眠れない夜
久しぶりに、外泊で家に帰りました。
体はすこぶる快調。
と、言いたいところですが・・。
カテーテルが入っているところは少し痛むかな・・。
まぁ、少し不安ですが今日は家で久しぶりに眠れると
思ったのですが・・。
眠れない・・。
だんなが横で眠っているのになぜか、眠れない。
ものすごい不安なんです。
何度も眠ることを試みるのですが、なぜか目が覚める。
それを繰り返し結果的に2時間ほどしか眠れませんでした。
眠れないということがこんなにも不安な気持ちになるとは
思いませんでした。
いかに病院で甘やかされているか、大事にされているかと
いうことがわかった気がする・・。
自分ひとりは無力だなと思いました。
病院にいることがあたりまえになってきている。
自分はそれでいいのかな?
慣れるってたしかにいいことなんだけど
慣れすぎって本当にいいことなんだろうか?
家で眠れなくなるくらい病院にいることがあたりまえになってきて
しかも、そのほうが居心地がいいっておかしいよ。
でも、正直看護師さんとも仲良しなってるし
この病院のこの病棟のこの部屋が自分の部屋になっている
気がする・・。
あと、1ヶ月でこの部屋とさよならしなきゃいけないことが
本当にできるのかもものすごく不安です。
1年目ってイイですね。
入院もきょうでまる2ヶ月。
今、BCUも人がいないので今に私一人になってBCUの主になってしまうかも・・。
来週からは2回目の地固めに入ります。その後は移植になりますので
わたしもこの病院から転院します。
病院も2ヶ月入院してると看護師さんとも仲良しになってきます。
いろいろなお話をしてくれる人。ちょっと怖い人。さえない人。
いろいろいます。
今、毎日会ってて一番仲良しなのは1年目のナースマン。
一生懸命で仕事を覚えるのに奔走しています。お話も好きで特に男子なので
スポーツの話が大好きみたいです。
この人とワールドカップの時期に会ってたらどうなってたんだろう?
今も廊下を歩いている音がします。(タカタカと)
1年目ってイイですね。一生懸命だし、患者さんと心を交わそうと必死だし
でも、ときどきあわてんぼクンなのでドジもするし・・・。
それを見ていると本当に楽しい。
つまらない入院生活も彼のおかげで本当にたのしいです。
こうやって、ブログで彼のことも書けますしね。
時々、自分はこの先どうなってしまうんだろう?って泣いてしまう夜もあるけど
こうやって一生懸命に患者のためにお世話をしてくれる人もいる。
自分は、こんな人たちがいるからがんばれると思うしがんばらないといけないと思う。
今は、寛解の時期で体は本当にラクです。
でも、心が時々痛くなるときがある。
そういう時は、一生懸命な人をみて心を癒す。
自分もがんばろうと思う。
死にたいなんてもう思わないことにしました。
今は1日でも早く元気になってまた社会に復帰しようと思っています。
さぁ、今日は注射があります。
注射は大人でも痛いしいやなものです。
でもね、がんばって耐えないとね。
わたしは元気です。
3人の写真
友達から3年前に撮った写真が届きました。
もう、二度と写真をとることのできない3人の写真でした。
懐かしいなぁ。若いなぁ。って思いながら見ました。
今の私は、抗がん剤の影響でアタマもハゲで
いつもそれがいやで帽子をかぶっているんだけど
写真のわたしは髪が長くてスカートなんか履いてて
今も痩せちゃったから当時と同じくらいの体系かな?
なんて思ってた。
あとの2人はだれかって?
カ・レ・シ
うそうそ。
あるサッカー選手との写真です。
3年前の写真なので3人とも若いし
今は2人は違うチームに所属してるので
もう二度と3人で写真を撮ることはできないのです。
それにしても3人で写真を撮ってほしい。
なんてすごいお願いをしたもんだ。
今の私なら絶対にできないや。
この写真は宝物。
二度と撮ることのできない写真。
これからのつらい治療に絶対に励みになる写真です。
また、あのときにのように一緒に写真を撮りたいって
がんばると思う。
そのためには死にたいなんて思ってはいけない
生き抜かないといけない。
私信:ままさまへ
わたし、がんばってます。生き抜きます。
また、あのときのように写真を一緒に撮るために元気にならなきゃ。
心配してくれてありがとう。いつか元気になったら会いましょうね。
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はじめて死にたいと思った。
昨日の夜、眠れなかった。
寝よう寝ようと思っても眠ることができなかった。
そして、涙ばっかりが出た。
もうすぐ、私は骨髄移植をするんだけど
骨髄移植をすると同時の子供を作る機能も
産む機能も無くなるらしいです。
らしい。と、言うのは、産むことができなくなる
ことはだれもわからないらしい。
症例もほとんどないらしく、血液内科の先生も
産婦人科の先生さえもわからないらしいです。
そのため、来週本当に産むことができるのか確かめに
専門の病院を受診することになりました。
産むことができたとしてもわずかの確率らしいです
要するに、わたしはもう子供を作ることも産むことも
できない人間になるらしい。
そう思ったら、涙が止まらなくなってしまいました。
どうして、こんなことになったのか、こんな病気に
かかってしまったのか、何度考えても結論は出ず
だんなにも申し訳なく(欠陥商品をつかまされたようで)
はじめて、死にたい。死んでお詫びをしたいって
思いました。
死という言葉を軽々しく使うことが、今のわたしには
一番いけないことだということもわかっているのですが
どうしても、申し訳ない気持ちにが先に出て
これが、子供が一人でもいればよかったのですが
うちには、子供はいません。
子供のいない家庭なんてたくさんいるしそれは
わかってる。でも、今はものすごく自分につきつけられた
問題が非情で、どうしようもないことに悔しいというか
悲しいというか感じているのです。
それで、だんなに電話をして、こんなことになってしまった
ことをあやまったのですが、だんなはそんなことを気にする
必要はないし、今は病気を治すことだけ考えなさいと
いうだけ・・。
今朝も朝から何も食べる気にもならず
なんかどんよりしています。
どうしようもないこともわかっているのですが
少ないリスクにチャレンジをする勇気もなく
子供のことはあきらめるしかないのかなと感じている
のです。
つらいですね。
もっと早く作ればよかった。
好きなことばかりしてないで、子供は後回し
なんて言ってないで
早く親になればよかった。
後悔後にたたずです。
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垢なのか皮なのか
明日で3週間お風呂に入っていません。
前回の治療のときもそうだったので別になんとも
思わないです。
体は毎日拭いてるし、顔は毎日洗ってるし
頭も毎日拭いています。
でも、拭いても拭いても、なにかがたまる・・。
垢なのか皮なのか。
足・・足の裏はなにか白いしわのようなものに覆われて
います。こすると・・。なにかが細長いものに変身します。
これは、垢です。真剣に拭きます。
かかとはかちかち。これは角質です。これはお風呂に
入れるようになったら軽石またはやすりでこすります。
手・・なんだかひ弱な腕になってしまいました。
両腕の外側のぶぶんがカサカサです。日焼けをして
皮がむけるときの感じです。でも、むける気配はありません。
なんか白い粉が飛びそうな感じです。やはり汚いです。
おなか・・ここもかさかさしています。
それより、ショックだったのは体をふいていたら
だんなに「おまえのおっぱいばあさんみたいだ」
と、いわれた事。それは、垂れているのか?形なのか?
男性をその気には絶対にさせない胸だと言われました。
ショック!!病気が治ったらぜったにバストアップして
やるぞ!と、心に誓った夜だった。
頭・・例の血が噴き出したところはだいぶよくなったのですが
同じように、頭の角質がポロポロとむける・・。
おそらくフケなのか。
なんか汚い人だと確信。
今、真夏じゃないですか。外にいたらまちがいなく
くさい、きたない、だけど病院は常に冷房がきいていて
乾燥しているところなので逆に体がカサカサしてきちゃう
んだね。
早く、お風呂に入りたい・・。
今日の血液検査で白血球が1900
好中球数が342でした。
好中球数が1000を超えないと無菌室から出れなくて
もちろん、お風呂にもはいれません。
めざせ!1000!
金曜日あたりに達成できそうです。
がんばって、いい血液を作ってくれよ~。
と、自分にいいきかせた夜でした。
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心が痛かった。
月曜日からずっと熱が出ていて、きっとそれは免疫力の低下によるものや生理がきたりしたので
出たものだということです。
でも、久しぶりに40度も熱をだしてしまって、40度出すと熱い感覚や寒い感覚が
わからなくなってしまうので自分がどうしたいのかどうしてほしいのかを訴えることが
できなくなってしまう。ただ、薬で熱が下がってほしいと願うばかりです。
ところで、きのうから24時間テレビをやっています。
24時間テレビはようはいろいろイベントをやりながらお金をあつめる慈善事業
(なんか冷たい言い方かな?)なわけですが、ことしは昨年とは少し
見方も違うような気がします。
それは、自分が病気にかかってしまったということもあるだろうし
じぶんと同じように病気で苦しんでいる人、いやそれよりもおもいものを
背負って生きている人を見てて心が痛くなりました。
毎年、ドラマをやります。ドラマ好きなのでとりあえずは毎年見るのですが
今まではそのドラマは自分とは関係の無い世界の話だと思っていました。
今年のテーマは「絆」
頭蓋骨が解けていくという病気にかかってしまった青年とその青年のまわりの人間
のドラマだった。
途中、何度も自分とおきかえてしまうことが多かった。
青年は最後になくなってしまったけど、亡くなったときに自分がもし死んだら
最後に泣いてくれる人はいるだろうか。
最後に悲しんでくれる人、私のことを考えてくれる人はいるだろうかと思った。
今まで、苦しいこともたくさんあったけど、絶対にこの病気では死なないと思っていた。
もちろん、いまでもそう思っている。まだ、やりたいこともたくさんあるし会いたい人。
見たい景色、たくさんあるし、親孝行もしてないし、だんなさんとも5年しか一緒に
生きてないし。
でも、現実問題、わたしはがん患者です。
様態が急変して死んでしまうかもしれない。
それに、これから骨髄移植という最大の治療が待っています。
それに耐えられるのかどうか、いや、耐えなくてはいけない。
耐えられなければ死んでしまう。そういうことを思いながら昨日は寝ました。
(そのわりには寝つきはよかった)
心がいたくなるときもある。
まだ、現実には死んでしまうこととと向き合ってないと
思うし、向き合いたくもない。
いろいろ考えても結論は出ないし、今は目の前の敵を
ひとつひとつ退治していくことが前進することなのかなと
思っています。
何があっても前進あるのみでがんばるしかないのです。
ちょっとうらやましかった
たまたまミクシィを徘徊してたら知り合いの人のブログを見つけました。
すきなサッカー選手のこと。応援の弾幕のこと。試合のこと。いろいろなことが書いてあった。
あそこにも行ったここにも行った。ってたくさんのことが書いてあった。
奥さんでありお母さんなのに、この人いつも出かけてる。
だんなさんってどう思ってるんだろうな・・。と思いながら読んでいました。
たまたま応援している選手も一緒だったりで知り合いになったのですが
なんか、いい意味でアクティブ。悪い意味で家庭はどうなっているのでしょうか?
と、思いながら読んでいました。
とまぁ、本当は出かけることもできず、ベッドの上でその人の遠征記をみてて
うらやましかったんだけどね。
わたしも健康なときはあっちこっちと落ち着き無く週末はおでかけしていました。
甲府、静岡、京都までサッカーを見に行ったこともあります。
でも、こんな体になってしまったので今年はもうどこにも行くことができません。
釣りもだんなの草野球についていけません。
なんだか、せつなくなりました。
そうやって好きにどこにでも出かけられる人がちょっとうらやましかったりしました。
今はしっかり体を治して来年、リハビリもかねて少しずつ遠出をして行こうと思う。
来年はだんなさんがゆるしてくれるかわからないけど、もし体も調子がよかったら
お寺参りに京都に一人でお出かけしたいんです。
それまでに地固め移植やいろいろ山あり山ありだけどがんばりたいです。
☆
そうそう。
変な話だけど昨晩からどういうわけか生理がきています。
(ホルモン注射の効果ゼロです)
いや、女性としてはあたりまえのことなんだけど、今のわたしにはこういう
ふつうのことでもニュースです。
とくに今は血小板がものすごく少ないので大変です。
看護師さんが入れ替わり立ち替わり「調子はどうですか?」
と、聞きにきます。
もう!金八先生も高校野球も邪魔されちゃって・・。
でも、それくらい大変なことらしいです。
慎重に見極めていかないといけません。
明日は、赤血球の輸血+緊急で血小板の輸血もあります。
血小板は今日もありました。
最近、夜中眠れない日々があります。
いろいろなことを考えてしまって目がさえてしまいます。
でも、それは不安なことをかんがえているのではなく
退院したらどうしようかとかそういうことです。
だから考えてるのも楽しいのです
でも、ちゃんと夜に眠らないといけないよなあ・・。
だめな患者さんです。
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家族の絆
入院生活も1ヶ月半になりそろそろ付き添いの家族にも疲れが見えてきました。
特に、一切の家事+仕事+わたしの世話をしている主人には相当の疲労がたまってきているはずです。
最近、主人とはなしをしているといっぱいいっぱいなのではないか?と、感じるところが
ありました。
この2・3日家族の中でも移植の問題は絶えず議論されていて
わたしたちはドナーである妹に協力のお願いをしないといけなかったのですが
どうも配慮がなかったようです。
妹も始めての全身麻酔への不安や骨髄の採取への不安、しかし姉であるわたしを
助けなければいけないという、YESのみの決断に迫られている。いろいろ気持ちのなかに
表現できない思いがあったようです。
それをいもうとのだんなさん、つまりわたしの義弟がわかったらしく
ドナーへの協力の回答がいつまでも「少し考えさせてくれ」と、いう答えしか返ってこない・・・。
「いやなら、他人を探すからもういい」と、いって怒り出す主人。
その主人をなだめろという母・・。
わたし、病気なんだよ。
白血病なんだよ。
今日、白血球600しかないんだよ。朝から熱もあるし、どうしてそんな神経すり減らすような
こと考えないといけないの?って母に八つ当たり・・。
もう、わたしなんか死んでしまえばいいんだ。
わたしが死ねば、妹はドナーからの不安もなくなる。
主人は仕事と家事とわたしの世話もしなくてすむ。
そうすればいいんだ。
と、叫んでしまったのです。
母がポロポロと泣き出して
どうして、そんな極端なことしか考えられないのか?
と、いい始めたのです。
確かに妹が不安な気持ちもわかる。
それのホローを何もみんながしなかったから
義弟が決断を渋ったのもわかってた。
でも、みんなじぶんのせいで苦しんでいることが
わかっていて、そしてこんな病状なのに
その調整をおまえがやれっていわれて
なにもかも投げ出したくなってしまったんです。
わたしが死んでしまえばみんながラクになるんだ。
でも、それは同時に悲しいだろうな。
悲しんでくれるかな。
わたしは悲しいな。
その後、妹夫婦がやってきました。
いろいろ考えたけど、考えても始まらないので
ドナーの協力はします。との回答がきました。
あとは、病院の指示で動きましょうとのことでした。
☆
家族の絆ってなんだろうな。
病気になったときにみんなで助け合おうって
話したけど、こういう疲れとか不安とかがか
でてくると、ボタンが掛け違ってしまってみんなが
いいたいことを言い出す。
からだの調子が少しでも悪いとものすごく不安になる。
自分なんか死んでしまえばいいって心にも思ってないことを言い出す。
本当は死ぬのなんて絶対にいやなんです。
なんとかして助かりたい。
だからみんなでがんばっている。がんばってくれてるのに・。
うそでも死ぬなんていってはいけないって思いました。
世の中にはまだドナーが見つからずこの病気と戦っている人だっているんだし
それに比べたらわたしなんてちっぽけな悩みなんだから・・。
そう思ったら、もう少しがんばってみようと少し強くなれた気がしました。
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気がついたら・・・。そして移植のこと
昨日の午前中(しかもわたしが居眠りをしている間に)
抗がん剤も終わり、あとは後処理として補液といわれる
お水(抗がん剤を体からなくす液)の点滴と体重測定、蓄尿、
その他もろもろをしている日々です。
結局、今回は副作用というものはまったくなく
これから、免疫がさがったときの症状だけを
注意することと先生に指示されました。
それからいずれ訪れる骨髄移植の病院もきまりました。
本当はそんなの無いほうがいいんだけど、昨日先生に
しつこく聞いたけどやぱり骨髄移植はさけられない状況
らしく、(再発の危険性・可能性大)
もう、移植をして早く社会復帰をしてほしいとの先生の願い
もあるらしくやはり、移植の道に進むことにしました。
と、いうことでいずれ転院もあるのでもう少し入院生活
が長くなりそうです。
移植というのは、大量の抗がん剤投与と放射線治療に
よりまったく血液の作れない状況にして
人の骨髄(わたしの場合は妹)をいれて血液を0歳に
するわけです。それで定着すればいいのですが
拒絶反応があったり、副作用があったり、最悪は
それでも再発をしちゃうこともあるんです。
(移植までして再発したらわりにあわないよ~)
わたしの場合は本当に普通の骨髄移植なのでどこの病院でも
いいらしいのですが、日本でも血液内科の有名な病院を
紹介されそこで行うことになりました。
その辺は安心なんですけどね・・・。
ここまでくるのにも本当に悩みました。
一番の悩みは子供がまったく産めなくなるということ。
子供の作れない体になることに本当にだんなさんに悪くて
なんども悩んだのですが、だんなさんの「それよりまず
おまえが治ることでしょ?」の一言で救われたかな?と、
思っています。この問題はまだ解決できてないのですが
移植のまえに今入院している病院の産婦人科の先生も
相談にのってくれるとのことなので今度、相談にいってみようと思っています。
と、まあ今はこんな感じで日々を送っています。
世間はお盆休み。
高校野球も架橋に入っているし、のんびりとすごして
います。
ご心配をおかけした地固め療法もどうやら
無事終了のようです。(油断禁物ですが)
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どうしたのでしょう???
副作用がでません。
もう、明日で抗がん剤投与おしまいです。
こんなことがあっていいのでしょうか?
1滴も吐かず、熱も平熱のまま。
そしてもちろん腸がやられることもなくここまで
きました。
家族も看護師さんも主治医もびっくり。
たしかに、1回目より地固めの方がラクだそうです。
ただ、ここまで差があるケースはめずらしいらしく
(と、いうかわたしの1回目はおもすぎたそうです)
今日なんて夕飯にカップラーメンを食べてしまいました。
明日はレトルトカレーの予定です。
前回の5日目は胃から血を吐き、食べ物、飲み物禁止
になった日です。
薬が効いてないのではないかと不安になるくらいです。
が、しかし・・。
2回の抗がん剤は前回の倍入っているのです。
効かないわけがない。
と・・。するとなぜこんなにラクなのか???
やっぱり不安になります。
思わず、看護師さんに「今日の抗がん剤って実は
入ってないなんてことないですよね?」って冗談で
言ったら「わたしが生理食塩水に混ぜました!!」
って言われたのでまちがいないです。
どうやらこのまま終わってしまいそうな展開です。
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