試合の一日目が終わりました。
朝はややゆっくり目に来ても良い、と言われたので、女子の練習から会場に入るタイミングでホテルを出ました。
そのため、残念ながら他の競技の練習は観ることが出来ませんでしたが、なにぶん、スタッフが最少人数でいったん会場に入ったら休みなく、全ての試合が終わるまで食事を摂る時間もあるかないかという感じで働くので、どこかで調整する必要があります。
今大会、カナダ連盟の広報担当のアマンダが率いるメディアチームは、BC州の連盟に携わって長いB君、そして様々なスポーツイベントでコンサルタントとして働いて来たS氏、そこに私が加わってたったの3名です。
S氏とは2018年のJGPF&GPF大会で初めて出会い、その後はB君も交えて2019年のGPスケカナのケロウナ大会で一緒にメディアの仕事をしました。なのでチームワークはばっちり。
キスクラからのエスコート、テレビ局への案内、ミックスゾーンでのリモート取材、そして記者会見を全て担当するのですが、ある意味非常に無駄のない、効率的な作業となりました。
ケロウナ大会などと比べてみても、とにかく舞台裏にやたら人がたむろすることがありません。そのおかげで導線がとても上手く機能して、アマンダとも「これってけっこう一人一人の仕事量は多いけど、スムーズに事が運ぶよね」と言いあった事でした。
リモートでの取材は確かにいつも現場でレコーダーを傾けて、選手たちの顔の表情を間近で見慣れているジャーナリストにとっては物足らないでしょう。でもその分、世界中のどこにいても、ほぼ同じ条件で同じ情報を得ることが出来るのは良い面もあるはずです。
そしてもちろん、現場にいてこそふとしたタイミングで、そこら辺を歩いているコーチを捕まえて話を聞いたり、選手たちのオフアイスの様子を捉えたりすることが出来るわけですが、リモートのみだと臨場感を欠くレポーティングになってしまうかも知れません。
また、テレビ局の撮影にも影響は出ています。かつては
「~~選手のウオーミングアップの模様です」
などと言って、こちらがハラハラするような至近距離でスケート靴の紐を結ぶ足元からカメラを突きつけたり、アップする背後まで迫って解説したり、ということがなくなりました。
でもその分、選手たちは伸び伸びと振る舞い、自分達の演技とその準備に集中できている様にも思えます。
今後、こういったバーチャルな手法が継続されるのかどうか、とても興味深いところですね。
さて、肝心の試合の方ですが、まずはペア:
注目されたのはカナダのトップ2(と思われる)チームが初めて真向勝負をする、ということです。
結成時、けっこう色々と物議を起こしたヴァネッサ・ジェームス&エリック・ラドフォード組ですが、オータムクラシックとフィンランディア杯に続いて三試合目の出場でした。二人ともが輝かしい実績の持ち主ではあるけれど、チームとしてはまだ新しいわけで、未だに本番になるとかみ合わない所があるのは本人たちにとってもちょっと心配の種でしょうか。SPを終えて5位。
このペアの出現によってすっかり調子が狂ってしまったウオルシュ&ミショー組はスケアメで散々な成績に終わりました(8組中8位)。そして今大会では、それまでは安定していたムアータワーズ&マリナロ組もロシアやドイツの若手チームに抜かれて4位。
抜群の実力を見せつけたのが中国のウェンジン・スイ&ツォン・ハン組。彼らがどのような演技を見せるのか、とても興味がありましたが、期待に応えてくれました。
フラメンコ調の曲に乗せて、強烈な存在感を放つ。直に見ると二人ともとても小柄ですが、リンクでは大きなエネルギーを発して観る者の目を引きつけます。いやいや、特にスイ選手のカリスマはものすごいものがありますよ。
プレカンの様子は、本当にがらーんとした所で、選手だけが壇上に座って、スピーカーから鳴る質問者の声に応じる、という不思議な光景です。パンデミック後に各国で様々な試みがなされて、とりあえずベストの策を講じて開催にこぎつけているなか、選手たちは若者らしく、とても柔軟に、臨機応変に対処しているように思えます。
やはりアスリートにとっては、とにかく試合が出来ること、自分達の愛するスポーツに再び思う存分に従事できること、が何よりもの幸せなのだと痛感する次第です。
次の試合は男子のSP:
先週のGPスケートアメリカで思いがけないミスを連発して、久しぶりに首位を逃したネイサン・チェン選手が二週連続で出場することが最大の注目点であったかと思います。
終わってみればほぼ想定内の順位で、1位はチェン選手、2位にジェイソン・ブラウン選手、そして3位はキーガン・メッシング選手でした。
カナダの男子はオリンピックの出場枠が二つしかないだけに、キーガン、ローマン、ナム、の三選手の中から誰が出場できるのか、皆が関心を持つところです。
現時点では、キーガン選手が頭一つ(か二つ)ほど抜けている感じで、ローマンはネーベルホルン杯でかろうじて二枠目を確保したものの、どうもジャンプの安定性に欠けるためにイマイチ信頼できない。本人のポテンシャルを鑑みると何とも惜しい感じです。ここでもSPを終えて10位と大きく低迷しています。
で、トップのネイサン選手とジェイソン選手ですが、私はいつも通り、せっかく現地にいるのにモニターでかろうじて演技を追えるかどうか、という状況に置かれています。なので生の演技を観ていないわけですが、会場の雰囲気からするとジェイソン選手の演技は「エライものを観てしもた」的な観客からの波紋が裏まで伝わって来ました。
完成度の高い、二年目の「シナーマン」のプログラムは本当に見応えがあったのでしょう。ジェイソンの身体の動きが計算しつくされ、音楽にピッタリとはまり、全てがひとつの作品として仕上がるよう構築されています。しかし男子の競技において、クワッドが一つも入っていない、というのは私の意見としてやはりどうしても痛い、という気がします。
まあここは賛否両論があると思いますが。
ネイサン選手は後の記者会見でも語っていましたが、当然のことながら前週の演技のやり直し、として今大会を捉えていたようです。二週続けての大会は確かに時間的にタイトだけれど、くよくよする間もなく、さっさと次の試合に挑めるのは良かったと言っていました。
今後、スケアメの演技については深く分析する必要があるし、それもすでに自分でやり始めているけれど、とにかくカナダの試合で良いスタートを切れてホッとしている、と。
モニターで見た限りでは、最後のステップの感じが「何か前に見たことあるなあ」と思ったら、当たり前ですよね、「ネメシス」のリバイバルなんですから。初めて見た時はとても新鮮でしたが、ちょっとワンパターンかな、という気がします。それにしてもプレカンでは相変わらずのキレッキレの受け答えでした。
キーガン選手は結婚して、第一子が生まれてものすごく落ち着いた、という印象を受けます。自分をしっかりと繋ぎ止めてくれる「錨」のようなものが出来た、というか。これまで彼のスケートはエネルギーが無尽蔵にあるけれど、どこか無鉄砲なところがあったのですが、このところ本当に安定していて観ている側も気持ちが良いです。
私が印象に残ったのは、記者会見の場を去る際に、ブライアン・オーサーとトレイシー・ウイルソンとすれ違って交わした言葉です。まずはキーガンが二人の教え子であるジェイソンに関して「おめでとう、良い演技だったね」と言うと、向こうも「君も良い演技だったよ」と返す。そしてキーガンが「ジェイソンが良い演技をするのを見ると、いつもすごく嬉しくなるよ」と言ったのです。
こういうことを本当にさらりと、本当に心から言えるキーガンは、ものすごい人だな、と思ってしまいます。
3つ目の種目はアイスダンスです。
オータムクラシックに続いてコーチとして現れたのがスコット・モイヤーさん。だんだんこの役割が板に付いて来ています。
ミックスゾーンのすぐ外にはスコアが表示されるモニターと、演技のライストが映し出されるモニターがあり、自然とそこにはコーチが集まって来ます。
一人一人がじっくりとスコアの内訳をチェックして、喜んだり、眉を顰めたり。色々な表情が目撃できる場所です。
結果的にはカナダのパイパー・ギレス&ポール・ポワリエ組がリズムダンスを終えて、大きく他を引き離しています。ようやく彼らが日の目を見るフィギュア界の地勢図になって来ているのか、ここのところフランスやアメリカやロシアなどのトップ組と互角のスコアが出るようになっています。最終的に、例えばGPFなどでそういったチームと当たった時にどういう位置取りになるのか、ちょっと興味がありますよね。
注目していたイギリスのフィア&ギブソン、そしてスペインのスマート&ディアス。両方とも Ice Academy of Montreal のチームですが、後者はここ数試合、とても勢いに乗っている感じがします。RDを終えて3位に入りました。スペインはアイスダンスの枠が一つしかないので、フルタド&ハリアビンとの熾烈な争いになるはずです。
2位はイタリアのギニャール&ファブリ。マイケル・ジャクソンの曲に乗せてエネルギッシュに滑りましたが、スコアには不満があると言っていました。この二人のコーチは往年の名選手、バルバラ・フザルポーリさんです。
舞台裏で見ている限り、コーチ同士のファッション合戦もけっこう面白いのですが、特にアイスダンスでは皆さん、とっても気合が入っています。マリーフランス・デュブルイユさんとバルバラさん、そしてギレス&ポワリエのコーチのキャロル・レーンさんたちはなかなか競い合っています。
クソ寒いリンクで何時間も立っているのに、ものすごい高いヒールのブーツを履いてらっしゃるのが良い証拠です。(ちなみに私は分厚いソックスにスニーカーです)
本日最後の種目は女子SPでした。第一グループのトップバッターは三原舞依選手。ノーミスの素晴らしい演技で大きな歓声を浴びていました。
ミックスゾーンで語ったところによると、久しぶりの海外でのGP大会で、それだけでも気分は高揚するのに、ふと見ると「WELCOME BACK MAI」と書かれたバナーが目に入り、ウルウルとしてしまった、と。暖かい声援に包まれて、最後まで力強く滑り切れたことで一気にエモーショナルになったのでしょう。
私もモニターで見ていてもらい泣きをして、そのままミックスゾーンでメモを取りながら頷きまくり、絶対に変なオバハンだと思われたはずです。でもとにかく終始、三原選手が笑顔であったことはお伝えしておきます。
その後、日本選手では二人目となった河辺選手は、練習でとても調子が良かったものの、本番でミスが出てしまいました。本人はとても悔しかったことでしょう。ミックスゾーンでは辛そうな表情で、司会をするアマンダが「途中で一息入れても良いよ」と促したほどでした。
そして三人目の樋口選手。とても良い表情で演技をして、最後は心から喜びを表している様な笑顔でしたね。これは良い点が出るぞ、と思っていたところ、意外に点数が伸びなかったのが残念でした。
ミックゾーンで本人は「国際試合なら65点辺りかな」と思っていたところ69点だったのでそこはさておき、スコアシートを見ると自分が思っていたのとは少し違う点数の付け方だった、と言っていました。明日の「ライオン・キング」のフリーで巻き返してほしいと思います。
さあ、ロシア選手。三原選手に続いて二番目に滑ったのがカミラ・ワリエワ選手でしたが、彼女は朝の練習でも3アクセルで苦労していたのでどうなることかと思っていました。蓋を開けてみればほぼ完ぺきな演技で、84点を超えるスコア。とにかく全てのエレメンツが美しく、スケールが大きい。
ジャンプも高い、フリーレッグも高い、手足が長い、スピードも速い。何だか、この選手がノーミスで滑ったらもうどうしようもない、という感じじゃないでしょうか。圧倒的、です。
ロシア二番手はアレーナ・コストルナイヤ選手、3年前のJGPFで彼女を初めて見た時、何と美しい少女だろう、と感嘆したのが思い出されます。今もその印象は変わらず、しかもSPではトリプル・アクセルをしっかりと入れて、着氷させたのですから、彼女もまたすごいファイターです。
プログラムを急遽変えた、ということですので、これからもっと磨かれて行くのが期待されます。
大トリで滑ったのはロシア選手の中でもベテランのトゥクタミシェワ選手です。まだ25歳になっていない彼女をそのように言うのはおかしいのでしょうが、実際、自国で戦っている選手は皆ティーンエイジャーなのですから、仕方がありません。その中で今大会、見事にSP2位に付けたのはあっぱれです。
キスクラからテレビ局のブースにエスコートする役割のB君曰く、このトゥクタミシェワ選手が一番、礼儀正しい、と。そういう面でも若手に良い手本を示しているのでしょう。
彼女のコーチのミーシン先生はかなり面白いです。先ほども言ったように、ミックスゾーンの外にモニターが置かれているのですが、その前に長い間、椅子を持って来て陣取っていたのがミーシン爺でした。
私が記者会見に連れて行く選手を見極めるため、順序を確認してメモっていると、背後から「フンフンフーン」という鼻歌が聞こえてきます。
振り返ればミーシン先生が自分の教え子以外の選手の演技を楽しそうに見て、音楽に合わせて体を動かして歌っておられる。ものすごくホンワカする光景でした。
結局、女子は上位をロシア選手が独占。まあ、予想内と言えばそうでしたが、やはり強い。層が厚い。どないやねん、という感じです。
あ、そしてエテリ先生ですが、彼女は自分の教え子の演技の時はいたってクールですが、今大会にアイスダンスで出場していた自分の娘(ロシア代表、ダイアナ・デイビス選手)の事となると、一人のお母さんになるのです。その点ではバルバラ先生とも共感し合い、「自分の子の演技って冷静には見てられないのよねえ~~~」と慰めあっていたのでした。
最後に、アメリカのアリサ・リウ選手について。いっときは成長期の身体の変化を迎えてジャンプの安定感が失われましたが、ここに来て見事に戻してきましたね。そして気が付けばアメリカ女子の中では最も結果が期待できる、という座に返り咲いています。
とことん、明るいのです、彼女は。あの笑顔は作り物ではなく、ミックスゾーンに現れるまでもその後も、ずっと笑顔で楽しそう。口調も大人っぽくなって、貫禄さえ感じられます。これはおそらく北京五輪に出場するだろうな、と思いました。
ああ~、明日も長いと言うのに一気に書いてしまいました。また後になって思い出すこともあると思いますが、とりあえずは思いつくままに、のレポでした。
ではお休みなさいませ。