mmfjtoのブログ  ~なぜなら ぼくは、どうしようもないくらい汚れ腐ってますから~ -103ページ目

生温いのは、やっぱり、吐き出されてしまうし、枯れた枝は、やっぱり集められて燃える火の竈門に焚かれ

 

 

たとえ

暗喩

 

META

 

 

比喩

 

なんでもいいけども

 

 

そして

 

理由

泰然とするものは

何かな

思案する

 

つまり

 

幼き子のように

 

 

おもいを

一つ

一つ

丁寧に

おもい

めぐらす

という方法は

賢明そのものと云う事

 

 

 

何を思い巡らすのか

 

 

世界の偉人とか言われている書物をみても

いいでしょう

 

 

何をした

 

おもい

ことば

おこない

 

 

Nazarethのイエシュアという人物がいて

 

その者の地上で生きたという時は

いまから

2000年前だ

 

ローマ帝国もある

 

エジプトのファラオもいた

 

ペルシアもある

 

中国

中原の皇帝もいた

 

 

 

日本列島には

 

いまでいう

 

 

都市国家は

まだないでしょうし

 

 

 

GREECEとか

 

女神を祠り

神殿をこさえて

 

伺いを立て

 

都市の自由民は

それぞれ

主張する事を主張する

デモクラート

 

 

地中海の沿岸部では

 

西も東も

それぞれ

の民族同士の争いも絶える事は無いし

 

神話の形成もあるし

 

 

 

律法もあるし

明確な哲学思考も

それぞれ

可能であったし

 

 

 

なぜ

そのように

人々は

思考思索の過程を

記録できたのか

 

 

文字があるから

 

 

 

 

 

数字も

文字も

人の発明した工作品の一つ一つだし

 

 

医術も当然

必要とされていた

 

 

 

黄金も採取できたし

 

噴火した山なども

検分して

いろいろ探求していた

 

金銀銅とか

鉛とか

 

 

また

大木を伐採し

 

造船して

交易をしていたし

 

 

海の道も完成していたのですし

 

ローマ人は

GREECEから

回避してきた人々の末裔とかであるし

 

 

 

ビーナスの末裔だと主張している者もあるし

 

貴族とはそうして

女神の末裔ですと云っている

 

カエサル・ジュリアス

 

オクタビアヌス

 

とかね

 

 

偉大なローマの皇帝は

初代は

オクタビアヌス

 

 

アウグストっていうのは

尊敬荘厳

 

八月の意味に変化したし

 

 

偉大なる栄冠を被る者かな

 

大祭司だし

元帥だし

最高指揮官

軍人の神のマルスの化身のような者とか

 

 

叡智に富

腕力の最高位

 

 

赤いマントはそれ

太陽のように燃え盛る炎の色

 

 

太陽に向かって飛翔する鷲

 

 

 

月の女神

とか

 

いろいろな神々への供物供養を実践する大祭司も兼務する

 

 

イペリアトール

 

 

ファショ

 

 

多くの力を一つに束縛した

その武器

 

 

 

 

 

地上にある最高の権力者

 

 

 

 

 

 

各地に大王とか皇帝は存立しては

その両方の膝を折る事だった

 

実際にどんなに

権勢を拡大した者でも

あの

アレキサンドロス

もそうだ

 

大英雄

 

仲間としての兵士たちであったから

我こそ先に戦場に向かい

傷こそは

勲章という精神発意

 

人気は当然

 

 

 

 

しかし

バビロンで

死滅する

 

 

 

 

イスカンデール

 

 

 

 

 

 

 

 

人は

ニムロドでもそうだ

 

古の大王は

 

狩人

 

弓矢の矢を

天に向けたそうだけども

 

 

その意図は

 

 

 

剣の柄をもつものは

その剣で倒されるとは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たいらけく

やすらけく

の意味と意義とは

 

あってあるその

存在の理由とは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南山堂安居子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校風とかどうでもいい、、、、独立自尊自主自由とは 正に個人としてのUNIQUEを限りなく尊重す

校風とかどうでもいい、、、、独立自尊自主自由とは 正に個人としてのUNIQUEを限りなく尊重す

 

 

同族的なネットワーキングの手法はいつか破綻するのですから

それは

際限なしの投資をする事で

そのエネルギーの全体量は規定されているので

 

結局は

誰が

一番

 

獲得量を多くすかとか

QUALITYの問題の格差の

テーゼを

競い合うかくらいの事だ

 

 

 

 

 

 

それで

トップとしても

偉大な集団権力を固持して

いまそうだとしても

当然

一人

一人は

その両膝を折る時が

来るのですから

 

 

もっと

別の

最善を

追及する事が

御徳とは

理知では

既に

立証されている

POSITIVEと云う事

 

まさしく

生きている間の利益

 

追及と

 

本来の御徳

善徳を知る事の

違い

 

 

 

 

 

南山堂

なげくこと  嘆き 嗚咽するくらいの悲しめる事  ある親がその授かった子を侵害しまくる事

なげくこと  嘆き 嗚咽するくらいの悲しめる事  ある親がその授かった子を侵害しまくる事

 

 

これは

事実として

様々事例

caseがある

 

 

case

 

 

 

事件

事故

事例

事案

 

 

侵害は

もしも

その親自身が

その幼少の時期に

その親からの侵害行為をたびたび被る

受け止めていたとすると

 

その子は

何を想起していたか

 

人生の初期に

絶望を感じとる毎日を過ぎ越している

 

 

 

そんなその方の人生もある事

 

記憶と現実の狭間の中に

常に

感情はゆれて

気分は沈んだり

浮かんだり

 

安定する時を知らないまんま

なんとか

生きる事に懸命となるかもしれない

 

そこで

人というは

 

家族を家庭を求めて欲し

出会いのあった時に

結婚を

 

 

そして

授かった子

 

しかし

人生は

薔薇色のその仮想の理想のもっとも甘い香りのする者では無いと

自覚する

 

 

そうすると

さらに

感情や

気分は

混乱してしまう

 

 

子を丁寧に育む事を求めようとして

実際に実践したとしても

子も生き物であるそれ

自由そのもの

 

統制は無い

操作しようとする意図は自然に芽生えるものだ

 

 

 

その時

社会的な価値

その時にあった

社会の中にある

メインの価値などを

内在化しているとすると

根性論とか

少しくらい叩いてもいいんだ

とか

 

懲罰で

人を矯正する事こそ

使命だとか

いう人も多かった

 

 

 

まるで

条件反射の虜

 

犬猫と同じよ

なんて

いう

母親もいました

 

 

 

人を育む事とは

一体

どんな事でしょうか

 

という命題

 

 

見栄もあるし

世間体もあるし

 

他人の目をとても気にしている人もあるし

 

 

 

 

自己の評価の問題では無い

 

評価では無い事

 

何も無い

親というその存在自体の問題そのもの

 

 

存在している事の

UNIQUEを

確実に知る事を

実践していないとすると

 

つねに

不安定な

環境との相互作用で

揺さぶられてしまう次第だ

 

 

 

自信とかでもない

 

経験主義でもない

 

 

信頼そのものを

自分で

養い

育む事を実践できていない場合は

 

そもそも

信頼とは

トラスト

 

 

ツリー

 

木のように

ある事

 

土地に

はじめは小さな種子

 

そこから

雨壌

 

 

 

あめつち

 

 

栄養素

太陽からの光

 

 

 

 

刻々と状態は変化し

成長する

過程がある事の

信頼です

 

信じる事

信じ込む事ではない

 

いきることこそ

信頼そのものの結果ではあり

生命そのものと共に在る事の

理解するために必要な能力そのもの

これを

自覚するか

どうか

 

 

 

一つの事

いのち

自分は共にあるのだ

 

素直に

知る事

その行為の

実践は

一つ

一つ

 

今を

積み重ねる事

その行為

 

ACT

 

ACTの意図は

ARTそのもの

技能としての

育みは

自らと共にある

いのち

詳しく知ろうとする意欲と意図の統合化した行為実践

 

PRACTICEそのもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これを

理解してみたいと

いう

意向を

少しでも

保持できるならば

 

素晴らしい結果が期待できる

 

 

そもそも

あまりにも当たり前としての

 

肉体とか生命

ある人は

自分の所有物なんだと

豪語するけども

 

だから

肉体も生命自体も

自分の自由に処分できるんだぞ

 

自分の物

なんだ

 

持ち物なのだぞ

 

そう主張してくる

 

 

しかし

ほんとに

そうですか?

 

人類の生成過程を

詳しく理解してみると

どうだろうか

 

そもそも

自らは

存在したい

なんて

明確に意図して

生まれて来たのか

 

とか

 

 

 

その時の仕事は

他人の事は除く事

まず

自分の事

について

真剣に究明して観る事

 

 

 

臨在しているのは

いのちそのものであって

常に共にわれとある

最も身近で

したしいものは

いのち

 

預かっているそれで

授かったいのちそのもの

 

 

 

 

 

 

 

これを予め自覚する能力は

どうしたら

養う事が

可能なのか

 

 

 

 

 

 

 

育む事を自分で出来るか

 

 

 

 

教育とは全く違う事

 

小さな気が付きの事

 

3才とか

4才とか

5才とか

 

経験して

真の悦び

 

喜悦そのものは

何かと

知る事

 

なぜ

 

戦争で

一人

ひとり

死んでしまう

 

その惨劇を

知らされた時

 

身近な人が戦争で

死んだ事

 

未だに

遺体

遺骨は

無いのですし

 

 

また

社会制度は充足していき

 

物は溢れた時

 

交通事故で即死した人もある

 

 

病気でも

入院していて医師の過誤で

死亡に至る人もいた

それを隠蔽していたのは医師たちだったし

 

 

 

人自身を助ける

すける斯業であるその者たちが

自分の誤りは

否認し続けるとか

 

 

そうする事は

一体

何をmeritとして生きているか

自己証明してしまうこと

 

 

その家では

何が起きていたのかとか

 

家庭では

ある医師の家庭の実情では

非常に残酷であることもあった

 

もちろん

誰とは言えない事

 

 

 

弁護士でもそうだ

ある教師でもそうだ

 

先生という職業区分では

 

偉いというなんとも

明治地時代の価値化の価値の伝統的な風情が

 

学そのものを

歪ませてきたのは

そうだ

 

 

 

 

 

自分で関心をもっている事を中心として

様々な

世界の実情も

ことわりも

理解する事を

支援して

共に

学習する者こそ

そのコワーキングする

共にある者であるのに

 

教師たるは

偉い者と

うやまえ

とか

そうして

規律規範で

人を操作する方法論を

採用したのは

正に

軍隊の兵士の養成課程と同じだが

 

 

集団主義が根底にあるので

 

全く

groupworkの実践とは

完全に

違っていた

 

未だに

groupworkと

マスゲームとを同じくしているのはおかしい

 

 

 

 

一人の必要を他の構成員が理解して

その情報を共有化し

一緒に

協働して

必要を充足するworkingを

提供する

 

当然

その支援を必要としている者を中心としての協働

 

チームワークそのもの

 

 

 

集団でみな同じ

ように行動して

一体感の涵養とか

そのよな

古式軍隊奉仕では

 

生きている事の意味のほんとは理解できない

ただ

自己陶酔性を腐敗酒のように生産するだけなのかもしれないから

 

 

 

 

 

 

南山堂