mmfjtoのブログ  ~なぜなら ぼくは、どうしようもないくらい汚れ腐ってますから~ -105ページ目

周辺にある木の実 戦 呑み込まれるのはいつか


防衛は

国の一人ひとり安心安全を

保持する為


シミュレーションしてみたら

どうなるか







歴史的遺恨


人のこころにある明確な意図




錯綜する




人というのは

常に状態は変化する

故に

生き物


何故


いくさは

当たり前だから


人間にある

性質の本流であり


自由に反対も賛成も可能だ



自由は

遮る事は出来ない



結果


行為した結果


準備していまある結果


あっと

いうま

無く


呑み込まれてしまう



自己防衛は

何でしょうかね、


私的に完全に

出来得る

セルフヘルプとは

何?




セルフディフェンス



国は国

人は人


まさに

個人個人の力を集めて


統制し

元帥


戦力は

比較してみたら

どうなるか



具体的に

何をしたら

賢明か




人は行為する


正当防衛は

一体

何か



地理的条件


国は地上から

亡くなった事例もある


いつまでも

いつまでも

地上に

自分の属する国が

あるとは

確実では

無い



大魚は

小さな魚を

呑み込み


真っ暗な腹に

吸い込む



吐き出されるまで

待つしかない



いろいろな

戦略は


ありますから



社会構成を

詳しく

調べる

観察



何が

いまあるか



真に隣人に

最高の善徳を

贈り物にすは


日本という

八洲

大八洲

にある

一人

一人は


何を用意したら

よか

か?



働く人


国防は

当たり前の事です


人間は

不確実そのものだから


地上には

樂園は

無い



戦争は

しない事こそ


であるが


しかし


人とは


いろいろな

要素の

かたまり


故に


地上にある限りは

憂い


優れたる




やはり

必須





いくさ

仕掛ける

のでは

無い




相手の

内実を

意図を


詳しく

知ること


事実を

受け止め


予備するのは


当たり前


臨機応変


地上は

樂園では

ないのだから



苦しむ事は

消えたりは

しないから



現実は

目を見開き

観るしかない


事実は

明確に

受け止め


否認したら

デメリットを積む





ニッチ


隙間にあるのは

何か


究明し

理解できる能力は

求めて

養って

育む

必要は

ある


戦争は

好き

嫌い

では

判断できない



日本国は


逃げ場は

なくなるのだから


包囲されたら


どうしますか、


自害した人々は

いました




自己の最後の最期の時


いのち

共にある

変わらない事実


誰の為に

何を意図すか



あなたの

敵の為に


最善の品物を

贈り物にし


なこやかに

たのしむ

ことは



一体

何を

意図するのか



殺すな

とは


何か?



正当防衛の内実


ゆるす


とは

何か




いつくしむ

とは

何か


いつくしみ

完全な品物を

善い品物を


贈り物にするには


何を支度したら善いか



もしも

戦場になるなら

回避する


その場から

回避する


災難は

あらかじめ

回避する


リフュジ


さまよいの民のように

やはり

いのちは

保持するは

当たり前


兵士は

契約


他者を

守護保護防衛すから

明確に

意図した

ワーク

職務専念



地上には

樂園など

無いのだから


幻想には

あるかもしれないが


REALでは

どこにも

樂園などない



唯一の安寧は


個人は

生命の住まう処


生命こそは

寶物



人間には

矛盾している

出来事は

沢山あるが



自分から

統合化する

努力は

必要だ



かつ


至高善

最高善

全善善

何か

理解できる能力を

予備し


体験するは

必要



生命とともにあるのだから


あらゆる人に

生命は

備えられてある次第だ



さあて


戦争は

あちら

こちら

あるかもしれない


いまある

肉体

身体

自己自身


いのち


まさに

存在自体は霊として


ユニーク


unique


唯一無二


他には

自己は

居ないから


みな

同じこと

それぞれ

個人


唯一の存在




生命そのものは

共にある


から

こそ


喜悦そのもの


体験し

理解できる


いのちそのものを





南山堂何如安居子










たとえ全世界を手にしたとしても・・生命自体を永久に失ったとしたら・・・どうなるか  枯木枯枝

たとえ全世界を手にしたとしても・・生命自体を永久に失ったとしたら・・・どうなるか  枯木枯枝

 

 

自働で

極楽に入るんだとかいうのもそれを信じた時は

地上の騒乱にあっても

安心はあるでしょうね

ピュアランドにあるという嗜好性

 

またはそうだと

前触れを体験する事

 

Themeパークそのもの

 

 

地上に楽園を構築する事こそ

人の夢ではあるのでね

 

 

しかし

そうした人も

何をしても

肉体から

生命自体は

ひとつのまたたきもしないうちに

過ぎていくのですから

 

 

その者自体は

正に

 

枯れ木の如しと

いっても

過言でもない

 

侮辱でもない

 

 

山に行きますと

時に

一本の真っ白な大きな木に遭遇する事もある

 

正に

墓標のようにつんと

天に刺す

 

それです

 

 

 

 

 

既に

木自体は

大凡

死んでしまっている細胞を抱えているそうだし

 

中間の幹という部分とか

 

堅固な要塞のように立位している木もあるけども

 

 

 

人は

その足で

地面を踏んで

歩行

 

pace

 

ぱーちぇ

 

 

一歩

一歩

歩み

あゆむ

営みの為に

何をいとなああむるか

 

 

あむ

 

 

編み成す

織りなす

綾なす

 

 

 

クロス

 

正に

糸をつむぐ工程を知ってメイキングする意図

動機

Motifのある事だ

 

 

人の像を

知っている事で

 

飾るためでは無い

 

御前に出でる時の

服を

予め用意してもらう事

 

 

それを

希求しないで

何を求めるか

という事

 

 

大いなる宴

晩さん会

 

誰が一体

その主催者であるか

 

 

 

いまよの

権勢の習性で

 

枢要

カルジナル

 

番のような存在は

招かれるでしょう

 

しかし

みなで

世界を仲良く

分割して

統治しますね

cakeを

割譲するという思想では

 

はたして

どうなることか

こここそ

こちらの所有なのです

どうしても

必要なのですし

そもそも

そこは

こっちの物だ

 

 

とか

 

 

土地の区分の

あらそう姿勢は

 

何処でも

古から

今に至るまで

 

一生懸命に

生き様を晒すもの

いくつかの伝統とか

 

その者の言を優位にして

法さえも

無視している者もまだいます

複数

 

でも

それこそ

人そのものだと

自己顕示している証左

自分から

 

 

なんと

嘆くかというのは

真に嘆くその存在とは

一体

誰か

です

 

 

欲望

どうせ

人は死んでしまうから

という理由と根拠に

価値があるからであるから

 

 

では

 

その日

その時

迎えた人に

インタヴューを申し込んでも

何も返答も

解答も

イエスも

ノーも

云わない

 

いわいふる事も無い

 

吐く事は⓪

 

 

 

 

それが

人にある仮定の最終の時

 

自力で何かしようとしても無理なのです

 

その状態で

どうやってこの世界を支配できるというのでしょうかね

 

 

 

 

多くの偉いとても偉大な権威者という者は

地表に現れては

鎮まる

 

 

それは

一体

なぜでしょうか_

 

 

 

燃える火の竈門に

クベラレテしまう

とかいう

喩えは

一体どの事を指示するのでしょうか

 

実際に

人は

特に日本国では

多くの人は

正に

燃える竈門の火にくべられている

 

火にくべる

 

燃やす事の火

 

燃える火の竈門の中に

内側に

そして

骨は真っ白である

カルシウム

 

肉体は炭素など

 

 

真っ白からもっと燃焼して強力に焼くなら

透明になるでしょう

 

 

ダイヤモンドにしたりする

遺灰などを

最近の葬祭のサービスなど見ていますと

一見

ショウアップしている次第の式もあるから

 

樹木と共に

遺灰を埋める方式なども

 

お墓は

そもそも

人体をシンボライズしているそうだし

卒塔婆とは

シュツーパ

 

 

仏舎利の塔だから

 

ゴウタマさんの遺体を

火葬して

骨を米粒のよに切り刻み

その一粒を

格納して

高い高い塔を構築した次第だし

 

そうしたのは

インドの大帝国の統治者であった

 

アショカさん

 

大王

グレイト

 

 

 

 

飛鳥のROOTSではないかと云っている

博士もいています

 

 

 

そして

彼の戦争での

いろいろな

死刑とか

殺害行為など

 

とてもとても多い人々を

生命そのものを侵害したことの

償い

ということ

 

 

 

 

滅罪と云う事だ

 

 

光明子も

その一人であった

 

他の兄たちが

疫病で死を迎えたから

 

中臣

さん

 

 

 

藤原という

朝臣

 

 

 

天皇としてのその日本国の大祭司の補佐をする職分として

ある

人々であって

 

 

天の神の怒り

とか

 

多くの人々の怒りとか

ある特定の権力闘争で

敗北して

死を迎えた者の抱いているあろう

怨念とか

その報復だとか

認知しているとして

 

いかに

して

自己も保持したら良いものか

と悩む事もある

 

仏法と先祖の神々と

統一して

統合化しても

何もおかしくは無い事ではある

 

 

本地

はあるか

ないか

であるから

 

 

結果

何をしたか

 

その意味は

 

広く

諸国にて

センターを開設してみたり

 

支援の必要と判断できる人々の支援を提供する事を

推進したり

 

如何にも

福祉の原点として

一人

びとり

特に精神肉体ともに困難を抱く人々に

福を贈る事を

意図した

 

 

それは

地方ではどういう事を

展開したか

 

 

今も

その福と云う事

 

福祉と云う事では

 

肉体の健康自体を損なって

いわゆる自身に肉体の機能の不全を抱えて

生きる事こそ辛いんだと

実際に体験した者

 

この実例があることで

 

主張する事

傾聴する事

いかに

政策

制度を

構築して

実務化できるか

 

 

古代で

律法のあっても

 

最高位の偉い者は

 

生活の維持もままなら人々を

無視し

拒否していた実例はあるのですし

 

 

それで

我こそは

神の僕

だぞ

なんて立派だ

粋がる者もありましたと

世界の実例にはある次第だ

 

 

 

そこで

天主自体は

その本来の職務専念義務を

完全に放棄した者を

懲らしめるシーンもある

 

 

 

どうになるかは

 

その天主の子である正に長子が

登場し

 

全ての

つみかさねた

DEMERIT

マリトリートメントを

知る事と

 

その償いを

奉納する事を

人生そのものとして

 

残酷な死をも受け止めた

その過程を

経る事で

 

意図は

天主の意図は

完遂

完了

おわり

 

地上には

再度

平安が

齎されている次第と

いう結末

 

それで

2000年前にその幕の御開帳のある事で

決して

秘匿している品物は

何も無いのです

空っぽ

である

 

アポカリプスとはその意味

意図なので

 

どの人もにも明確に顕示されて

2000年の時を経ている次第

 

 

疲れた者は

やすませてあげるから

私の元においでんさい

 

 

おざりなさい

 

 

とは

その事

 

水も

食べ物も

衣類も

住まいも

全部

用意されていますよ

という

まさしく

真に優しい

うれいたるかた

であるからこそ

 

大王の中の大王としての

権威と

権能と

執行者であるその

インペラトールと云う事であると

栄誉はその者に

向ける

贈くる

とするのは

正に合理であるところ

 

 

理知としては

何もおかしなことは無い

 

 

 

奉仕せ

奉仕せとは

云わない

 

 

それは

知る事を必然とする

そもそも

祭司の人々に

向けて

発意されている次第なのですから

 

知る事は

賢明で

御徳であると云う事

 

 

報せる者

は既に知らせてあることだから

 

 

研究し

霊こそ

試す事だということ

 

 

 

 

南山堂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある統治者という者は、宗教を大いに活用して人々の心を支配し操作し束縛し強制仮想楽園を実現します。

ある統治者という者は、宗教を大いに活用して人々の心を支配し操作し束縛し強制仮想楽園を実現します。

 

 

強制的

強迫

 

脅迫もして

 

強く迫る

 

この俺様を信じろ

信じろ

全てを

この俺様を活かすために

ささげろ

全部

おまえのものを

俺様に

よこしなさい

 

そして

やもめの献金と云う事だぞ

 

なんて

 

Nazarethのイエシュアの言を

利用しまくるし

 

 

 

どこまでも

神のIMAGEそのものを

援用し

 

自己自身を保持するための

SURVIVAL

 

 

彼にとっては

天国かもしれないが

 

その状態が

いつまでも永遠に継続するとは

なることは

まずない

 

人自身であるから

自分の膝を折る時は

必ず

その人自身に

到来するのは

 

当然のことわりなのですから

 

 

 

 

南山堂