90人の寝たきり患者が置き去りにされた悲劇!
私達はこの悲劇を心に刻まなければいけません。
一ヶ月半以上も経ってから、このような悲劇が報道されるとは、原発事故の深刻さをものがたっています。
原発の100%の安全性を信じこまされていた悲劇ともいうべきでしょう。
Accidents will happen. 英語のことわざにもあります。
事故は必ずおきるものです。
*****************************************************************
原発4キロの病院「なぜ放置」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1582569&media_id=2
東京電力福島第1原発の南西約4キロにある双葉病院(福島県大熊町)の患者らが、原発事故を受けた避難中や避難後に死亡した問題で、死者は患者ら約440人中約45人に上る見通しであることが分かった。県は病院に一時90人が放置された点などを調査しているが、災害で医療機関や施設の患者ら全員の緊急避難が困難になる事態は国も想定しておらず、今後も同様の問題が起きる恐れがある。避難の経緯で何があったのか。【藤田剛、茶谷亮、蓬田正志】
◇バスで6時間
県などによると、同病院には東日本大震災発生当時、約340人の入院患者がおり、近くにある系列の介護老人保健施設にも約100人の入所者がいた。津波などの被害はなかったが、電気や水道は使えなくなった。
震災翌日の3月12日、原発の10キロ圏内に避難指示が出された。病院と施設の自力歩行できる患者ら209人と多くの職員が避難したが、寝たきりの患者らはできない。鈴木市郎院長によると同日、県へ救助を要請した。
14日早朝。被ばくの有無を調べるスクリーニング検査の会場となっている福島県南相馬市の保健福祉事務所に官邸からファクスが届いた。「要救助者リスト」の中に双葉病院の名があった。
ほどなく、陸上自衛隊が救出した同病院の患者ら約130人がバスで到着。大半が寝たきりや認知症の高齢者で、具合も悪そうだった。同行の病院職員はおらずカルテもない。副所長の笹原賢司医師(45)は不安を覚えつつスクリーニングをした。午後2時、患者らはバスでいわき市の避難所に向かった。
いわき市までの直線距離は約70キロだが、バスは途中にある原発を避けて大きく迂回(うかい)。いわき光洋高校に着いたのは約6時間後で、田代公啓校長はがくぜんとした。車中で2人が死亡し、他の患者の多くも点滴を外して失禁していた。同校に医療設備はなく、患者の名も分からなかった。
体育館にシートや畳を敷き、校内の机を担架にして2時間がかりで患者を運び込んだ。同校に応援に来ていた看護師はカーテンを裁断してオムツにした。15日未明、2人が息絶えた。「助けてください」。校長は地元FMで支援を求めた。
◇3日間絶食
鈴木院長によると、そのころ病院には患者ら約90人と院長ら病院職員4人、警察官、自衛官が残っていた。原発事故は深刻化し、陸自も救出に来ない。自衛官は原発の爆発後、「戻らなければいけない」と病院を離れたという。15日午前1時ごろには警察官から「逃げるしかない」と言われ、患者を残して隣の川内村に避難。同6時にも爆発音があり、警察官から「戻るのはあきらめた方がいい」と諭されたという。県警幹部の一人は「最初の救出の後、自衛隊がまた来るという話があったので待っていたが、来なかった(から退避した)と聞いている」と話した。
一方、原発近くのオフサイトセンターでは陸自の幹部が焦っていた。救出担当部隊から「双葉病院にはまだお年寄りがいる」と連絡があったのに、行政の職員は「県警から避難は完了したと聞いている」の一点張りだったからだ。15日午前に病院に行くと、院内各所に寝たきりの患者がおり、異臭に包まれていた。幹部は「少なくとも患者一人一人の名前が分かり、カルテがあれば、もっと救える命があったはず」と話す。
陸自に救出された約90人は同県伊達市や福島市の避難所に向かったが、その前後に計10人が死亡。福島赤十字病院によると、患者は3日間何も食べられずに脱水症状を起こしていた。
◇冷え切る体
いわき光洋高校の患者らはその後、会津地方の病院などを目指した。うち21人が乗ったバスは15日に県立会津総合病院に到着。多くの人の体は冷え切っており、看護師の一人は「危ない人がいる」と叫んだ。同日夜以降、死亡する人が相次ぎ、4月11日までに計6人が亡くなった。
4人を受け入れた会津若松市内の老健施設でも、当初は看護師が「ばっちゃん、生きてっか」と呼びかけても反応がないほど衰弱していた。1カ月ほどして双葉病院の職員が訪れ、「見捨てたわけではない。連れて行けなかったんです」と原発事故の混乱を口にした。患者の一人は「では、なぜ今まで迎えに来なかった」と怒った。
◇みとられず
4月6日、県警は双葉病院で患者4人の遺体を発見した。遺族の佐藤和彦さん(47)=富岡町=は福島署川俣分庁舎の駐車場で父久吾さん(87)の遺体と対面し、「誰にもみとられずに死んでいったのか」と涙が出た。
父の行方を捜して避難先の東京から連日、避難所などを訪ねていた。署で会った鈴木院長が差し出した死亡診断書は「3月14日午前5時12分死亡、死因は肺がん」。「本当にがんだけが理由か。なぜ、院内に放置したのか」と尋ねたが、「すいません」と言うだけで詳しい説明はなかった。大半の職員が避難した後、父はどんな状況で死んだのか。佐藤さんは「真実が知りたい」と訴える。関係者によると、死者はこのほかにも相次ぎ、計約45人に上るという。
◇対策の想定外
国は新潟県中越地震などで高齢者らの逃げ遅れが相次いだことを受け05年、自力で避難できない高齢者ら「災害時要援護者」の避難支援ガイドラインを策定、市町村に要援護者のリストアップや避難支援計画の作成を求めた。大熊町は09年4月に同計画を作った。
だが、想定しているのは在宅の高齢者や障害者。病院や福祉施設の患者・入所者が一斉に施設外への避難を強いられたケースは異例で、「入院患者や入所者は施設で対応してもらうのが基本」(内閣府)だった。大熊町の担当者も「病院側と連絡が取れず、県や自衛隊とも情報共有できなかった。入院患者は想定外だった」と話す。
双葉病院の鈴木市郎院長は3月17、21日の取材に「原発の爆発があり、病院に戻れなかった。患者を放置したわけではない」と話した。その後は病院関係者を通じ「内部で調査が終わってから話したい」としている。
一ヶ月半以上も経ってから、このような悲劇が報道されるとは、原発事故の深刻さをものがたっています。
原発の100%の安全性を信じこまされていた悲劇ともいうべきでしょう。
Accidents will happen. 英語のことわざにもあります。
事故は必ずおきるものです。
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原発4キロの病院「なぜ放置」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1582569&media_id=2
東京電力福島第1原発の南西約4キロにある双葉病院(福島県大熊町)の患者らが、原発事故を受けた避難中や避難後に死亡した問題で、死者は患者ら約440人中約45人に上る見通しであることが分かった。県は病院に一時90人が放置された点などを調査しているが、災害で医療機関や施設の患者ら全員の緊急避難が困難になる事態は国も想定しておらず、今後も同様の問題が起きる恐れがある。避難の経緯で何があったのか。【藤田剛、茶谷亮、蓬田正志】
◇バスで6時間
県などによると、同病院には東日本大震災発生当時、約340人の入院患者がおり、近くにある系列の介護老人保健施設にも約100人の入所者がいた。津波などの被害はなかったが、電気や水道は使えなくなった。
震災翌日の3月12日、原発の10キロ圏内に避難指示が出された。病院と施設の自力歩行できる患者ら209人と多くの職員が避難したが、寝たきりの患者らはできない。鈴木市郎院長によると同日、県へ救助を要請した。
14日早朝。被ばくの有無を調べるスクリーニング検査の会場となっている福島県南相馬市の保健福祉事務所に官邸からファクスが届いた。「要救助者リスト」の中に双葉病院の名があった。
ほどなく、陸上自衛隊が救出した同病院の患者ら約130人がバスで到着。大半が寝たきりや認知症の高齢者で、具合も悪そうだった。同行の病院職員はおらずカルテもない。副所長の笹原賢司医師(45)は不安を覚えつつスクリーニングをした。午後2時、患者らはバスでいわき市の避難所に向かった。
いわき市までの直線距離は約70キロだが、バスは途中にある原発を避けて大きく迂回(うかい)。いわき光洋高校に着いたのは約6時間後で、田代公啓校長はがくぜんとした。車中で2人が死亡し、他の患者の多くも点滴を外して失禁していた。同校に医療設備はなく、患者の名も分からなかった。
体育館にシートや畳を敷き、校内の机を担架にして2時間がかりで患者を運び込んだ。同校に応援に来ていた看護師はカーテンを裁断してオムツにした。15日未明、2人が息絶えた。「助けてください」。校長は地元FMで支援を求めた。
◇3日間絶食
鈴木院長によると、そのころ病院には患者ら約90人と院長ら病院職員4人、警察官、自衛官が残っていた。原発事故は深刻化し、陸自も救出に来ない。自衛官は原発の爆発後、「戻らなければいけない」と病院を離れたという。15日午前1時ごろには警察官から「逃げるしかない」と言われ、患者を残して隣の川内村に避難。同6時にも爆発音があり、警察官から「戻るのはあきらめた方がいい」と諭されたという。県警幹部の一人は「最初の救出の後、自衛隊がまた来るという話があったので待っていたが、来なかった(から退避した)と聞いている」と話した。
一方、原発近くのオフサイトセンターでは陸自の幹部が焦っていた。救出担当部隊から「双葉病院にはまだお年寄りがいる」と連絡があったのに、行政の職員は「県警から避難は完了したと聞いている」の一点張りだったからだ。15日午前に病院に行くと、院内各所に寝たきりの患者がおり、異臭に包まれていた。幹部は「少なくとも患者一人一人の名前が分かり、カルテがあれば、もっと救える命があったはず」と話す。
陸自に救出された約90人は同県伊達市や福島市の避難所に向かったが、その前後に計10人が死亡。福島赤十字病院によると、患者は3日間何も食べられずに脱水症状を起こしていた。
◇冷え切る体
いわき光洋高校の患者らはその後、会津地方の病院などを目指した。うち21人が乗ったバスは15日に県立会津総合病院に到着。多くの人の体は冷え切っており、看護師の一人は「危ない人がいる」と叫んだ。同日夜以降、死亡する人が相次ぎ、4月11日までに計6人が亡くなった。
4人を受け入れた会津若松市内の老健施設でも、当初は看護師が「ばっちゃん、生きてっか」と呼びかけても反応がないほど衰弱していた。1カ月ほどして双葉病院の職員が訪れ、「見捨てたわけではない。連れて行けなかったんです」と原発事故の混乱を口にした。患者の一人は「では、なぜ今まで迎えに来なかった」と怒った。
◇みとられず
4月6日、県警は双葉病院で患者4人の遺体を発見した。遺族の佐藤和彦さん(47)=富岡町=は福島署川俣分庁舎の駐車場で父久吾さん(87)の遺体と対面し、「誰にもみとられずに死んでいったのか」と涙が出た。
父の行方を捜して避難先の東京から連日、避難所などを訪ねていた。署で会った鈴木院長が差し出した死亡診断書は「3月14日午前5時12分死亡、死因は肺がん」。「本当にがんだけが理由か。なぜ、院内に放置したのか」と尋ねたが、「すいません」と言うだけで詳しい説明はなかった。大半の職員が避難した後、父はどんな状況で死んだのか。佐藤さんは「真実が知りたい」と訴える。関係者によると、死者はこのほかにも相次ぎ、計約45人に上るという。
◇対策の想定外
国は新潟県中越地震などで高齢者らの逃げ遅れが相次いだことを受け05年、自力で避難できない高齢者ら「災害時要援護者」の避難支援ガイドラインを策定、市町村に要援護者のリストアップや避難支援計画の作成を求めた。大熊町は09年4月に同計画を作った。
だが、想定しているのは在宅の高齢者や障害者。病院や福祉施設の患者・入所者が一斉に施設外への避難を強いられたケースは異例で、「入院患者や入所者は施設で対応してもらうのが基本」(内閣府)だった。大熊町の担当者も「病院側と連絡が取れず、県や自衛隊とも情報共有できなかった。入院患者は想定外だった」と話す。
双葉病院の鈴木市郎院長は3月17、21日の取材に「原発の爆発があり、病院に戻れなかった。患者を放置したわけではない」と話した。その後は病院関係者を通じ「内部で調査が終わってから話したい」としている。
スタディ君 一歳の誕生日
スタディはショードッグとして育てられていましたが、縁あって、里親としてスタディを昨年の11月23日に迎えました。7ヶ月でした。
アラカスというニキビダニの一種に罹患していました。
かなりひどい症状でした。炎症を起こし、赤くなっている皮膚には毛が生えていません。
しかし、お世話になっているブリーダーさんや獣医さんから、一ヶ月すれば、かなり良くなるというアドバイスを頂きましたが、完治しなくても引き取るつもりでした。
ただリードをつけるとまったく動かないのには、困りました。
なぜ、動かないのか??原因が不明でした。固まっていましたから・・。
スタディは人好き、ワンコ好きでしたが、なぜか、リードが苦手でした。
うちの4ワンズがなおしてくれたことは、確かです。
私の足をかじったり・・・
靴をかじったり・・・ 今までのワンズはチャチャを除いて、すべて成犬を迎え入れしていましたので、放し飼いのパピーのいたずらには、困りました・・・。(笑)





ラッキーはチェリーアイの手術の後遺症から、右目が萎縮、片目ですが、惚れ惚れするような運動能力をもっています。
5ワンズの集合写真のラッキーを見てください。
右目がないので、左目でまっすぐ私をみようとすると顔がこういう位置になるのです。
スタディもアラカス罹患や散歩ができない状況でしたが、4ワンズとの暮らしによって、数日でリードをしても歩けるようになりました。
ワンコは自分の障害や病気を苦にしないのです。これは動物だから感じないのではなく、今を一生懸命、生きているからです。

アラカスというニキビダニの一種に罹患していました。
かなりひどい症状でした。炎症を起こし、赤くなっている皮膚には毛が生えていません。
しかし、お世話になっているブリーダーさんや獣医さんから、一ヶ月すれば、かなり良くなるというアドバイスを頂きましたが、完治しなくても引き取るつもりでした。
ただリードをつけるとまったく動かないのには、困りました。
なぜ、動かないのか??原因が不明でした。固まっていましたから・・。
スタディは人好き、ワンコ好きでしたが、なぜか、リードが苦手でした。
うちの4ワンズがなおしてくれたことは、確かです。
私の足をかじったり・・・
靴をかじったり・・・ 今までのワンズはチャチャを除いて、すべて成犬を迎え入れしていましたので、放し飼いのパピーのいたずらには、困りました・・・。(笑)





ラッキーはチェリーアイの手術の後遺症から、右目が萎縮、片目ですが、惚れ惚れするような運動能力をもっています。
5ワンズの集合写真のラッキーを見てください。
右目がないので、左目でまっすぐ私をみようとすると顔がこういう位置になるのです。
スタディもアラカス罹患や散歩ができない状況でしたが、4ワンズとの暮らしによって、数日でリードをしても歩けるようになりました。
ワンコは自分の障害や病気を苦にしないのです。これは動物だから感じないのではなく、今を一生懸命、生きているからです。

今を生きる
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1581178&media_id=2
【ムンバイ杉尾直哉】病を治すインドの「霊能者」として日本を含む世界約130カ国で信者を集めたサティヤ・サイババ氏(84)=本名、サティヤナラヤン・ラジュ=が24日、インド南部アンドラプラデシュ州プッタパルティ村の病院で死亡した。病院の医師によると、死因は多臓器不全で、約1カ月間人工呼吸器を付けた治療が続いていたという。
インドのメディアによると、シン首相、パティル大統領らもサイババ氏の信奉者で、それぞれが「国民の損失だ」といった追悼メッセージを出した。
1926年11月に同村で生まれ、14歳の時、ヒンズー教の聖者「サイババ」(1918年死去)の生まれ変わりだと宣言。アンドラプラデシュ州で病院や教育機関の設立に尽力し、世界中で平和や健康などの教えを説く一方、病を癒やす「奇跡」でも知られていった。信奉者への性的嫌がらせ疑惑が持ち上がり、「奇跡はウソ」との批判も受けたが、本人は一貫して否定した。
遺産は4000億ルピー(約8000億円)とされ、相続先を巡っても大きな関心事となっている。
****************************************************************
ある報道によると、サイババ氏は90才代で亡くなり、生まれ変わると言っていたそうです。
過去は変えられません。それは誰でも分かる事です。
未来の事をいわゆる超能力や神の宣託で、予言する人がいます。
今の日本、近いうちに「大地震が来る!」と言えば、遅かれ早かれ、当たるでしょう。
サイババさんは、自分の事に関しては、予言をはずしたようです。
予言や神の宣託を信じようが信じまいが、それは各個人が判断し、自分の生き方に当てはめれば、良いでしょう。
未来のことは不確定なのです。
ただ一つ言える事は、今を生きるということは、誰にでもできる現実です。
サイババさん、安らかにお眠り下さい。合掌
【ムンバイ杉尾直哉】病を治すインドの「霊能者」として日本を含む世界約130カ国で信者を集めたサティヤ・サイババ氏(84)=本名、サティヤナラヤン・ラジュ=が24日、インド南部アンドラプラデシュ州プッタパルティ村の病院で死亡した。病院の医師によると、死因は多臓器不全で、約1カ月間人工呼吸器を付けた治療が続いていたという。
インドのメディアによると、シン首相、パティル大統領らもサイババ氏の信奉者で、それぞれが「国民の損失だ」といった追悼メッセージを出した。
1926年11月に同村で生まれ、14歳の時、ヒンズー教の聖者「サイババ」(1918年死去)の生まれ変わりだと宣言。アンドラプラデシュ州で病院や教育機関の設立に尽力し、世界中で平和や健康などの教えを説く一方、病を癒やす「奇跡」でも知られていった。信奉者への性的嫌がらせ疑惑が持ち上がり、「奇跡はウソ」との批判も受けたが、本人は一貫して否定した。
遺産は4000億ルピー(約8000億円)とされ、相続先を巡っても大きな関心事となっている。
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ある報道によると、サイババ氏は90才代で亡くなり、生まれ変わると言っていたそうです。
過去は変えられません。それは誰でも分かる事です。
未来の事をいわゆる超能力や神の宣託で、予言する人がいます。
今の日本、近いうちに「大地震が来る!」と言えば、遅かれ早かれ、当たるでしょう。
サイババさんは、自分の事に関しては、予言をはずしたようです。
予言や神の宣託を信じようが信じまいが、それは各個人が判断し、自分の生き方に当てはめれば、良いでしょう。
未来のことは不確定なのです。
ただ一つ言える事は、今を生きるということは、誰にでもできる現実です。
サイババさん、安らかにお眠り下さい。合掌
命の水
北海道出発は5月6日ですが、5月5日まで、毎日、すべて予定が入っていて、移住準備が整っていません。
明日は前勤務先の歓送迎会と前々任校のソフトボールOG会の送別会。
送別会のはしごです。
多分、私の部屋は整理もできず、必要なものだけを積んで、出発することになりそうです。
今日は、ミクシーの「不登校~居場所にしてコミュ~」http://mixi.jp/view_community.pl?id=5021782
の管理人で、不登校の生徒、保護者に真摯な相談活動をされているあべさんが主催するチャリィティオフ会に参加してきました。
不登校経験者4名、保護者6名、支援側4名、そしてあべさんの15名が新宿に集まりました。
最初は緊張されていた方も皆さんのお話を聞くうちに、いろんなことを気づかれ、肩の力が抜けて、楽しくお話をされていたのが印象的で、とても勉強になりました。
このコミュの関係者から、5月に開かれる相談会の原稿を頼まれていました。
題はミハエル・エンデの「はてしない物語」から取った「命の水」です。
******************************************************************
くるみの学校 代表 栗原光弘
命の水
この3月まで勤務していた学校は全日制、定時制、通信制がある単位制のいわゆるニュータイプの学校でした。単位制と言うのは授業が選択でき、生徒個人のニーズに合った学習が学年制よりしやすいことは確かですが、学習意欲がない生徒にとっては、卒業しにくいシステムなのです。神奈川県の公立高校入試には長期欠席申請という制度があります。長期欠席を理由に入試で不利にならないようにというのが建て前ですが、厳しい現実があることは変わりません。
定時制・単位制システムというのが、不登校であった生徒に適しているというのが、10年間の定時制高校勤務で得た実感です。勤務校では、長欠申請者で入学した生徒の72~3%が、元気に通学し、卒業していきました。特に中学校には通えなくても、市町村の支援教室に真面目に行っていた生徒はほとんどが卒業できました。ただし、長欠申請者の中で、怠学を理由として学校に行かなかった生徒にとって、単位制システムは厳しいものでした。
小学校、中学校で不登校を繰り返し、勤務校でほとんど休むことなく通学できた生徒に「どうして学校に通えるようになったのか。」と聞くと、「静かな学習環境と自分の気持ちが分かってくれる不登校経験者が居た。」という事をどの生徒も理由としてあげていました。定時制高校はいわゆる不良の集まりと言われた時期もありますが、教員の努力しだいで、静かな学習環境を守ることができます。そして、何よりも不登校だった自分の気持ちを理解してくれる同じ経験をした友との出会いが気持ちを前向きにしてくれるのです。
ハーバード大学医学部教授・アンドルーワイルさんが、書かれた「癒す心、治る力」につぎのような一節があります。 「その病気を治す最良の薬は、その病気から立ち直った人の話を聞くことだ。」この本の副題は「自発的治癒とはなにか」ですが、不登校・ひきこもりは本人のみが解決できることなのです。私達にできることは見守ること。そして、あせらない、くらべない、あきらめないことです。
不登校やひきこもりになる理由は、千差万別ですが、人との関わりが薄くなっている状況を改善し、子ども自ら問題解決への道を進むには、居場所探し、すなわち、魂の友・ソウルメイトとの出会いが必要なのです。
すべての方にとって、実はソウルメイトはどこにでも居るのですが、しかし、多くの方はソウルメイトがそばに居るのに気づかないのです。
大学時代に越前先生と言う神父でありながら、親鸞の歎異抄を教えている方がいました。授業の中で学生から「神とはどこで会うのですか?」という質問がありました。先生は「神とは大自然の中で会う。」と言われました。なぜ、大自然の中なのかと私なりに考えましたが、学生の頃はその答えを見つけることはできませんでした。
八方尾根スキー場に行ったときです。その日は快晴で、リフトのある最上部から1時間ほどスキーをかついで、同僚と登りました。眼前には北アルプスの山々のまさに神々しい姿がありました。同僚は思わず、手を合わせ、山々に祈りました。この時、越前先生の言われた「神とは大自然の中で会う。」という言葉を実感できました。
大自然、雄大な景色の中では自分と言う存在がとても小さく感じられるものですが、そのような場所では、人の心の変化が起きやすく、いわゆる気づきが起こるのです。気づきというのが神との出会いなのかもしれません。つまり、神やソウルメイトとは大自然の中で会うと言っても過言で無いのだと思います。
人間は一人では生きていけません。人との関わりがうまくいかなくなった人たちには、様々な人々と時間と空間を共有することが必要です。ミハエル・エンデさんの代表作・はてしない物語に、「元帝王たちの都」という章があります。ここには、ファンタジェーン(彼岸)に行って、現実世界に戻れなくなった元帝王達が住んでいます。この物語の主人公・バスティアンは「命の水」を飲んで、彼岸からようやく現実世界(此岸)に帰ってくることができるのです。私には、この元帝王たちと不登校やNEETになっている方たちと重なる部分が見えるのです。そして、すべての方にこの「命の水」が必要なのだと思います。
先日、最終回を迎えたドラマ・金八先生の回想シーンの中で、金八先生が次のように言います。「立派な人にならなくても良い。感じの良い人になってください。」とても素敵な言葉なので、私の退任式の言葉にさせて頂きました。感じの良い人とは思いやりや優しさのある人間です。保護者、教員が一番考えなければならないのは、子どもの進学、就職ではなく、思いやりや優しさのある人間に育てることなのです。
あせらない、くらべない、あきらめない。そして寄り添うことを忘れない。私は必ず、相談される方には、この事をお伝えします。
「くるみの学校」HP http://minamifurano.org/
明日は前勤務先の歓送迎会と前々任校のソフトボールOG会の送別会。
送別会のはしごです。
多分、私の部屋は整理もできず、必要なものだけを積んで、出発することになりそうです。
今日は、ミクシーの「不登校~居場所にしてコミュ~」http://mixi.jp/view_community.pl?id=5021782
の管理人で、不登校の生徒、保護者に真摯な相談活動をされているあべさんが主催するチャリィティオフ会に参加してきました。
不登校経験者4名、保護者6名、支援側4名、そしてあべさんの15名が新宿に集まりました。
最初は緊張されていた方も皆さんのお話を聞くうちに、いろんなことを気づかれ、肩の力が抜けて、楽しくお話をされていたのが印象的で、とても勉強になりました。
このコミュの関係者から、5月に開かれる相談会の原稿を頼まれていました。
題はミハエル・エンデの「はてしない物語」から取った「命の水」です。
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くるみの学校 代表 栗原光弘
命の水
この3月まで勤務していた学校は全日制、定時制、通信制がある単位制のいわゆるニュータイプの学校でした。単位制と言うのは授業が選択でき、生徒個人のニーズに合った学習が学年制よりしやすいことは確かですが、学習意欲がない生徒にとっては、卒業しにくいシステムなのです。神奈川県の公立高校入試には長期欠席申請という制度があります。長期欠席を理由に入試で不利にならないようにというのが建て前ですが、厳しい現実があることは変わりません。
定時制・単位制システムというのが、不登校であった生徒に適しているというのが、10年間の定時制高校勤務で得た実感です。勤務校では、長欠申請者で入学した生徒の72~3%が、元気に通学し、卒業していきました。特に中学校には通えなくても、市町村の支援教室に真面目に行っていた生徒はほとんどが卒業できました。ただし、長欠申請者の中で、怠学を理由として学校に行かなかった生徒にとって、単位制システムは厳しいものでした。
小学校、中学校で不登校を繰り返し、勤務校でほとんど休むことなく通学できた生徒に「どうして学校に通えるようになったのか。」と聞くと、「静かな学習環境と自分の気持ちが分かってくれる不登校経験者が居た。」という事をどの生徒も理由としてあげていました。定時制高校はいわゆる不良の集まりと言われた時期もありますが、教員の努力しだいで、静かな学習環境を守ることができます。そして、何よりも不登校だった自分の気持ちを理解してくれる同じ経験をした友との出会いが気持ちを前向きにしてくれるのです。
ハーバード大学医学部教授・アンドルーワイルさんが、書かれた「癒す心、治る力」につぎのような一節があります。 「その病気を治す最良の薬は、その病気から立ち直った人の話を聞くことだ。」この本の副題は「自発的治癒とはなにか」ですが、不登校・ひきこもりは本人のみが解決できることなのです。私達にできることは見守ること。そして、あせらない、くらべない、あきらめないことです。
不登校やひきこもりになる理由は、千差万別ですが、人との関わりが薄くなっている状況を改善し、子ども自ら問題解決への道を進むには、居場所探し、すなわち、魂の友・ソウルメイトとの出会いが必要なのです。
すべての方にとって、実はソウルメイトはどこにでも居るのですが、しかし、多くの方はソウルメイトがそばに居るのに気づかないのです。
大学時代に越前先生と言う神父でありながら、親鸞の歎異抄を教えている方がいました。授業の中で学生から「神とはどこで会うのですか?」という質問がありました。先生は「神とは大自然の中で会う。」と言われました。なぜ、大自然の中なのかと私なりに考えましたが、学生の頃はその答えを見つけることはできませんでした。
八方尾根スキー場に行ったときです。その日は快晴で、リフトのある最上部から1時間ほどスキーをかついで、同僚と登りました。眼前には北アルプスの山々のまさに神々しい姿がありました。同僚は思わず、手を合わせ、山々に祈りました。この時、越前先生の言われた「神とは大自然の中で会う。」という言葉を実感できました。
大自然、雄大な景色の中では自分と言う存在がとても小さく感じられるものですが、そのような場所では、人の心の変化が起きやすく、いわゆる気づきが起こるのです。気づきというのが神との出会いなのかもしれません。つまり、神やソウルメイトとは大自然の中で会うと言っても過言で無いのだと思います。
人間は一人では生きていけません。人との関わりがうまくいかなくなった人たちには、様々な人々と時間と空間を共有することが必要です。ミハエル・エンデさんの代表作・はてしない物語に、「元帝王たちの都」という章があります。ここには、ファンタジェーン(彼岸)に行って、現実世界に戻れなくなった元帝王達が住んでいます。この物語の主人公・バスティアンは「命の水」を飲んで、彼岸からようやく現実世界(此岸)に帰ってくることができるのです。私には、この元帝王たちと不登校やNEETになっている方たちと重なる部分が見えるのです。そして、すべての方にこの「命の水」が必要なのだと思います。
先日、最終回を迎えたドラマ・金八先生の回想シーンの中で、金八先生が次のように言います。「立派な人にならなくても良い。感じの良い人になってください。」とても素敵な言葉なので、私の退任式の言葉にさせて頂きました。感じの良い人とは思いやりや優しさのある人間です。保護者、教員が一番考えなければならないのは、子どもの進学、就職ではなく、思いやりや優しさのある人間に育てることなのです。
あせらない、くらべない、あきらめない。そして寄り添うことを忘れない。私は必ず、相談される方には、この事をお伝えします。
「くるみの学校」HP http://minamifurano.org/
足し算を知らない学者、政府関係者
母乳の放射性物質「心配ない」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1578312&media_id=4
市民団体の調査で茨城、千葉両県の女性の母乳から微量の放射性ヨウ素131が検出されたのを受け、厚生労働省は21日、福島県などで実態調査を行うことを決めた。同省は「検出された濃度であれば健康に影響はない」としているが、母親らが不安を抱えており、検査が必要と判断した。
同省は原子力安全委員会と協議し、検査方法を詰める。福島県と周辺地域でのサンプリング調査などが考えられるが、「母乳の採取はプライバシーに関わるため配慮が必要」(同省母子保健課)とし、関連学会にも意見を求めるという。
市民団体「母乳調査・母子支援ネットワーク」の調査では、3月下旬に茨城、千葉両県の4人から採取した母乳で、1キロ当たり最大36.3ベクレルの放射性ヨウ素が検出された。一部は間隔を空けて2回検査し、2回目の値は下がっていた。
母乳に関する放射性物質の基準はないが、食品衛生法の暫定規制値は粉ミルクについて同100ベクレルと定めており、同省は「この基準に照らしても問題ない」としている。
母親の摂取した飲食物からは30%程度の放射性物質が母乳に移るとされ、今回の検査結果について、同省は飲料水経由の可能性が高いとみる。ただ、水道水から検出される放射性物質は低減が続き、母乳への影響も低くなっているとみられる。
放射性物質の低減が続いたところで、一旦体内に取り込んだ放射性物質の被曝量合計は減らず、増えていくのみということが分からないらしい。
*************************************************************
安全だと言っている学者、政府関係者は足し算を知らないようだ。
人はパンのみに生きるにあらず・・・・・
これは皮肉だが、母乳は一日○○シーベルトだから安全とか、今朝のニュースでも呼ばれた学者が言っているのだけど・・・当然、~と思いますという表現だったが、水や他の食物、そして呼吸することにより大気からも放射線被曝があるのに、母乳一つを取り上げ、数値をあげ、安全だと思う、危険性はないと思うと言う。
被曝の影響は、ヨウ素やセシウム、そして公表されないプルトニウムなどの他の放射線被曝の合計で算出しなければ、まったく意味がない。
マスコミも故意的なのか、まったくそのことを指摘しないか、指摘しても数値をあげらると納得してしまう・・・。
武田先生のHPよりです。
原発 緊急情報(59) 「外部被ばく」か「合計」か?
放射線に対する防御が甘かった頃、健康との関係は「外部被ばく」だけに注目していました。
ところが、現実には内部被ばくが体に与える影響が医学的にもハッキリしてきたので、国際放射線防護委員会(ICRP)は、「放射線量」を計算するときには、外部被ばくだけではなく「外部放射線+内部に取り込んだもの」の合計で出すように勧告を出しました。
それに基づいて、国内の規則も下に示す「電離放射線障害防止規則」の管理区域の設定などでも「合計」が採用されています.
一 外部放射線による実効線量と空気中の放射性物質による実効線量との合計が三月間につき一・三ミリシーベルトを超えるおそれのある区域
・・・・・・・・・
今、文科省が放射線量を測ったり、学校の校庭の測定値を出したり、さらには子供の被ばくを20ミリまで良いとしていますが、それが「外部」だけなのか「合計」なのか、疑問に思っています.
文科省が公表している測定方法を見ると、どう見ても「外部」だけのように見えるからです.由々しい問題です.
一方、原子力安全委員会が出した「臨時に20ミリまで良い。子供は10ミリまで」としていますが、この10ミリは「外部+内部」ですから、「事故時の臨時の被ばく」について、子供は外部だけを言うと「5ミリ」ということになります。文科省がいっている数値の4分の1になりますので、多くの学校は疎開が必要になります。
文科省はなぜ「子供に被ばくさせたいのか?」が私の疑問ですが、これまで文科省が決めていた年間1ミリを「官邸の圧力」で変えるにしても、その根拠は「外部放射線については5ミリ」が限度ではないかと思います?
1.
文科省は子供の健康を守る立場にあるのだから、オープンに数字をしっかり公表するべきである、
2.
子をもつ親、教育する先生の責務として、文科省は、原子力安全委員会の勧告(子供は10ミリ)を無視しうる権限があるのか、現在の方法は「外部」と「合計」を曖昧にして子供に2倍の被ばくをさせているのではないか?をあらゆる手段(教育委員会、文科省への問い合わせなど)を使って明らかにする必要がある(被ばくする子供は問い合わせができないから)、
3.
福島以外の地域でも、「公表されている数値」は「外部だけ」、規制値を言うときには「外部+内部」というトリックがないか、地域ごとに明確にする必要がある。
実は、連休後に私たちがどのような生活を送ることができるかについて執筆の準備を進めていますが、この問題が大きいのです。
そしてなにせ4倍も違うので、現在、福島およびその近郊で勉強している子供達の健康にも大きな影響があります。
国を信用できない国民は哀しい!子供達が信頼できない教育委員会は惨めな存在だ! 教育とはいったい、何だろうか?
(平成23年4月21日 午前9時 執筆)
武田邦彦
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1578312&media_id=4
市民団体の調査で茨城、千葉両県の女性の母乳から微量の放射性ヨウ素131が検出されたのを受け、厚生労働省は21日、福島県などで実態調査を行うことを決めた。同省は「検出された濃度であれば健康に影響はない」としているが、母親らが不安を抱えており、検査が必要と判断した。
同省は原子力安全委員会と協議し、検査方法を詰める。福島県と周辺地域でのサンプリング調査などが考えられるが、「母乳の採取はプライバシーに関わるため配慮が必要」(同省母子保健課)とし、関連学会にも意見を求めるという。
市民団体「母乳調査・母子支援ネットワーク」の調査では、3月下旬に茨城、千葉両県の4人から採取した母乳で、1キロ当たり最大36.3ベクレルの放射性ヨウ素が検出された。一部は間隔を空けて2回検査し、2回目の値は下がっていた。
母乳に関する放射性物質の基準はないが、食品衛生法の暫定規制値は粉ミルクについて同100ベクレルと定めており、同省は「この基準に照らしても問題ない」としている。
母親の摂取した飲食物からは30%程度の放射性物質が母乳に移るとされ、今回の検査結果について、同省は飲料水経由の可能性が高いとみる。ただ、水道水から検出される放射性物質は低減が続き、母乳への影響も低くなっているとみられる。
放射性物質の低減が続いたところで、一旦体内に取り込んだ放射性物質の被曝量合計は減らず、増えていくのみということが分からないらしい。
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安全だと言っている学者、政府関係者は足し算を知らないようだ。
人はパンのみに生きるにあらず・・・・・
これは皮肉だが、母乳は一日○○シーベルトだから安全とか、今朝のニュースでも呼ばれた学者が言っているのだけど・・・当然、~と思いますという表現だったが、水や他の食物、そして呼吸することにより大気からも放射線被曝があるのに、母乳一つを取り上げ、数値をあげ、安全だと思う、危険性はないと思うと言う。
被曝の影響は、ヨウ素やセシウム、そして公表されないプルトニウムなどの他の放射線被曝の合計で算出しなければ、まったく意味がない。
マスコミも故意的なのか、まったくそのことを指摘しないか、指摘しても数値をあげらると納得してしまう・・・。
武田先生のHPよりです。
原発 緊急情報(59) 「外部被ばく」か「合計」か?
放射線に対する防御が甘かった頃、健康との関係は「外部被ばく」だけに注目していました。
ところが、現実には内部被ばくが体に与える影響が医学的にもハッキリしてきたので、国際放射線防護委員会(ICRP)は、「放射線量」を計算するときには、外部被ばくだけではなく「外部放射線+内部に取り込んだもの」の合計で出すように勧告を出しました。
それに基づいて、国内の規則も下に示す「電離放射線障害防止規則」の管理区域の設定などでも「合計」が採用されています.
一 外部放射線による実効線量と空気中の放射性物質による実効線量との合計が三月間につき一・三ミリシーベルトを超えるおそれのある区域
・・・・・・・・・
今、文科省が放射線量を測ったり、学校の校庭の測定値を出したり、さらには子供の被ばくを20ミリまで良いとしていますが、それが「外部」だけなのか「合計」なのか、疑問に思っています.
文科省が公表している測定方法を見ると、どう見ても「外部」だけのように見えるからです.由々しい問題です.
一方、原子力安全委員会が出した「臨時に20ミリまで良い。子供は10ミリまで」としていますが、この10ミリは「外部+内部」ですから、「事故時の臨時の被ばく」について、子供は外部だけを言うと「5ミリ」ということになります。文科省がいっている数値の4分の1になりますので、多くの学校は疎開が必要になります。
文科省はなぜ「子供に被ばくさせたいのか?」が私の疑問ですが、これまで文科省が決めていた年間1ミリを「官邸の圧力」で変えるにしても、その根拠は「外部放射線については5ミリ」が限度ではないかと思います?
1.
文科省は子供の健康を守る立場にあるのだから、オープンに数字をしっかり公表するべきである、
2.
子をもつ親、教育する先生の責務として、文科省は、原子力安全委員会の勧告(子供は10ミリ)を無視しうる権限があるのか、現在の方法は「外部」と「合計」を曖昧にして子供に2倍の被ばくをさせているのではないか?をあらゆる手段(教育委員会、文科省への問い合わせなど)を使って明らかにする必要がある(被ばくする子供は問い合わせができないから)、
3.
福島以外の地域でも、「公表されている数値」は「外部だけ」、規制値を言うときには「外部+内部」というトリックがないか、地域ごとに明確にする必要がある。
実は、連休後に私たちがどのような生活を送ることができるかについて執筆の準備を進めていますが、この問題が大きいのです。
そしてなにせ4倍も違うので、現在、福島およびその近郊で勉強している子供達の健康にも大きな影響があります。
国を信用できない国民は哀しい!子供達が信頼できない教育委員会は惨めな存在だ! 教育とはいったい、何だろうか?
(平成23年4月21日 午前9時 執筆)
武田邦彦
ちょっとした心遣いは真心
先週の土曜日の送別会でタケノコを出荷していると言う教え子からタケノコを頂きました。
添えられていた手紙にはレシピと唐辛子、竹の串までついていました。
このようなちょっとした心遣いが、とてもうれしく感じました。
「お前が一番変わっていない。高校生の時からおばさんだったんだからな・・・。」 そんな失礼な事を送別会で言っても、相変わらず素敵な笑顔で、「先生・・・・ハハハ」と答えるだけでした。
彼女は高校生の時からとても落ち着いていて、笑顔を絶やさない子で、喜怒哀楽の激しかった尻の青い私のような教員を暖かく見守ってくれていました。
お母さんが彼女を一生懸命に育てている姿が当時の記憶としてあります。
毎年、写真の年賀状をもらっていたので、久しぶりの再開にも、違和感がありませんでした・・・。
ある意味、目茶苦茶な事をする担任だった私をずっと暖かく見守ってくれていました。
感謝です!


添えられていた手紙にはレシピと唐辛子、竹の串までついていました。
このようなちょっとした心遣いが、とてもうれしく感じました。
「お前が一番変わっていない。高校生の時からおばさんだったんだからな・・・。」 そんな失礼な事を送別会で言っても、相変わらず素敵な笑顔で、「先生・・・・ハハハ」と答えるだけでした。
彼女は高校生の時からとても落ち着いていて、笑顔を絶やさない子で、喜怒哀楽の激しかった尻の青い私のような教員を暖かく見守ってくれていました。
お母さんが彼女を一生懸命に育てている姿が当時の記憶としてあります。
毎年、写真の年賀状をもらっていたので、久しぶりの再開にも、違和感がありませんでした・・・。
ある意味、目茶苦茶な事をする担任だった私をずっと暖かく見守ってくれていました。
感謝です!


東電HPより削除されたページ
http://megalodon.jp/2011-0317-0049-39/www.tepco.co.jp/nu/knowledge/quake/index-j.html
津波への対策.
原子力発電所では、敷地周辺で過去に発生した津波の記録を十分調査するとともに、過去最大の津波を上回る、地震学的に想定される最大級の津波を数値シミュレーションにより評価し、重要施設の安全性を確認しています。また、発電所敷地の高さに余裕を持たせるなどの様々な安全対策を講じています。
むなしい・・・・・・・!
大きく揺れたときには、原子炉は安全に自動停止します。. 大地震が発生して、原子炉建屋に設置された地震感知器が震度5強程度の大きな揺れを感知したときには、安全確保のため、直ちに制御棒が自動的に挿入され、原子炉は安全に自動停止します。
福島第一原子力発電所の場合、原子炉建屋基礎に設置された地震感知器が水平方向135ガル、垂直方向100ガルの揺れを感知すると、原子炉を自動的に停止するしくみになっています。同様に福島第二原子力発電所の場合、水平方向135ガル、垂直方向100ガル、柏崎刈羽原子力発電所の場合、水平方向120ガル、垂直方向100ガルの揺れを感知すると、原子炉が自動的に停止します
改定
大きく揺れたときには、原子炉は安全に自動停止します。
尚、冷却用電源が切れた場合は、深刻な放射能汚染をもたらし、さらに当社株価が下がり、膨大な損失を株主様にもたらします。
20センチと5メートルが分からない原子力保安院
「大丈夫か」って言うと、
「大丈夫だ」って言う。
「放射能を測ってるのか」って言うと、
「放射能を測ってる」って言う。
「安全か」って言うと、
「安全だ」って言う。
そうして後で心配になって、
「本当は適当だろ」って言うと、
「本当は適当」って言う。
こだまでしょうか?
いいえ、やっぱり原子力保安院 です。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1574365&media_id=4
福島第1原発事故で、経済産業省原子力安全・保安院は18日午後、4号機原子炉建屋地下の圧力抑制室付近に大量の水がたまっていると発表した。深さは約5メートルあるという。
保安院は同日午前の会見で、水の深さを約20センチと説明していた。西山英彦審議官は確認不足を認め、「ちゃんとやるように徹底する。申し訳ない」と謝罪した。
4号機は定期点検中で原子炉内に燃料がなく、使用済み核燃料プールへの注水作業も放水量を抑えていた。たまっている水について、保安院は津波で海水が流れ込んだ可能性を指摘。水量や放射線量を調べ、処理については今後検討する。
*******************************************************************************
またまた武田邦彦さんのHPからです。
原発 緊急情報(56) これから:「安全宣言」という風評
農業の方には悪いけれど、子供に野菜や牛乳を飲ませる親の立場で考えると次のようになります.
1) 政府は事故後、野菜の放射線を測る方法を急に変更し、「測定する野菜は、箱から取り出して、測定する野菜だけ流水で良く洗ってから測ること」という通達を出した。
↑こんな事聞いていません・・・。
この通達で野菜は全ての信頼を失った。
【理由】出荷時はまだ収穫直後なので、付着している放射性物質は容易にとれる.だから、産地で良く洗ったら放射性物質がとれる野菜でも、消費者が買うときにはこびり付いていたり、しみこんだりしているので取れない。
だから、今、表示されている野菜や農作物の放射線の値は、まったく信用できない.
2) 福島原発に近いところの人が、東京に来て「こんなに新鮮ですよ」といって野菜などを売っている.
これも信頼を失わせる行動である.
【理由】放射性物質がついた野菜も新鮮だ。「新鮮だから安心」というのは、放射性物質が付着している場合はもっとも危険な判断である.水俣病の時に、「水銀を含んでいる魚が新鮮だった」というのが悲劇を呼んだ.
3) 自治体が野菜などの一部の農産物の放射線量を「良く洗って」から測り、「安全宣言」を出している.安全宣言を出した自治体の農作物は信頼できない。
4) 心ある農家から私のところにメールをいただく.そのメールには「これまで消費者に安心して食べてもらうために全力を注いできた。その信頼を失いたくないが、自分の畑でとれた野菜が安心なものか、どうしたら判るだろうか?」と悩んでおられる.
消費者も生産者も真剣です。
「流水でよく洗ってから測定しろ」という通達を出す政府が「風評」を作り出しています.これまで普通に出荷している状態のまま、しっかりと測定し、「規制値以下」ではなく「規制値の100分の1以下」の野菜だけを出荷すれば、風評は起こりません.
今、政府やメディアが言っている「風評」とは、「汚染されていない野菜が拒否される」という本来の風評ではなく、「汚染されている野菜を、いい加減な測定で売ろうとすると消費者が買わない」ということですから、風評ではなく、至極、当たり前のことです。
それに足し算の問題があります。
周囲が汚染されていないときには、一つの食材だけに注目すれば良いのですが、現在のような状態ではできるだけ放射性物質を含まない農産物を流通させる必要があります(すでに書きました)。
・・・・・・・・・
ということで、良心的な農業関係者と子供を持つ親は次のようにすることが望ましいと思います。
1. 「安全宣言」がでている野菜や牛乳は、生産地に限らず買わない.「安全宣言」を出すということは土地が汚染されているからです.
2. 「流水で洗って測定した」という野菜などは買わない.
3. 当面、「洗わない状態」(通常の出荷状態)で測った放射線が規制値の100分の1以下の場合、その数値と「汚染されていない」と表示するように、生産者と消費者で合意しておく。
4. 表示されていないとかそれができない間は、福島産(本当は中通り、浜通だけだが、表示が福島産なら仕方が無いので)、茨城産、栃木産、宮城産のものは購入しない。
ということでしばらく我慢するのが良いと思います.
北海道、青森、岩手、北陸、東海、近畿、四国、中国、九州、沖縄、外国産のものはすべてOKです。群馬は安全宣言が出ましたので、やや問題です。
食の安全は人間にとってとても大切なことです。放射性物質の汚染が起きた時には、汚染された土地からできたものは、
1. すべて危険、
2. 測定して、その結果が表示されていて、放射性物質を含まない農産品は安全(洗わないもの)、
3. 信頼できるルートで扱われているものは安全
ということです。
このことは、連休明けでもゆるめない方が良いと思います。連休明けにはほとんどの対策が不要になりますが、食材だけは残ります。これについては魚と共に何回かに渡って整理をしていきます.
・・・・・・・・・
この問題は、生産者側から考えますと、土地を汚染したのは生産者ではありません。生産者は被害者です.そして、放射性物物質で汚染された農産物を出荷すると、消費者が被害者になります。
加害者が痛むならまだ考えられますが、生産者も消費者も被害者になるのは問題です。
せめて生産者が自主規制して、消費者を被害者にしないように配慮した方が良いと思います。放射性物質を含む野菜を「直ちに健康に影響がない」などと言うのは適切ではありません。
(平成23年4月19日 午後5時 執筆)
武田邦彦
「大丈夫だ」って言う。
「放射能を測ってるのか」って言うと、
「放射能を測ってる」って言う。
「安全か」って言うと、
「安全だ」って言う。
そうして後で心配になって、
「本当は適当だろ」って言うと、
「本当は適当」って言う。
こだまでしょうか?
いいえ、やっぱり原子力保安院 です。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1574365&media_id=4
福島第1原発事故で、経済産業省原子力安全・保安院は18日午後、4号機原子炉建屋地下の圧力抑制室付近に大量の水がたまっていると発表した。深さは約5メートルあるという。
保安院は同日午前の会見で、水の深さを約20センチと説明していた。西山英彦審議官は確認不足を認め、「ちゃんとやるように徹底する。申し訳ない」と謝罪した。
4号機は定期点検中で原子炉内に燃料がなく、使用済み核燃料プールへの注水作業も放水量を抑えていた。たまっている水について、保安院は津波で海水が流れ込んだ可能性を指摘。水量や放射線量を調べ、処理については今後検討する。
*******************************************************************************
またまた武田邦彦さんのHPからです。
原発 緊急情報(56) これから:「安全宣言」という風評
農業の方には悪いけれど、子供に野菜や牛乳を飲ませる親の立場で考えると次のようになります.
1) 政府は事故後、野菜の放射線を測る方法を急に変更し、「測定する野菜は、箱から取り出して、測定する野菜だけ流水で良く洗ってから測ること」という通達を出した。
↑こんな事聞いていません・・・。
この通達で野菜は全ての信頼を失った。
【理由】出荷時はまだ収穫直後なので、付着している放射性物質は容易にとれる.だから、産地で良く洗ったら放射性物質がとれる野菜でも、消費者が買うときにはこびり付いていたり、しみこんだりしているので取れない。
だから、今、表示されている野菜や農作物の放射線の値は、まったく信用できない.
2) 福島原発に近いところの人が、東京に来て「こんなに新鮮ですよ」といって野菜などを売っている.
これも信頼を失わせる行動である.
【理由】放射性物質がついた野菜も新鮮だ。「新鮮だから安心」というのは、放射性物質が付着している場合はもっとも危険な判断である.水俣病の時に、「水銀を含んでいる魚が新鮮だった」というのが悲劇を呼んだ.
3) 自治体が野菜などの一部の農産物の放射線量を「良く洗って」から測り、「安全宣言」を出している.安全宣言を出した自治体の農作物は信頼できない。
4) 心ある農家から私のところにメールをいただく.そのメールには「これまで消費者に安心して食べてもらうために全力を注いできた。その信頼を失いたくないが、自分の畑でとれた野菜が安心なものか、どうしたら判るだろうか?」と悩んでおられる.
消費者も生産者も真剣です。
「流水でよく洗ってから測定しろ」という通達を出す政府が「風評」を作り出しています.これまで普通に出荷している状態のまま、しっかりと測定し、「規制値以下」ではなく「規制値の100分の1以下」の野菜だけを出荷すれば、風評は起こりません.
今、政府やメディアが言っている「風評」とは、「汚染されていない野菜が拒否される」という本来の風評ではなく、「汚染されている野菜を、いい加減な測定で売ろうとすると消費者が買わない」ということですから、風評ではなく、至極、当たり前のことです。
それに足し算の問題があります。
周囲が汚染されていないときには、一つの食材だけに注目すれば良いのですが、現在のような状態ではできるだけ放射性物質を含まない農産物を流通させる必要があります(すでに書きました)。
・・・・・・・・・
ということで、良心的な農業関係者と子供を持つ親は次のようにすることが望ましいと思います。
1. 「安全宣言」がでている野菜や牛乳は、生産地に限らず買わない.「安全宣言」を出すということは土地が汚染されているからです.
2. 「流水で洗って測定した」という野菜などは買わない.
3. 当面、「洗わない状態」(通常の出荷状態)で測った放射線が規制値の100分の1以下の場合、その数値と「汚染されていない」と表示するように、生産者と消費者で合意しておく。
4. 表示されていないとかそれができない間は、福島産(本当は中通り、浜通だけだが、表示が福島産なら仕方が無いので)、茨城産、栃木産、宮城産のものは購入しない。
ということでしばらく我慢するのが良いと思います.
北海道、青森、岩手、北陸、東海、近畿、四国、中国、九州、沖縄、外国産のものはすべてOKです。群馬は安全宣言が出ましたので、やや問題です。
食の安全は人間にとってとても大切なことです。放射性物質の汚染が起きた時には、汚染された土地からできたものは、
1. すべて危険、
2. 測定して、その結果が表示されていて、放射性物質を含まない農産品は安全(洗わないもの)、
3. 信頼できるルートで扱われているものは安全
ということです。
このことは、連休明けでもゆるめない方が良いと思います。連休明けにはほとんどの対策が不要になりますが、食材だけは残ります。これについては魚と共に何回かに渡って整理をしていきます.
・・・・・・・・・
この問題は、生産者側から考えますと、土地を汚染したのは生産者ではありません。生産者は被害者です.そして、放射性物物質で汚染された農産物を出荷すると、消費者が被害者になります。
加害者が痛むならまだ考えられますが、生産者も消費者も被害者になるのは問題です。
せめて生産者が自主規制して、消費者を被害者にしないように配慮した方が良いと思います。放射性物質を含む野菜を「直ちに健康に影響がない」などと言うのは適切ではありません。
(平成23年4月19日 午後5時 執筆)
武田邦彦
地面の放射線は空気中の10倍
9か月後にすぐ戻れる計画ではない~枝野氏
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1574448&media_id=88
ア管首相や補佐官が「10年~20年住めなくなる」と言って、「とんでもない。」と批判されていましたが、原子力を学んでいる人の中には100年という単位で住めなくなると言っている人もいるようです。
私は100年住めないという意見に耳を傾けています。
放射能汚染された地域の土壌を早く取り除かないとますます地面に放射性物質が入っていきます。
半減期の短いヨウ素を第一に取り上げていますが、プルトニウムなど恐ろしいほど半減期の長い物質も拡散してしまいました。
昨日もテレビで、小児科医が出てきて、コメントをしていましたが、必ず、最後に「~~と思います。」と思いますをとても強調していたコメントがとても気になりました。
武田邦彦さんは次のように警告しています。
原発 緊急情報(55) 3ステップ(その2)
http://takedanet.com/2011/04/55_8617.html
地震が発生した瞬間から福島原発が科学的には、極めて「予想通りに破壊されてきた」ということを前回、書きました。
ただこの表現(予想通り破壊)が被災した人のことを考えると、余りにも冷たい感じがして、今まではっきり書きにくかったのですが、やはり「事実を直視する」ということで今回から書くようにいたしました。
そして昨日の東京電力の将来予測は、これもまた極めて予想通りに展開するとされていました。
東京電力の予想が的確かどうかという議論が行われています。その中には、東京電力が示した「第1ステップ」が3ヶ月では終わらないのではないかというような議論に集中しています。
しかし、福島原発のことは東京電力には重要なことですが、付近住民と、やや遠くに住んでいる人たちにとっては自分たちの所にどのくらいの放射性物質が降ってくるか、野菜や魚がどの程度汚染しているのかということの方が重要です。
東京電力が示した対策の中には、
1) 原子炉だけに関係するもの、
2) 住民にも関係があるもの、
が混ざっていますので、ここではできるだけ原子炉だけに関係するものを除いて、将来像を示していきたいと思います。
つまり、原子炉が非常に不安定なときには、原子炉の状態をよく知っておく必要がありますが、このブログで何回か指摘しましたように爆発の可能性がないわけではありませんが、それを生活の中で考えていかなければならないというのは、3月16日の時点である程度、終わっています。
現在では、さらに爆発の可能性は少なくなっていると考えて行動計画を立てたほうが、実際的であると思います。
・・・・・・・・・
まず第1に、東京電力の計画が第1ステップ、第2ステップにわかれていても、その内容を詳細に見ると、わたくしたちにとっては「徐々に放射線量も減り、徐々に最終的な処理に入っていく」というように解釈できます。
従って、経産大臣は「東京電力の処理を待って地元のことを考えたい」と言っておられましたが、実は今日から直ちに事故処理に入れる段階になったと考えられます。
・・・・・・・・・
まず第1に、福島県東部、すなわち「中通り」及び「浜通り」の地域で放射線物質が多く降った場所を除洗することです。
放射線物質が多く降った地域も必ず住民はそこに帰り、生活をし、そして仕事をします。その時期は早い方がいいのは決まっています。
しかし現在、そこには「放射性物質のチリ」が積もっています。チリは物質ですから、火山の噴火の灰のようなもので、取り除けば綺麗になるのは当然です。
実際にも放射性ヨウ素は半減期が短いので、しばらくほっておけばなくなってしまいますが、セシウムは半減期が30年と長く、その性質は火山灰等にほとんど似ています。
しかし、このままにしておくと畑やグランドでは下の方の土に混ざってしまいますし、またアスファルトや家の壁等についたものはへばりついてなかなかとれないようになります。
特に、雨の多い梅雨になるまでにある程度、とってしまうことが必要です。
ひまわり等を植えると放射性物質が取れるという話もありますが、畑を耕すと、せっかく一番上に薄くのっている放射性物質を土の中の方に入れてしまいますから、望ましいわけではありません。
放射性物質というと何か特殊なように感じるので、そのまま近づかずにしておきたいと思うでしょうが、実際には身の回りにある火山灰と同じです。早いうちに取り除いてしまうことです。
一刻を争います。
政府はあまり当てになりませんから、ボランティアを中心に、まずは福島市、郡山市などを中心に、大規模に除洗し、同時に自衛隊やその他の部隊に依頼して、人が入れない地域も早く除洗することが必要です。
・・・・・・・・・
このままにしておくと放射性物質が福島市や郡山市の町の中に残ってそれが土の表面に近い所で強い放射線を出します。
わたくしのところには読者の方が測定した空間と土やアスファルトの近くの放射線のデータが多くメールしていただいていますが、地面の近くは驚くべき程、放射線量が高いのです。
たとえば、4月16日の測定で、東京のある場所ですが、大気は最小値が0.101μSv/h、最大値が0.173μSv/hですが、 車道際のコンクリートの上の測定では最小値が2.194μSv/h 最大値が2.579μSv/hと非常に高い数値になっています。
この測定値ばかりではなく、今、文科省や自治体が測定している空間の放射線に対して地面に近い所は約10倍になっています。
このことを日本政府は「空間の放射線が少しずつ下がっている」と言っていますが、実際には空間に漂っていた放射線物質が地面に落ちたに過ぎないとも考えられます。
・・・・・・・・・
福島県、茨城県、栃木県、宮城県は、県単位もしくは市町村単位でできるだけ早く除洗することです。これによって放射性物質の90%ぐらいを除くことができると考えられます。
将来とも放射線が10分の1の場所で生活できるのです!!
しかも、早ければ早い程、表面から除去する土の量が少なくなりますので、それだけ労力も少なく、またその土地で長く住む子供たちの被ばくを減らすことになります。
・・・・・・・・・
放射性物質で汚れてしまったと諦めないでください。30年は放射線を出し続けるのですから、最初に除くことが大切です。自治体の最大でもっとも大切な仕事でしょう.
また、上に挙げた県以外の場所については、機会を見てブログに書きたいと思っています。
(平成23年4月18日 午後8時 執筆)
武田邦彦
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1574448&media_id=88
ア管首相や補佐官が「10年~20年住めなくなる」と言って、「とんでもない。」と批判されていましたが、原子力を学んでいる人の中には100年という単位で住めなくなると言っている人もいるようです。
私は100年住めないという意見に耳を傾けています。
放射能汚染された地域の土壌を早く取り除かないとますます地面に放射性物質が入っていきます。
半減期の短いヨウ素を第一に取り上げていますが、プルトニウムなど恐ろしいほど半減期の長い物質も拡散してしまいました。
昨日もテレビで、小児科医が出てきて、コメントをしていましたが、必ず、最後に「~~と思います。」と思いますをとても強調していたコメントがとても気になりました。
武田邦彦さんは次のように警告しています。
原発 緊急情報(55) 3ステップ(その2)
http://takedanet.com/2011/04/55_8617.html
地震が発生した瞬間から福島原発が科学的には、極めて「予想通りに破壊されてきた」ということを前回、書きました。
ただこの表現(予想通り破壊)が被災した人のことを考えると、余りにも冷たい感じがして、今まではっきり書きにくかったのですが、やはり「事実を直視する」ということで今回から書くようにいたしました。
そして昨日の東京電力の将来予測は、これもまた極めて予想通りに展開するとされていました。
東京電力の予想が的確かどうかという議論が行われています。その中には、東京電力が示した「第1ステップ」が3ヶ月では終わらないのではないかというような議論に集中しています。
しかし、福島原発のことは東京電力には重要なことですが、付近住民と、やや遠くに住んでいる人たちにとっては自分たちの所にどのくらいの放射性物質が降ってくるか、野菜や魚がどの程度汚染しているのかということの方が重要です。
東京電力が示した対策の中には、
1) 原子炉だけに関係するもの、
2) 住民にも関係があるもの、
が混ざっていますので、ここではできるだけ原子炉だけに関係するものを除いて、将来像を示していきたいと思います。
つまり、原子炉が非常に不安定なときには、原子炉の状態をよく知っておく必要がありますが、このブログで何回か指摘しましたように爆発の可能性がないわけではありませんが、それを生活の中で考えていかなければならないというのは、3月16日の時点である程度、終わっています。
現在では、さらに爆発の可能性は少なくなっていると考えて行動計画を立てたほうが、実際的であると思います。
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まず第1に、東京電力の計画が第1ステップ、第2ステップにわかれていても、その内容を詳細に見ると、わたくしたちにとっては「徐々に放射線量も減り、徐々に最終的な処理に入っていく」というように解釈できます。
従って、経産大臣は「東京電力の処理を待って地元のことを考えたい」と言っておられましたが、実は今日から直ちに事故処理に入れる段階になったと考えられます。
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まず第1に、福島県東部、すなわち「中通り」及び「浜通り」の地域で放射線物質が多く降った場所を除洗することです。
放射線物質が多く降った地域も必ず住民はそこに帰り、生活をし、そして仕事をします。その時期は早い方がいいのは決まっています。
しかし現在、そこには「放射性物質のチリ」が積もっています。チリは物質ですから、火山の噴火の灰のようなもので、取り除けば綺麗になるのは当然です。
実際にも放射性ヨウ素は半減期が短いので、しばらくほっておけばなくなってしまいますが、セシウムは半減期が30年と長く、その性質は火山灰等にほとんど似ています。
しかし、このままにしておくと畑やグランドでは下の方の土に混ざってしまいますし、またアスファルトや家の壁等についたものはへばりついてなかなかとれないようになります。
特に、雨の多い梅雨になるまでにある程度、とってしまうことが必要です。
ひまわり等を植えると放射性物質が取れるという話もありますが、畑を耕すと、せっかく一番上に薄くのっている放射性物質を土の中の方に入れてしまいますから、望ましいわけではありません。
放射性物質というと何か特殊なように感じるので、そのまま近づかずにしておきたいと思うでしょうが、実際には身の回りにある火山灰と同じです。早いうちに取り除いてしまうことです。
一刻を争います。
政府はあまり当てになりませんから、ボランティアを中心に、まずは福島市、郡山市などを中心に、大規模に除洗し、同時に自衛隊やその他の部隊に依頼して、人が入れない地域も早く除洗することが必要です。
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このままにしておくと放射性物質が福島市や郡山市の町の中に残ってそれが土の表面に近い所で強い放射線を出します。
わたくしのところには読者の方が測定した空間と土やアスファルトの近くの放射線のデータが多くメールしていただいていますが、地面の近くは驚くべき程、放射線量が高いのです。
たとえば、4月16日の測定で、東京のある場所ですが、大気は最小値が0.101μSv/h、最大値が0.173μSv/hですが、 車道際のコンクリートの上の測定では最小値が2.194μSv/h 最大値が2.579μSv/hと非常に高い数値になっています。
この測定値ばかりではなく、今、文科省や自治体が測定している空間の放射線に対して地面に近い所は約10倍になっています。
このことを日本政府は「空間の放射線が少しずつ下がっている」と言っていますが、実際には空間に漂っていた放射線物質が地面に落ちたに過ぎないとも考えられます。
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福島県、茨城県、栃木県、宮城県は、県単位もしくは市町村単位でできるだけ早く除洗することです。これによって放射性物質の90%ぐらいを除くことができると考えられます。
将来とも放射線が10分の1の場所で生活できるのです!!
しかも、早ければ早い程、表面から除去する土の量が少なくなりますので、それだけ労力も少なく、またその土地で長く住む子供たちの被ばくを減らすことになります。
・・・・・・・・・
放射性物質で汚れてしまったと諦めないでください。30年は放射線を出し続けるのですから、最初に除くことが大切です。自治体の最大でもっとも大切な仕事でしょう.
また、上に挙げた県以外の場所については、機会を見てブログに書きたいと思っています。
(平成23年4月18日 午後8時 執筆)
武田邦彦
元帝王達の都 はてしない物語より
1998年作成の私の英語教材をご紹介します。
英語まとめ NO.03 9809
私の尊敬する作家にドイツのミハエル・エンデさんがいます.そのはてしない物語の言葉を紹介します.これはドイツ語原本では絹の裏表紙に抜書きされていて、彼の思想を示す言葉でもあり、一人の登場人物を通して、我々に語ります。
母を亡くしたバスティアンは父親と2人で暮らしています。うだつのあがらない父も悲しみにくれる毎日を送っています.ある日、いじめられ、古本屋に逃げ込むとそこの主人でコレアンダーという不思議な人物が何か面白そうな本を読んでいるのです。読みたそうな顔をしていると、これは危険な本だ、早く店から出て行けといわれます.しかし、バスティアンは、ますます読みたくなり、ご主人が電話をしている時、無断で持ち出します。(万引きね!) shoplifting
そして学校の理科室の倉庫にその本を持ち込み、読み始めます。
物話では子供達がファンタジェーンに遊びに来ないため、ファンタジェーンが無の力により崩壊していくのです。そこでは緑の肌の戦士アトレーユが女王様に新しい名前をもらいに旅に出て行くのですが、バスティアンは現実世界でその本を読んでいるという話になっています。
しかし、アトレーユの奮闘もむなしく、そのファンタジェーンはなくなってしまうのです。そして、今度はバスティアンがファンタジェーンの世界(精神世界)に入っていくのです。しかし、この世界ではどんな願い事も望めばかなうのですが、ひとつ願うたびに、ひとつ現実世界(人間のすむ世界)の記憶をなくしていくのです。最後には、親友のアトレーユまで殺そうとします。そして自分の名前さえ忘れてしまうのです.
そのファンタジェーンには来ることができたものの、帰れない人の住む元帝王達の都という所があります。この章を読んだときのあの戦慄感はなんともいえないものがあります。でも、親友の助けを得て、命の水を飲み、此岸である現実世界に帰って来ることができます。彼岸では長い旅をしていたのですが、こちらの世界では一晩しかたっていません。気づくと本は無くなっていたのです。
バスティアンは一晩中、自分を探し続け、心配していた父親に事情を話します。その時父親も、バスティアンの不思議な話を信じ、変わっていくのです。そして、コレアンダーさんに謝りに行くのです。しかし古本屋のご主人はそんな本のことを知らないといいます。そして、何時間もバスティアンの話を真剣に聞いてくれます。そして、実は自分もファンタジェーンに行ってきた一人だと告白するのです。
追伸 エンデさんは2年前、ガンで亡くなりました。生前、「死ぬのは恐くない、あちらの世界に行くだけなのだよ。」と言って安らかな眠りについたそうです。 合掌
1)①訳本訳 ②劇の台詞訳 ③映画の翻訳のどれか一つを選び、和訳しなさい。
2)この英文から教えるべき文法事項を示し、説明しなさい。
‘Then you believed me?’ said Bastian.
‘Of course I believe you,’ said Mr. Coreander. ‘Any sensible person would.’
‘Frankly,’ said Bastian, ‘I didn’t expect you to.’
‘There are people who can never go to Fantastica’, said Mr. Coreander.
‘And others who can, but who stay there forever. And there are just a few who go to Fantastica and come back. Like you. And they make both worlds well again.’
‘Have you ever been in Fantastica?’
‘Of course I have.’ said Mr. Coreander.
‘But then,’ said Bastian, ‘You must know Moon Child.’
‘Yes, I know the Childlike Empress,’ said Mr. Coreander. ‘ though not by that name. I called her something different. But that doesn’t matter.’
‘Then you must know the book!’ Bastian cried.
‘Then you have read the Neverending Story.’
Mr. Coreander shook his head.
‘Every real story is a Neverending Story.
There are many doors to Fantastica, my boy. There are such magic books.
A lot of people read them without noticing. It all depends on who gets his hands
on such books.’
‘ Then the Neverending story is different for different people?’ asked Bastian.
‘That’s right,’ said Mr. Coreander. ‘ And besides, it’s not just books.
There are other ways of getting to Fantastica and back. You’ll find out.
This is a secret that no one in Fantastica can know. When you think it over,
you’ll see why. You can’t visit Moon Child a second time, that’s true. But if you can give her a new name, you’ll see her again. And however often you manage to do that, it will be the first and only time.’
‘Thank you, Mr. Coreander.’ said Bastian.
‘I have to thank you, my boy,’ said Mr. Coreander. ‘I’d appreciate it if you dropped in to see me now and then. We could exchange experiences.
There aren’t many people one can discuss these things with.’
‘I have to go now. My father’s waiting. But I’ll come and see you soon.’
‘Bastian Balthazar Bux,’ he grumbled. ‘If I’m not mistaken you, you will show
many others the way to Fantastica, and they will bring us the Water of Life.’
Mr. Coreander was not mistaken.
But that’s another story and shall be told another time.
英語まとめ NO.03 9809
私の尊敬する作家にドイツのミハエル・エンデさんがいます.そのはてしない物語の言葉を紹介します.これはドイツ語原本では絹の裏表紙に抜書きされていて、彼の思想を示す言葉でもあり、一人の登場人物を通して、我々に語ります。
母を亡くしたバスティアンは父親と2人で暮らしています。うだつのあがらない父も悲しみにくれる毎日を送っています.ある日、いじめられ、古本屋に逃げ込むとそこの主人でコレアンダーという不思議な人物が何か面白そうな本を読んでいるのです。読みたそうな顔をしていると、これは危険な本だ、早く店から出て行けといわれます.しかし、バスティアンは、ますます読みたくなり、ご主人が電話をしている時、無断で持ち出します。(万引きね!) shoplifting
そして学校の理科室の倉庫にその本を持ち込み、読み始めます。
物話では子供達がファンタジェーンに遊びに来ないため、ファンタジェーンが無の力により崩壊していくのです。そこでは緑の肌の戦士アトレーユが女王様に新しい名前をもらいに旅に出て行くのですが、バスティアンは現実世界でその本を読んでいるという話になっています。
しかし、アトレーユの奮闘もむなしく、そのファンタジェーンはなくなってしまうのです。そして、今度はバスティアンがファンタジェーンの世界(精神世界)に入っていくのです。しかし、この世界ではどんな願い事も望めばかなうのですが、ひとつ願うたびに、ひとつ現実世界(人間のすむ世界)の記憶をなくしていくのです。最後には、親友のアトレーユまで殺そうとします。そして自分の名前さえ忘れてしまうのです.
そのファンタジェーンには来ることができたものの、帰れない人の住む元帝王達の都という所があります。この章を読んだときのあの戦慄感はなんともいえないものがあります。でも、親友の助けを得て、命の水を飲み、此岸である現実世界に帰って来ることができます。彼岸では長い旅をしていたのですが、こちらの世界では一晩しかたっていません。気づくと本は無くなっていたのです。
バスティアンは一晩中、自分を探し続け、心配していた父親に事情を話します。その時父親も、バスティアンの不思議な話を信じ、変わっていくのです。そして、コレアンダーさんに謝りに行くのです。しかし古本屋のご主人はそんな本のことを知らないといいます。そして、何時間もバスティアンの話を真剣に聞いてくれます。そして、実は自分もファンタジェーンに行ってきた一人だと告白するのです。
追伸 エンデさんは2年前、ガンで亡くなりました。生前、「死ぬのは恐くない、あちらの世界に行くだけなのだよ。」と言って安らかな眠りについたそうです。 合掌
1)①訳本訳 ②劇の台詞訳 ③映画の翻訳のどれか一つを選び、和訳しなさい。
2)この英文から教えるべき文法事項を示し、説明しなさい。
‘Then you believed me?’ said Bastian.
‘Of course I believe you,’ said Mr. Coreander. ‘Any sensible person would.’
‘Frankly,’ said Bastian, ‘I didn’t expect you to.’
‘There are people who can never go to Fantastica’, said Mr. Coreander.
‘And others who can, but who stay there forever. And there are just a few who go to Fantastica and come back. Like you. And they make both worlds well again.’
‘Have you ever been in Fantastica?’
‘Of course I have.’ said Mr. Coreander.
‘But then,’ said Bastian, ‘You must know Moon Child.’
‘Yes, I know the Childlike Empress,’ said Mr. Coreander. ‘ though not by that name. I called her something different. But that doesn’t matter.’
‘Then you must know the book!’ Bastian cried.
‘Then you have read the Neverending Story.’
Mr. Coreander shook his head.
‘Every real story is a Neverending Story.
There are many doors to Fantastica, my boy. There are such magic books.
A lot of people read them without noticing. It all depends on who gets his hands
on such books.’
‘ Then the Neverending story is different for different people?’ asked Bastian.
‘That’s right,’ said Mr. Coreander. ‘ And besides, it’s not just books.
There are other ways of getting to Fantastica and back. You’ll find out.
This is a secret that no one in Fantastica can know. When you think it over,
you’ll see why. You can’t visit Moon Child a second time, that’s true. But if you can give her a new name, you’ll see her again. And however often you manage to do that, it will be the first and only time.’
‘Thank you, Mr. Coreander.’ said Bastian.
‘I have to thank you, my boy,’ said Mr. Coreander. ‘I’d appreciate it if you dropped in to see me now and then. We could exchange experiences.
There aren’t many people one can discuss these things with.’
‘I have to go now. My father’s waiting. But I’ll come and see you soon.’
‘Bastian Balthazar Bux,’ he grumbled. ‘If I’m not mistaken you, you will show
many others the way to Fantastica, and they will bring us the Water of Life.’
Mr. Coreander was not mistaken.
But that’s another story and shall be told another time.