2018年GPスケートカナダ(ラヴァル大会):雑感 | 覚え書きあれこれ

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記憶力が低下する今日この頃、覚え書きみたいなものを綴っておかないと...

 

次のGP大会が始まるまでに書いてしまわないと、という強迫観念のみに急かされて記事をもう一つ、アップします。

 

このラヴァル大会で私がGPスケートカナダの手伝いをするのは6回目になりました。2013年以来、毎年の行事となっているのですが、未だに色々な気づきがあります。

 
では雑に並べて行きますね。

 

 

1)最も多忙なコーチは誰だ?

 

やっぱりブライアン・オーサーかな。

 

最も多くの選手に帯同している、という意味ではおそらくモントリオールのアイスダンス強豪クラブ、CPA GADBOISの皆さんなんでしょうけどね。コーチ陣はマリーフランス・デュブルイユ&パトリス・ローゾン夫妻にロマン・アゲナウアー(日本では彼の名前HAGUENAUERは「アグノエル」とカタカナ表記されるらしい)の三人。選手はハベル&ドナヒュー(米国)、スマート&ディアズ(スペイン)、ワン&リウ(中国)、ロリオー&デュラック(フランス)、スーシース&フィルス(カナダ)と国も様々な5組10人でした。出場カップルが10組でしたから、なんと半数が同じクラブの門弟、ということになります。

 

そんなわけでアイスダンスの競技中、引っ切り無しにギャドボワ・クラブの誰かがキスクラに座っていることになり、「え、また?」といった映像が流れました。

 

しかし、アイスダンスの部が終われば皆、一斉にいなくなる。

 

一方、クリケット組からは今大会、男子はジェイソン・ブラウン、ジュンファン・チャ、女子はエフゲニア・メドヴェデワの三人が出ていたわけですが、ブライアン・オーサーさんはほとんど一日中、ずっとリンクに詰める羽目になりました。公式練習は朝一番がペア、その次が男子、アイスダンス、最後が女子という順番で行われ、競技も同じ順番で進行します。となると男子の練習から女子の競技が終了するまで、あまり長い休みが取れません。(ちなみに同じクリケットクラブからコーチとして来ていたリー・バーケルさんは、デールマン選手が欠場したのと、メドヴェ選手の練習には立ち会わないで良いのとで、女子の部の間は休める。)

 

シャトルで会場からホテルまで片道15-20分はかかるので、往復するのもめんどくさい。ということでたいがい、キスクラ裏近辺に行くとブライアンがウロウロしていたり、椅子に座っていたりする姿に遭遇するのです。前回のオータムでは羽生選手とはボールを投げ合ったりするようなルーティンが見られましたが、今回来ていた三人の選手はけっこう勝手にウオーミングアップを行なっていました。もちろん、ブライアンはその近くで見守っているのですが、それでも色んな人と世間話をする時間はたくさんあって、それで日本の記者の囲み取材にも応じたのでしょう。

 

ところで、ちょっと気づいたのですが、実は他にもブライアンにゆかりのある選手はたくさん、この大会にいたんですね。カザフスタンのツルシンバエワ選手、ナムとローマン、この三人もかつてはクリケットに所属していました。アレイン・シャートランもフルタイムではないけれど、クリケットに来ていた時期がある。

 

特にツルシンバエワ選手はメドヴェデワ選手と入れ替わったような形でエテリ門下に戻ったので、傍から見ていても興味深い巡り合わせだな、と感じられました。しかも二人とも今シーズンのフリーはピアッツォーラの曲、というのが偶然なのか、何なのか。

 

 

2)平昌五輪で活躍したJちゃんの思い出

 

ひとつ前の記事で登場したボランティアのJちゃん。彼女は平昌五輪の時に1カ月丸々フィギュアの大会スタッフとして働いたのですが、配属されたのはメディアではなく、アスリート・サービスという部門だったそうです。競技前は選手のヘアやメイク、そして衣装の修繕をコーディネイトし、韓国語⇔英語の通訳もこなしながら、競技中はリンクサイドでサポートするのが全て役割だった、と。午前4時半から夜の11時まで働いた日もあったそうです。

 

リンクサイドではやはり羽生選手の演技の後のプレゼントの雨が一番、驚異的だった、と。何度もスタッフの頭に当たったり、ジャッジのパソコンが倒れそうになったりしてそれはそれは凄かったと語っていました。集めたプーさんは袋詰めになり、事務所の壁一面を埋め尽くした、とも。

 

演技ではどれが一番、感動したかと聞くと「やっぱりテッサとスコットの『ムーラン・ルージュ』。あの時だけ、私は完全にカナダ人の心理になってた」という答えでした。彼らの優勝が決まった時、リンクサイドで涙をこらえるのに必死だったそうです。

 

衣装の修繕もすごく神経を使う仕事だったそうです。そりゃあそうですよね、下手したら試合に出られなくなってしまうわけですから細心の注意が必要です。でも平昌の裁縫スタッフはものすごく有能で、どんな無理なリクエストにでも応えられて、魔法みたいだった、と言ってました。

 

本当に激務の日々だったけれど、オリンピックを経験してしまったら後はもう、どんな大会でも全て色褪せて見える、というのがJちゃんの感想。競技者だけではなく、スタッフにとっても五輪を超えるイベントはないのかも知れませんね。

 

 

3)トレイシーさんの解説は今年も素晴らしかった。

 

これも毎年思うことですが、TSN/CTVによるスケートカナダの中継は全競技、全選手の演技を見せてくれるので貴重です。トレイシー母さんの絶品解説と、笑いたくなるほどベタなロッド・ブラックさんの相槌が合わさって何とも言えない味を出しているのも良い。

 

帰宅してから録画してあったものを片っ端から流して観たのですが、元々はアイスダンスのスペシャリストと言えど、オーサーさんと同じく今大会の多くのシングル競技の出場選手に実際、指導者として関わって来た経験に基づいていることから、トレイシーさんの解説はおそらく業界の誰にも超えられないほどの深みがあるという結論に達しました。

 

ジェイソン・ブラウン選手が四回転ジャンプを試みる時、ローマン・サドフスキー選手が美しいスピンを披露する時、ナム君が笑顔を弾けさせる時、全てはトレイシーにとってわが身の事のように思えるのでしょう。ジュンファン選手が才能を開花させ、メドヴェデワ選手が苦悩する、それも彼女の心に響く。

 

けれどもあくまで演技の分析は冷静でシビア。スピードのない演技やトランジションが乏しいプログラムは指摘し、回転不足などの採点に疑問があればしっかり発言する。そこも彼女の良いところです。いつも言ってますが、トレイシー・ウィルソンは聖母の顔にライオンのハートを持つ、頼もしいプロフェッショナルなのです。

 

 

4)スケカナを支える「卒業生」たち
 
昨年のスケカナのアンバサダーはシェイリーン・ボーンでした。今年はジョアニ―・ロシェットが登場、そして広報の特別パーソナリティとしてはエラジ・バルデが来てくれました。今年32才のジョアニ―は現在、モントリオールのマギル大学医学部で勉強中、スケートからは少し離れているとのことです。
 
一方、エラジはこの春に現役を引退したばかりで、今はあちこちのアイスショーに引っ張りだこの人気者。スケートカナダが終わったらカナダ横断中のテサモエたちのツアーに参加し、その後はハビエル・フェルナンデス選手の主催するショーにも出ると言ってました。メディアセンターにちょくちょく寄ってはフェイスブックライブを巧みに収録し、「ハビエルはヨーロッパ選手権に戻って来るのか」といったことも含めて色々と面白いネタを提供してくれていました。
 

 

 

 
ところで彼はお母さんがロシア人でお父さんがガイアナ人、モスクワで生まれ、間もなくモントリオールに移住しています。そんな背景もあって、エラジはロシア語、英語、フランス語が堪能。ロシア人の選手たちとも楽しそうにロシア語で話していました。人柄はあくまで明るく優しいという評判で、ショーマンシップも兼ね備えている。だからこそ各方面からショーへの招待が舞い込んでくるのだろうと納得できます。日本にもそういえば、頻繁に来てますよね?
 
 
5)情報はごく部分的に、しかも紆余曲折を経て発信されることが多い
 
最後に、メディアセンターにいて良く思うことですが、大会中に選手やコーチ、様々な関係者たちが取材をされても、そのほんの一部しか、表には出ない。また出た情報にしても、あちこちを通って来ているので、伝言ゲームのように原形を留めていないこともある。
 
でもそれは仕方ないのですよね。メディア側にしてみれば全ては時間との闘い。迅速さを求めるのか、情報の量を求めるのか、常に選択を迫られるわけです。
 
通信社の記者なのか、新聞が媒体なのか、はたまたソーシャルメディアが主なのか、雑誌に寄稿するのかで集める情報の種類も、最終的に取捨選択されるものも、その量も違ってきます。

 

例えば今回の男子フリーの場合、第二グループの滑走順はマヨロフ、サマリン、チャ、宇野、メッシング。となると日本のメディア陣はとりあえず宇野選手の演技までをメディア席で観て、ドドドと階下のミックスゾーンへと急ぐ。

 
当然、キスクラから戻って来る宇野選手以前の選手はミックスゾーンで取材できない。反対に生の演技を犠牲にして、囲み取材を優先する(主に)海外のライターもいますが、自分がぜひとも取材したい選手の滑走順に左右されることは間違いない。
 
さて、日本の記者はメッシング選手の演技をミックスゾーン近辺のモニターで追いながら、テレビのインタビューを受ける宇野選手を待ち、最終結果を知った上で囲み取材に入る。それが終わったらメッシング選手のミックスゾーン取材はスルーして、取り急ぎ、メディアセンターに戻って速報を発信しなければならない。
 
そこから表彰式があり、記者会見があったわけですが、メッシング選手とチャ選手以外の外国スケーターたちに関しては、ほぼ取材はないまま終わった記者が多かったと思います。記者会見での英語のやり取りも自分で分からない人は録音して誰かに聞き取り・翻訳をしてもらうしかないので、その時間がない場合は、結局宇野選手の言った事だけを報告することになる。日本のメディアで海外選手の情報が出て来るのが断然少ないのはそういった事情があるのです。今回もメドヴェデワ選手やトゥクトミシェワ選手の言った非常に興味深いコメントはほとんど取り上げられることはなかったのではないかと思います。
 
はっきり言って、日本選手でさえも、よっぽど面白い事を言った場合ではない限り記者会見で発された言葉はあまり報告されていないかも知れません。囲み取材で十分、話は聞けているのでそれ以上のものを求めていないのでしょう。会見場で日本の記者から質問があるのはけっこう稀、というか、質問する人はたいてい決まっていて、ごく一部の(雑誌媒体の)ライターさんからしか出てこないことに私も気付いています。
 
そういうわけで、記者会見での宇野選手のコメントは私が訳したものが英語メディアから報告され、それが日本のファンによって日本語に訳されて逆戻りしているという不思議な現象が起こっています。元のコメントと比べると微妙に違ったりしていますが、全然、伝わってこないよりはマシ、ですよね。また、もう少し時間が経てば雑誌などで詳細が出て来るのかも知れません。
 
このブログでメディアリテラシーについて幾つか記事を書きましたが、受け手としては、どういう方法でどのようなデータが収集され、加工され、何が伝えられて、何が伝えられずに置かれているのかについても考える必要があると思います。もちろん、一気に伝えられなかった情報も、後日に詳細が浮上することもあるのですから、その辺りも考慮するべきでしょう。最近は情報の消費者が非常に「短気」になっていて、しかも多くのものを欲しているので、供給側もつい、焦ってしまうのだと思います。
 
やはり良質の情報を発信するには時間がかかるので、もう少し、消費者側も気長に待つ姿勢を持ちたいものです。部分的な情報で早合点をしたり、心を乱されないためにも、ね。