mmfjtoのブログ  ~なぜなら ぼくは、どうしようもないくらい汚れ腐ってますから~ -104ページ目

小さい花 一つ ひろい野 咲いている花 その小さい花は 天を向き光子をREFLECT

光子

PHOTON

 

物体を通過する素粒子

物体に跳ね返る素粒子

 

 

同時にある事は

統合化して理解する事

 

自分で

IMAGEして

詳しく

物事を

観察して

観てみる事

 

 

 

 

 

観る

みる

目を媒体にして

 

 

目で見るとかいいますけども

 

目の細胞

 

視神経の細胞をしることもとても重要

 

目の構造も

 

人の目

頭脳神経細胞システム

 

全体

全て

神経細胞の連携があるのですから

 

そして人自身は

感覚の統合を

自働機能を媒体にして

自認できること

 

それも

また

ゆるされてあるからこそ

 

 

存在は

その個人の私的意思では無いのですし

 

そもそも

 

 

存在はさせられた

 

でも

嫌だと

どこまでも

存在自体を

ある者は

こばむ

とすると

それは

その方の

自由

 

判断も自由

 

経験した事の

是非

 

嫌だと

いうのは

私的な

感情だが

 

最期は

事実を理解した上で

 

判断する事

 

想定問答ではあるが

 

死の時の

PROCESSというものがあるので

 

 

何も意図していない者が

死を迎えた時と

 

準備して

死の到来を

意図して

明確に自分の人生を必要十二分に振り返り

事実を一つ一つ

確認し

実直に理解するSTUDY

 

ミラー効果を媒体にして

 

カウンセリング技法を援用し

自己理解を整理できているのとでは

 

 

その時の問題は

どうか

 

問題を解決する支援とは

一体何か

 

人生を

ただ

生と死

というだけでは無いのは

明白だが

しかし

 

 

どうせ

人なども

死ぬものだし

 

どうせ

物質に還る

 

素粒子そのものなのだし

 

消えるのだ

 

から

 

えーじゃないか

 

肉欲を沢山貪れば

なんて

 

きもちよければ

天国なんだぞ

 

なんとか

 

 

 

そうして

口から物事を事白事は

 

 

なぜか

 

人生のせつなさに

メランコリア

の状態

 

はかないことに

酔う

 

自己陶酔的な信念形成の結果かもしれない

 

 

 

いきていてもほんとは

しかたないんだ

とか

 

 

 

全くの

真の希望

つまり

生命自体の喜悦の事を

理解したいと

意図していない

動機

 

 

Motifは

何か

別の品物を

選択している事

 

 

幼い子の時

まだ

生まれたから

成長過程の初期に

 

なんらかの

深刻な

侵害行為に遭遇したとしたら

どうだろうか

 

誰も

適切な本来必要な支援を

その子に

提供していないとしたら

 

 

 

 

枯れ木のような

枯渇した

自らを

 

憎むかもしれないし

 

親も

まったく気が付く事なしで

 

その子は

むしろ

秘匿する

その侵害行為自体を

 

そもそも

 

その子の

親自身の侵害行為であるときは

 

 

 

親孝行とか

いう

古い

シキタリなどの

価値化の価値によって

 

何を

得る事になるか

 

秘密事とは

何か

 

また

 

人生は

何をしてみたら

賢明か

御徳なのか

の追及自体を

そんな事は

面倒だ

兎に角

好きな物を

選択して

やればいいんだ

 

という

 

いきあたりの人生の凌ぎ方

だとすると

 

 

 

そもそもの

思考の訓練の学習

 

 

いわゆる

LIBERALART

 

 

そのテーマの設定と

広く

世界の物事を知る事

 

人自身を知る事

 

環境と人のその相互作用を理解してみること

 

 

各分野の研究成果は

どんなものがあるのか

理解してみること

 

 

好きだけの専門では無い

 

UNIVERSALSYSTEMを

理解しようとする努力とかそれへの投資など

 

 

 

 

ジェネラルでも

スペシフィックでも

機能論では無い事で

 

生きている間

一つ一つの小さい物事は

経験

体験

生命と常に共にある事の事実を

自分から意識して

意図して

確認する作業

 

学習の本来の意義とか

 

 

価値されていない価値の研究とか

 

 

倫理とは

本来

何か

 

 

人にある自由は

何か

 

束縛とか

操作する意図とか

 

DESIGNとか

 

IDEA

とは

METAPHYSICALの事など

 

 

人生の処世術の方法を学ぶと云う事では無い事

 

 

 

いわゆる

 

何かの友愛会に入会し

互助で

生きながらえる事とか

では無い事

 

 

 

共同体

とか

組合とか

 

そういう

groupの力動を援用する事では無い事の

組織に属して

集団運動の極みなどでもないこと

 

ただの一人で

孤立でも無い

孤独でもない

 

両親のいても

一緒に暮らせない子もあるし

 

複数の子があっても

一緒に暮らせない

親もある

 

 

 

 

個人

自分

としての

ほんとの意味での

独立自尊です

 

自立自主自由

 

そのもの

 

 

これは

一体

どうやって

確立できるのか

 

ほんとの自助

 

セルフヘルプ

 

自分にある力だけでは

当然

生きる事そのものは難しいのは

誰でも理解できるであろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆるい

関係性を

他のあらゆる存在と

維持する事

 

 

やわらかい

やわら

 

 

なこやか

やすらけ

たいらか

 

 

 

和睦

 

やわらき

むつみ

 

むつ

ます

 

 

とよゆかし

 

 

 

みよしの

よしの

 

観る事は

 

よし

 

良好

善徳

 

 

 

このましくこと

 

 

大きな権威を振るうのは

その分の結果は

大きな影響を齎すし

もしも

本来的な価値を取り違えたら

どうなるか

 

 

善徳を完全に欠如した意図なら

 

 

あしきこと

 

 

 

それを

欠損

DEMERITを

無限に積み重ねる事をした後

どうして

 

償いを

完全にできますか

 

生命自体を

侵害し

損失させたときこそ

そうだ

 

その一つの知沙希生命を

 

復活させる事の出来る者は

何処にもいないというのに

 

極めて

命令を出せる者は

本来は

人の中には居ないということだ

 

 

 

そもそも

どんなに

人の社会制度の中で

偉いとしても

 

 

 

 

 

南山堂安居子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな戦争行為は過ぎ去って80年の経過 その結果は一体何か? 戦争自体は終ってはいない事

「もしも尖閣が占拠されたら…」海上自衛隊の元司令官が“即時奪還”に異を唱えるワケ(ダイヤモンド・オンライン) - Yahoo!ニュース

 

 

戦争

いくさ

 

あらそい

 

こまごまとしたことは

常に

人々の内に保持されて

その仕組み

システム

 

つまり

GAMESYSTEMは

常在化してあるのですから

 

 

予算

 

もの

情報

時間

配分

 

投資

 

何に幾分

投資するか

 

全体のエネルギーと予算の分配の事

 

 

エコロジカルシステムではあるけども

 

回転している事でもある

 

それは同じ事ではない

なぜなら

常に人自身も

世界も

環境も

みな

状態は変化して

今を常に

今を

保持するように

出来ているから

 

そうして

生きる事

 

 

御互い

みな

その条件の元にある

 

素子は

何か

 

 

地球の構成要素の類と

同じ素子で

人々は

構成されている現実だ

 

 

そこで

人という生き物は

 

いくさ

あらそい

 

 

荒い

反る

 

 

同じ意向を保持する事を拒否する

 

自分が領する土地

地域

 

海域

 

世界中の多くを欲しがって止まない

 

のは

多くの人々の生活を維持するためなのか

 

自分という存在を

目立たせ

大王のようにふるまいたいからなのか

 

 

そこの理

 

ことわり

 

価値化している価値の内容は一体

何なのか

 

 

狙い

人生の目的

 

欲しいそれ

 

求めて止まないそれら

 

御品物

 

最上の一品とか

 

喰い物でないでしょうが

 

 

味わいたいそれだ

 

どうしても

味わっていたいそれら

その個人によって違うそれだから

 

 

 

 

 

TASTEの問題

 

個人

個人の

望む

ウオンツ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欲して止まないTASTE

 

 

 

 

舌にのせて

腹の奥に

呑み込みたい

それだ

 

 

 

さあて

 

それは

一体

 

何か

 

 

あの蛇

 

古の蛇でも

 

龍でも

大蛇でも

 

ロープのような

チューブ

 

TUBE

 

そもそも

 

生き物とは

まさに

TUBE

の複数の

集合体だ

 

人自身も

そうだ

 

多くのTUBE

管の集まり

 

ORGAN

 

 

 

そのような生き物の形成化の事

 

 

 

 

はたして

ホントに

呑み込みたいそれは

一体

何だろうか

 

幻想でも無い

 

 

単純に

REAL

 

 

好き

キライ

 

判断すると

必ず

誤差があるのです

結果

 

 

あの木の実といって

とてもおいしそうだね

盗んで

まくらいける

 

 

 

 

 

 

それを

そもそもゆるして

完全にゆるす

 

そのゆるされた相手

その人は

 

一体

 

何をするでしょう

 

決して

触れるな!

 

なぜなら

死を迎えるから

必ずと

 

そうして

でも

 

いいえ

死にはしない

嘘を吹聴した

それは

一体

なにものか

 

 

 

二枚舌とは

その者

 

 

いいように人自身を死滅に自ら落ち込むように

いさなう

誘い

 

惑わす者は

一体

誰か

です

 

殺せ!と

命令する

意図を

内在する者

 

 

死ねと

内的に意図した者は

 

一体

 

誰か?

 

 

 

 

殺すな

 

生命自体を無限にいつくしめ

 

と云う事の

反対者

 

 

 

口先から出でる言の前には

頭脳神経細胞システムの内部に

その私的思惑は

恣意は

生成されている

 

小さな小さな小箱の一つに

置かれた

小さな種子は

SEED

 

何を

どんな果実を

実らせるというのでしょうかね

 

 

その木を

詳しく

観察して観ていたら

よろしい

 

 

 

 

草の実

木の実

 

土地なり

 

 

土台の無い家かどうか

 

 

 

 

 

などなど

 

 

変化は常にある

それこそ

今であり

今とは状態の変化の維持のそれ

そのもの

 

変わる事を維持する事の

投資であるからこそ

 

生命のそのものとは

自由そのもの

 

これこそ

光の園

とは

 

既に

先人たちの

多くは

確実に知っていた

理解できている事

 

難儀

災難

災禍を

経験し

過ぎ越した者は

 

そう実感し

実に

体験している次第だ

 

沈黙の内にある

明確な

顕示とは

 

その人自身の事だ

 

 

 

 

小さい存在を疎かにして

一体

何をしたいのか

 

 

その権威の執行者自身が

詳しく

自らを

知る時は

当然

訪問するのだから

 

いたるところ

全部

自分の行為を

詳しく

隠されたりはしないで

隈無しで

理解する事

 

知らされる事だ

これ

 

一つでも否認する事に固執したら

どうなるのでしょうかね

 

 

事実は事実

 

全く間違いのない

審判に遭遇した時

どうするだろうか

 

その個人は

 

 

 

否むとなると

 

どうなるのだろうか

 

 

その私的なjudgment

公的judgment

 

 

人というのは

どこまでも

不完全そのもの

 

 

では

 

父のように

完全な者でありなさい

という

 

意図は

その言の

意向は

一体

何を云う

ほんとうのしあわせ

 

 

 

人にとっての

課題

問題

大命題

 

 

ほんとのしあわせ

 

BE

HAPPY

 

メルシ

 

MERCI

 

 

 

 

 

 

 

喜悦そのもの

 

いのちそのものと共に在る事は

喜悦そのものでは無いと

誰が言えるのか

 

 

 

地球を全部飲み干してしまいたいか

 

真っ暗な腹の底に

その青く光

太陽からの光子で

 

その地球の全部

丸ごと

 

その真っ暗な腹の底に

呑み込みたい

その者とは

一体

誰だろうか

 

各地の王たちは

この俺こそ

大王と

いわんばかり

 

 

さて

大国でも

中つ國でも

 

小国でも

 

 

どこでも

誰でも

平等に訪れるのは

肉体から

生命は

過ぎ去るという事実だ

 

存在自体も

その当人が

明確に意識して

存在したいんだとは

思惑で設計などしていた時は無いのですし

 

 

その者を形成する

精子と卵子は

その者の母と言われている者の

胎内に

宿る事で

結合し

融合し

一つの小さい玉となる事で

存在自体は成立したから

です

 

 

いまある威力は

一体

誰が着せたか

 

 

それさえも

推し計る事をしないというのは

愚かしかもしれない

 

それを

自分から

気が付く事も

意図しないのであるならば

 

一体

何に

アディクトしているのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

さあて

 

 

あなかしこ

 

あな

 

かしこ

 

 

 

 

 

 

 

南山堂去月院

兵士とは一体何か?  死を迎えるのはみな平等




死に方

死に様

違います


しかしながら


死ぬる事

については

あらゆる存在自体は

みな

平等に

到来し

拒否は

無理だ


肉体から

必ず

生命そのもの

過ぎ去る時は

迎え


そうなるから



いつ

死を迎えるかは

不明



人を殺害した者は


また

死を迎えるし



生命そのものは

何かを

確かに

自己を

媒体にし


知ることに

いたる




生命そのものを

破壊して

侵害した

結果は


死なのだから



滅び

とは

何か


理解できる能力を

求めるのは

重要



イメージしたら

理解できる


すこし


存在自体

拒否する


また

生命そのものを

永遠に

憎しみ

拒絶したら



なんと

悲惨か


いつまでも

いつまでも


生命そのものを

拒否する

侵害し

拒絶し

破壊したい

願いますから



恐ろしい訳だ



そんなことを

何故

望むか



理由があるはずだ

私的に

明確な判断



過ちは

はっきりと

自ら

明確に

知ることだ



何故


カインを

神はゆるし


いのちを

保持しているようにしたか



生命そのものを

体験し


自らの選択した

行為を

価値を

自ら

気付かせる為



報復を

殺された者は求めても


神は

まだ

時間は来ていない

発意する

のは

何故でしょう



また

互いに

憎しみ

存在自体を

無くしてやりたい


存在自体の拒絶に

傾き通すなら



何を

嗜みたいか


理解できるはずだ



心の平安とは

一体何か



常に

安寧を

保持するとか



また


正当防衛とは



誰に

つかえるか



何の為に

生命は

配置されてあるのか



おもい

めぐらし


仁慈は

何か



復生とは

一体

なんの事か



ほんとの

希望する

品物は

何か?







南山堂何如安居子