時差ボケって、治ったと思った頃にもっかい出てくるやな奴です。
一昨日は一夜通してぐっすり眠れたのに、昨日の夜(今朝?)は二時ごろから悶々とベッドの中で寝がえりを打ちまくり、とうとう観念して起きました。
これはブログを書け、という天の声かと思って、頑張って書いています。
さてさて、皆さん、信じられますか?すでにあの激動の平昌五輪男子競技から4週間が経とうとしていること。
情報はその前も後もナイアガラの滝のように降りかかってきますが
どどーん
ようやく私なりに幾つかのことが整理できてきました。
中でもゾワッとするのは、羽生選手の体調は、平昌に向けて徐々に足首の怪我が回復するのを待ち、「わっはっは、皆さん、お待たせしましたね」と笑いながら王者が余裕の帰還をする、という図ではなかったのだということ。
1月、ギリギリまで我慢して痛みがなくなるのを待てば、あとは徐々に練習量を増やして行って、2月の本番では存分に滑れるようになっている、というのでもなかった。
3月の世界選手権を欠場しなければならなかったことを見ても、羽生選手を含めて、関係者全員が周到に「2月16日のショートと2月17日のフリー演技のみ」に照準を合わせて、分刻みのカウントダウンに従っていたのだ、とも思えてきます。
「その7分半だけ、足首をもたせる」ことが使命。
試合までに間に合わせる、と言うよりも、とにかく試合の間だけでも何とかする。
オーサー氏が羽生選手の大会に至るまでの様子を語っている言葉がそこかしこに掲載されていたり、日本のニュースでもインタビューが流れていましたが、良く聞くとどこにも「彼は完全に回復している」と言っていない気がします。それに近い言葉はありましたが、けっこう際どいところで濁している。
2月6日付のミックスゾーンでのインタビュー:
"I am pretty confident that he's going to be back, 100%"
日本のテレビニュースでは「完全復帰」とか「太鼓判」と解釈しているんだけど、私には違和感がありました。なぜなら、ブライアンが「100%」と言う前にほんのわずか、間があるから。
また、
"OK, he's going to do it"(トレイシー・ウィルソンに向けて言ったことを回想して)
これは大会後のジャパン・タイムス記事にあった箇所ですが、クリケットでの練習を見ていて、ブライアンがある日突然、羽生選手のジャンプに軽やかさが戻ったことに気付いた。でもここでさえ、「よし、間に合う」と言ってるのではなく、「ああ、あの分だと連覇するな」とブライアンが直感したことを意味しているのだと思います。
今さらながらどれだけとんでもない事態だったのか、が伝わってきます。
私のお得意の例えを使うとすれば、ある若い優秀なバイオリニストが、大事なコンクールを前にして最愛の楽器を壊してしまう。
どうにかコンクールの数週間前には間に合うように修復してもらう手はずを整えるが、それまでは使えないので、楽器なしで本番近くまで何とか練習しなければならない。
。。。
楽譜を見ながら、エア・バイオリンを弾くとか?(← こう書くとあり得な過ぎて笑えるけど、羽生選手は何カ月もそれに近いことをやっていたんじゃないかしら)
しかもバイオリンは修復後も、全力で弾けば課題の二曲の間しか持たないかも知れない、と楽器職人さんに言い渡される。よって直前の練習ではよっぽど気を付けて頃合いを見ないとまた壊してしまう恐れがある。
薄氷を踏む思いをしながら、本人も周囲の者も必死でコンクールの日まで、それぞれに課された仕事をこなすしかない。諦めた時点で全ては終わりだから。
まるで「ミッション・インポシブル」の世界です。
この際、私の脳裏に思い浮かぶのはトム・クルーズ主演の映画ではなく、1960年代から70年代にかけて見ていた懐かしのバージョン。(しかもフランスではまだ白黒画面のテレビが主流だったので、改めて検索してカラーであったことに驚愕したりして。)
日本でも当時、このアメリカのドラマ・シリーズをご覧になっていた方がいらっしゃるでしょうか。アメリカ政府の秘密工作員が様々な危険な任務をこなしていくという設定ですが、チームのブレーンの完璧な情報収集のもと、それぞれのメンバーが自分の役割を果たしていく。
任務を果たすために必要な道具や秘密兵器を考案したり、腕力を頼りに舞台装置を整えたり。様々な変装を駆使して敵の目を混乱させたり、心理作戦でうまくコントロールしたり。
最終的には見事に任務が遂行され、何事もなかったかのように皆がまた散り散りバラバラに去っていく、というお決まりのエンディングなんだけど、途中で必ず何らかのピンチが訪れ、誰かが危機にさらされる。綱渡り的でスリル満点(死語?)な展開に毎回、ドキドキしなら見ていたのを思い出します。
羽生選手の五輪連覇の舞台裏は、まさに「ミッション・インポシブル」の一話に匹敵するのではないかと思ってしまいます。(配役を考えるのも面白いかも)
しかもテレビとは違って、筋書き通りいくという保証はなかった。にもかかわらず、皆が「ユヅは必ず勝利する」と信じ、一心不乱にそのゴールへと突き進んだ。
ありとあらゆる角度から策を練り、どうにかこうにか小康状態を保っている足首にどこまで負荷をかけられるのか、練習が終わったらどのようにリカバリーを施すのか。
その日、その時間ごとに計画し、本番では羽生選手の精神力、これまで積み重ねてきた技術、そして持ち前の身体能力に委ねた。
ひとつ間違えばすべての歯車が狂ってしまう、という限界すれすれのところで、見事に成し遂げられた快挙です。フツーでもすごいのに、これはあまりにもドラマチックでしょう。
平昌オリンピックではこれまでのスケート人生のすべてを結晶させたものを見せられたら、というようなことを羽生選手がシーズン前に語っていた覚えがあります。
その言葉を発した時に込められていた意味合いとは少し違うかも知れませんが、まさしく、今まで羽生選手がスケートにつぎ込んできた全ての時間、努力、積み重ねてきた知識や技術、そして育んで来た人間関係が集結して、「ミッション・インポシブル」を可能にしたのだ、と思います。
時間が経つにつれ、つくづく、ますます、よくもまあ、こんな歴史的な出来事に立ち会えたものだ、と実感するのでありました。
で、来週はもうミラノ・ワールドですか?
その前にもういっちょ、クリケット・クラブについて記事を書きたいと思っています。来シーズンはどのようなメンバーが揃うのか、去る人、来る人、に思いを馳せて。