振り返りついでに:2018年オータムクラシックから2019年さいたまワールドまで | 覚え書きあれこれ

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記憶力が低下する今日この頃、覚え書きみたいなものを綴っておかないと...

徐々にオンタリオでもスケーター達がリンクに戻っています。

 

ローマン・サドフスキー選手が練習再開二日目の動画もアップしてくれていますが、その中にナム君の姿もありましたね。

 

 

 

 

 

小さなリンクで練習していたけれど、月曜日からは通常のサイズのリンクに行くのだ、と言っていました。

 

リクリュウ組もどうやら練習再開できたそうです。良かった良かった。

 

 

https://twitter.com/ryuichi_kihara

 

 

 

さて、リクリュウと言えば、彼等は昨年の8月からオークビルのSixteen Mile Sports Complex を練習の拠点にしていますが、そこは過去2シーズン、オータムクラシックの会場となったアリーナでもあります。

 

私が初めてオータムクラシックを手伝いに行ったのが2017年、平昌シーズンの幕開けとなった大会でした。あの時の羽生選手はSPでいきなり世界記録を更新しましたが、FSではちょっと驚くほどのミスの連続があって、ハビエル・フェルナンデス選手に逆転を許したんでしたね。

 

(その時の一連の記事はこちらから:

2017年オータムクラシック:無事に到着いたしました

 

 

しかしその後、NHK杯での負傷を経て、平昌五輪での信じられないほどドラマチックな優勝へと持って行ったのです。

 

羽生選手がオリンピックを二連覇した後も現役生活を続ける、と宣言した時、どれだけの人々が狂喜乱舞したことでしょうか。夏の公開練習も例年通りに行われて、演目は憧れの先輩スケーター達へのトリビュートを込めて「オトナル」「オリジン」と発表される。

 

それらを引っ提げて羽生選手がやって来たのが、オークビル市で2018年9月に開催されたオータムクラシック、でした。

 

あの大会は、私が今まで手伝って来たものの中でも特に印象に残っています。

 

会場に現れた羽生選手から発されるエネルギーの波長が、いつもとちょっと違う。「どういう意味で?」と聞かれても、はっきりとピンポイントで言い当てられないのがもどかしたったのですが、妙に胸に迫るものがありました。

 

そして書いたのがこの記事:

 

2018年オータムクラシック:少しも逃さず、焼き付けておこう

 

でした。

 

とにかく、フリーの演技が終わった後の、血の気の失せた顔を見て、心配になったのでした。もちろん、いつも全力を振り絞るのが羽生選手の持ち味なのですが、それにしても疲れていた。大丈夫かしら、とこっちが思うほどに。

 

大会終了後、彼がいつにもまして、運営に携わった人々(例のボディガードのD君も含めて)に丁寧に挨拶をしていたのがちょっと気になって、つい、「今年のGPFはバンクーバーだし、また会えるじゃないですか」と言ってしまいました。結局はそれが叶わなかった事を考えると、その時に返って来た笑顔が何とも言えない記憶として残りました。

 

後に記者の取材に応えている羽生選手の言葉を辿ってみると、オリンピックが終わってから、自分の目標をどこに定めたら良いのかなかなか分からなかった、というような事を言っていたと思います。競技に対する燃えるような情熱が感じられないままオータムに来たけれど、でもこの大会で火がともった、という嬉しいコメントも出ました。

 

それでも私の心配は完全には晴れなかったのです。

 

時間が経って、距離を置いてみると当たり前の事ですが、あの大会が行われたのはオリンピックからほんの7カ月後かそこらだったんですよね。その間にはまず、怪我からの回復期間があり、「コンティニューズ・ウィズ・ウィングス」や「ファンタジー・オン・アイス」等のアイスショー、地元仙台でのパレードや国民栄誉賞の表彰式などの大々的なイベント、コマーシャルや取材、そして新しいプログラムの振り付け、公開練習、等々が羽生選手のスケジュールに詰め込まれていたのです。

 

疲れるわ、そりゃあ。

 

ソチ五輪の後にもこの絵を採用しましたが、

 

 

星の王子様の中に登場する「像を飲み込んだ大蛇」の絵

 

 

オリンピックの魔物という奴は、試合中だけに現れて競技者たちを翻弄するのではない。敗けた者にとっても、そして勝った者にとっても、長い間、影響を及ぼすのではないかと私は思っています。勝敗に関わらず、自分に起こった事を消化するのに非常に時間がかかるのだから、よーく落ち着いて、次のシーズンに挑まなければならない。

 

その様なものすごい負担のかかる大会を二度も勝ち抜き、なお現役を続けている羽生選手なのです。その事を重々承知していても、彼が大会に出る度に「何かやってくれるに違いない」と期待してしまう自分がいます。現に2018年のオータムクラシックの後も、こちらの心配を払しょくするかのようにGPヘルシンキで見事な演技を見せてくれたし、その次のロステレコム杯も良いスタートを切ったのでした。

 

ところが…負傷。

 

そのせいで、羽生選手はバンクーバーのGPFを欠場することになってしまい、「今シーズンはもう試合を見ることが出来ないのか―」と思っていると、ラッキーな事に翌年3月のさいたまワールドを手伝うチャンスを与えられたのでした。

 

現場ではいつもの様にミックスゾーンを担当するのかと思いきや、何となく海外テレビ局の集まるエリアに長く留まるような流れとなり、CBCのクルーと大会中、つるんでいました。クオンさん達と男子の競技を見守り、「オリジン」を滑り終えた羽生選手のあの鬼気迫る表情に皆で「おお~っ」と感嘆。

 

ちょうどこのシーンですね。

 

 

 

 

(スポーツニッポン新聞社 "YUZU'LL BE BACK" より:掲載されているページ数を見つけようとしたら、この御本ってページ数をあえて記していないんですね。図柄を尊重するためのすごい拘りだと今更ながら気づきました。)

 

 

カメラがクローズアップで迫り、目が窪み、頬がこけ、汗がしたたり落ちる様子をよく捉えていました。

 

CBCのスコット・ラッセルさんが:

 

「ユヅル・ハニュウがフリー演技を終えて、『どうだ、見たか!』というような顔をしているのを、カメラがクローズアップしたところだね。あれは絵になった」
 
という感想を漏らした、渾身のファイナルポーズでした。
 
 
 
しかし、金メダルには惜しくも手が届かなかった。
 
演技後、取材エリアに姿を現した羽生選手は根気よく、全てのテレビ局のインタビューに応え、ミックスゾーンでもペン記者の質問攻勢に応じてから、控室に戻る際にかすかに「はあ~」といったような声を発しながら引き上げていきました。
 
本当にお疲れ様、としか言いようがない。
 
とにかく選手権の間中、周囲から桁違いの注目を浴びて、練習でも試合でも桁違いの応援を一身に受け止めて、スモールメダル・セレモニーでは何千人というファンを動かし、畝っては寄せる巨大なエネルギーを操りながら大会を乗り切る羽生選手なのです。さいたまワールドは最たるものですが、シーズンを通して、どこへ行っても同じような事の繰り返し。
 
元々ギリギリの限界まで自分をプッシュして戦う選手ですが、キャリアが長くなるにつれて病気や怪我の影響はますます厳しくなって来るに違いありません。
 
ローマン君の話にも出ていたスケートの神々は、羽生選手にここぞという時は微笑んでくれるのだけれど、その過程でものすごい意地悪もいっぱいして来ています。たいていはそんな意地悪も跳ねのけて、食らいついて行く彼ですが、さいたまワールドでは、さすがにちょっと力尽きた感がありました。
 
しかし、実は次のシーズンの闘いは、そのさいたまワールドが閉幕した直後からすでに始まっていたのです。
 
(つづく)