生温いのは、やっぱり、吐き出されてしまうし、枯れた枝は、やっぱり集められて燃える火の竈門に焚かれ
たとえ
暗喩
META
比喩
なんでもいいけども
そして
理由
泰然とするものは
何かな
と
思案する
つまり
幼き子のように
おもいを
一つ
一つ
丁寧に
おもい
めぐらす
という方法は
賢明そのものと云う事
何を思い巡らすのか
世界の偉人とか言われている書物をみても
いいでしょう
何をした
おもい
ことば
おこない
Nazarethのイエシュアという人物がいて
その者の地上で生きたという時は
いまから
2000年前だ
ローマ帝国もある
エジプトのファラオもいた
ペルシアもある
中国
中原の皇帝もいた
日本列島には
いまでいう
都市国家は
まだないでしょうし
GREECEとか
女神を祠り
神殿をこさえて
伺いを立て
都市の自由民は
それぞれ
主張する事を主張する
デモクラート
地中海の沿岸部では
西も東も
それぞれ
の民族同士の争いも絶える事は無いし
神話の形成もあるし
律法もあるし
明確な哲学思考も
それぞれ
可能であったし
なぜ
そのように
人々は
思考思索の過程を
記録できたのか
文字があるから
字
数字も
文字も
人の発明した工作品の一つ一つだし
医術も当然
必要とされていた
黄金も採取できたし
噴火した山なども
検分して
いろいろ探求していた
金銀銅とか
鉛とか
また
大木を伐採し
造船して
交易をしていたし
海の道も完成していたのですし
ローマ人は
GREECEから
回避してきた人々の末裔とかであるし
ビーナスの末裔だと主張している者もあるし
貴族とはそうして
女神の末裔ですと云っている
カエサル・ジュリアス
オクタビアヌス
とかね
偉大なローマの皇帝は
初代は
オクタビアヌス
アウグストっていうのは
尊敬荘厳
八月の意味に変化したし
偉大なる栄冠を被る者かな
大祭司だし
元帥だし
最高指揮官
軍人の神のマルスの化身のような者とか
叡智に富
腕力の最高位
赤いマントはそれ
太陽のように燃え盛る炎の色
太陽に向かって飛翔する鷲
月の女神
とか
いろいろな神々への供物供養を実践する大祭司も兼務する
イペリアトール
ファショ
多くの力を一つに束縛した
その武器
地上にある最高の権力者
各地に大王とか皇帝は存立しては
その両方の膝を折る事だった
実際にどんなに
権勢を拡大した者でも
あの
アレキサンドロス
もそうだ
大英雄
仲間としての兵士たちであったから
我こそ先に戦場に向かい
傷こそは
勲章という精神発意
人気は当然
しかし
バビロンで
死滅する
イスカンデール
人は
ニムロドでもそうだ
古の大王は
狩人
弓矢の矢を
天に向けたそうだけども
その意図は
剣の柄をもつものは
その剣で倒されるとは
たいらけく
やすらけく
の意味と意義とは
あってあるその
存在の理由とは
南山堂安居子
校風とかどうでもいい、、、、独立自尊自主自由とは 正に個人としてのUNIQUEを限りなく尊重す
校風とかどうでもいい、、、、独立自尊自主自由とは 正に個人としてのUNIQUEを限りなく尊重す
同族的なネットワーキングの手法はいつか破綻するのですから
それは
際限なしの投資をする事で
そのエネルギーの全体量は規定されているので
結局は
誰が
一番
獲得量を多くすかとか
質
QUALITYの問題の格差の
テーゼを
競い合うかくらいの事だ
それで
トップとしても
偉大な集団権力を固持して
いまそうだとしても
当然
一人
一人は
その両膝を折る時が
来るのですから
もっと
別の
最善を
追及する事が
御徳とは
理知では
既に
立証されている
POSITIVEと云う事
まさしく
生きている間の利益
の
追及と
本来の御徳
善徳を知る事の
違い
南山堂
なげくこと 嘆き 嗚咽するくらいの悲しめる事 ある親がその授かった子を侵害しまくる事
なげくこと 嘆き 嗚咽するくらいの悲しめる事 ある親がその授かった子を侵害しまくる事
これは
事実として
様々事例
caseがある
case
事件
事故
事例
事案
侵害は
もしも
その親自身が
その幼少の時期に
その親からの侵害行為をたびたび被る
受け止めていたとすると
その子は
何を想起していたか
人生の初期に
絶望を感じとる毎日を過ぎ越している
そんなその方の人生もある事
記憶と現実の狭間の中に
常に
感情はゆれて
気分は沈んだり
浮かんだり
安定する時を知らないまんま
なんとか
生きる事に懸命となるかもしれない
そこで
人というは
家族を家庭を求めて欲し
出会いのあった時に
結婚を
そして
授かった子
しかし
人生は
薔薇色のその仮想の理想のもっとも甘い香りのする者では無いと
自覚する
そうすると
さらに
感情や
気分は
混乱してしまう
子を丁寧に育む事を求めようとして
実際に実践したとしても
子も生き物であるそれ
自由そのもの
統制は無い
操作しようとする意図は自然に芽生えるものだ
その時
社会的な価値
その時にあった
社会の中にある
メインの価値などを
内在化しているとすると
根性論とか
少しくらい叩いてもいいんだ
とか
懲罰で
人を矯正する事こそ
使命だとか
いう人も多かった
まるで
条件反射の虜
犬猫と同じよ
なんて
いう
母親もいました
人を育む事とは
一体
どんな事でしょうか
という命題
見栄もあるし
世間体もあるし
他人の目をとても気にしている人もあるし
自己の評価の問題では無い
評価では無い事
何も無い
親というその存在自体の問題そのもの
存在している事の
UNIQUEを
確実に知る事を
実践していないとすると
つねに
不安定な
環境との相互作用で
揺さぶられてしまう次第だ
自信とかでもない
経験主義でもない
信頼そのものを
自分で
養い
育む事を実践できていない場合は
そもそも
信頼とは
トラスト
ツリー
木のように
ある事
土地に
はじめは小さな種子
そこから
雨壌
あめつち
栄養素
太陽からの光
風
水
刻々と状態は変化し
成長する
過程がある事の
信頼です
信じる事
信じ込む事ではない
いきることこそ
信頼そのものの結果ではあり
生命そのものと共に在る事の
理解するために必要な能力そのもの
これを
自覚するか
どうか
一つの事
いのち
と
今
自分は共にあるのだ
と
素直に
知る事
その行為の
実践は
一つ
一つ
今
今を
積み重ねる事
その行為
ACT
ACTの意図は
ARTそのもの
技能としての
育みは
自らと共にある
いのち
を
詳しく知ろうとする意欲と意図の統合化した行為実践
PRACTICEそのもの
これを
理解してみたいと
いう
意向を
少しでも
保持できるならば
素晴らしい結果が期待できる
そもそも
あまりにも当たり前としての
肉体とか生命
ある人は
自分の所有物なんだと
豪語するけども
だから
肉体も生命自体も
自分の自由に処分できるんだぞ
と
自分の物
なんだ
持ち物なのだぞ
と
そう主張してくる
しかし
ほんとに
そうですか?
と
人類の生成過程を
詳しく理解してみると
どうだろうか
そもそも
自らは
存在したい
なんて
明確に意図して
生まれて来たのか
とか
その時の仕事は
他人の事は除く事
まず
自分の事
について
真剣に究明して観る事
臨在しているのは
いのちそのものであって
常に共にわれとある
最も身近で
したしいものは
いのち
預かっているそれで
授かったいのちそのもの
これを予め自覚する能力は
どうしたら
養う事が
可能なのか
育む事を自分で出来るか
教育とは全く違う事
小さな気が付きの事
子
3才とか
4才とか
5才とか
経験して
真の悦び
喜悦そのものは
何かと
知る事
なぜ
戦争で
一人
ひとり
死んでしまう
その惨劇を
知らされた時
身近な人が戦争で
死んだ事
未だに
遺体
遺骨は
無いのですし
また
社会制度は充足していき
物は溢れた時
交通事故で即死した人もある
病気でも
入院していて医師の過誤で
死亡に至る人もいた
それを隠蔽していたのは医師たちだったし
人自身を助ける
すける斯業であるその者たちが
自分の誤りは
否認し続けるとか
そうする事は
一体
何をmeritとして生きているか
自己証明してしまうこと
その家では
何が起きていたのかとか
家庭では
ある医師の家庭の実情では
非常に残酷であることもあった
もちろん
誰とは言えない事
弁護士でもそうだ
ある教師でもそうだ
先生という職業区分では
偉いというなんとも
明治地時代の価値化の価値の伝統的な風情が
学そのものを
歪ませてきたのは
そうだ
自分で関心をもっている事を中心として
様々な
世界の実情も
ことわりも
理解する事を
支援して
共に
学習する者こそ
そのコワーキングする
共にある者であるのに
教師たるは
偉い者と
うやまえ
とか
そうして
規律規範で
人を操作する方法論を
採用したのは
正に
軍隊の兵士の養成課程と同じだが
集団主義が根底にあるので
全く
groupworkの実践とは
完全に
違っていた
未だに
groupworkと
マスゲームとを同じくしているのはおかしい
一人の必要を他の構成員が理解して
その情報を共有化し
一緒に
協働して
必要を充足するworkingを
提供する
当然
その支援を必要としている者を中心としての協働
チームワークそのもの
集団でみな同じ
ように行動して
一体感の涵養とか
そのよな
古式軍隊奉仕では
生きている事の意味のほんとは理解できない
ただ
自己陶酔性を腐敗酒のように生産するだけなのかもしれないから
南山堂