次のGP大会が始まるまでに書いてしまわないと、という強迫観念のみに急かされて記事をもう一つ、アップします。
このラヴァル大会で私がGPスケートカナダの手伝いをするのは6回目になりました。2013年以来、毎年の行事となっているのですが、未だに色々な気づきがあります。
1)最も多忙なコーチは誰だ?
やっぱりブライアン・オーサーかな。
最も多くの選手に帯同している、という意味ではおそらくモントリオールのアイスダンス強豪クラブ、CPA GADBOISの皆さんなんでしょうけどね。コーチ陣はマリーフランス・デュブルイユ&パトリス・ローゾン夫妻にロマン・アゲナウアー(日本では彼の名前HAGUENAUERは「アグノエル」とカタカナ表記されるらしい)の三人。選手はハベル&ドナヒュー(米国)、スマート&ディアズ(スペイン)、ワン&リウ(中国)、ロリオー&デュラック(フランス)、スーシース&フィルス(カナダ)と国も様々な5組10人でした。出場カップルが10組でしたから、なんと半数が同じクラブの門弟、ということになります。
そんなわけでアイスダンスの競技中、引っ切り無しにギャドボワ・クラブの誰かがキスクラに座っていることになり、「え、また?」といった映像が流れました。
しかし、アイスダンスの部が終われば皆、一斉にいなくなる。
一方、クリケット組からは今大会、男子はジェイソン・ブラウン、ジュンファン・チャ、女子はエフゲニア・メドヴェデワの三人が出ていたわけですが、ブライアン・オーサーさんはほとんど一日中、ずっとリンクに詰める羽目になりました。公式練習は朝一番がペア、その次が男子、アイスダンス、最後が女子という順番で行われ、競技も同じ順番で進行します。となると男子の練習から女子の競技が終了するまで、あまり長い休みが取れません。(ちなみに同じクリケットクラブからコーチとして来ていたリー・バーケルさんは、デールマン選手が欠場したのと、メドヴェ選手の練習には立ち会わないで良いのとで、女子の部の間は休める。)
シャトルで会場からホテルまで片道15-20分はかかるので、往復するのもめんどくさい。ということでたいがい、キスクラ裏近辺に行くとブライアンがウロウロしていたり、椅子に座っていたりする姿に遭遇するのです。前回のオータムでは羽生選手とはボールを投げ合ったりするようなルーティンが見られましたが、今回来ていた三人の選手はけっこう勝手にウオーミングアップを行なっていました。もちろん、ブライアンはその近くで見守っているのですが、それでも色んな人と世間話をする時間はたくさんあって、それで日本の記者の囲み取材にも応じたのでしょう。
ところで、ちょっと気づいたのですが、実は他にもブライアンにゆかりのある選手はたくさん、この大会にいたんですね。カザフスタンのツルシンバエワ選手、ナムとローマン、この三人もかつてはクリケットに所属していました。アレイン・シャートランもフルタイムではないけれど、クリケットに来ていた時期がある。
特にツルシンバエワ選手はメドヴェデワ選手と入れ替わったような形でエテリ門下に戻ったので、傍から見ていても興味深い巡り合わせだな、と感じられました。しかも二人とも今シーズンのフリーはピアッツォーラの曲、というのが偶然なのか、何なのか。
2)平昌五輪で活躍したJちゃんの思い出
ひとつ前の記事で登場したボランティアのJちゃん。彼女は平昌五輪の時に1カ月丸々フィギュアの大会スタッフとして働いたのですが、配属されたのはメディアではなく、アスリート・サービスという部門だったそうです。競技前は選手のヘアやメイク、そして衣装の修繕をコーディネイトし、韓国語⇔英語の通訳もこなしながら、競技中はリンクサイドでサポートするのが全て役割だった、と。午前4時半から夜の11時まで働いた日もあったそうです。
リンクサイドではやはり羽生選手の演技の後のプレゼントの雨が一番、驚異的だった、と。何度もスタッフの頭に当たったり、ジャッジのパソコンが倒れそうになったりしてそれはそれは凄かったと語っていました。集めたプーさんは袋詰めになり、事務所の壁一面を埋め尽くした、とも。
演技ではどれが一番、感動したかと聞くと「やっぱりテッサとスコットの『ムーラン・ルージュ』。あの時だけ、私は完全にカナダ人の心理になってた」という答えでした。彼らの優勝が決まった時、リンクサイドで涙をこらえるのに必死だったそうです。
衣装の修繕もすごく神経を使う仕事だったそうです。そりゃあそうですよね、下手したら試合に出られなくなってしまうわけですから細心の注意が必要です。でも平昌の裁縫スタッフはものすごく有能で、どんな無理なリクエストにでも応えられて、魔法みたいだった、と言ってました。
本当に激務の日々だったけれど、オリンピックを経験してしまったら後はもう、どんな大会でも全て色褪せて見える、というのがJちゃんの感想。競技者だけではなく、スタッフにとっても五輪を超えるイベントはないのかも知れませんね。
3)トレイシーさんの解説は今年も素晴らしかった。
これも毎年思うことですが、TSN/CTVによるスケートカナダの中継は全競技、全選手の演技を見せてくれるので貴重です。トレイシー母さんの絶品解説と、笑いたくなるほどベタなロッド・ブラックさんの相槌が合わさって何とも言えない味を出しているのも良い。
帰宅してから録画してあったものを片っ端から流して観たのですが、元々はアイスダンスのスペシャリストと言えど、オーサーさんと同じく今大会の多くのシングル競技の出場選手に実際、指導者として関わって来た経験に基づいていることから、トレイシーさんの解説はおそらく業界の誰にも超えられないほどの深みがあるという結論に達しました。
ジェイソン・ブラウン選手が四回転ジャンプを試みる時、ローマン・サドフスキー選手が美しいスピンを披露する時、ナム君が笑顔を弾けさせる時、全てはトレイシーにとってわが身の事のように思えるのでしょう。ジュンファン選手が才能を開花させ、メドヴェデワ選手が苦悩する、それも彼女の心に響く。
けれどもあくまで演技の分析は冷静でシビア。スピードのない演技やトランジションが乏しいプログラムは指摘し、回転不足などの採点に疑問があればしっかり発言する。そこも彼女の良いところです。いつも言ってますが、トレイシー・ウィルソンは聖母の顔にライオンのハートを持つ、頼もしいプロフェッショナルなのです。