ソウルメイト序章2
前の日記から続く・・・
10)人生は遊びという新しい感覚
11)いろんな出会いが助けてくれる。
12)ソウルメイトとは、よくぞ、そばにいてくださったと思えるありがたい人
13)インドのシバ神 破壊と再生のモード
14)ピンチ、ピンチ、チャンス、チャンス、ランラン!
雨雨降れ降れ、ランランのメロディで歌いましょう!
15)別離、病気、離婚、リストラ・・・・は次の幸せへの準備期間
16)人生は修行ではなく、遊びです。
10)人生は遊びという新しい感覚
11)いろんな出会いが助けてくれる。
12)ソウルメイトとは、よくぞ、そばにいてくださったと思えるありがたい人
13)インドのシバ神 破壊と再生のモード
14)ピンチ、ピンチ、チャンス、チャンス、ランラン!
雨雨降れ降れ、ランランのメロディで歌いましょう!
15)別離、病気、離婚、リストラ・・・・は次の幸せへの準備期間
16)人生は修行ではなく、遊びです。
ソウルメイト 序章
人生の転機は幸せのチャンス!
越智啓子
朝日新聞出版
2011年3月18日
北海道に移住するのは5月の上旬の予定ですが、それまでの一ヶ月・・・イキイキワクワク遊んで??暮らすことにしました。
今日の午前中は体幹部の深層筋を鍛えるピラティストレーニング、午後はくるみの学校スタッフと打ち合わせをしました。
スタッフが持っていたのが、「人生の転機は幸せのチャンス」越智啓子さんが書かれたものです。
彼女は沖縄に住む精神科医ですが、過去生療法をされている方です。
人間の魂は不滅で現世の体を何度も乗り換えていると言われています。
越智さんが言われるように前世があり、生まれ変わっているかは、私にはわかりませんが、人の教えや知恵、つまりその人の生き方という魂はその人の肉体が滅んでも、永遠に人の心の中に語り継がれ、生きていくことは確かです。
過去生とは「前の人生、前の舞台」と越智さんは書かれていますが、彼女はニーチェの言葉を引用されています。
「自分の行為は世界に響いている。・・・中略・・・つまり私たちは永遠に生き続ける。」
この著書の中の小題や気になった文を紹介します。
1)ソウルメイトは魂の友
2)エクスタシーチェンジの場所 → 私にとっては、サンタヴィレッジとその隣のくるみの学校の設立地です。
3)お祭りは大事!阪神大震災復興はお祭りから始まった。
4)リストカットはなぜ左手首なのか?
5)愛ボンド
6)変化を恐れないで流れにまかせると次のステージに行ける。
7)アガスティアの葉
8)時間は生きている。個人個人で時間の密度が違う。
9)テレポーテーション
私の日記を読んで、この本を読まれるか、否かは、越智さん風に解釈すると前世に決まっていたことなのかもしれません。
この本はその場で読んでしまったので、彼女の著書「ソウルメイト」を読みます。
行き過ぎた自粛は被災地の復興を遅らせる。
本日をもって、32年間の神奈川県教育公務員を早期退職しました。
午前中は退職辞令交付式、高校、支援学校の退職者は343名だそうです。
年金給付が60歳で全額給付されなくなり、再任用や講師という形で教育現場に再就職される方が多いようです。
これも、教育現場が老齢化する原因なのですが、年老いた両親や幼いお子さん、子どもの教育費にかかるので、仕事を続けないと家計が成り立たないという現実があります。
午後は教職員組合の退職記念パーティー!
夕方からは、くるみの学校スタッフと打ち合わせの為、教え子の経営しているハワイアンバー・AHUAHUに行ってきました。
ここでは16日に最初に担任した生徒達が送別会を開いてくれます。
自粛と計画停電の影響で、予約がキャンセルされ、従業員の給料、仕入れの為に借り入れをせざるを得ない状況だそうです。
飲食業界だけでなく、観光業界も大打撃を受けています。
金が回らなくなれば、当然、経済が悪くなり、被災地復興にも悪影響を与えます。
今日も教え子から自粛ムードなので送別会の日にちをどうしたら良いかとの相談メールが来ましたが、被災地の人々の事を思いやる事とこの自粛ムードは、別に考えるべきだと言いました。
夏の花火大会を中止したり、花見も自粛・・・、こんな事をしていたら、被災地以外の店もつぶれますよ。
そして回り回って、復興に悪影響を与えるのは自明です。
被災地の人々の事を思いやり、そして、経済活性化をすることは別な事です。
また、計画停電が店の営業妨害をし、経済活動を停滞させています。
計画停電もきちんとスケジュールを立て、店の営業に影響を与えないように、配慮すべきです。
計画停電ではなく、無計画停電になっていることは、停電時間の地域差があまりにもひどいという現実から、推測できます。
私の所属するスキークラブは、当初、ゴールデンウィーク中のコブ合宿を中止する予定でしたが、新潟県のかぐらみつまたスキー場周辺の宿のキャンセルが相次いでいるため、経済支援の為に、合宿を行うことになり、私も参加する予定です。
日本の社会、いろんな災害、事件が起こるたびに、対処が過度に振れすぎます。
午前中は退職辞令交付式、高校、支援学校の退職者は343名だそうです。
年金給付が60歳で全額給付されなくなり、再任用や講師という形で教育現場に再就職される方が多いようです。
これも、教育現場が老齢化する原因なのですが、年老いた両親や幼いお子さん、子どもの教育費にかかるので、仕事を続けないと家計が成り立たないという現実があります。
午後は教職員組合の退職記念パーティー!
夕方からは、くるみの学校スタッフと打ち合わせの為、教え子の経営しているハワイアンバー・AHUAHUに行ってきました。
ここでは16日に最初に担任した生徒達が送別会を開いてくれます。
自粛と計画停電の影響で、予約がキャンセルされ、従業員の給料、仕入れの為に借り入れをせざるを得ない状況だそうです。
飲食業界だけでなく、観光業界も大打撃を受けています。
金が回らなくなれば、当然、経済が悪くなり、被災地復興にも悪影響を与えます。
今日も教え子から自粛ムードなので送別会の日にちをどうしたら良いかとの相談メールが来ましたが、被災地の人々の事を思いやる事とこの自粛ムードは、別に考えるべきだと言いました。
夏の花火大会を中止したり、花見も自粛・・・、こんな事をしていたら、被災地以外の店もつぶれますよ。
そして回り回って、復興に悪影響を与えるのは自明です。
被災地の人々の事を思いやり、そして、経済活性化をすることは別な事です。
また、計画停電が店の営業妨害をし、経済活動を停滞させています。
計画停電もきちんとスケジュールを立て、店の営業に影響を与えないように、配慮すべきです。
計画停電ではなく、無計画停電になっていることは、停電時間の地域差があまりにもひどいという現実から、推測できます。
私の所属するスキークラブは、当初、ゴールデンウィーク中のコブ合宿を中止する予定でしたが、新潟県のかぐらみつまたスキー場周辺の宿のキャンセルが相次いでいるため、経済支援の為に、合宿を行うことになり、私も参加する予定です。
日本の社会、いろんな災害、事件が起こるたびに、対処が過度に振れすぎます。
日本のマスコミが報道しない写真
マイミクさんから紹介して頂きましたが、遺体や土葬の写真もあります。
とてもショッキングな写真もありますので、見るかは、ご自分で判断してください。
日本のマスコミが報道しない写真です。
しかし、これが被災地の現実なのです。
もう一度、言いますが、遺体や土葬の写真がありますので、よく考えてから、見るか見ないかを自己責任で判断してください。
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html?scp=4&sq=JAPAN%20PHOTO&st=cse#1
とてもショッキングな写真もありますので、見るかは、ご自分で判断してください。
日本のマスコミが報道しない写真です。
しかし、これが被災地の現実なのです。
もう一度、言いますが、遺体や土葬の写真がありますので、よく考えてから、見るか見ないかを自己責任で判断してください。
http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html?scp=4&sq=JAPAN%20PHOTO&st=cse#1
想定外という東京電力の副社長の談話にはあきれた・・。
■10m津波想定せず…全国54基、電源喪失恐れ
(読売新聞 - 03月30日 08:36)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1551870&media_id=20
全国の原子力発電所が、東日本巨大地震で発生した10メートル級の津波を想定しておらず、想定を超えた津波に襲われると福島第一原子力発電所と同様の電源喪失に陥る恐れのあることが、読売新聞社の調査でわかった。
経済産業省は福島での事故を受けて、電力各社に対策の強化を求めるが、各社とも対応に追われている。
大地震などの際、運転中の原子炉を安全に停止するには、炉を冷却する装置が働く必要がある。各原発は、通常の外部電源が止まった時のために非常用電源を備えるが、福島第一原発では非常用ディーゼル発電機が津波で浸水し故障した。
読売新聞社が、全国の商業用原発54基について調べたところ、津波の想定は最高でも北海道電力泊原発(泊村)の9・8メートルで、最も低い関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)は0・74メートルだった。
各社は、非常用電源を置く敷地が津波の想定より高いことから「安全」と判断している。
しかし、今回の津波では、福島第一原発が想定を上回る14メートルの津波に襲われたとみられるほか、日本原子力発電東海第二発電所(茨城県東海村)と東北電力女川原発2号機(宮城県女川町、石巻市)も、非常用の発電機を海水で冷やすポンプや熱交換機が水没で故障し、一部が使用不能になった。
************************************************************
先日の東京電力副社長の談話・・・
想定外だから・・・・だから何なのでしょう??
少なくとも数人の方から地震国である日本の原子力発電の危険性を指摘され、基準見直しをしてきされていたはずです。
地震・・19日目に入っているのに、一向に福島の原子力発電所事故に対する解決策が見えてきません。
また、福島原発で作業にあたっている人からの内部告発、貧しい食事や作業環境、少なくとも原発の港を使えているのだから、第一に物資を大量に補給し、作業員の交代や志気をあげるための環境を整えるべきでしょう。
社長、副社長・・役員達、自らが物資を運び、現地に行く気構えが見えません。
*******************************************************************
再度、地震学者・石橋先生の警告を掲載します。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1688293615&owner_id=9922906
不安をあおるつもりはありません。政府はすみやかに情報開示をすべきです。
昨日の発表を見れば、政府は今回の現実を隠そうとしているのではないかという疑念を抱いています。
地震による福島原発事故を見れば、人類は原子力を完全に制御できる力をもっていないことに気づいてほしいと思います。
原子炉は原子爆弾と同じです。
今回のように津波で冷却システムが稼働しなければ、原子炉は暴走し、メルトダウン・・・そして、放射能が拡散し、原爆が落ちたのとおなじ結末を迎えます。
今日の毎日新聞のコラムに神戸大学名誉教授の石橋克彦さんが、「日本のすべての原子炉を停止し、点検すべきである。」と書かれています。
石橋さんが書かれた「大地動乱の時代」を読み、日本列島では、いつでも、どこでも、大地震が起きる可能性があることを知りました。
翌年、阪神大震災が起きました。
今回の地震は阪神大震災の何百倍の規模で起きています。被災地域も広範囲です。
津波被害といえば、リアス式海岸の岩手、宮城県を想像しますが、今回の原発事故はなだらかな海岸線の福島県です。
つまり、海岸線に建てられた54基の原発はすべて、津波の被害を受ける可能性が高いのです。
耐震性だけを考え、津波の被害を考えないで原子力発電所が建てられていることは、今回の原発事故で明白です。
放射能は目に見えません。知らないうちに被爆し、細胞を破壊されるのです。
********************************************************************
東日本大震災:福島第1原発炉心溶融 石橋克彦・神戸大名誉教授(地震学)の話
◇全原子炉停止、総点検を
東日本大震災を引き起こしたマグニチュード8・8の地震で、福島県の東京電力福島第1原発が重大事故を起こした。
外部電源が止まり、1、2号機の原子炉を冷やすための非常用発電機も4台すべてが故障して、原子力災害対策特別措置法による「原子力緊急事態」が11日夕方、菅直人首相から宣言された。
1号機は運転歴40年の老朽炉だが、炉心溶融が生じて爆発、建屋が大きく壊れて放射能が環境に放出された。周辺住民が避難させられたが、一連の事態は絶対起こしてはいけないことだった。起こらないともされていた。2号機と福島第2原発にも深刻なトラブルがあるらしい。
私は、地震による原発事故と通常の震災が複合する「原発震災」の恐れを97年から警告し、05年の衆議院予算委員会でも公述した。07年の新潟県中越沖地震による東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)被災の後は、その危険がさらに明白になったことを強調してきたが、今回はまさに原発震災。最悪にならないことを祈るばかりだ。
福島第1原発は、原子力安全・保安院と原子力安全委員会が最新の耐震設計指針に照らしても安全だと09年に評価したばかりである。今回の地震は想定外だというかもしれないが、全国の原発で地震を甘く見ているから想定外が増えるのだ。
爆発に余震の揺れが絡んだような情報もあるが、私は余震の重大性を指針検討分科会で力説したのに無視された。原子力行政と、それを支える工学・地震学専門家の責任は重大だ。
日本国民は、地震列島の海岸線に54基もの原子炉を林立させている愚を今こそ悟るべきである。3基が建設中だが、いずれも地震の危険が高い場所だから直ちに中止すべきだ。運転中の全原子炉もいったん停止して、総点検する必要がある。
http://megalodon.jp/2011-0313-0913-52/mainichi.jp/select/weathernews/news/20110313ddm003040082000c.html
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私達が想像できる以上の大災害が起きているのです
(読売新聞 - 03月30日 08:36)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1551870&media_id=20
全国の原子力発電所が、東日本巨大地震で発生した10メートル級の津波を想定しておらず、想定を超えた津波に襲われると福島第一原子力発電所と同様の電源喪失に陥る恐れのあることが、読売新聞社の調査でわかった。
経済産業省は福島での事故を受けて、電力各社に対策の強化を求めるが、各社とも対応に追われている。
大地震などの際、運転中の原子炉を安全に停止するには、炉を冷却する装置が働く必要がある。各原発は、通常の外部電源が止まった時のために非常用電源を備えるが、福島第一原発では非常用ディーゼル発電機が津波で浸水し故障した。
読売新聞社が、全国の商業用原発54基について調べたところ、津波の想定は最高でも北海道電力泊原発(泊村)の9・8メートルで、最も低い関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)は0・74メートルだった。
各社は、非常用電源を置く敷地が津波の想定より高いことから「安全」と判断している。
しかし、今回の津波では、福島第一原発が想定を上回る14メートルの津波に襲われたとみられるほか、日本原子力発電東海第二発電所(茨城県東海村)と東北電力女川原発2号機(宮城県女川町、石巻市)も、非常用の発電機を海水で冷やすポンプや熱交換機が水没で故障し、一部が使用不能になった。
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先日の東京電力副社長の談話・・・
想定外だから・・・・だから何なのでしょう??
少なくとも数人の方から地震国である日本の原子力発電の危険性を指摘され、基準見直しをしてきされていたはずです。
地震・・19日目に入っているのに、一向に福島の原子力発電所事故に対する解決策が見えてきません。
また、福島原発で作業にあたっている人からの内部告発、貧しい食事や作業環境、少なくとも原発の港を使えているのだから、第一に物資を大量に補給し、作業員の交代や志気をあげるための環境を整えるべきでしょう。
社長、副社長・・役員達、自らが物資を運び、現地に行く気構えが見えません。
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再度、地震学者・石橋先生の警告を掲載します。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1688293615&owner_id=9922906
不安をあおるつもりはありません。政府はすみやかに情報開示をすべきです。
昨日の発表を見れば、政府は今回の現実を隠そうとしているのではないかという疑念を抱いています。
地震による福島原発事故を見れば、人類は原子力を完全に制御できる力をもっていないことに気づいてほしいと思います。
原子炉は原子爆弾と同じです。
今回のように津波で冷却システムが稼働しなければ、原子炉は暴走し、メルトダウン・・・そして、放射能が拡散し、原爆が落ちたのとおなじ結末を迎えます。
今日の毎日新聞のコラムに神戸大学名誉教授の石橋克彦さんが、「日本のすべての原子炉を停止し、点検すべきである。」と書かれています。
石橋さんが書かれた「大地動乱の時代」を読み、日本列島では、いつでも、どこでも、大地震が起きる可能性があることを知りました。
翌年、阪神大震災が起きました。
今回の地震は阪神大震災の何百倍の規模で起きています。被災地域も広範囲です。
津波被害といえば、リアス式海岸の岩手、宮城県を想像しますが、今回の原発事故はなだらかな海岸線の福島県です。
つまり、海岸線に建てられた54基の原発はすべて、津波の被害を受ける可能性が高いのです。
耐震性だけを考え、津波の被害を考えないで原子力発電所が建てられていることは、今回の原発事故で明白です。
放射能は目に見えません。知らないうちに被爆し、細胞を破壊されるのです。
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東日本大震災:福島第1原発炉心溶融 石橋克彦・神戸大名誉教授(地震学)の話
◇全原子炉停止、総点検を
東日本大震災を引き起こしたマグニチュード8・8の地震で、福島県の東京電力福島第1原発が重大事故を起こした。
外部電源が止まり、1、2号機の原子炉を冷やすための非常用発電機も4台すべてが故障して、原子力災害対策特別措置法による「原子力緊急事態」が11日夕方、菅直人首相から宣言された。
1号機は運転歴40年の老朽炉だが、炉心溶融が生じて爆発、建屋が大きく壊れて放射能が環境に放出された。周辺住民が避難させられたが、一連の事態は絶対起こしてはいけないことだった。起こらないともされていた。2号機と福島第2原発にも深刻なトラブルがあるらしい。
私は、地震による原発事故と通常の震災が複合する「原発震災」の恐れを97年から警告し、05年の衆議院予算委員会でも公述した。07年の新潟県中越沖地震による東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)被災の後は、その危険がさらに明白になったことを強調してきたが、今回はまさに原発震災。最悪にならないことを祈るばかりだ。
福島第1原発は、原子力安全・保安院と原子力安全委員会が最新の耐震設計指針に照らしても安全だと09年に評価したばかりである。今回の地震は想定外だというかもしれないが、全国の原発で地震を甘く見ているから想定外が増えるのだ。
爆発に余震の揺れが絡んだような情報もあるが、私は余震の重大性を指針検討分科会で力説したのに無視された。原子力行政と、それを支える工学・地震学専門家の責任は重大だ。
日本国民は、地震列島の海岸線に54基もの原子炉を林立させている愚を今こそ悟るべきである。3基が建設中だが、いずれも地震の危険が高い場所だから直ちに中止すべきだ。運転中の全原子炉もいったん停止して、総点検する必要がある。
http://megalodon.jp/2011-0313-0913-52/mainichi.jp/select/weathernews/news/20110313ddm003040082000c.html
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私達が想像できる以上の大災害が起きているのです
いにしえの知恵
■此処より下に家建てるな…先人の石碑、集落救う
(読売新聞 - 03月30日 07:22)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1551817&media_id=20
*************************************************************
「此処(ここ)より下に家を建てるな」――。
東日本巨大地震で沿岸部が津波にのみこまれた岩手県宮古市にあって、重茂半島東端の姉吉地区(12世帯約40人)では全ての家屋が被害を免れた。1933年の昭和三陸大津波の後、海抜約60メートルの場所に建てられた石碑の警告を守り、坂の上で暮らしてきた住民たちは、改めて先人の教えに感謝していた。
「高き住居は児孫(じそん)の和楽(わらく) 想(おも)へ惨禍の大津浪(おおつなみ)」
本州最東端の●ヶ埼(とどがさき)灯台から南西約2キロ、姉吉漁港から延びる急坂に立つ石碑に刻まれた言葉だ。結びで「此処より――」と戒めている。(●は魚へんに毛)
地区は1896年の明治、1933年の昭和と2度の三陸大津波に襲われ、生存者がそれぞれ2人と4人という壊滅的な被害を受けた。昭和大津波の直後、住民らが石碑を建立。その後は全ての住民が石碑より高い場所で暮らすようになった。
地震の起きた11日、港にいた住民たちは大津波警報が発令されると、高台にある家を目指して、曲がりくねった約800メートルの坂道を駆け上がった。巨大な波が濁流となり、漁船もろとも押し寄せてきたが、その勢いは石碑の約50メートル手前で止まった。地区自治会長の木村民茂さん(65)「幼いころから『石碑の教えを破るな』と言い聞かされてきた。先人の教訓のおかげで集落は生き残った」と話す。
******************************************************************
近いうちに来る、来ると言われて30年以上たっている千葉県東方沖地震や小田原地震、東海地震、そして南海地震。
勿論、プレート型以外の断層直下型地震があります。
以下の文のマグネチュードは、資料や地盤の痕跡を見たあくまでも推定値です。
今回のマグネチュードM.9.0と比較する意味はないです。
買い占めなどの愚行をすることなく、普段から少しずつ災害用品を揃え、古くなった物は更新し、地震の為の準備をしましょう。
地震国、日本で暮らす以上、備えるしかありません。
1995年「神戸で見た、聞いた、考えた」より私の書いた文です。
連続巨大地震
1853年ペリーが4隻の黒船とともに浦賀に現れたその年の3月31日、小田原地震が発生した。その翌年1854年の7月9日の午前2時~8時にかけ三重県周辺でM7前後の地震が3回次々起こり千数百人が死亡した。日米和親条約が結ばれ鎖国体制が崩壊した年である。
その年の暮れもせまる12月23日午前10時頃、東北地方南部から中国、四国に至るまで震度4以上というM 8.4の巨大地震、安政東海地震が起きたのである。山崩れや津波の為、多数の死傷者が出た。その時、開国を求めにきていた帝政ロシアの提督プチャーチンの乗るディアナ号も伊豆下田で7mの津波の為に大破してしまった。
そして、なんとその30時間後の12月24日の夕暮、M 8.4の安政南海地震が起きたのである。紀伊半島南部から四国南部まで震度6以上というこの地震は遠く中国の上海まで振動が感じられたという。我々には想像できない連続巨大地震の発生である。しかしそれだけでは終わらなかった。
翌年1855年11月11日、M 6.9という最悪の都市直下型地震である安政江戸地震が発生し、4千人以上の人が亡くなった。その後の復旧の為、幕府や諸大名は財政が圧迫され、幕藩体制崩壊が加速されたのである。その後日本各地で地震が発生し、1891年10月28日には、愛知、岐阜県で内陸としては最大級のM 8.0の濃尾地震が起きた。死者7200名以上、倒壊家屋14万以上という大災害であった。またその後も地震は続き、1923年のM7.9の関東大地震まで大地動乱の時代が続くのである。この地震は1703年の元禄関東大地震以来、220年間たまりにたまった南関東のひずみエネルギーが一挙に開放されたすさまじい地震であった。
参考文献 岩波新書 石橋克彦著 大地動乱の時代より
今回の地震で、日本の経済は大打撃を受けています。国の借金はさらに増えます。
今、身近にできることは、節電や無駄なエネルギーは使わないことです。
車で移動するのでなく、歩けば、健康にも良いです。
こういう見直しをすることが一番大切です。
私は地震以来、エアコンの使用をやめ、暖房を使わなくなりました。
温暖な神奈川県では、厚着をすれば、私にはできるのです。
勿論、部屋の温度は外気温+5度くらにしかなりません。
できないことをして、体長をくずしては何の意味もありません。
できる人からやっていきましょう。
(読売新聞 - 03月30日 07:22)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1551817&media_id=20
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「此処(ここ)より下に家を建てるな」――。
東日本巨大地震で沿岸部が津波にのみこまれた岩手県宮古市にあって、重茂半島東端の姉吉地区(12世帯約40人)では全ての家屋が被害を免れた。1933年の昭和三陸大津波の後、海抜約60メートルの場所に建てられた石碑の警告を守り、坂の上で暮らしてきた住民たちは、改めて先人の教えに感謝していた。
「高き住居は児孫(じそん)の和楽(わらく) 想(おも)へ惨禍の大津浪(おおつなみ)」
本州最東端の●ヶ埼(とどがさき)灯台から南西約2キロ、姉吉漁港から延びる急坂に立つ石碑に刻まれた言葉だ。結びで「此処より――」と戒めている。(●は魚へんに毛)
地区は1896年の明治、1933年の昭和と2度の三陸大津波に襲われ、生存者がそれぞれ2人と4人という壊滅的な被害を受けた。昭和大津波の直後、住民らが石碑を建立。その後は全ての住民が石碑より高い場所で暮らすようになった。
地震の起きた11日、港にいた住民たちは大津波警報が発令されると、高台にある家を目指して、曲がりくねった約800メートルの坂道を駆け上がった。巨大な波が濁流となり、漁船もろとも押し寄せてきたが、その勢いは石碑の約50メートル手前で止まった。地区自治会長の木村民茂さん(65)「幼いころから『石碑の教えを破るな』と言い聞かされてきた。先人の教訓のおかげで集落は生き残った」と話す。
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近いうちに来る、来ると言われて30年以上たっている千葉県東方沖地震や小田原地震、東海地震、そして南海地震。
勿論、プレート型以外の断層直下型地震があります。
以下の文のマグネチュードは、資料や地盤の痕跡を見たあくまでも推定値です。
今回のマグネチュードM.9.0と比較する意味はないです。
買い占めなどの愚行をすることなく、普段から少しずつ災害用品を揃え、古くなった物は更新し、地震の為の準備をしましょう。
地震国、日本で暮らす以上、備えるしかありません。
1995年「神戸で見た、聞いた、考えた」より私の書いた文です。
連続巨大地震
1853年ペリーが4隻の黒船とともに浦賀に現れたその年の3月31日、小田原地震が発生した。その翌年1854年の7月9日の午前2時~8時にかけ三重県周辺でM7前後の地震が3回次々起こり千数百人が死亡した。日米和親条約が結ばれ鎖国体制が崩壊した年である。
その年の暮れもせまる12月23日午前10時頃、東北地方南部から中国、四国に至るまで震度4以上というM 8.4の巨大地震、安政東海地震が起きたのである。山崩れや津波の為、多数の死傷者が出た。その時、開国を求めにきていた帝政ロシアの提督プチャーチンの乗るディアナ号も伊豆下田で7mの津波の為に大破してしまった。
そして、なんとその30時間後の12月24日の夕暮、M 8.4の安政南海地震が起きたのである。紀伊半島南部から四国南部まで震度6以上というこの地震は遠く中国の上海まで振動が感じられたという。我々には想像できない連続巨大地震の発生である。しかしそれだけでは終わらなかった。
翌年1855年11月11日、M 6.9という最悪の都市直下型地震である安政江戸地震が発生し、4千人以上の人が亡くなった。その後の復旧の為、幕府や諸大名は財政が圧迫され、幕藩体制崩壊が加速されたのである。その後日本各地で地震が発生し、1891年10月28日には、愛知、岐阜県で内陸としては最大級のM 8.0の濃尾地震が起きた。死者7200名以上、倒壊家屋14万以上という大災害であった。またその後も地震は続き、1923年のM7.9の関東大地震まで大地動乱の時代が続くのである。この地震は1703年の元禄関東大地震以来、220年間たまりにたまった南関東のひずみエネルギーが一挙に開放されたすさまじい地震であった。
参考文献 岩波新書 石橋克彦著 大地動乱の時代より
今回の地震で、日本の経済は大打撃を受けています。国の借金はさらに増えます。
今、身近にできることは、節電や無駄なエネルギーは使わないことです。
車で移動するのでなく、歩けば、健康にも良いです。
こういう見直しをすることが一番大切です。
私は地震以来、エアコンの使用をやめ、暖房を使わなくなりました。
温暖な神奈川県では、厚着をすれば、私にはできるのです。
勿論、部屋の温度は外気温+5度くらにしかなりません。
できないことをして、体長をくずしては何の意味もありません。
できる人からやっていきましょう。
立派な人にならなくてもいいの。感じの良い人になってください!
昨日、日記を書いて、写真を掲載したら写真の容量オーバーで書いた日記までパー・・・・・!
ミクシー全般的な機能の弱さが露呈します。アルバム機能も改善できませんが、このサイトの運営技術者の能力を疑います。
一昨日、次男が金八先生ファイナルを見ていました。
1979年に放送が始まり、2011年、32年間に渡る放送が終わりました。
私の教職経験と同じです。
私はこのドラマを見る機会が仕事の関係からほとんどありませんでしたが、第一回目シリーズは女子生徒の妊娠、出産。
教職1年目の私にとっては驚くような事でしたが、この10年間、多くの事例を見てきて、受け止めています。
原宿の竹の子族だった沖田浩之さん、「私をスキーに連れて行って」で、好演されていましが、自殺されていたことも忘れていました。
役者としての彼の成長を願っていただけに残念でした。
最後の1時間は、卒業生も集まって、ドラマの同窓会のようになりますが、回想シーンの中で金八先生が卒業式で「立派な人にならなくてもいいの。どうか、感じの良い人になって下さい。」というシーンがあります。
「感じの良い人になってください。」
始業式や終業式では、生活指導の話を必ずしてきましたが、私の心にストンと落ちたこの言葉を退任式でも紹介させて頂きたいと思います。
教職生活32年、担任をしたのは、14年間でした。
特に後半の16年間は2年間しか、担任ができませんでした。
新採用の年に担任をしましたが、ベテランのS先生から「10年間担任をやってから、本物の教員になれるんだぞ。」と言われたことがあります。
その時は、「一年目でもちゃんとできるよ・・・」みたいな気持ちがありましたが、事実、そうです。いや、S先生に、「10年間、やってもダメでした。先生のようにはなれませんでした・・。」と今は認めざるをえません。
マスコミが作り上げた某ヤンキー先生(担任歴3年間)は彼のトーク番組を見たり、聴いたりしていると・・・何もわかってはいないという思いがしています。
最後の10年間は定時制勤務でしたが、転任した時に定時制高校ひとすじのベテランI先生から「定時制では、まず生徒を受け入れること・・・。」と言われました。
この10年間は全日制勤務では経験ができないような事がありましたが、定時制高校に勤務できたのは幸運でした。
あと3日で退職で、無収入になるわけですが、寂しいという感じはなく、くるみの学校に気持ちが向いていて、心がはずんでいます。
感じの良い人というのは、思いやりや優しさがある人です。
チャップリンは映画「独裁者」の最後の演説で次のように言います。
We have developed speed, but we have shut ourselves in. Machinery that gives abundance has left us in want.
Our knowledge has made us cynical, our cleverness hard and unkind. We think too much and feel too little. More than machinery, we need humanity. More than cleverness, we need kindness and gentleness. Without these qualities life will be violent, and all will be lost.
我々は、スピードを出す技術を開発したが、自分達を閉じこめてしまった。我々に富を与えてくれるはずの機械は不足をもたらした。
我々は知識を得たが、懐疑的な人間になった。賢くはなったが、気むずかしい、不親切な人間となった。考えすぎるあまり、何も感じなくなった。機械より人間性が必要なのだ。賢さより人間性と優しさが必要なのだ。利口さよりは親切とやさしさを必要としているのだ。これらのものがなければ、人生は、暴力的になり、すべてが失われる。
ミクシー全般的な機能の弱さが露呈します。アルバム機能も改善できませんが、このサイトの運営技術者の能力を疑います。
一昨日、次男が金八先生ファイナルを見ていました。
1979年に放送が始まり、2011年、32年間に渡る放送が終わりました。
私の教職経験と同じです。
私はこのドラマを見る機会が仕事の関係からほとんどありませんでしたが、第一回目シリーズは女子生徒の妊娠、出産。
教職1年目の私にとっては驚くような事でしたが、この10年間、多くの事例を見てきて、受け止めています。
原宿の竹の子族だった沖田浩之さん、「私をスキーに連れて行って」で、好演されていましが、自殺されていたことも忘れていました。
役者としての彼の成長を願っていただけに残念でした。
最後の1時間は、卒業生も集まって、ドラマの同窓会のようになりますが、回想シーンの中で金八先生が卒業式で「立派な人にならなくてもいいの。どうか、感じの良い人になって下さい。」というシーンがあります。
「感じの良い人になってください。」
始業式や終業式では、生活指導の話を必ずしてきましたが、私の心にストンと落ちたこの言葉を退任式でも紹介させて頂きたいと思います。
教職生活32年、担任をしたのは、14年間でした。
特に後半の16年間は2年間しか、担任ができませんでした。
新採用の年に担任をしましたが、ベテランのS先生から「10年間担任をやってから、本物の教員になれるんだぞ。」と言われたことがあります。
その時は、「一年目でもちゃんとできるよ・・・」みたいな気持ちがありましたが、事実、そうです。いや、S先生に、「10年間、やってもダメでした。先生のようにはなれませんでした・・。」と今は認めざるをえません。
マスコミが作り上げた某ヤンキー先生(担任歴3年間)は彼のトーク番組を見たり、聴いたりしていると・・・何もわかってはいないという思いがしています。
最後の10年間は定時制勤務でしたが、転任した時に定時制高校ひとすじのベテランI先生から「定時制では、まず生徒を受け入れること・・・。」と言われました。
この10年間は全日制勤務では経験ができないような事がありましたが、定時制高校に勤務できたのは幸運でした。
あと3日で退職で、無収入になるわけですが、寂しいという感じはなく、くるみの学校に気持ちが向いていて、心がはずんでいます。
感じの良い人というのは、思いやりや優しさがある人です。
チャップリンは映画「独裁者」の最後の演説で次のように言います。
We have developed speed, but we have shut ourselves in. Machinery that gives abundance has left us in want.
Our knowledge has made us cynical, our cleverness hard and unkind. We think too much and feel too little. More than machinery, we need humanity. More than cleverness, we need kindness and gentleness. Without these qualities life will be violent, and all will be lost.
我々は、スピードを出す技術を開発したが、自分達を閉じこめてしまった。我々に富を与えてくれるはずの機械は不足をもたらした。
我々は知識を得たが、懐疑的な人間になった。賢くはなったが、気むずかしい、不親切な人間となった。考えすぎるあまり、何も感じなくなった。機械より人間性が必要なのだ。賢さより人間性と優しさが必要なのだ。利口さよりは親切とやさしさを必要としているのだ。これらのものがなければ、人生は、暴力的になり、すべてが失われる。
Sailing!
ロッドスチュワートの名曲です。
この歌が葬式の歌、天国への旅立ちの歌と言う人がいますが、私はそのようには思いません!
この歌を聴くと力がわいてきます。
歌詞と和訳はこちらで・・! 適切な訳かどうかは、あなたご自身の判断で。
http://getdownonit.seesaa.net/article/83998665.html
Sailing (Rod Stewart) 1975年
I am sailing,
I am sailing home again 'cross the sea.
I am sailing stormy waters,
to be near you,
to be free.
私は海を行く。
私は海を行く。 再び帰ろうと海を渡る。
私は海を行く, 嵐の海を抜けて。
あなたに近づくために。
自由の身になるために。
I am flying,
I am flying like a bird 'cross the sky.
I am flying passing high clouds,
to be near you,
to be free.
私は空を行く。
私は空を行く, 鳥が空を渡るように。
私は空を行く, 高い雲を抜けて。
あなたに近づくために。
自由の身になるために。
Can you hear me,
Can you hear me, through the dark night far away?
I am dying,
forever trying to be with you;
Who can say?
私の声が聞こえるでしょうか。
私の声が聞こえるでしょうか, 遠い暗い夜の闇を抜けて。
私は死ぬのです。
永遠に あなたとともにいようとしているのです。
そうなるかは誰もわかりませんが。
Can you hear me,
Can you hear me, through the dark night far away?
I am dying,
forever trying to be with you;
Who can say?
私の声が聞こえるでしょうか。
私の声が聞こえるでしょうか, 遠い暗い夜の闇を抜けて。
私は死ぬのです。
永遠に あなたとともにいようとしているのです。
そうなるかは誰もわかりませんが。
(instrumental break)
We are sailing,
We are sailing home again 'cross the sea.
We are sailing stormy waters,
to be near you,
to be free.
私たちは海を行く。
私たちは海を行く。 再び帰ろうと海を渡る。
私たちは海を行く。 嵐の海を抜けて。
あなたに近づくために。
自由の身になるために。
Oh Lord,
to be near you,
to be free.
神よ,
あなたに近づくために。
自由の身になるために。
Oh Lord,
to be near you,
to be free.
神よ,
あなたに近づくために。
自由の身になるために。
Oh Lord,
to be near you,
to be free.
神よ,
あなたに近づくために。
自由の身になるために。
Oh Lord,
to be near you,
to be free.
神よ,
あなたに近づくために。
自由の身になるために。
Oh Lord..
神よ..
阪神大震災でも同じような話がありました。
■愛犬、83歳女性救う…散歩コースと逆の高台へ
(読売新聞 - 03月26日 13:57)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1548249&media_id=20
東日本巨大地震による大津波で壊滅的な被害を受けた岩手県宮古市で、愛犬に命を助けられた女性がいる。
津波襲来までの30分間、愛犬は興奮した様子で女性を高台にぐんぐん引っ張り、安全な避難所に導いた。
女性は、海岸から約200メートルの同市田老川向(たろうかわむかい)に住んでいた赤沼タミさん(83)。メスのシーズー犬「バブ」と自宅の居間でくつろいでいるときに地震に襲われた。蛍光灯が消えると、バブはせわしなく走り回り、尾を強く振って鼻をクンクン鳴らしたという。
赤沼さんが「散歩の時間にはまだ早いのに」と思いながら、玄関先で首にリードをつけていると、防災無線が大津波警報の発令を知らせていた。
田老地区で900人以上の死者・行方不明者が出た1933年の昭和三陸地震を体験した赤沼さんが「避難しなきゃ」と玄関を開けると、バブも勢いよく飛び出し、いつもの散歩コースと逆の高台へ向かった。
赤沼さんの歩みが緩むと、バブは振り返って歩みを促すようなしぐさを見せ、追いつくと勢いよく前へ出た。それを繰り返すうちに、自宅から約1キロ離れた避難所への急坂を一気に上りきっていた。
振り返ると、歩いてきた道は津波にのみこまれ、自宅も濁流の中に。普段は散歩も嫌がるバブの行動に、赤沼さんは「津波を予知してたのかも」と不思議がる。
バブは今、近隣地区の集会場で赤沼さんら住民約60人と避難生活を送る。12歳の誕生日にあたる23日には、お気に入りのピンクの服を洗ってもらい、うれしそうなしぐさを見せたという。(浅見徹)
***************************************************************
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=688010953&owner_id=9922906
藤本義一さんの話 2008年01月18日23:32
3年前の10周年行事では、いたるところで、記念行事や講演があった。その中で藤本義一さんの講演があった。
写真等は http://kurikuri.jp/ のアルバム、6)阪神淡路大震災から10年 に掲載しています。
小説家の藤本義一さんが新聞に書いていた、野良犬が20匹、大型犬が先頭、中間、最後につき、整然と火事の起きている長田町方面の反対、東に向っていて、それはパステル画のように美しかった。という話をぜひ講演会で聞いて見たかった。
神戸新聞に書かれている話もされた。
http://www.kobe-np.co.jp/rensai/200501mirai/04.html
そして最後に上記に書いた犬の行進の話をされたのである。
掲載後、動物学者から犬がそのような行動をとることはないと批判されたが、「私は実際見たから、書いたんだ。」と言われた。
昨年の4月の遠足のよこはま動物園ズーラシアで、「やまいぬ」というの5~6匹いたが、その行動はまさに一列の行進であった。
我々よりも動物の方が感覚が鋭いことは確かである。また大地震の前には地磁気の乱れによる現象が起きると私は考えています。
HPの記事を紹介して、阪神淡路大震災の話をしめることにします。
***************************************************************
人間にもかって、動物と同じような危険察知能力があったはずです。
それを第六感というのかもしれませんが、文明が進む中で、非科学的な物として信じることができなくなり、その能力が衰退したのかもしれません。
皆さんはどのように考えられますか?
(読売新聞 - 03月26日 13:57)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1548249&media_id=20
東日本巨大地震による大津波で壊滅的な被害を受けた岩手県宮古市で、愛犬に命を助けられた女性がいる。
津波襲来までの30分間、愛犬は興奮した様子で女性を高台にぐんぐん引っ張り、安全な避難所に導いた。
女性は、海岸から約200メートルの同市田老川向(たろうかわむかい)に住んでいた赤沼タミさん(83)。メスのシーズー犬「バブ」と自宅の居間でくつろいでいるときに地震に襲われた。蛍光灯が消えると、バブはせわしなく走り回り、尾を強く振って鼻をクンクン鳴らしたという。
赤沼さんが「散歩の時間にはまだ早いのに」と思いながら、玄関先で首にリードをつけていると、防災無線が大津波警報の発令を知らせていた。
田老地区で900人以上の死者・行方不明者が出た1933年の昭和三陸地震を体験した赤沼さんが「避難しなきゃ」と玄関を開けると、バブも勢いよく飛び出し、いつもの散歩コースと逆の高台へ向かった。
赤沼さんの歩みが緩むと、バブは振り返って歩みを促すようなしぐさを見せ、追いつくと勢いよく前へ出た。それを繰り返すうちに、自宅から約1キロ離れた避難所への急坂を一気に上りきっていた。
振り返ると、歩いてきた道は津波にのみこまれ、自宅も濁流の中に。普段は散歩も嫌がるバブの行動に、赤沼さんは「津波を予知してたのかも」と不思議がる。
バブは今、近隣地区の集会場で赤沼さんら住民約60人と避難生活を送る。12歳の誕生日にあたる23日には、お気に入りのピンクの服を洗ってもらい、うれしそうなしぐさを見せたという。(浅見徹)
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http://mixi.jp/view_diary.pl?id=688010953&owner_id=9922906
藤本義一さんの話 2008年01月18日23:32
3年前の10周年行事では、いたるところで、記念行事や講演があった。その中で藤本義一さんの講演があった。
写真等は http://kurikuri.jp/ のアルバム、6)阪神淡路大震災から10年 に掲載しています。
小説家の藤本義一さんが新聞に書いていた、野良犬が20匹、大型犬が先頭、中間、最後につき、整然と火事の起きている長田町方面の反対、東に向っていて、それはパステル画のように美しかった。という話をぜひ講演会で聞いて見たかった。
神戸新聞に書かれている話もされた。
http://www.kobe-np.co.jp/rensai/200501mirai/04.html
そして最後に上記に書いた犬の行進の話をされたのである。
掲載後、動物学者から犬がそのような行動をとることはないと批判されたが、「私は実際見たから、書いたんだ。」と言われた。
昨年の4月の遠足のよこはま動物園ズーラシアで、「やまいぬ」というの5~6匹いたが、その行動はまさに一列の行進であった。
我々よりも動物の方が感覚が鋭いことは確かである。また大地震の前には地磁気の乱れによる現象が起きると私は考えています。
HPの記事を紹介して、阪神淡路大震災の話をしめることにします。
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人間にもかって、動物と同じような危険察知能力があったはずです。
それを第六感というのかもしれませんが、文明が進む中で、非科学的な物として信じることができなくなり、その能力が衰退したのかもしれません。
皆さんはどのように考えられますか?


