてた、そんなハシカにかかりやすい私なのです。
そういやこのときも「あの映画ね、『自伝的』だよ?『自伝』じゃないよ?ほとんど創作だよ?」と、諭された記憶が。
それは知ってたけどさー、いいのだ別に。私みたいな人間にとって、英語の歌を聴きたくなるには、とにかく「きっかけ」が大事なのだ。
なんか色んな意味で衝撃的でした。レイ・チャールズの生きざまも、音楽も。映画そのものにも。
興奮さめやらぬままで音楽好きの知人に映画の感想を言うと、
「あの映画ねー。歌は口パクにすべきだよ。レイ・チャールズ本人の歌声じゃなく、あの俳優さんの歌声やねん。見た瞬間にそこに萎えて、すぐに見るのやめたわ」と冷めた返事が返ってきました。
そ、そうなのか。
そんなのまったく気にしてなかった(^^;)
さすが音楽好きはこだわる場所が違う。
「でも映画はいいよ。あの俳優さんは歌も演技もうまいよー。見てみてよー!」と一応必死でオススメしておきました。
てかあの映画の歌声が俳優さんの歌声なら逆に衝撃だ。
俳優さんの歌、うまい───!
黒人さんは明らかに声帯の構造が違う。
歌のうまさと運動能力は、わざわざ統計してみなくても、黒人>白人>黄色人種、なのが確かだなーと思った。
英語の歌は苦手で、日本語の歌のほうが好きだけど。
で、やっぱり本人の歌声を聞きたくなって、その日レンタルビデオ屋に寄り、レイ・チャールズのCDをごっそり借りて帰宅。
それからしばらく家にいるときはレイ・チャールズ漬けの生活でした。
まあ、ハシカみたいなもんです。私はそんなやつです。
■年上の男の舌を思い出す レイ・チャールズの歌を聴くたび
というわけで上の短歌は創作です。
部屋で綺麗なジャズを流してた人は過去にいたが、誰の歌かはよく知らなかったし…
しかし映画ってすごい。普通に生きてたら興味持たない人間まで引き寄せる力を持ってるから。
『8マイル』を見たあとはエミネムを聴いてた、そんなハシカにかかりやすい私なのです。
そういやこのときも「あの映画ね、『自伝的』だよ?『自伝』じゃないよ?ほとんど創作だよ?」と、諭された記憶が。
それは知ってたけどさー、いいのだ別に。私みたいな人間にとって、英語の歌を聴きたくなるには、とにかく「きっかけ」が大事なのだ。
美味しい牛乳
飲むのだぴょーん!
まさかミニモニ。のあの歌に卑猥な意味があったとは、作ったつんく本人ですら知らなかっただろう。
確かに、辻ちゃんも加護ちゃんも矢口さんもみんな(以下略)
こんにちは、朝ごはんがわりにミルクたっぷりのカフェオレを飲み、昼は昼でミルクたっぷりのミルクティーを飲み、元気いっぱいカルシウムいっぱいの睦美です。
昨日は仕事先に携帯を忘れちゃったもんで、夜はずっと不安で眠れず、指先はガタガタ震え、ヨダレを垂らし、泣きながら近所をフラフラと徘徊し、声掛けてきた男に背負い投げをきめ、朝まで不安な思いでいっぱいでした。
完全な携帯ジャンキーです。
(注意:この日記は事実を下敷きにしていますが、ときどき作者の筆が滑り、明らかな嘘や誇大表現が含まれることがあります。ご注意ください)
やー、しかし本当に焦りました。仕事先にあるかどうか分からないし。途中の道で落とした可能性も捨てきれないし。
携帯にメモリーされてるデータ類はバックアップしてるからいいんだけど、送信メールのとこをメモがわりにしてて、そこに腐るほど短歌をストックしてるから、なくなると一大事なのだ。
思い付いたフレーズ、ふと浮かんだ短歌、いわゆるネタ帳です。
携帯を取り戻してホッとしたら眠くなってきました。
私は短歌をはじめてからずっと携帯で作ってるからか、携帯でしか短歌を作れません。
紙と鉛筆を持たされて「さあ作れ」と言われても、真っ白になると思う。
しかし支離滅裂な日記だ。しかし今の時代、携帯なくなって支離滅裂になってアタフタする人はめちゃくちゃ多いはずだー。
■なにもかもこんな小さな携帯に詰めこめるから*******
うーん、
歌も詠めず。
まさかミニモニ。のあの歌に卑猥な意味があったとは、作ったつんく本人ですら知らなかっただろう。
確かに、辻ちゃんも加護ちゃんも矢口さんもみんな(以下略)
こんにちは、朝ごはんがわりにミルクたっぷりのカフェオレを飲み、昼は昼でミルクたっぷりのミルクティーを飲み、元気いっぱいカルシウムいっぱいの睦美です。
昨日は仕事先に携帯を忘れちゃったもんで、夜はずっと不安で眠れず、指先はガタガタ震え、ヨダレを垂らし、泣きながら近所をフラフラと徘徊し、声掛けてきた男に背負い投げをきめ、朝まで不安な思いでいっぱいでした。
完全な携帯ジャンキーです。
(注意:この日記は事実を下敷きにしていますが、ときどき作者の筆が滑り、明らかな嘘や誇大表現が含まれることがあります。ご注意ください)
やー、しかし本当に焦りました。仕事先にあるかどうか分からないし。途中の道で落とした可能性も捨てきれないし。
携帯にメモリーされてるデータ類はバックアップしてるからいいんだけど、送信メールのとこをメモがわりにしてて、そこに腐るほど短歌をストックしてるから、なくなると一大事なのだ。
思い付いたフレーズ、ふと浮かんだ短歌、いわゆるネタ帳です。
携帯を取り戻してホッとしたら眠くなってきました。
私は短歌をはじめてからずっと携帯で作ってるからか、携帯でしか短歌を作れません。
紙と鉛筆を持たされて「さあ作れ」と言われても、真っ白になると思う。
しかし支離滅裂な日記だ。しかし今の時代、携帯なくなって支離滅裂になってアタフタする人はめちゃくちゃ多いはずだー。
■なにもかもこんな小さな携帯に詰めこめるから*******
うーん、
歌も詠めず。