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これ観た

基本アマプラ、ネトフリから観た映画やドラマの感想。9割邦画。作品より役者寄り。なるべくネタバレ避。演者名は認識できる人のみ、制作側名は気になる時のみ記載。★は5段階評価。たまに書籍音楽役者舞台についても。

『仕立て屋の恋』(1989)デジタルリマスター版

フランス映画。原題は『Monsieur Hire』

原作はジョルジュ・シムノンの小説。

 

監督 パトリス・ルコント

脚本 パトリス・ルコント、パトリック・ドゥヴォルフ




 

ある日一人の女性が遺体で見つかる。殺人事件の容疑者として仕立て屋のイール(ミシェル・ブラン)が上がる。イールには几帳面なあまり気難しいところがあり、人嫌いでもあったし周りの人間からも嫌われていた。それに性犯罪の前科があった。刑事(アンドレ・ウィルム)はイールを追うのだが…。

一方イールは向かいのアパートに住むアリス(サンドリーヌ・ボネール)に惹かれ、毎日窓越しに覗き見ていた。それに気づいたアリスは逆に挑発を始める。やがて言葉を交わすようになり、思わせぶりな態度も取る。イールは自制しながらも翻弄されていく。しかしアリスには結婚を視野に入れてる恋人エミール(リュック・テュイリエ)がいる。それでもイールはローザンヌに家があるから二人で移住しようと誘う。そう誘うにはまた別の理由があった。

イールはペットのハツカネズミを逃がし、刑事に手紙をしたため待ち合わせた駅のホームへ行く。けれど、汽車のチケットを渡したアリスは現れなかった。落胆してアパートに戻ると、そこに居たのは刑事とアリスだった。刑事が手にしていたのは殺害された女性のバックだった…。

 

めちゃくちゃ切ない。

ネタバレするとイールは逃走し足を滑らせた挙句落下して亡くなる。もちろん犯人ではない。こんな仕打ちにあってもアリスを愛しているわけで、その上での刑事への手紙の内容(陳情)はつらすぎた。

気難しいイールでも、ハツカネズミを愛でる瞳は優しい。

 

★★★★★

 

 

 

 

 

この『仕立て屋の恋』は、1946年、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督で『パニック』というタイトルで映画化されたもののリメイクになるとのこと。設定とか内容もわずかに改変されているようだ。

 

『太陽の子』(2021)

終戦75年目にあたる2020年8月15日にNHKで放送されたドラマの映画版。映画用に編集されているので、テレビドラマ版より完成度が高い。

 

監督・脚本 黒崎博(『セカンドバージン』『ひよっこ』他)

 

柳楽優弥、三浦春馬、有村架純、田中裕子、山本晋也、尾上寛之、渡辺大知、葉山奨之、國村隼、三浦誠己、宇野祥平、イッセー尾形、奥野瑛太、土居志央梨、他。

 

1944年太平洋戦争末期、京都帝国大学では海軍の命令のもと、核分裂を利用した新型爆弾の開発が秘密裏に行われていた。携わる科学研究者たちは日本のために、また純粋に科学者としての立場から、そしてその核爆弾の多大なる威力を想像し逡巡しつつ、現実的な問題として電力も足りない中、開発を進める。しかし、完成する前に核爆弾が広島に落とされる…。

 

物語は原子物理学を専攻する無類の研究好きの学生石村修(柳楽優弥)を主人公に進む。

建物租界で修の家に祖父(山本晋也)と共に身を寄せる幼馴染みの朝倉世津(有村架純)の前向きな姿、次なる戦地へ赴く前に一時帰還した修の弟裕之(三浦春馬)の戦争における生き死にへの恐怖と葛藤、また三人の関係性や母親(田中裕子)の息子たちへの思いも描かれる。

その他、戦時下にある学生研究者のジレンマ、辛苦、関わるまわりの人間らの環境の変化なども描かれている。

 

アイキャッチ的映像が入る。ひとつの銀の玉が落ちる。次は二つ、三つと増えていく。最後は多くの玉が落ちる。核分裂だろう。他に花火になぞらえるカットもあった。すでに原爆投下を知ってる私たちに、恐怖心が積み重なっていく。何を見せたいのか考えて欲しいのかわかりやすいし、その演出はうまいな、と思った。

 

広島の惨事を目の当たりにしながらも、京都に核爆弾が落とされるという噂を耳にすると、それを見たいと思う修。科学者としてなのかさて? といった疑問が周りの人間、自身にも湧く。それでも観測地点に行く。着いた修は母のにぎったおむすびを食べる。食べながら徐々に感情が揺れていく。目の赤みが出る、おむすびをほおばる口元に緊張が走り歪みが現れる。長回しだ。母のにぎったおむすびに「人」を感じ、食べるという行為に自身の中にも「人間」を感じてるはずだ。柳楽優弥素晴らしい演技だった。何を考えながら食べてるのか、食べ始めて何を考え出したのか、それが伝わってくる。本当に素晴らしいシーン。そしてたまらなくなった修はその場から逃げ走り出す。山を降りるほどに世津の呼ぶ声が聞こえる。互いに呼びあい見つけると抱きしめ合う。修が科学の前に人間であるその心を取り戻した瞬間かもしれない。いや、ずっと心はあった。その狭間で無意識に揺れていたのだろうな。

 

アインシュタイン(声:ピーター・ストーメア)との会話が自問自答のような形で入るのだけど、それがまた真髄をついてていい。

「こんな恐ろしい結末は予想したか」「もちろんだ。私には止められない。これは科学の進歩の一過程なのだ。原子核のレベルまで突き詰めた時、破壊は美しい。君もその魅力に取り憑かれた」「これは違う」「違わない同じだ。これは必然だ。科学は人間を超えていく。それは誰にも止められない。これまでもそうだったしこれからもそうだ」

 

「破壊は美しい」の言葉の威力はすごい。

 

ラストシーンは修、世津、裕之の三人で行った海。あの無邪気な戯れのひとときはもう二度と来ないんだと知らしめる強い映像力。切ない。子供の頃は裸でみんなで泳いだろと裕之が言って世津を誘うが、世津は「アホ」と応え笑うだけ。すでに戻れない「時」があることを実感させられる。そして時の流れが人を変えている。素晴らしい脚本。

ドラマでは何を中心に描きたいのか、誰の視点で描かれているのか、散漫な気がしてがっかりだったけど、30分足されるとこうも変わるのかと。

 

エンディングロールの後は、

「太平洋戦争で命を落としたすべての人に捧げる

三浦春馬さんと宮田清美さんを悼みつつ」

とクレジットが入る。宮田さんはフードコーディネーターだったそう。

 

ごくごく普通の人間であることがうかがえる裕之に反して修は個性が強い。実験に夢中になると周りが見えなくなるし、根っから科学好きのようだし、変わり者にさえ見える、それを柳楽優弥が説得力をもって演じていて、とにかく、たまらなく良かった。行動、所作の全てが、この修ならそうするであろう、と思えるのだ。

同じことが母親役の田中裕子にも言えた。戦死した裕之の手紙を修へ示すため畳の上をそっと滑らせる様、その位置など完璧だった。この母親ならそうするであろうことが各所にあった。

有村架純の世津も良かった。有村節だけども。

三浦春馬については海で自殺を考え助けられ戦地へ赴くことの恐怖がリアルに滲み出てる演技にドキリとした。(どうしても本人と被ってしまう。)

 

言葉にできない「人間」というものをものすごく感じる作品だったし、何度も言うが柳楽優弥に泣かされる素晴らしい作品だった。

 

★★★★★

 

 

 

 

制作 KOMODO PRODUCITONS

配給 イオンエンターテイメント編集

『彼女はひとり』(初公開2020/劇場公開2021)

監督・脚本 中川奈月

 

福永朱梨、金井浩人、美知枝、山中アラタ、中村優里、三坂知絵子、櫻井保幸、榮林桃伽(えいばやしももか)、堀春菜、田中一平、他。

 

自殺を図ったものの未遂に終わった高校生の戸田澄子(福永朱梨)。復学し一年遅れとなった澄子を、家でも学校でも誰もが腫物を扱うような距離感の中、教師の波多野(美知枝)は親身になってくれる。けれど澄子は信用してなかった。幼馴染みの勝沼秀明(金井浩人)と密かに恋愛関係にあったからだ。しかも秀明は同級生の茜(榮林桃伽)とも交際していた。澄子は波多野との関係で秀明をゆすり始める。まずは茜と別れることを強要する。

秀明は波多野との恋愛は本気だった。でも許される恋ではないから、忘れるために茜と交際を始めたのだった。確実に別れるために、茜には親友の隼人(櫻井保幸)を好きだからと嘘をつく。思い通りうまくいったが、次はお金を要求される…。

澄子は秀明が幸せであることが我慢ならない。教師だった澄子の父親(山中アラタ)は、昔、澄子と秀明とも親しかった女生徒聡子(中村優里)と不倫関係になったあげく、聡子は自殺し、澄子の家庭は壊れた。その聡子と父親の関係を澄子に教えたのは秀明だった。あまりにショッキングで、当時中1の澄子には抱えきれず、6年経った今でも心にくすぶり続けている。やがて精神的におかしくなっていった母親(三坂知絵子)も亡くなり、さらに孤独感に苛まれ、澄子は橋から飛び降りるのだが、以来、ずっと聡子の幻影につきまとわれていた…。

 

父親は聡子を求め、聡子も父親を求める。母親は父親を求め、秀明は聡子を求めていた。澄子はみんなを好きだったのに、誰も自分を見てくれない、それが悲しく寂しかったようだ。たぶん、澄子は子供の頃の仲の良かった幼馴染みの関係を大切に思っていたし、ずっと秀明が好きだったんだろう。

でも、だからこそ、秀明が父親と聡子のことを話さなければ、自分はこんなに苦しむことも、家庭が壊れることもなかったんだと転嫁してしまう。澄子は秀明を恨んでいる。そして父親と重なる羽多野との関係を知った澄子は、秀明に脅迫をもってして復讐を始めるわけだ。そうすることでしか心の均衡を保てなかったんだろうが(幻影出るし死ねなかったし)、かなりイラッとくる。逆恨みだもの。秀明にママ活までさせ、結局バラすという酷さ。

本気で人を好きになっても世間一般及び道徳的には受け入れ難い恋愛関係が、思春期の子供の心の繊細さ、悪魔のようなわがままさのフィルター越しにけっこう醜く描かれていた。

 

聡子の幻影は無表情で、澄子に何を示したいのかわからなかったけど、単に澄子の心の内を表していただけなのだろう。ラストで再び飛び降りをしようとする澄子を聡子が引きとめる、それはたぶん澄子の「本当は死にたくない、誰か助けて」という気持ちの表れかなと思ったので。

 

ひとりぼっちだと思っていた澄子だが、最後には希望もかすかに見える。でも、やってしまったことの大きさに、今後どう対峙していくんだろうか…。

嫌な気分にさせるとても良い映画だった。

 

★★★★(★)

 

 

 

配給 ムービー・アクト・プロジェクト

 

 

『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』(2010)

原作は北尾トロのエッセイ。

 

監督 豊島圭介

脚本 アサダアツシ(『his』他)

 

設楽統(したらおさむ/バナナマン)、片瀬那奈、鈴木砂羽、螢雪次朗、村上航、尾上寛之、竹財輝之助、平田満、モト冬樹、駿河太郎、堀部圭亮、大石吾朗、松浦佐知子、他。

 

ライターの南波タモツ(設楽統)は過去に裁判ものの映画脚本を書いて一本だけ当たったことがある。それを知ってる映画プロデューサーの須藤光子(鈴木砂羽)は、裁判員制度が始まった今こそ裁判ものの映画が来ると、南波に脚本を依頼する。テーマは「愛と感動」だ。まずは取材だが、とりあえず裁判所へ傍聴に行くことから始める。そこで大小様々な裁判を傍聴するうち、傍聴マニア「ウォッチメン」のメンバー、西村(螢雪次朗)谷川(村上航)永田(尾上寛之)らと仲良くなり、彼らの傍聴の楽しみ方なども知ることとなる。それは検事や弁護士の癖だったり、裁判長の特徴から判決を予想することだったり、とある希望を胸に冤罪を訴える支援団体に関わることだったり、裁判そのものに力を送ることだったり、多岐にわたる。そして南波もひとつ大きな裁判と自分なりに向き合うことになるのだが…。

 

コメディ。

 

傍聴マニア、訴訟案件、被告、原告はもちろん、検事、弁護士、裁判官のカラーに面白みを感じ、実際裁判所へ傍聴に行ってみたくなった。

 

常連というか、よく行く人らが実際どういうつもりで傍聴に行っているのかわからないけど、人間の多彩さを観察するには適した場所かもしれない。

 

★★★(★)

 

 

 

制作 ダブ

配給 ゼアリズエンタープライズ

 

 

『縁側ラヴァーズ2』(2020)

監督・脚本 今野恭成(『縁側ラヴァーズ』他)

 

日向野祥(ひがのしょう)、瀬戸啓太、中尾拳也、岡野陽一、咲希、長田舞莉依(ながたまりい)、堤もね、温水洋一、桶屋怜穏、日向丈、有賀洋之、他。

 

映画監督を志し、脚本をプロデューサー高梨(日向丈)に見てもらうものの方向性を否定される萩原大輔(日向野祥)。ちょうどホテルマンとして働く友人の石橋影人(瀬戸啓太)が海辺の街へ転勤となり、縁側のある一軒家に住むというので、空気を読めないのは難だが友人の朝倉忠(中尾拳人)を誘い、三人で移り住むことになった。

大家の岡野(岡野陽一)とその娘美衣子(咲希)は離れで暮らし、母屋を貸すというスタイルは変わらず。前回と違っているのは岡野に彼女恵子(堤もね)ができ、一緒に住んでいること。しかし恵子はまだ二十歳の大学生だし、どうも意識の差がある様子…。そして岡野は隣人の藤原(温水洋一)からこの家を3億で買うという外国人投資家を紹介され、引越してきたばかりの三人をなんとか自ら出ていくようしむけるのだが…。

 

映画の脚本に進退がかかってる萩原に岡野の策はむしろ助けになったり、瀬戸は引っ越し荷物が届かないことで初日をしくじるはめになったり、しかも彼は潔癖症だったことが判明したり、朝倉はうまくコミュニケーションが取れない負い目に向き合い、美衣子とその友達真理衣(長田舞莉依)から指南を受けるなどありながら、三人の新たな友情の築きと、前回からの藤原とその彼氏島田(桶屋怜穏)のちょっとした気持ちの変化、美衣子の恵子に対する複雑な思いなどもあり、縁側ラヴァーズの日常と暖かさが描かれる。

人間関係においては、なんでも正直に言ってみることが大切のようだ。

 

コメディ。

「1」の方が良かったかな。

前回からの美衣子と真理衣の友達関係はしっかり続いているのが見られたのは良かった。

 

メインは2.5次元俳優だそうで、う~ん…おそらく舞台のお芝居に慣れてるんだろうなぁと思えるところがチラホラ。

 

★★★

 

 

 

 

配給 ユナイテッドエンタテインメント

 

 

 

 

 

『フェイクプラスチックプラネット』(2020)

監督・脚本 宗野賢一(『数多の波に埋もれる声』)

 

山谷花純、市橋恵、越村友一、五味多恵子、長谷川摩耶、大森皇、右田隆、他。

 

ネットカフェをねぐらにしデリヘルで生計を立てる貧困層に属するシホ(山谷花純)には未来への希望もなければ両親もいない。父親は中学の時に亡くなり、母親はもっと前、シホが幼く記憶にない頃、すでにいなかった。唯一家族三人で写っている写真が一枚あるだけ。ある日、通りかかった占い師(五味多恵子)に「あなた25年前にも来たわね」と声をかけられる。25年前なんて生まれたばかりだ。その後客に、昔人気だったアイドル女優星乃よう子(山谷花純)にそっくりだと言われる。写真を見せてもらうと確かに瓜二つだ。また、取材で接触した雑誌記者の清水(越村友一)によって、星乃よう子がちょうど25年前、1992年7月9日に失踪したと知る。その日はシホの誕生日だった。清水や友達のゆうこ(市橋恵)の協力で過去を調べ始めるシホだったが…。

 

ずっと誰にも頼ることなく一人で生きてきた自負がシホにはある。一人でいた方が楽と言い聞かせこれまでやってきたが、もしかしたら母親が見つかるかもしれない期待と家族への希望を持ってしまう。結局写真に写っている女性さえも母親ではなかったし、星乃よう子ともなんの接点もなかった。けれど、夢か現か不思議な体験もし事件に巻き込まれもし、ゆうこやネカフェのお隣さんらが力になってくれ、シホは一人で生きてたわけじゃなく本当はみんなに囲まれて生きていたのだと気づく。そうして「過去ばかり見ていても仕方ない」未来につながる「今を大事にする」生き方にシフトする。

ミステリーチックでありながらヒューマンドラマの要素もあって面白く見れた。なにより予定調和を許さずが良かった。

 

★★★(★)

 

 

 

 

配給 アルミード

 

 

『ハッピーアイランド』(2019)

渡邉監督の祖父の実話から着想を得たとのこと。

監督・脚本 渡邉裕也

 

吉村界人、大後寿々花、萩原聖人、三輪江一、岡村多加江、中村尚輝、他。

 

気に入らなければすぐにやめてしまうから仕事は長続きせず、だから金もたまらない、夢中になるものもない日々だらだらと過ごしている安田真也(吉村界人)は行きつけの飲み屋の店主から福島の農家を紹介される。寒いのが苦手、朝が早いのも苦手、野菜も苦手、きつい仕事はもってのほかではあったが、世話になる農家佐藤正雄(萩原聖人)宅の子供を預かる保育士浅野里沙(大後寿々花)に惹かれ、本当は初日で嫌になったし、同僚は早々に逃げたが、気づけば一カ月がたち給料までもらえた。また、佐藤はじめ農家仲間の真剣に作物に向き合う姿、人に対しての優しさ、こと福島の風評被害の実態を耳目にし、それでも頑張る地元に人々に感化され、それらは真也の今後の生き方にも影響を与え、変化をもたらす…。

 

吉村界人の無駄使いやめてくれ…。

役者がどんなに頑張っても脚本が悪いとどうにもならない。おまけに、モブとはいえ演出の活きない素人使うなんてやる気ないのかと思ってしまう。テーマはいいし、言わんとすることもいいし、真也の成長物語でもあるのはしょっぱなから想像つく安定した展開が期待できる、良い企画なのにもったいない。途中実際の地元民へのインタビューも入り、現状を伝えるドキュメントも入る。それさえも活きない。キャラ設定が甘いからだ。だから人も本も動かない。

早々に芝居のできない子供を前に佐藤役萩原聖人の芝居が気の毒だった。その後、佐藤の台詞が迷子になっててより気の毒になった。台詞がまるで頭の悪いオヤジの言葉の羅列だ。説得力がないのに納得しなけらばならない真也役の吉村界人よ…。

 

アドリブもいくつかあったのか?、定かではないが、真也と里沙との会話にそんなような面が見えた。役者使ってんだ、演出つけろよ、芝居をさせろよ…。

直売所で真也と購買客が喧嘩になるシーンがある。それが噂を呼び悪評になってしまう。せっかくのエピソードなのに、正すことなく片付けられる。処理の仕方…。

最後、真也は東京へ帰るのだけど、その結末はいいのにそうなる理由が薄い。まあ、もともと全部薄くて一過性のものと見れば、それで全て整合性取れてるってことなんだろうな…。

 

本来なら安心して見ていける、展開できる内容になるだろうに、思わせぶりなカメラに画角もつまらない、いいのは役者の切り抜きカットと主題歌。そうだ、主題歌に合わせたらこんな脚本でいいわけない。

というわけでただただ脚本が残念だった。(個人の感想です)

 

 

 

 

 

『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE Word Hero's Mission』(2021)

原作は堀越耕平の漫画。

監督 長崎健司

脚本 黒田洋介

 

「個性」が人類滅亡へと導くと説くフレクト・ターン(声:中井和哉)率いる思想団体ヒューマライズは、世界各国に広がる「個性」保持者の撲滅にかかる。そのために「個性」を暴走させ崩壊させる爆弾イディオトリガーボムを各国に仕掛ける。

エンデヴァー(声:稲田徹)の事務所でインターン中だったデク=緑谷出久(声:山下大輝)爆豪=爆豪勝己(声:岡本信彦)轟=轟焦凍(声:梶裕貴)、その他のヒーロー事務所でインターン中の英雄高校ヒーロー科の生徒も世界各国のプロヒーローローと共に、爆弾回収業務にかかる。

デク、爆豪、轟はオセオン国に着任し、施設制圧とフレクト確保にかかっていた。

一方、そのオセオンで幼い弟と妹と三人で暮らすロディ・ソウル(声:吉沢亮)は生活のため運び屋のヤバい仕事をしていた。この日も宝石店で強奪した宝石を運んでいた。現場に遭遇したデクは強盗犯を追い、ロディと出会う。ロディの持った宝石の入ったバッグを押さえるため、デクは今度はロディを追い始める。しかし、いつの間にかヒューマライズが関係する事件に巻き込まれ、ディランに狙われるばかりか全国指名手配犯になってしまう。その裏には複雑に絡み合った事情と秘密が…。

そうこうする中、ヒューマライズから2時間後にトリガーボムを爆発させるという犯行声明が出される。世界中がパニックに陥る。ヒーローチームの一刻を争うまさに命がけの闘いが始まる…。

 

ヒロアカ映画史上一番面白かった。

言いたいことも明確に、「諦めない」。このデクの一貫してブレない気持ちがロディを動かすわけだが、ロディの根っこには家族思いという性質があり、無理なく感情移入ができる設定。

映画オリジナルとはいえ元が漫画なので、ノリは友情と冒険、少年漫画そのものだが、実写映画のようにバトル場面、時間が迫る逼迫した状況の描き方は手に汗握る感じだった。

ストーリー自体もしっかりしてて、ロディの過去と良心、ロディの個性に関わる愛らしい鳥のピノ(声:林原めぐみ)の存在と、なかなか心揺さぶる。

 

そして吉沢亮の声当て、素晴らしかった。

 

ヒーロー科の生徒たち、これまで出てきたヒーローらの見せ場も少ないながらちゃんとある。

 

★★★★★

 

 

 

 

『ファンタスティック・プラネット』(1973/日本公開1985)

フランスのアニメーション映画。原題は『La Planète sauvage』(=未開の惑星)。英題は『Fantstic Planet』。

原作はステファン・ウルの著書。

 

監督 ルネ・ラルー

脚本 ローラン・トポール、ルネ・ラルー、スティーヴ・ヘイズ

 

 

 

 

高度な科学技術を持ち、青い皮膚に赤い目、耳は魚のヒレのような形をしたドラーグ族の住む惑星イガム。ここではドラーグ族よりはるかに小さい、手のひらに乗るほどの大きさの人間が、虫けら同然か、良くてペットとしてドラーグ族に飼われている。

ある日、人間の母親と赤ん坊が子供たちの遊びの標的になり、母親の方が死んでしまった。残された赤ん坊を、たまたま県知事の娘ティバが見つけ、飼うことになった。赤ん坊は男の子でテールと名付けられる。

ドラーグ族は特有のレシーバー式学習器を使い勉強をする。ティバはいつもテールと共にあったので、テールも知識を得ていった。ドラーグ族の1週間は人間の1年に相当し、テールはみるみる大きくなる。知識を得たテールは身上に疑問を抱くようになり、ティバの家から逃走する。ドラーグ族の学習レシーバーを持って。

途中で人間の少女と知り合い、そのコミュニティに案内される。ドラーグ族の言葉を理解し、この世界のおおかたのことを学習し身につけているテールはその原始的なコミュニティの一員に迎えられ、学習レシーバーはコミュニティの発展存続、知識向上に役立てられた。

実はドラーグ族はもともと知能が高い人間を恐れ、議会では絶滅させようとする強硬派、そこまでする必要はないとする穏健派とで意見が分かれていた。そして定期的に人間駆除が行われていたところ、昨今の人間の怪しい動きに議会は強硬派に一転する。

知識を得た人間は別コミュニティとも団結し、ドラーグ族に立ち向かう。ドラーグ族と人間の存亡をかけた戦いが始まる…。

 

結果的には共存共栄と和解し、テールと名付けられた人工衛星が人間に与えられる。(テール=地球の意味らしい)

 

絵が欧州の絵本のよう。かつノスタルジック。

人間がまさにペットや虫のような存在になっていることで、普段の人間の行動のおおかたが心無いものであることが実感させられる。虫を潰すし駆除するしペットは飼い主の感情ひとつで右往左往させるし。ただ、虫やペットには人間のように高知能ではないから、リンクさせて考えるのは違う。心にとめておくだけでいい。

 

ドラーグ族には必要不可欠な瞑想の時間があって、一日の大半の時間を費やす。それが生命を繋ぐエネルギーチャージであり繁殖行為でもあった。その繁殖行為は瞑想によって魂を飛ばせた野生惑星で行われる。そして一番無防備になる時。という設定は面白いなと思った。繁殖なんて生命体の根源だ。

完全完璧な生命体などないんだな。いやそもそもなにをもってして完全完璧とするか、だけど。

 

★★★★

 

 

 

 

『らんまん』NHK 連続テレビ小説20230403〜0929 全130話

日本の植物学者牧野富太郎がモデル。

 

脚本 長田育恵(『群青領域』他)

演出 渡邊良雄、津田温子、深川貴志

 

1867年土佐佐川村の造り酒屋「峰屋」の長男坊、槙野万太郎(森優理斗/小林優仁/神木隆之介)5歳の時より話は始まる。体は弱いが植物が大好きな子供だった。母親ヒサ(広末涼子)が病床に伏してるため、実質万太郎は祖母タキ(松坂慶子)に育てられた。上に実はいとこだが姉として一緒に育てられた綾(小島叶誉/太田結乃/高橋真彩/佐久間由衣)がいて、番頭の息子竹雄(井上涼太/南出凌嘉/志尊淳)とも使用人を超えた絆で結ばれていた。

9歳の時に「名教館」に入塾するがまったく身に入らない。しかし池田蘭光(寺脇康文)から「本草網目」を教えられてからは植物画を模写することに楽しさを覚え、そればっかりになる。ここで道は違えど生涯の友となる広瀬佑一郎(岩田琉生/中村蒼)と出会う。12歳で小学校が出来たが植物にばかり興味がいき、ついに退学となってしまう。以降も本を取り寄せては独学で植物学に邁進していく。

「峰屋」は万太郎が継ぐものとされていたが、本人はまったく興味がないし下戸だった。逆に綾が酒に魅了されていたが、女が酒蔵に入るのはもってのほかという時代で頭首としての道はなかった。そんな中、内閣博覧会が開かれる東京へ「峰屋」として出展出来ることになり、博物館勤めの植物学者の野田基善(田辺誠一)里中芳生(いとうせいこう)に会えるチャンスと喜び勇み上京する。そこで和菓子屋「白梅堂」の娘西村寿恵子(浜辺美波)との出会いがある。一目で万太郎は恋に落ちるが、万太郎は高知に帰り若旦那として「峰屋」を継ぐことは決まっている。ところが自由民権運動家の早川逸馬(宮野真守)中濱万次郎(宇崎竜童)との出会いがあったこと、綾の酒への愛を知るほどに、タキへ植物学への理解を求め、竹雄付きで上京することを許される。

佑一郎の紹介もあったがおかしな縁もあり、根津の「十徳長屋」に住むことになる。竹雄はレストランでボーイをしながら万太郎を支え、万太郎は野田や里中の口添えもあり東京大学への出入りが許され、田邊彰久教授(要潤)のもと、雑用から自らの植物への研究も始める。大学では初めは周りにばかにされていたがそのひたむきな植物への想いに感化された学生始め助教授徳永政市(田中哲司)、講師大窪昭三郎(今野浩喜)らにも変化をもたらし、学生の波多野泰久(前原滉)藤丸次郎(前原瑞樹)、画工野宮朔太郎(亀田佳明)ら友人も出来る。さらに植物学雑誌を作れることになり「大畑印刷所」で石板印刷を学ぶ。同時に寿恵子とも再会を果たし、恋を育み夫婦となる。そしてタキが亡くなり、竹雄は高知で綾と結婚、造石税が厳しい中「峰屋」を二人でやっていくことになる。

誰もが手に取れる植物図鑑を作ることを夢に掲げ、万太郎は朝から晩まで植物に没頭し、金の工面は寿恵子任せだった。質草も枯れ、実家からの支度金も底を尽きたころ、「峰屋」が腐造を出してしまい、畳むことになる。実家を頼れなくなったため、寿恵子は叔母みえ(宮澤エマ)の料亭「巳佐登」で仲居として働くようになる。八犬伝が好きな寿恵子はなかなかの評判を呼ぶ仲居になる。一方、万太郎は田邊教授との間がうまくいかなくなり、大学を追われる。田邊教授自身も失脚の負い目にあい、その後事故で亡くなってしまう。

万太郎と寿恵子の間には子供が5人でき、そのうちの一人は幼くして亡くなってしまったが、他は長屋の住人に助けられながら無事に育っていく。また、高知でたまたま知り合っていた山元虎鉄(寺田心/濱田龍臣)が上京してきて、「大畑印刷所」に勤めながら弟子として万太郎の手伝いをする。新聞広告が功を奏し日本全国から植物標本が送られてくるようになり、日本植物志図譜を出す一方で図鑑の準備も始め、新しい印刷機が必要となる。金の工面は相変わらず寿恵子任せで、みえの口利きから渋谷に待合茶屋「やまもも」を開くことになる。また、綾と竹雄は高知名物の屋台をやりながら酒造りの夢も諦めてはおらず、実家が酒問屋であり菌の研究をしている藤丸と組むこととなる。「十徳長屋」は次々と住民が次のステップへ進むため出てゆき、差配人の江口りん(安藤玉惠)も自分の人生を歩むと、長屋は全て万太郎一家に任せ出ていく。娘の千歳(秋山加奈/入江美月/遠藤さくら)は虎鉄と夫婦となり、日々は過ぎていく。また、この間に教授として大学に戻ってきた徳永により万太郎も再び大学へ通うことになるが、時世の流れによりまた大学を後にすることになる。

大正12年、1923年、関東大震災がおこる。「巳佐登」時代からの「やまもも」の常連客となった官僚の相島圭一(森岡龍)の紹介の出資者永森徹(中川大志)との約束、ちょうど万太郎の図鑑の印刷が決まろうという時だった。持てるだけの植物標本を持ち無事だった渋谷に避難する。家族に被害者は出なかったが、植物標本はおおかたなくなってしまった。「やまもも」を再開したものの、安心して標本を保管するためにもっと広い土地が必要と思った寿恵子は「やまもも」を売却し、練馬に広大な土地を買い、移り住む。

1927年(昭和2年)、子供たちはそれぞれの道をゆき、末娘の千鶴だけが同居していた。敷地内に標本館を建て、近所の子供らも遊びに来る穏やかな日常を送る傍ら、万太郎の集大成となる3206種も収めた図鑑作りも進められていた。新たに発見した笹に「スエコザサ」と寿恵子の名をつけることもできた。寿恵子が病魔に侵されていたこともあり、完成を急ぐ…。

 

最終週はナレーションを務めた宮崎あおいが出る。

昭和33年、1958年、藤平紀子(宮崎あおい)千鶴(松坂慶子)のかけたバイト募集に申し込んだ。それは標本を都立大の保管庫に移すための万太郎の遺品整理だった。これで1話目からのナレーションに意味がつく、その展開に驚いた。そして、次の世に残すという万太郎の意志が末娘の千鶴に受け継がれていたこと、人の一生は永遠に続く、まるで植物のように生えては踏み潰され、咲いては枯れ、けれど何度も何度ももぎ取られては芽吹くものという解釈がまた良かった。

万太郎は理学博士になり、寿恵子はもちろん、子供たち、多くの友人知人に助けられ、今があることを噛みしめるわけだが、この世に生きてる人すべてに言えること、誰もが決して一人で生きているわけではない、そんなことが感じられるドラマだった。

 

本当に素晴らしい脚本だった。ゴタゴタはあっても、万太郎が一般的にはクズの部類に入るタイプでも(天才なだけ)、嫌な人、悪い人が一人もいない。田邊教授だって理解できるから嫌な人、悪い人にはならない。むしろ田邊教授と万太郎の恩返しの解釈が違うのが面白かった。世間一般常識や忖度が万太郎には理解できないし、真意のとらえかたが人間性(というと大袈裟だが、育ちとか環境の違い)と直結していて、人がわかり合うことの難しさがよく表れていた。

これは『あさが来た』の時以来のキャラ設定のうまさと思った。誰をも否定しない。

 

万太郎が憎めないのは神木隆之介のお芝居のおかげもあるかもしれない。浜辺美波の寿恵子の凛とした強さ溢れるキャラクターも助けてるかもしれない。浜辺美波、初めてすごいと思った。特に晩年がまだ20代前半とは思えないほどの演技だった。練馬の土地を「私が買いました」と万太郎に言う台詞もすごく良かった。これが最後の金の工面だということ、こうして万太郎との冒険が終わりに近づいていること、やり切った感が出てて深みがあった。志尊淳の竹雄も素晴らしかった。万太郎とのコンビネーションが愛おしい。本当に幼い頃から一緒に過ごしてきたんだと思える。佐久間由衣の綾もいいし、松坂慶子のタキには高知編終了時、台詞はもちろん演技にも感動した。ここでのタイトル回収台詞「らんまんじゃ」の一言はまさに「ずぎゃん」ものだった。

とにかく、登場人物が(藤丸、羽多野、野宮、倉木…)、ちょい出の芸人までもが魅力的だった。特に長屋の倉木(大東駿介)はお気に入りだった。長屋を出ていく倉木に万太郎が放った「大好きじゃ」に照れるところは名シーンだと思う。大東俊介、さすがだ。それと画工の野宮の実直さは何を言わせても説得力があった。亀田佳明はもっと映像作品に出てきてもいい役者だと思う。

残念だったのは寿恵子の母親役の牧瀬里穂。これだけは失敗だったと思う。

 

過去一にたくさん印象に残るシーンがあったし台詞もあった。寿恵子との愛、竹雄との信頼、タキの大きさ、綾の芯の強さ、倉木の不器用さ、虎鉄の真面目さ、藤丸の頼りなさ、羽多野の冷静沈着な秀才ぶり、田邊教授の凡人さ、その妻聡子(中田青渚)のあどけなさ(演技は下手)、大畑印刷の父親大畑義平(奥田瑛二)の江戸っ子ぶり、その娘佳代(田村芽実)のコミカルさ、また佳代と母親イチ(鶴田真由)の掛け合い、野宮の生真面目さ、逸馬の人の話聞かなさ加減w、高藤(伊礼彼方)の気づいてない傲慢さ、などなど、それらが表れる会話やシーンが面白かった(…永守中川大志が万太郎と向き合った時はどうしても細杉くんが浮かんでしまった…)。伊藤孝光落合モトキ、分家の息子伸治坂口涼太郎も印象に残ってる。

そして関東大震災の描き方、演出がとても良かった。こんなコンパクトなカットでも演出によって惨事が伝わるんだと感心した。

 

脚本が良いということはこういうことなのか、そこへ出来る役者が揃うとこんなにも演出が光るのか、遊びもできるのか、とあらためて思った。

2年ほど不作でガッカリしてたからよけい。『らんまん』も東京局だし浜辺美波かぁ…と期待してなかったけど、嬉しいはずれだった。

ちなみに、この前は『おちょやん』、その前は『スカーレット』、『まんぷく』、『あさが来た』、『カーネーション』が良かった。ひどかったのは『まれ』『半分、青い。』『なつぞら』『エール』『ちむどんどん』。脚本がダメだとこうなるんだなと思った。役者が頑張っても空回りに終わる。演出もまとまらない。おまけに主演俳優まで嫌いになってしまう(朝ドラを見始めたのは『あまちゃん』の途中から)。これらの間に入る作品は「可もなく不可もなく。取り立てて面白くもなく。どちらかちえばつまらない」だった。

さて、『ブギウギ』はどうだろう。

 

★★★★★

 

 

そうそう、『青天を衝け』を見てただけに、岩崎弥太郎の弟岩崎弥之助(皆川猿時)が出たのは良かったな。しかも料亭で。

あいみょんの主題歌もすごく良かった。最終回でのハマり具合は秀逸。