成熟度が高い子供(私!!) | 死ぬまで生きる。それだけ!

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乳がんサバイバー決定しました。

私は自分が愛情が深く、成熟している、と

自画自賛することがよくあります。

 

愛情が深いのは、 多分、愛されたいがために、

自分を蔑ろにし、愛情を表現したきたからでは??

けれど、返ってくる愛情が少なかったために、

小さい愛情でも大事にして

それを頼りに生きてきたからではないかと思います。

 

私は未熟な母親から愛されたくて、だいぶ努力をしたのです。

子供の私は自分で自分を支えることはできませんでした。

だから親に頼るしかなかった。

私は子供の頃は、当然1人で生きていけない、

庇護の必要でした。

(庇護しないで経済的に自分優先にするなら、

産むな!!と父親には言いましたが。)

 

そして、年と共に成熟しました。。。。というより、

もともと成熟していて未熟な両親より

よほど”まとも”だったかと思います。

 

けれど、親のことを考えると、20代後半で人の親となる、など

自分のことを考えても

そこでいきなり未熟から成熟へというのは

無理だったかもしれません。

なので25で親になった私の両親に成熟を

求めるのは無理というものかもしれません。

 

けれど、自分の行動を顧みたことのない未成熟な両親に

人間の改善も、成長もその後もなかったのかと思います。

 

客観視しても正しいことは

年齢、性別、地位を超えても正しい、が

”私の”人生の教訓の一つです。

子供の時からこれは変わっていません。

 

正しいことを言い、

生意気、子供の分際で、女の分際で、と

子供の頃にはよく父親に殴られていました。

そして、母はそんな父を止めることもなく、

(一度このままでは死ぬと思った以外は)

私は庇われませんでした。

 

おかげで、男女関係でもこれは同様で、

今までどれだけ男から酷い扱いを受けたかしれません。

(身体的には一度だけです。すぐ別れました。)

 

会社でも、社長と直接口を聞くな、と言われるとか

コンプライアンス違反を強要され

拒んだ挙句にえらい目にあってということもありました。

(会社の偉い人の中にも、仕事はできても、

政治力、つまり嘘がうまいということが多かったり

人間的にどうかと思う人はたくさんいたかと思います。)

 

高校卒業までは親の言いなりになるしかありませんでしたが、

自活できるようになった卒業後は、

なんとか1人で生きるようにしてきました。

 

社会に出て、腹を割って話せる仲のいい友達ができると

どれだけ自分の親がひどいかということも知ることができました。

 

その時代はそうだったんだ、という人は時々いますが、

友達の話を聞く限り、

そんなひどい親がいる人はあまりいません。

(ごくまれに私を超える人もいますが。。。。)